景況とは裏腹に、薫風、新緑といった時候の挨拶に相応しい陽気になってきました。5月の語源を紐解いてみると、日出ずる国では“早苗月”がなまって「五月(さつき)」になったそうですが、洋の東西ではギリシャ神話に登場する豊穣の女神マイアが「MAY」の語源とされています。マイアはアトラス(天空を支える神)とプレイオネ(水の女神)の娘で、その名前の意味は「母」「作る者」――。企業の豊穣に成功した経営者の共通点は、社員を奮い立たせる「大きな古時計」や「羅針盤」を持っていたことです。今回は、自社の豊穣を願う方々のためにビジョン(理想像)の正しい示し方について書き綴ってみました。
ギリシャ神話には、企業経営の参考になる話が幾つもあります。例えば、キプロスの王で彫刻の名人だったピグマリオンは、自分が作った女神像に恋をしてしまい愛と美の女神アフロディテに「この乙女(彫刻)に命を与えて下さい」と願い続けた結果、その願いは聞き届けられたそうです。この話をもとに、教師の期待や働きかけが生徒のやる気を起こさせたり、失わせたりすることを実験で証明したハーバード大学の教育心理学者ロバート・ローゼンタール教授は、「ピグマリオン効果」と名付けています。
また、製薬企業の三強と言われる山之内製薬の今日を築き上げたのは、今では“大きな古時計”になってしまったアンソニアという時計だったと聞きます。「この時計に相応しい大きな店にしようではないか」――。創業者の山内謙二氏は、将来に対する大きな理想を大きな時計に置き換えたわけです。
日産を短期間のうちに建て直したカルロス・ゴーン氏も、日経のインタビューで「大事なことは10年、15年後の道筋を示すこと」と述べています。ビジョンとは 企業の将来的な理想像であり、進むべき道筋であり、ビジョン一つで社員のやる気を起こさせたり、失わせたりする最も大事なもので、決して額縁に飾っておくものではないことがお分かりいただけたでしょう。
ただ、幾ら明確なビジョンが示されたとしても、道しるべに当たるストラッテジー(戦略)マップがなければ、経営資源を思う方向に進めることができません。まず、経営者自らが明確なビジョンを指し示し、それに基づく具体的なストラッテジー・マップが描かれ、全員に共有された時、初めて企業は成長と発展という名の道を歩み出すのです。
カルロス・ゴーン氏はこうも述べています。
「従来のやり方をただ壊すのではなく、変化に適合させることが大切だ。古いものと新しいものとの対立ではなく、問題は何が有効で、何が成長の障害かを実務的に考えることだ」――。
閉塞感が蔓延する現在こそ、今一度真摯な気持ちで、古き良きものを大切にしながら変化に適合できる強い企業体質を創り上げる時期ではないかと思います。
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