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モノづくりのこころ

著  者:常盤 文克
出 版 社:日経BP社
価  格:1,470円(税込)
ISBNコード:4−8222−4389−3

常盤文克氏は元花王の社長で、1965年に大阪大学にて理学博士を取得した。

いま日本のモノづくりは、大きな曲がり角に来ている。日本企業の多くが生産拠点の中国シフトを強めているのに対し、中国は安い労働コストを武器に「世界の工場」として躍進をとげている。かつて日本が得意としたテレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電製品は、中国にすっかりその座を奪われてしまった。

そこでメーカー企業がとるべき道だが、選択儀はいくつか考えられる。もちろん、徹底的な効率追及とグローバルな適材・適地生産により、中国に対抗できるコスト体質をつくることは、その1つだろう。しかし、これはまだモノの「量」を追求する発想である。そうではなく、メーカー企業はいまこそ「独自の質」の追求を基本戦略として経営の根幹に据えるべきだ。

こうした背景もあって、いま盛んに議論されているのが、企業内や大学院などにおけるMOT(Management of Technology=技術経営)講座の設置である。この本は、当初、MOTを主テーマとして書き上げるつもりだった。しかし、途中でMOTの本質は技術に軸足を置いて、モノづくりのあり方を経営の立場から問うものだと気がつき、日本の文化や伝統、さらには東洋の英知や思想を踏まえたモノづくりのあり方について思うところをまとめた本になった。

本書は、第1章:独自の質をつくる、第2章:日本型MOTWを考える、第3章:モノづくりのこころを取りもどす、第4章:東洋思想で読み解く組織のあり方、第5章:モノづくりの裾野を広げる、以上の構成になっている。

「デフレからの脱出はまだ不鮮明だが、日本経済は回復基調にある」と言っても、かつてのように業界単位でどの企業も同時に良くなるわけではない。同じ業種・業態でも、いわゆる“勝ち組”と“負け組”に分かれてしまった。この明暗はどこで生じたのか。私の見るところ、「質」を追っている企業は元気がいい。他社とは違う「きらめく旗」を立てている。逆に、もっと元気を出してほしい企業は、依然として「古い旗」を立て、「量」を追っているように思われる。要するに、経営戦略の根本が食い違っているのである。異質の追求とは、「他社にない、自社独自の技術にもとづく独自の製品やサービス」を開発し、新しい市場を創出することである。

近年、健闘が目立つのがイタリア経済である。GDP(国内総生産)は約1兆4380億ドル(2002年)と日本の約3分の1に過ぎないが、この数年、EUの中心国ドイツよりも高い成長率を維持している。特に繊維、機械、自動車などを柱とする製造業が好調で、製造業全体では1995〜2001年にかけて日本の製造業よりも高い成長を示してきた。この活況を支えているのは、実は中小の製造業である。イタリアには個人企業を含めると約400万社の企業があるが、その半分は従業員10人未満の零細企業であり、1000人以上の大企業は500社にも満たないのが実情だ。にもかかわらず、先進国では落ち込みの激しいテキスタイル、アパレル、皮革製品、木工製品、食料品といった伝統産業や金属、機会設備などの分野でEUでも屈指の競争優位を発揮している。つまり、職人技を活かした伝統産業やローテク産業が元気に頑張っているのである。

2003年版「製造基盤白書」によれば、製造業の創出する付加価値額のGDPに占める比率は、2001年実績で20.8%となり、国際比較ではドイツに次ぐ高い水準である。GDPに対する付加価値の創出は、それだけにはとどまらない。製造業が事業活動を行うと、流通業、運輸業、電力・ガス供給業なども付随して付加価値を創出することになるが、その波及効果を含めると、製造業関連のシェアはGDPの32.4%に達する。

「僕は職人というのは職業じゃなくて“生き方”だと思っている」。これは放送作家・永六輔さんの著書『職人』の冒頭に出てくる言葉である。この本には永さんが長年のふれあいの中で書き留めたという職人たちの言葉の数々が出てくる。

  • 職業に貴賎はないと思うけど、生き方には貴賎はありますねェ。
  • 子供は親の言うとおりに育つものじゃない。親のするとおりに育つんだ。
  • 褒められたい、認められたい、そう思い始めたら、仕事がどこか嘘になります。
  • 仕事が人を育ててくれるんです。
  • 職人が愛されるっていうならいいですよ。でも、職人が尊敬されるようになっちゃァ、 オシマイですね。

企業という組織を動かしていく根源の力とは何だろう。これは私が長い間、追求してきたテーマだった。その何かを探求していくうちに、私は各企業には特有の「目に見えない力」、あるいは「黙ってそこにある力」が働いていることに気がついた。それを私は「黙の知」と名づけてみた。この「黙の知」は、ナレッジ・マネジメントでいうデジタルやアナログのナレッジではない。それを超えた、企業という集団の深層にある知・情・意を包みこんだ人の温もりのある知である。それはヒト・モノ・カネ・情報という経営資源を根源で動かしている力であり、企業の創造力の源泉となる、最も価値ある資産である。

企業という「組織の知」とは、明・暗・黙、3つの知の総和である。黙の知は、人になぞらえれば足腰にあたると言ってもよい。よく「あの人は腰が据わっている」と言うが、企業においても足腰にあたる黙の知が、極めて重要であることは言うまでもない。例えば、同業種で同規模の企業を比べてみるとよくわかる。企業を構成する一人ひとりの能力には、そう大きな差はない。しかし現実には、個々の企業のパフォーマンスには明らかに優劣がある。一人ひとりの能力は同程度であっても、人が集まって集団を形成すると、そこには優劣の差が出てくる。これはその集団に固有の、黙の知の差が現れたものであろう。

M&Aが盛んである。ところが、いざ合併が実現してみると、いろいろな場面で寄り合い所帯の軋みや混乱が生じ、当初の予定通りには進まない。場合によっては、目的を果たさないまま空中分解してしまうこともある。そうなってしまうのは、それぞれの企業の持つ知、ものの考え方やことの処し方が互いに異なるからである。企業合併が成功するかどうかは、まさに企業文化(黙の知)の蝕変を起こすことができるかどうかにかかっている。

20世紀は「カネの効率」を求めてきたが、21世紀は「知の効率」を求めていく時代である。知の土壌を豊かにするために強調しておきたいことがもう1つある。知には本来囲いがないということだ。社内の知を大切にしようといっても、仲間内だけで知をぐるぐる回していると、ちょうど生物の同系交配のように、知(血)は次第に濁ってくる。社内での「知の交配」、あるいは「知の囲い込み」は、知を劣化させてしまうのだ。それを避けるためには、社外から異質の知を積極的に社内に取り入れ、知を常に浄化する努力が必要である。

論語に「四時行われ、百物生ず」、という言葉がある。四時とは四季のめぐりのことで、例えば木々は春には花をつけ、夏には葉を茂らせて枝を伸ばし、秋には実を結び、葉を落として一休みする。これが植物のバイオリズムである。企業の姿も同じだ。常に一本調子で成長を続けるということはあり得ない。伸びる時期もあれば、休息する時期もある。日本企業にとって、いまの環境はなお厳しい冬なのか、まだ朝夕の寒さが身にしみるが、やっと陽光の差し始めた春なのか、はっきりしないが、要はそれぞれの季節にふさわしい生き方をすることである。

「よきモノづくり」という場合の「よきモノ」とは何か。それは、そのモノがあることによって暮らしが豊かになり、快適になり、何ともいえない幸せを感じるようなモノである。こうした商品と生活との関係について、近年、よく言われるのがCS(顧客・消費者満足=Customer Satisfaction)である。私は生産と消費、需要と供給という対立の構図ではなく、両者を一体にしていくアプローチが必要であると考えている。ではどうすればいいのか。

  • 第1は、消費者との距離をアームレングス(腕の長さ)に保つことである。「消費者は神様」という発想からは、本当のCSは生まれてこない。物事は、あまり近づき過ぎると、かえって真相や実態が見えなくなるからである。
  • 第2は、消費者の先を行くことである。生産者と消費者は同列であってはならない。一歩でも半歩でもいいから消費者の先を行っていなければ、よい商品は生まれない。
  • 第3は、消費者の言うことを鵜呑みにしないことである。なぜなら、消費者は自分の過去に経験したことや、現在知り得る範囲の情報でしか、商品についての意見を持っていないからだ。

新製品の開発は、いま述べたように新しい生活提案でなければならない。しかし、一度発売した商品には、その後で改良に次ぐ改良を積み重ねていくことが求められる。今度は商品を購入した消費者の声をしっかり聞いてフォローし、改良するのである。それを怠り、一度つくったものをそのままにしておくと、その商品は決して育たない。

<モノづくりと技術経営の原点>

  1. 新しい技術が生まれたらまずそれを現製品に応用する
  2. 小さな改良も10年続ければ一つの大きな技術革新になる
  3. 品質、サービスの向上を第一に考える
  4. 一人の天才が生み出すイノベーションを集団で実現する
  5. 同業間の競争は激しいほどよいと前向きに取り組む

このように見てくると、真の競争とは、実は他との競争ではなく、現在の姿、既存のものを一度否定して、新しいものをつくり出していく自分との闘いであることがよくわかる。

よく知られている「守・破・離」は、芸事や職人仕事のように身体を用いて何かをする場合の発達過程を表す概念である。もとは江戸中期、茶道江戸千家の祖・川上不白が著した「茶話集」に点前の上達について、「守は下手、破は上手、離は名人」と記したのが原典だと言われる。利休道歌に、「稽古とは一より習ひ十を知り、十よりかえるもとのその一」とあるのと、どこかでつながった考え方であろう。その要点は、まず何度も何度も師匠の示す手本(型)どおりに身体で覚えこませる。身体を通して下意識に到達させるのである。そのことによって、例えば画家は絵筆が自分の手の一部となり、観察力も向上してデッサン力がついてくる。

企業が黙の知をベースにした人の集団である以上、そこには人を束ねるリーダーの存在が不可欠である。もし、現場に極めて有能な職人型の人材が数多くいても、それだけでは企業の活力は生まれないし、他社とは違う「きらめく旗」を掲げることもできない。多彩な才能を持つ個々人を、目標に向かって結束させ、集団としての力に統合していくマネジメントがあってはじめて組織は活性化するのである。

リーダーは、自ら動くエネルギーとバイタリティに溢れていなければならない。そして、これらの資質を引き出すもとになるのが自己研鑽、つまり常に謙虚にものごとを学ぶということである。しかし、質の時代に求められる先見性・統合力・行動力・自己研鑽という資質の意味、内容や方向性は、従来とは違うはずである。先見性については、今後は量から質への時代にますます傾斜していくことをしっかりと認識しておかなければならない。統合力については、異質性を取り込むことが新しい方向となるだろう。自分達にない他の力、外の知恵をもって受け入れて、統合していくことである。

日々変化する環境に、自らが率いる集団をいかに適合させていくか。技術経営の根幹をなすTPMサイクル、すなわち技術・製品・市場とつながる活動を、技術をエンジンとして、いかに円滑に回していくか。経営トップの力量が問われるところである。

以上が本書の概要である。著者が「はじめに」で述べているように、日本の文化や伝統、さらに東洋の英知や思想を踏まえたモノづくりのあり方について思うところをまとめた本である。常盤文克氏は現役時代には花王の経営者としての手腕を発揮されたが、著書に『知と経営』、『質と経営論』、『知の経営を深める』、『量の経営から質の経営へ』などを執筆された理論家でもある。本書の中にも随所に知識の深さを披露され、われわれを啓発させてくれる。一読をお勧めしたい本書である。


北原 秀猛

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キーワード
•  モノづくり
•  MOT
•  技術経営
•  黙の知


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