学習院の哲学科に学んだ塩野七生さんは、卒業論文は「ルネサンスの美術史」である。「ルネサンスの女たち」は、彼女が20代に書いたデビュー作である。
男を書くときは女を書かなくても済まされるが、女を書くときは男を書かないで済ませることはできない。それゆえに、女を書くことは、結果として「史の真実に迫ることになる」と彼女は本文で綴っている。「史を書くという行為は、書く側の全人格と全才能の反映」とも言う。時代は15世紀の後半から16世紀の前半、日本史で見れば応仁の乱から戦国時代にかけての百年足らずの間である。その間に生きた法王の娘ルクレツィア・ボルジアの一生をはじめ、美しさと強さを兼ね備えたイザベッラ・デステ、カテリーナ・スフォルツァ、カテリーナ・コルネールという4人の女たちの愛と戦いを書いた本である。
15世紀から16世紀にかけてのイタリアは非常な混乱の中にあった。やがて外国勢のイタリア侵攻を口火として、ミラノ、ナポリと次々に陥落、ドイツ、フランス、スペインの絶え間ない脅威にさらされはじめる。そして、ついに1527年のサッコ・ディ・ローマ(ローマ掠奪)によってイタリア・ルネサンスが終わりを告げる。ルネサンス時代の家の子供たちがすべてそうであるように、イザベッラ・デステなど彼女たちは産まれたときから政治の中にいた。この政治、つまり入り組んだ政略や大きな、あるいは小さな権謀術数の中に、彼女たちの運命があったわけだ。
「ルネサンスの女たち」の成分表をつくると、政略結婚8、戦争2、掠奪2、暗殺6、恋4、牢獄2、強姦1、処刑4、そして権謀術数については数知れずと言う。
「女を知ることは歴史の真実を知ること、ある時代を良く知ろうと思ったらその時代の女たちをよく調べるとよい」と言ったのはゲーテである。
塩野七生さんの何冊かの本を通して感じることは、後生の人のフィルターを通さずにある時代に生まれた人々に肉迫できるか、それにはなるべく多くの原資料に目を通すことしかない、という言葉通り、すごい勉強家であり努力家であり、自分の哲学に基づき原資料から本づくりをしていることである。驚嘆に値する。
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