現在58歳の著者はこれまでに書いた本が130冊、英語で出版した本が8冊になる。
彼曰く、「私は相当周到な人間である。だいたい飯が食える程度の芸は若い頃からいくつか身につけていた。いざとなれば家族くらいは食わしていける、という自信があった。クラリネットを職業にしようと思ったこともある。電子力でも工学博士号を取っているから、どこかの大学の先生か安全委員などを歴任していたかもしれない」
彼は今、ある週刊誌でサラリーマンの人生相談をしている。サラリーマンの彼らは、会社人間となって会社に尽くしても、それでは報われない時代に入った。世間的に評価されるスキルが身についていないことも薄々気がついている。しかし、それを上司から直接強く言われたわけでもないし、周囲を見渡してみても似たり寄ったりであるから、深く考えないですんでいるだけなのだ。彼のところに相談にくる人も「どうしたらいいんでしようか?」という質問をする。その時、彼は、「どうしたらいいかは、あなたがどういう人生を送りたいかによって異なります。あなたはどういう人生を送りたいのですか?」と聞くことにしている。まさに、それがわからなければアドバイスのしようもない。
自分の人生は他人のものではない。だから、自分でどういう人生を生きたいのか、自分で決めるべきなのだ。人生寄リ道結構ではないか。回り道が実は近道だということもあるのだ。わき道の楽しさだって悪くない。わき道に入ることによって、はじめて見えてくる景色だってあるのだ。少なくとも、死ぬ最後の瞬間に後悔しないですむ。「悔いはない。おれは自分で選んだ人生を生きた」と言えるだけ幸せではないか。
大前研一氏は言う。「そのうちに・・・」ということは人生では禁句なのだ。やりたいことは先延ばししないこと。そして一番いけないのが、「他人の人生」を生きることである。親の期待する人生、先生の言った通りの人生、上司の期待する理想の部下、などなど。
彼は自分の人生に対し、「自分の生き方として何を基準にしているかというと、死ぬときに“これでよかったのだ”と言うために生き方を工夫しているのだ。これが逆にどれだけ人生を単純化してくれているか、毎日悩みもしないでいかに安らかに眠れるか、計り知れない。私は宵越しの怒りも持たなければ、胃が痛くなるほど考え込むこともしない」
「戦後の経営者の中で誰が一番すごかったか、という質問を受けたら、私は迷わずにヤマハの川上源一さんではないかと答える」、という。川上源一さんは創造的破壊力においては、誰をも寄せつけないくらいの強烈なイノベータであった。川上源一は「モーツアルト、ベートーベン、シューベルトなどは実質的に同世代の人だ。なぜあの頃クラシツク音楽が一斎に花開いたのかというと、育った環境がそうさせていた。だから、人間は生まれてすぐにリズム、メロディ、ハーモニー(和音)の三要素を学習すれば、あの時代のように天才が生まれてくる確率が高い、と言う。これを実践してヤマハ音楽教室で特にレベルの高い子を、また、JOCと呼ばれるコンクールの勝者をヤマハで預かり、特訓して天才に育てるといったそうだ。ヤマハはピアノを買って下さい、と言うのではなく、音楽を教えしましよう、という真にマーケティングの真髄のようなシステムを貧しい頃の日本に作り上げてしまったのだ。川上源一のピアノ作りにかける情熱にものすごいものがあった」、という。
大前研一氏は世界中講演旅行をしている。その時の講演会終了後に質疑応答がある。その場合ローカルな事情に通じていないと聴衆は満足してくれない。彼はどのようにしてローカルの情報を集めたかと言うと、不動産屋に立ち寄り、かなり高そうな部類の家を買いたいと言っていい情報を収集するという。通常彼らは自分の売りたいところ三軒くらいに連れて行ってくれる。家を見ながら、会話を通しいろいろな情報を集めておくそうだ。
最後のページで彼は、人生のバランスシートについて触れている。「日本人は死ぬときに生命保険、貯金、ローンの終わった家などを残していくことになる。金融資産だけでも3500万円近くになり、その他に家があれば、少なくとも土地だけで数千万円ということにだってある。これでは子孫に残すのは美田ではなく、係争の種かもしれない。理想的な生き方は、死ぬときにちょうど蓄えがゼロとなり、ありがとうございました、と成仏できることである」、という。
日本人は生きている間にあらゆる我慢をし、やりたいこともやらないで悔いを残しながら、自由な生き方ができる今の若い人がうらやましい、なんて思いながらあの世に行く。これをやめようぜ、というのが大前研一の提案である。
我々が「人生を楽しむ」という一点において価値観を変えれば、この外から見えて不思議な日本の景色も変わってくるのではないか。そしてそれが実は、人から言われないとなかなか気がつかない、変われない日本人の習性ではないだろうか。そんな気がしている。
以上のような内容である。彼の人生観がすべてのサラリーマンに通用するとは思わないが、一つの考え方として共感を覚える点は幾つかあると思う。それに人との付き合い方や情報収集の方法など、ヒントになる点も多い。今までの自分の人生を振り返り、これから残された人生をどう生きていくかなどを考えてみては如何だろうか。
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