本書は3章に区分され、第1章は“戦略編”で多摩大学・大学院教授の田坂広志の執筆、第2章は“人材編”で元モルガン銀行東京銀行支店長の藤巻健史とグローバル・シナジー・アソシエイツ代表のT・W・カンの対論形式で編集されている。第3章は“業界編”となっており、「日本的商習慣を排した外資流通業の戦略」をテーマに、早稲田大学社会科学部教授の野口智雄の執筆である。最後のまとめとして、“外資に学ばなかった板ガラス産業の衰退”の事例で、株式会社リンクアソシエイツ代表取締役の大川潤が執筆している。
現在は知識資本主義の時代である。この時代はプロフェッショナルのみが活躍することが出来る。だからこそ、プロフェッショナルの戦略に学ぶことが大切になる。これからの時代はますます「不確実の時代」であり、現在成功しているプロフェッショナルの過去の戦略をどれほど詳しく学んでも、そうした知識そのものは必ずしも役に立たない。これからの時代には、これまでの「古い戦略思考」を捨て「新しい戦略思考」を身につけなければならない。「古い戦略思考」とは「山登り」の戦略思考である。山登りにおいては、地図を広げて山頂に至るルートを考えても、その地図に示された地形そのものが急激に変化してしまう。これからは、「波乗り」の戦略思考が大切である。波乗りの戦略とは、経済や景気の上下、市場や産業の盛衰といった環境変化の波や企業の吸収や合併、買収や売却、起業や倒産といった企業変化の波を乗りこなしながら、自分の目指すキャリアの方向感覚を失うことなく、しかし、具体的なキャリアパスは柔軟に修正しながら、前に向かって進んでいくという思考スタイルである。
「外資企業」と「日本企業」の区別はなくなっていく。区別そのものが時代遅れになりつつある。知識資本主義社会は「勝者1人勝ち」に向かう。そこでわれわれは「収穫逓減」から「収穫逓増」への発想転換が必要である。現在の知識資本主義の時代に成功している企業や人材はこの「収穫逓増」の発想にたった1戦略を展開している。「情報」「知識」「知恵」が中心的な商品として取引される。これからの知識資本主義の市場においては、「勝者1人勝ち」の現象が起こる。
今「ブロードバンド革命」が起きている。この革命は「勝者1人勝ち」の情況を徹底的に推し進めることになる。これからの大学間の「単位互換制度」が一般的になり、ブロードバンドの普及によって、遠く離れたところからでも鮮明な映像や音声で他の大学教授の講義を聴く「遠隔講義」ができるようになる。A大学の学生でも、B教授の心理学を受けず、C大学のD教授の名講義を受講するようになる。もし、このD教授が面白くて役に立つ名講義をする教授であるならば、日本中の学生が心理学はこのD教授の講義を聴くということが起こってしまう。このようにブロードバンド革命は「知識」や「知恵」を商品とする世界において、「勝者1人勝ち」の世界を生み出し、それを加速していくのである。
ビジネスマンが働くとき、そこには当然のことながら何らかの「リターン(報酬)」というものが生まれる。
実は働くことによって得られる「リターン」には、「マネー・リターン」の他に「目に見えない四つのリターン」がある。それは、「ナレッジ・リターン(知識報酬)」「リレーション・リターン(関係報酬)」「ブランド・リターン(評判報酬)」「グロース・リターン(成長報酬)」である。これら四つのリターンを最大化し、相乗効果を生み出す戦略を取ることによって、そのビジネスには自分のキャリアパスにおいて「収穫逓増」の情況を生み出していけるのである。すなわちリターンがリターンを呼ぶという、雪だるま的な情況を生み出していくことが出来るのだ。
これに対してマネー・リターンそのものは極めて自己完結的であり、それを自己啓発などに最投資しない限り、この「収穫逓増」の情況を生み出すことはできない性質のリターンなのである。
「ナレッジ・リターン」:働いたことによって、どのような新しい「知識」や「知恵」を獲得したかということ。
「リレーション・リターン」:働くことによって、人材や企業との新たな「関係」が生まれるということ。そして、リレーション・リターンはナレッジ・リターンを最大化するためにも不可欠である。
「ブランド・リターン」:ある仕事に一生懸命に取り組み、優れた仕事を残すことによって、そのビジネスマンの評価が高まり、評判が生まれ「ブランド」が形成されてくるということ。
「グロース・リターン」:我々は働くことの苦労や喜びを通じて、人間として成長していく。この人間としての成長というものが、実は働くことの大きな「リターン」なのである。なぜだろうか? それは、「自分」というものが究極の「作品」だからである。
以上が第1章の要約である。著者の言う通り、われわれは今日の環境を十分に知り、そのなかで収穫逓増型の情況を生み出す自分創りに励まなければならない。そして自分自身を商品、または作品として誇れるように磨きあげていかなければならない。
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