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恐慌の罠表紙写真

恐慌の罠 なぜ政策を間違えつづけるのか

著  者:ポール・クルーグマン
訳  者:中岡 望
出 版 社:中央公論新社
定  価:1,600円(税別)
ISBN:4−12−003233−7

日本の自由民主党は、「自由」でもなければ「民主」でもない。それどころか、厳密には欧米流の「党」ですらない。それは、ボスが操る政治マシーンの連合体のようなものである。かつては奇跡の国といわれたこの国の経済を統治してきたにもかかわらず、10年にもわたって誇るべき実績を何ひとつ上げることができなかったのである。自民党は不況のときに財政を均衡させる代わりに、需要の“呼び水政策”として巨額の財政赤字を作りだしたのである。あるいは、あまり趣味のよくない喩えかもしれないが、日本の財政による努力は、一方で船員が船に浸み込んでくる水を懸命にかき出しているのに、他方で農夫がポンプで水を汲み入れているようなものである。今までのところ、船が沈むのを阻止し、時間を稼ぐのに成功している。でも、何をするための時間稼ぎなのだろうか。自民党も野党も、何もアイデアをもっていないように見える。

最近発表された経済データによって、日本が財政と経済の二つの罠にはまっていることが確認された。日本が罠から逃れる政策的な選択肢はまだ残されている。しかし、日本の官僚たちは、そうした政策の選択肢を試みることを頑なまでに拒否しているのである。

小泉純一郎氏は、多くの事柄について詳細な内容を提示していない。しかし、彼が言っていることは、日本の国民に対して「血を流し、苦しみを味わい、悲嘆に暮れる」ことを約束しているのに等しい。あるいは、金融に関しても同じことを言っているのである。「倒産する企業は出るだろうし、失業も増加するだろう。もし失業を恐れるなら、日本経済は決して回復することはない」と、彼は認めているのである。“かわいそうな日本”、である。

日本は、過去から学ぶことを拒否した人々の犠牲になっているのである。日本経済の明らかな、かつ現在直面している危機は、非効率性ではなく、十分な需要がないことなのである。すなわち、差し迫った問題は、日本が必要な資源の多くを手に入れることができないからではなく、持っている資源を十分に活用できないところにある。小泉改革は、そうした差し迫った問題をさらに悪化させる可能性がある。

経済学では、ゼロ金利でも経済成長を蘇らせるのに十分でない日本のような情況を「流動性の罠」と呼んでいる。要点は、他の条件が同じなら、“流動性”資産、つまり現金を保有するほうが債権を保有するよりも好ましいということである。金利が極めて低くなると、債権を保有するインセンティブは消えてなくなり、それに変わって人々は現金を保蔵することになる。ゼロ金利ですら消費者や企業に支出させるのに十分に低くないのなら、それ以上、金利政策にできることはないのである。要するに、日本経済は、「流動性の罠」に嵌まってしまったのである。

日本経済は長期的な低迷に直面している。現在の日本経済は、1930年代の大恐慌以来先進工業国で経験したことのない「流動性の罠」と「デフレ」に直面している。日本のリセッションには構造的な要因がある。その一つは、日本の貯蓄率が非常に高いことである。高い貯蓄率のもとで完全雇用を維持するためには、企業の高水準の設備投資が必要となる。80年代までは、それも難しいことではなかった。なぜなら、生産性が上昇し、労働人口も増加していたため潜在成長力が高まり、それに伴って旺盛な投資需要が期待できたからだ。

第2に日本は技術面でアメリカに追いついた。その結果、生産性が急速に上昇する余地がなくなった。さらに、人口構成の面でも少子高齢化が本格的にはじまった。その結果貯蓄率に見合うだけの投資を確保することが難しくなった。

第3は、政府の政策失敗である。90年代前半に致命的ミスを犯した。大蔵省が景気後退の真のリスクを認識していれば、早期に大幅な金利引下げを行い、インフレ率を3%程度に維持する政策に方向転換していただろう。

今、日本経済が直面している深刻な問題は「デフレ・スパイラル」である。国民は借り入れに消極的になり、支出を先送りする。需要はさらに低下して加速度的に物価も下落するだろう。日本経済の成功の代償はバブルであった。そして高い貯蓄率、人口構造の変化、バブル崩壊によって消費者心理だけでなく企業の投資マインドも冷え込んでしまった。こうしたことが重なって日本経済は現状のような情況に陥ったのである。私が恐れているのは、日本経済が急激に収縮することだ。生産高が減少し、デフレが加速し、そしてシステムが崩壊する1931年型の大恐慌のシナリオが現実のものとなることだ。小泉政権の中身は全く曖昧で不確かなことだ。財政抑制は歳出を削減することであり、需要の減少を意味する。経済が「デフレ・スパイラル」の瀬戸際に立っているとき、構造改革はそれを防ぐ有効な手段にはならない。個人消費が少ないと、完全雇用を維持するためには、一定の水準の投資を維持する必要がある。

国民に「将来インフレが起きる」と確信させることができれば「流動性の罠」から抜け出すことができる。そして、少なくても一時的に日本銀行が従来とは異なる資産を買い入れる買いオペ(公開市場操作)を行うことだ。それによって、さらに追加的な流動性(資金)を市場に注入するのである。インフレターゲットを達成するためには、為替相場を円安に誘導し、長期国債の流通利回りを引き下げなければならない。

不況が長引いている経済では、失業した労働者は職を見つけることはできないのである。そして、失業者は商品を買わなくなるので、経済はさらに悪化することになる。小泉政権の暗黙のスローガンは、「改革か、さもなければ破滅か」である。しかし、実際の結果が「改革と破滅」になる可能性が大きいのである。

以上がポール・クルーグマンの論旨である。筆者のポール・クルーグマン教授は、優れた経済の啓蒙書を経済学者としては珍しく数多く書いているが、本書は教授にインタビューを行って日本のために書き上げた本であり、読者にとっても極めて刺激的な内容である。

現在の日本は「流動性の罠」にはまり、デフレ経済のなかでもがいている。政府の打つ手も見当違いであり、経済はジリジリと悪い方向に進んでいるように見える。株価も2月6日の終値は9420円85銭であり、バブル経済崩壊後の安値を連日で更新した。円安傾向も続いている。デフレを消すには円安が良いと言う理論がまかり通るようになっているが、円安は日本株を買っている外国人投資家にとっては大きな損失をもたらす。そこで外人投資家の売りがでればまた株安になり、景気の悪化、税収の減少を引き起こし、財政赤字の拡大にもつながる恐れがある。それに、4月よりペイオフが始まる。銀行の倒産や企業に対する貸し渋りで、企業倒産も出る可能性が強い。不安材料が多い。日本政府は大局眼に基づき、しっかりしたビジョンのもとに対策を打って欲しいものだ。


北原 秀猛

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•  ポール・クルーグマン
•  財政赤字
•  流動性の罠
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