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きれいな敬語 羞かしい敬語表紙写真

きれいな敬語 羞かしい敬語

著  者:草柳 大蔵
出 版 社:グラフ社
定  価:1,400円(税別)
ISBN:4−76−620654−1

使われる「敬語」の数が減っていく。この傾向と逆比例するかのように間違って使われる「敬語」の数が増えていく。その上、以前は間違って使われていた「敬語」が、多数の人が使っているからいいでしょと認知されてしまう。

敬語を滅ぼした理由は3つある。
第一.三世代同居が拒否され(いわゆるババ抜き)、核家族化が進行したため、敬語を教わることも聞くことも少なくなった。
第二.戦後の民主主義が“横並び人間”を育てたため、自立志向の若者が減ってきた。敬語は仰ぎ見る人との関係で使われるから、仲間の顔を見ることの多い時間・空間の中では必要なくなった。
第三.意志や感情を表わす言葉や文章に対して、社会通念の上で無難なフォーマットが登場し、それがフロッピーにインプットされているため、相手に伝える際に「顔」や「心」を使わず、「指先」ですませることができるようになった。

敬語にもう一度蘇えってもらうには、第一に縦の人間関係を結ぶことに積極的になる。第二に、挨拶でも手紙でも「自分の言葉」を使うようにする。なぜなら言葉は思想と感情を運ぶ道具だからだ。「謹啓、いつもお世話になっています」とか「拝啓、日に日に春めいて、お元気のことと思います」を指先だけで打っていては、自分の人生を損してしまうことになる。第三は、昔(昭和30年半ばまで)の文章に接する機会を多くする。

スワソンという文明批評家は、「人間は空気と水と食べ物とコミュニケーションとで生きている」と言っている。今の日本人は日々のコミュニケーションが薄っぺらになってきている。

敬語には、尊敬語・丁寧語・謙譲語・美化語・気くばり語の5種類があり、人間関係や生活感情の潤滑剤になっている。故・高田敏子さん(詩人)は、文化庁が主催した「敬語について」という座談で、「伝達の言葉と心の言葉と、この二つで私たちの会話は成り立つ。“お茶を飲みなさい”と言われたときの返事は“はい”ぐらい。でも“どうぞお茶を召し上がれ”と言われれば、“ありがとうございます”というふうに、今度は感謝の言葉が出ますね。何かそういう意味で敬語というものの、ある必要性みたいなものを私は感じるわけです。伝達だけだと伝達の返事だけがもどる」と言う。そして彼女は、心の言葉が添わることで、何か優しさとか楽しさとか美しさなどが伝わるともいう。

  • 山田先生は夕方の六時に駅にお着きになった。(尊敬語)。
  • 翌日、私は空港まで山田先生をお見送りした(謙譲語)。
  • 昨夜近所の家に泥棒が入りましたが、うちの犬はあまり吠えませんので、私はずっと眠っておりまして気がつきませんでした(丁寧語)。
  • 相手の家を「お宅」、姉のことを「お姉さま」(美化語)。

職場の上司が東京から大阪へ出張して、ややこしい問題を3日がかりで解決し、帰ってきた。社長に報告して職場に帰ってきたとき、いちばん先にその部長の顔を見た入社3年の社員が「部長、お疲れさまでした」と声をかけた。部長は「やあ」と曖昧な返事をしてデスクの方へ歩いていったが、ふと、感情を少し損ねたときの表情が浮かんだ。

昼食のとき、社員食堂の隅のテーブルに入社3年の社員が課長に呼ばれた。
「注意じゃないんだよ、人間の礼儀として聞いて欲しい。目上の人に“お疲れさまでした”は失礼に当たるんだ」
3年君はびっくりした。いたわりのつもりでかけた言葉だった。
「それでは“ご苦労さまでした”ならいいのでしようか。」
「ご苦労さまも、お疲れさまも上司には使わない方がよい。では、なんと言ったらよいか、君に宿題としてあげる。」
 課長は、それだけ言うとポンと肩を叩いて自分のランチを選ぶためにゆっくりと離れていった。

しかし、「ご苦労さま」「お疲れさま」にかわる言葉を見つけるのが難しい。文化庁の敬語集の執筆者は「有り難うございました」「お世話になりました」というお礼の言葉が相手の苦労に対するねぎらいの意志を伝えられると言う。

「気になる言い方」の一つとして「とんでもございません」がある。目上に向かって、ていねいに言おうとするならば、「とんでもないことです」「とんでもないことで御座います」と言わなければならないのである。

おあいそうという言葉がある。これは今も男が使っている。小料理屋などで帰ろうとして勘定をするときに、「おい、おあいそ」などと男のお客さんも使っている。これは“お”の字がついているから、女言葉である。もともと愛想つかしという言葉があって、この「あいそうつかしをする」というのは、歌舞伎芝居のテクニックである。勘定を請求するということは、それで客との縁が切れることになるわけで、勘定を請求する方が「誠に愛想つかしなことでございますが」という挨拶で勘定書を出すわけだ。

日本人は「自分の言葉」を持たなすぎる。野球の解説者はたくさんいるが、自分の言葉を持っているのは江川卓、落合博満、豊田泰光くらいなものである。長島茂雄は確かに「自分の言葉」だが、「自分だけにしか通じない言葉」と言った方がよい。

以上、サラリーマンに関係するような内容を選んだが、最近の言葉はかなり乱れているように思う。「超」、「切れる」、「マジ」など、基本的にはセンテンスが短く、言葉を短く切りすぎるため、非常に聞きにくい。もう一度、自分が普段使っている言葉を回りの人に問題がないかどうか、聞いていただくと良いのではないか。


北原 秀猛

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•  敬語
•  草柳大蔵
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