著者の池上氏はNHKの「週刊こどもニュース」のキャスターである。
まず、この本の素晴らしいところは、“そうだったのか!”と大変よく理解できるところである。特に世界の状勢が順序だってわかりやすく整理されており、ためになる。
著者は「おわりに」で次のように述べている。
『国際線の航空機の食事(エコノミー)では、「魚かチキン」という選択肢の会社がほとんどです。牛や豚は、宗教上の理由で食べられない乗客がいるからです。アメリカでは、12月に、「クリスマス・カード」に代えて、「季節のご挨拶」(Greetings of the Season)のカードを送る人が増えてきました。相手がユダヤ教徒やイスラム教徒だったら失礼にあたるから、というのがその理由です。
その一方で、こうした配慮について、いかに日本人が無頓着であるかを、痛感することも増えました。「自分」というものをしっかり持ち、自分にとって、たとえ理解できないものであっても、まずは存在を認める。ここから、自分なりの国際理解が始まるのだと思います』。
2001年9月11日。アメリカで起きた同時多発テロ事件は、世界を変え。テロの実行犯は計19人。この数字は、イスラム教の聖典「コーラン」に描かれる地獄の番兵の数19人と一致する。ブッシュ大統領は、「十字軍の戦いになる」と口走った。十字軍は、イスラム諸国にとって「キリスト教徒による一方的な侵略と大虐殺」でしかなかった。歴史観をまるで欠いた発言は、「文明の衝突」を引き起こしかねない。
圧倒的な軍事力を持つ国に対して、極小の組織がテロと言う手段で攻撃する。これを「非対称」の戦いと言う。「非対称」の戦いは、新しい「冷戦」の始まりを告げるものなのかも知れない。アメリカ軍などによるアフガニスタンのタリバンへの攻撃。攻勢を強めた「北部同盟」の首都カブール制圧。国際的なテロ包囲網作りの進展。その一方でイスラム世界に広がるアメリカへの反感。危機を孕みながら21世紀の歴史が動いている。
1991年1月17日。アメリカ軍を中心とする多国籍軍が、イラクの首都バクダットを空襲した。湾岸戦争である。その前年の1990年8月2日、イラク軍の大戦車部隊が国境を越えてクウェートへ侵攻し、クウェート全土を占領した。クウェートは、人口200万人の小国だが、石油資源に恵まれた豊かな国である。もともと「クウェートはイラクの一部」と主張していたイラクが、武力でクウェートを併合しようとしたのである。そもそも、クウェートはイラクの一部であるという主張の背景には、19世紀、イラクやクウェート一帯は、どちらもオスマントルコ帝国の領土だったことがある。しかし、この地域にイギリスが進出し、1913年、イギリスはオスマントルコと協定を結び、クウェートをオスマントルコから切り離し、自国の植民地にした。その後、1914年から始まった第一次世界大戦で、イギリスはオスマントルコに勝ち、オスマントルコ帝国の領土だった現在のイラクも支配下におさめた。1932年、イラクは独立し、クウェートも1961年に独立した。ところが、クウェート独立の時、当時のイラクのカセム大統領は、クウェート全体が、イラクのバスラ州の一部だったとして、「クウェートはイギリスが勝手にでっち上げた国に過ぎない」と主張した。その後もイラクは、「クウェートは自国の一部」と主張している。
イランは、1979年のイラン革命が起きるまで、パーレビ国王のもと、アメリカからの援助を受けて近代化を進めてきた。このアメリカに対抗してソ連は、イランの隣国のイラクを援助した。軍隊はソ連製の武器を装備した。ところがイランでは、アメリカの支援を受けたパーレビ国王の近代化路線によって、国内に貧富の差が広がった。急激な近代化による社会的混乱に対する国民の不満から、イスラム原理主義のホメイニ師によるイラン革命が発生することとなった。イラン革命後、イランはアメリカに敵対した。アメリカはイランへの影響力を失ったのである。
第二次世界大戦に始まった「冷戦」は、東西ドイツの分割、朝鮮戦争、ベトナム戦争という数々の悲劇を生んだ。もともと「冷戦」とは、国家と国家の直接の戦争=熱い戦争との対比で、戦火を交えない冷たい戦争、と言う意味で使われてきた言葉である。ソ連のイデオロギーは、マルクス主義の理論にもとづいていた。「資本主義は、国民の貧富の差を広げ、虐げられた人民の怒りはやがて革命に発展する」というものである。「資本家に虐げられ、苦しい生活をしている人民を助けるのは共産主義の義務である」と言う立場から、資本主義の中の反体制運動を支援した。「資本主義の人民は貧困と圧性に苦しみ、社会主義の人民には明るい未来がある」と宣伝した。この政治宣伝を効果のあるものにするために、ソ連は、実際に国民生活を豊にする必要があった。そこでソ連の勢力圏に入った東ヨーロッパ諸国を支援した。対抗するアメリカも、アメリカやその同盟国の国民が豊かになるように援助を続けた。
自らの陣営の国々を援助する一方、どちらの陣営にも入っていない国々には、自分たちの陣営に入るように働きかける。双方が援助合戦を繰り広げることとなる。あるいは、敵側陣営に入っている国の中で政権に反対する組織があれば、その組織を援助する。こうして、世界各地で紛争が激化するのである。朝鮮戦争、ベトナム戦争、カンボジア内戦、アフガニスタン内戦が、その典型である。
このように分りやすく、具体的に説明をしている。本書は、第1章から第6章に分かれている。第1章「まったく世界情勢がわからなくなった」では、冷戦とは何だったのかを中心に書かれている。第2章「揺らぐ世界経済」アメリカを中心におき、超大国アメリカとグローバル資本主義など、ますます進むアメリカ一極集中の動きを解説している。第3章「混迷する冷戦後の世界秩序」では、機能しない国連、アメリカに利用されている国連、そして、憎まれるアメリカなどが書かれている。第4章「新しい冷戦が始まる」は、イスラムの世界を紹介している。第5章「ヨーロッパの新秩序は確立するか」は、ヨーロッパ共通の通貨であるユーロの紙幣と硬貨が登場したことについて。ヨーロッパ各国がユーロという共通の通貨を使うということは、独自の通貨を放棄することを意味する。通貨の発行権は、国家の大事な主催である。それを各国が手放し、EUという組織に移した。いわば、「ヨーロッパ連邦」という、ひとつの巨大な国家作りへの第一歩である。それは、ヨーロッパから戦争をなくそうと言う壮大な実験でもある。第6章は「求められる日本の構想力」について。世界の貧富の差を解消するために、日本は何よりも日本が属するアジアの安定に寄与することが求められている。そのためにも、アジアでの日本の信用獲得がまず大切となる。
以上が本書の内容である。冒頭にも述べたとおり、大変にわかりやすく、世界の過去の経緯と、現状を知る上での必読書です。
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