アッカーマンは、米国でも数少ない企業文化とアイデンティティを専門とするコンサルタントの第一人者である。過去20年に渡り、メイタッグ社、フィデリティ社、アップジョン社、ダウケミカル社などなど30人を超える最高経営責任者(CEO)に対してコンサルティングを行ってきた。今日、なぜアイデンティティ経営が企業にとってあらためて注目されるようになってきたのか。その背景として次の3点が考えられる。
第1は、IT革命とグローバル競争の展開のなかで、競争環境がダイナミックに変化してきたことである。既存の競争枠組みがもはや終焉を迎え、業種・業態・国境などのクロスオーバー化の進展により「メガコンペティション」の時代がはじまった。
第2は、経済社会の成熟が進む一方、消費の構造変化や長期低迷が続く中で、それらを打開する「切り札」として顧客とのリレーションシップの構築が叫ばれてきたことである。
第3は、新しい時代にふさわしい「21世紀型企業システム」の構築が提起されてきたことである。
こうした変化に対応する経営組織やリーダーシップのあり方を考えた場合、アッカーマンも指摘するように、官僚制的な組織観に基づく指揮・命令はもはや時代遅れとなった。価値観が多様化するなかで特定の理念や知識を共有することは極めて困難である。他方、研究開発、製造、マーケティング、販売、財務、コミュニケーションといった部門や機能の間の壁もなくなりつつある。M&Aやアウトソーシング、企業グループ間の再編成もますます本格的に進んでいる。分化や専門化から、緩やかな統合と連携の時代への移行である。
本書で著者は、価値創造の中核的要素であり持続的な市場リーダーシップの源泉となる力として、アイデンティティを捉えた。そしてそれを構成する「8つの自然法」(1.実在の法則、2.個性の法則、3.一貫性の法則、4.意思の法則、5.可能性の法則、6.関係性の法則、7.理解の法則、8.サイクルの法則)が具体的にどのように個人や組織に影響を与えていくかが、アルコア社、フィデリティ社、アップジョン社、ウェスチングハウス社など米国の有名企業の事例を用いて考察される。この作業を通じて著者は、21世紀における経営トップのリーダーシップとはいかにあるべきかという問いに対して一つの回答を与えた。
具体的には次のようなことが明らかにされた。
第1に、アイデンティティを認識した個人や組織は、それをコラボレーション軸にしながら潜在能力を発見し実践していくことによって、単なる個人の総和以上のパワーが発揮される。
第2に、名前、ロゴタイプ、マークのようなシンボル要素だけでなく、戦略、ビジョンミッションなどの「コーポレート・アイデンティティ」の基本要素とその本質や内容が各種便益、対応、行動レベルへと構築されるプロセスが明らかにされた。
第3に、従業員、顧客、投資家をはじめとするステークホルダーが才能・経験・技術、製品・サービス、資金・配当などを通じて機能しているということである。
第4に、アイデンティティ・ベース型経営のもとで経営トップやマネジャーがリーダーシップを発揮するためには、勇気、大胆さ、決断力、アイデアなどの面で自分自身が独自性をもつと同時に、人間、企業、環境を洞察することによって企業の独自性や価値を見出し、それを強みとして発揮することが不可欠であることが示された。
最近になって、会社が成功しているかは利益よりも重要な目標によって決まるという考え方に、マネジャーたちは重大な関心を払うようになつた。この「目標」は経済的報酬につながるが、価値創造過程では人間組織がむしろ優先されるべきであるという理解に基づいている。リーダーとして最高経営責任者(CEO)やゼネラルマネジャーが会社を率いていけば、その会社はリーダーシップを発揮できる。その結果、会社のアイデンティティに基づいて価値創造を行う道が開けるのである。
最高の効率性、完全性、持続性はアイデンティティの法則に従う生き方によって得られる大きな利点である。個人であれ企業であれ、あらゆるリーダーに備わる一つの特性は、独自性である。何があなたや会社を独自の存在にしているかを考えてほしい。自らを独自な存在にする特性に投資してほしい。そうすれば、真のリーダーシップが生まれるはずである。
以上が著者が本書で訴えている要約である。8つの法則ごとに事例として企業を取り上げ詳細を説明している。今日のビジネスにおいて最も影響力のある概念の一つは全体システムという発想である。このことは、組織に対して包括的な視点を持ち、そしてそのような視点から組織を見ること、またより重要なことであるが、統合的な方法で組織を管理することを示唆している。そして、価値サークルとして、従業員(価値を創造する)→顧客(価値を購入する)→投資家(価値に資金を投ずる)これらの関係性には純粋な経済的な相互依存よりも重要なものがある。「私たちのことを必要としてくれる相手を、私たちは最も必要とする」ということである。一方でリーダーシップのあり方をいろいろな角度で説いている。一読をお勧めしたい本である。
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