世界を駆け巡り、世界的にも有名な経営者として名を馳せている出井氏が、この4年間、社内ホームページで折々に書き継いできた文章を、「ONとOFF」というタイトルのもとに再編集した本である。
著者は、これからの時代、会社の仕事とは関係なく、外の世界とコミュニケートする「裏番組」や趣味が最も必要だと思えてならないと指摘している。いわば「OFF」の世界である。興味さえあれば、インターネットなどを利用して個人が得られる情報の量は飛躍的に増えており、専門家と素人の差は限りなく縮まっている。つまり、「OFF」の世界を持つか持たないかということで、知識の差がどんどん広がってしまうのだ。これからの「Knowledge Society=知識社会」では、仕事のみならず、生活すべての局面で知識の根源になる「興味」のあるなしが決定的な意味をもってくる。未知のものに素直に感動する気持ち、「センス・オブ・ワンダー」を持っているかということにもつながってくると思う。
与えられた仕事が合わないとか、部署の方針が間違っているとか、会社の文句を言う人は多いけれど、何か具体的な解決策を試みているか。原因解決に向けて、自分にできることは何なのか、視点を変えて今一度考えてみてはどうだろう。政治の問題でも同じである。「日本はどうなってるんだ」と小泉政権の政策に文句を言うだけでなく、基本的には各業界が自らの仕組みを見直すことも必要ではないだろうか。それぞれの「業界」という枠組みの中で慣例を踏襲するだけで、新しい発想を排除する意識がいつの間にか勝ってしまう。しかし、そんな業界や会社を構成している最小単位はあなたであり、私なのだ。そう考えていくと、非連続の改革を妨げている抵抗勢力とは、実は自分自身だということに気付かざるを得ない。固定概念から脱却した発想で日々の「人生」をリ・ジェネレートしていかなければ、われわれに未来はない。
21世紀の幕開けは、まさに「混迷の時代」の幕開けである。時代のスピードに対抗し、いかに「ビジョン」や「戦略」を打ち出せるか。次々に起こる予測不可能な環境変化の対応に終始してしまわないか。われわれは熟慮する猶予も与えられぬまま、二つの挑戦を同時に受けているのだ。「変わらなければ」というメッセージは、常に自己革新を繰り返し、輝かしい企業であり続けたいという願いから、「もっとスピードをあげて変革しなければ、環境変化に飲み込まれてしまう」という危機感に変わっている。
会社は誰のためにあるのか。アメリカでは株式会社は株主のためにある。日本では従業員が大切だという考え方がある。また、顧客のためにあるという意見もある。つまり、会社は誰か1人のためのものではなく、会社を構成している株主、顧客、会社幹部、従業員、地域社会など、さまざまな要素が複雑に影響しあっているのだ。
出井氏は社長になってからの3年間、ビル・ゲイツ氏をはじめ、アメリカのメディア関係のトップと定期的に会う機会をつくることを心掛けてきた。アメリカのコンピュータ、映画、通信、放送などの業界を制しているのは、20〜30人のほんの一握りのトップマネジメントである。ボーダレス化する業界でビジネスをするソニーにとって、こうした人たちとビジョンを共有することはとても大切である。これらの業界を動かしている人たちと波長を合わせながら、ソニー独自の世界をつくっていくことが大事。つまり、どちらの方向に向かっているのかといったビジョンプラットフォームを共有できてこそ、その上でOSのライセンスなどの具体的な話になるわけである。
変化の時代に何をすればよいのか、自信がないのは当たり前だ。しかし、未来は予言するものではなく、自分で創り出すものなのである。
ダボス会議への参加についても触れている。この会議は政財界の人たちが一堂に会して、国籍やビジネスの種類にこだわらず、「世界を如何にしてよくするか」ということを話し合うために、クラウス・シュワブ氏がスイスのダボスという小さな村(本来はスキー場)ではじめた、世界経済フォーラムという国際会議(通称ダボス会議)の年次総会である。ダボス会議は基本的に売上1000億以上の企業であること、あるいは規模が小さくても業界に欠くことのできない企業であることが参加資格となっている。こうした会議に出席してみると、なぜ会議に人が集まるのかということは、即ち、複雑系の理論の実践に他ならないと実感するという。
社外取締役を務めるエレクトロラックス社とGMのボードミーティングに出席するためにドイツ、アメリカに出張した話では、GM13人の社外取締役の中には、コダックのフィッシャー会長などメーカーのトップだけでなく、大学の学長を始め、製薬会社の社長、証券業界の経験者など、さまざまな分野の知識人がそろっていたことが紹介されている。GM社内の役員はジョン・スミス会長を含め3人しかいないのだが、こうしたプロフェツショナルな集団からなるGMのボードが翌日まで1日かけてボードミーティングを行う。
ボストン郊外にあるタングルウッドで毎夏開かれる音楽祭に5年ぶりにいってきたという。そこでコンサートとは別に、小澤征爾さんと話しているうちに、指揮者と経営者とは次のような共通点があるなと感じたという。
- 孤独である。
- 常に勉強し続けなければいけない。
- 基礎に忠実な部分と、革新を意識する部分とが両立しなければいけない。
- 人材育成への情熱――など
会社には、「人」がリーダーシップである時代もある。それは創業者の時代。しかし、最終的にはリーダーシップ/求心力は、「企業理念/ビジョン」であって、そこに全員が帰属し、その理念にむかって努力していくこと、それが会社を伸ばす原動力になるのではないだろうか。
経済戦略会議など、こうした政府の諮問機関に参加した方の話をきくと、「膨大な量の報告書を書いて、しかし実際には何も残らない、変革を起こせない、むなしい」と言う声さえ聞かれる。形式的に民間人・財界人の諮問機関を設けてはみるものの、実祭には官僚の描く筋書きや省庁間の予算獲得合戦という「現実」もあって、思うほどにその成果や自分の貢献を実感できない。
社会が成熟するにしたがって、専門的な知識が重要になってくる知識社会へと変化していくわけだが、それに対応できなかったことこそが、「失われた10年」といわれる日本が抱える問題の根源にあると、出井氏は考えている。P.F.ドラッカーが主張する重要なポイントは、「リーダーに求められるのは、共通のビジョンを示すリーダーであるとともに、専門領域にはいったら専門家の意見に耳を傾けられること」。今までの工業化社会で最適とされてきた、「コマンド&コントロール」では対応できないのだ。
「あとがきにかえて」の中で、この4年間、社内ホームページで折々に書き継いできた文章を、「ONとOFF」というタイトルのもとに再編集した形でまとめようと思い立ったのは、より「よい循環」を創り出すために、自分も含め、もっともっと何かをしなければという切実な気持ちからだったと述べている。本書を読んで戴くと分かるが、常に世界中を飛び回り、世界の要人と会話し、そのうえ海外企業の社外役員もやり、また日本の国家戦略の一つでもある「IT戦略会議」の議長を務めている。このような多忙でも暇があればゴルフに熱中し、シングルを目指したこともあるという。それにワインには目がないようで、非常に詳しい。その他、音楽、文芸にも造詣が深く、おしゃれで魅力的な人だと感じた。一つ一つの言葉が絵になることを言えるのは、世界観のなかでものを言うからだと思う。是非読んでいただきたい。
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