ジョン・P・コッターは、ハーバード・ビジネス・スクールの冠松下幸之助講座リーダーシップ教授であり、マサチューセッツ州ケンブリッジに設立されたコッター・アソシエイツの創設者、会長である。MITとハーバード大学を卒業後、1972年以降、ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を取る。1980年には、33歳の若さで終身教職権を獲得し、正教授の職に就く。これはハーバードの歴史のなかでも、最年少の教授就任の栄誉と認められている。本書は著者が述べているように「だれでもすぐれた変革リーダーになり得るが、そのためには強い意思とスキルが要求される。この著書は、リーダーが強い意思とスキルを身につけることを支援するために書かれている。スキルは、いかにすれば組織をさらに向上させる変革に成功するか、または失敗するかについての分析を通じた深い洞察からうまれる。強い意思は、この本を通じて紹介されるインスピレーション(奨励)と日本で伝統的に受け継がれている意思との組み合わせから生まれる」という。
本書でコッター教授は、各企業が変革を進めていく際にたどっていくべき8つの段階を論理的に、明確に描きだしている。すなわちコッター教授は変革推進のための8段階を、具体的な実証、実例にもとづいて次のように明示している。
- 企業内に十分な危機意識を生みだす
- 変革を推進する連帯チームを形成する
- ビジョンと戦略をたてる
- 変革のためのビジョンを周知徹低する
- 変革に必要とされる広範な行動を喚起するために人材をエンパワーする
- 変革の勢いを維持するために短期的成果を挙げる
- 短期的成果を活かして、さらに数々の変革プロジェクトを成功させる
- 新しく形成された方法を企業文化に定着させ、より一層たしかなものにする
また、21世紀に向けて、わらわれ個人がどのようにキャリア・ディベロップメントを図っていくべきかという点についても、本書は、きわめて有益な助言を提供してくれている。
すなわち、自らに対し高い目標基準を設定し、競争に立ち向かう強い挑戦の意思を築き、人生における真の使命感をもって自らを成長させていく。さらに益々変化の激しくなる環境で、他人の意見に耳を傾け、新しいアイディアをテストし、成功についても失敗についても内省を進め、失敗を乗り越えて自らを向上させるために生涯を通じた学習を続ける、というキャリア・ディベロップメントが提示されている。
本書は、全編を通じてリーダーシップとマネジメント機能の差について解説している。
リーダーシップは、激しく変化を続ける企業環境に対応していくために、企業に必要な変革を推進する役割を担う。つまり、企業の将来のおけるあるべき姿を描き出して、ビジョンを明確化する。そしてそのビジョンを達成してための戦略を作る。このあと、ビジョン、戦略を広く関係者にコミュニケートし、理解を求めて、人材にエネルギーを燃え立たせ、力を与えていく。このような方法を活用して企業内に必要な変革を推進していくのがリーダーである。これに対してマネジメントの方は、予測される成果を予測どおりの方法できちんと達成していくことを任務とする。まず成果達成のために計画立案と予算設定を行い、次に成果達成のために必要な組織を作り、職務を確定し、さらに人材を適材適所の考え方にもとづいて配置する。そして計画どおりにものごとを遂行し、計画と実際の成果を比較し、もし計画からの逸脱が発見されたらこれを問題として取り上げ、必要な是正処置を講ずる、と述べている。
企業変革はなぜ失敗するのかについて著者は次のことを挙げている。
- 従業員の現状満足を容認する。改革に対する十分な危機感を盛り上げないうちに変革に突入してしまうことだ。
- 変革推進のための連帯を築くことを怠る。
- ビジョンの重要性を過小評価する。ビジョンは、多数の人材の間に必要な行動の方向を示し、人材を鼓舞することによって、意義のある変革を進める際におおきな力を発揮する。「変革を推進するビジョンを5分以内で説明しきれない場合、あるいは従業員がそれを理解し咀嚼する際に混乱を示した場合は、問題は必ずそこにある」
- 従業員にビジョンを周知徹底しない。
- 新しいビジョンに立ちはだかる障害の発生を許してしまう。
- 短期的な成果をあげることを怠る。年間計画に具体的な目標を設定し、これらの目標を達成し、さらに目標達成に参画した人たちには褒賞、昇進、昇給を与えてその業績をたたえる。
- 早急に勝利を宣言する。
- 変革を企業文化に定着させることを怠る。「われわれの職場ではこのように行動するのだ」と皆が納得する状態になって、はじめて企業に定着する。
企業が危機状況に置かれているときには、大変革のうちの最初の変革プロジェクトこそ、難破船の救世主、または業績回復の救世主となることが多い。危機意識を高める場合には、現状満足の原因を除去するか、その影響を最小に抑えればよい。
変革のための連帯チームを作っていく際に、次の2つのタイプの人材は、何としてもチームに参画させてはならない。第一は、きわめて大きなエゴ(自我意識)を示し、ほかの人たちがとても入り込む余地がないほどにエゴを発散する人材である。第二は、私が蛇と名付けている人材、つまりチームワークを殺すような不信感をチーム内に生みだす人材である。
ビジョンとは、将来のあるべき姿を示すもので、なぜ人材がそのような将来を築くことに努力すべきなのかを明確に、あるいは暗示的に説明を加えたもの、と定義できる。
変革のためのビジョンが望ましいものであるか否かを吟味する際には、次のような基本的な問いに答えてみるとよい。
- このビジョンが実現したら、顧客にどのような影響がおよぶか。
- このビジョンは株主にどのような影響をおよぼすのか。
- このビジョンは従業員にどのような影響を及ぼすのか。
卓越したビジョンは、たとえそれがわずかな重要人物たちに理解されているだけでも効果がある。しかしビジョンに伴う真のパワーは、企業とその活動に従事しているほとんどの人たちが、ビジョンに示された目標と方向について共通の理解を持ったときに、さらに効果的に発揮される。
すぐれた短期的成果として認められるためには、少なくとも次の3つの特徴を備えている必要がある。
- はっきり眼に見える。大部分の人材がその成果がごまかしでなく、実際の達成であることを確認できる。
- 具体的である。成果の勝利宣言に対し議論の余地がない。
- 全体的な変革の方向に明確に関連づけられている。
ビジネスの世界における変化のスピードが今後、弱まることはあり得ない。ほとんどの業界における競争は、次の数十年間でますます激化するはずである。世界のいずれの企業も、経済のグローバル化とそれに伴う技術と社会の変化が生みだすこれまで以上の困難、それと同時に大きな機会に遭遇することになるだろう。今後の2、30年間には、変化の激しい、競争の激化する環境に適応するために新しい型の企業が生み出されることと同時に、成功を収める企業においては新しいタイプの従業員を生みだすことが要求されている、と言う意味である。変化のスピードが速まるに連れて、学習を続ける意志と能力が、個人のキャリア上の成功と、企業の業績の成功にとって不可欠の要件となる。21世紀には、企業側が、学習を続け、つねに自らを改革していくことが求められることと併行して、数多くの人々にもこのような行動が要求される。
本書は以上のような内容で書かれ、日本企業の21世紀に向けての変革推進のための方法論を明示している。コッター教授は、変革を成功に導くためには、勿論すぐれたマネジメントも必要ではあるものの、将来においてはリーダーシップの発揮がさらに重要となってくることを強調している。それも企業トップによる大規模なリーダーシップのみならず、われわれ全員による小規模なリーダーシップの発揮が益々重要になってくると主張する。
すなわち、企業に働くわれわれも、本書に書かれているような変革に効果的に取り込み、さらに変革を推進することに貢献することを迫られているのである。一読をお勧めしたい。
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