本書のタイトルの「創造的破壊」は、1930年代にシュンペーターが唱えたコンセプトで、資本主義経済の発展の原動力は企業の「破壊」と「創造」の絶え間のない繰り返しによるものだというものである。
本書のメッセージは「優れた会社は、その優秀さゆえに継続性の罠にはまり込んでしまい、市場で生き残るために必要な創造的破壊ができなくなってしまう。その結果、長期的に見れば市場全体よりも低い成長しか達成できない」というものである。そして継続性の前提には企業の構造そのものともいえるMIDAS(Models,Information,Decisions, Actions,Systems of Control)が大きく影響している。この継続性の罠から逃れるためには、企業の変革を阻害してしまうマインドモデルをいかにして変えていくか、また断絶の前提を受け入れ、市場に負けないスピードと規模で変化を起こし続けるための仕組みをどのように作り上げていくかといった変革の取り組みが必要になる。
著者のフォスター&カプランはマッキンゼーのコンサルタントである。
本書は序章の「創造的破壊という競争」から第12章の「創造的破壊は普遍的に存在する」までの構成になっている。本書はマッキンゼーの企業業績データベースに基づき1008社にのぼるアメリカ企業の実際の歴史で作られている。資本市場は新しい競争企業を参加させ、競争に負けた企業を排除するようにデザインされているので、予期しない出来事を増加させる。
「フォーブス」誌が1917年に発表した企業上位100社と1987年に発表した100社と比較すると、61社はすでにその姿を消していた。残った39社のうち、18社はなんとか上位に残っていた。S&P社の1957年に選ばれた500社のうち、1997年にはわずか74社しか残っていなかった。そして残った74社中S&P社のインデックスそれ自体の業績を上回ったのは12社しかなかった。
企業の生存権は永久に保証されているわけではなく、稼ぎ続けている限りにおいて生存権が認められるのである。ビジネスの世界はますます断絶が増大していることをはっきりと認識することである。シュンペーターは、1938年に「産業の突然変異過程は、経済の構造に絶え間のない変革と古い構造の破壊、そして新しい構造の創造をもたらしている。この創造的破壊のプロセスが資本主義の本質的な真実である。これが資本主義であり、そして資本主義企業が生きていかなければいけない世界なのである。
連続性だけが資本市場の話ではない。実際には断絶のほうが、産業や企業の業績が市場から乖離するもっと決定的な役割を果たしている。製薬産業も予測が難しい業界の1つである。製薬業界は60年代、70年代初めは好業績を上げていたが、メディケアとメディケードという法律がこの好業績を簡単につぶしてしまった。しかし製薬業界は今では業績を戻している。非常に強力な新薬の発見、マーケティングと新しい技術的発見を強力に特許で保護したことがこの回復に寄与している。企業内、産業内において「新鮮さ」と業績の関係はきわめて重要だ。産業における新鮮さはその産業における企業の正味の参入・退出率で表される。産業が新しければ新しいほど企業も新鮮だ。
70年代を通じて、医薬品製造業の実質参入率は経済全体に比べて低いものだった。しかし、70年代の終わりには縮小均衡は終わり、拡大基調に反転した。メディケアとメディケイドの悪影響が弱まったことと、新技術の潜在能力に刺激されたため、医薬品製造業界に新企業が参入し出したのである。90年代初頭までに、7年間の期間で見ると医薬品製造業界では10社当たり5社もの新規参入企業が生まれた。これはものすごい変化率である。
断絶が急激に起きているマーケットは非常に複雑な環境だ。経済とは高度にネットワーク化された大量のフィードバックを含んだシステムである。マッキンゼー企業業績データベースによれば、断絶が起きたあとでは、構成要素である産業や製品サービスは、顧客の目から見て十分に評価されるまで最初はゆっくりとしか進化しないことがわかる。その後、潜在的顧客層が顕在化する時期に急激に進化を遂げる。そして、顧客がほぼ開拓されつくすと、また進化は鈍化する。
- 産業や企業の進化のペースが速まると、四半期ごとの業績と株価の間の相関は小さくなる。
- 産業や企業の進化のスピードが速まるにつれ、市場の不安定性も高まる。
人はありとあらゆるものに対してメンタルモデルを形成している。スコットランドの心理学者ケネス・クレークによると、メンタルモデルとは、外界に対する広範囲でさまざまな内面の意識を巧みに操作するものだと指摘している。現在では企業そのものや、市場・経済・競争環境・社会全般のおけるその企業の役割を表してくれるメンタルモデルに頼らずに企業戦略を策定することはほとんどない。80年代半ば、ジョンソン&ジョンソンの鎮痛解熱剤タイレノールに何者かが青酸カリを混入するという事件が起きた。この例で必要とされる新しいメンタルモデルは、危機に適切に対処するというモデルである。当時のCEOジム・バークは全米の薬局の棚からタイレノールを回収することを即座に決定した。その1年だけで推定1億ドルの費用を要した。
多くの場合、抜本的イノベーションは、漸進的イノベーションの結果に比べて10倍の変化と10倍の収益をもたらす。さらに抜本的イノベーションは自己増殖することが多い。いったん抜本的イノベーションが起きると、次のイノベーションを呼び起こすことがある。破壊的イノベーションの影響力は、抜本的イノベーションの10倍である。破壊的イノベーションは新しい市場を生み出し、経済の結びつきを一変させる。億万長者が生まれ、競業企業を打ち負かし、次世代企業を奮い立たせる。
創造的過程、とりわけ発散的思考は、組織運営には要求されることの少ない次の3つの技術が鍵となる。
- 会話の技術(Conversational skills):自分のアイデアを他の人々にうまく伝えるには、上手に話し合うことが必要となる。
- 観察の技術(Observational skills):関連情報を吸収するためには、他の人には関連性がないように見えるようなときでも、複数の業界や文化に幅広く目を向けなければならない。
- 熟考の技術(Reflective skills):孵化の段階では、吸収したさまざまな情報についてじっくりと考え、ばらばらの要素を意味のあるパターンや目的にまとめあげる力が要求される。
成功の鍵は、創造と破壊、継続と変化をうまくバランスさせることである。おそらく今までに例のない断絶の時代に突入している。古いモデルの上に成り立っている事業は廃れ、消えていくだろう。
モンサントの例として、1980年代半ばに化学関連事業を売却し、薬品事業を買収し、バイオテクノロジーの研究開発に資金を投じた。種子メーカーを買収してバイオテクノロジー製品を商品化し、栄養補助食品事業を築きあげた。同時にモンサントの従来の中核事業である化学製品分野から撤退していった。
企業は市場のスピードと規模で自己変革しなければならない。企業が取り組むべきポイントとして次の3つを上げることができる。
- 変化のスピードを市場のスピードから遅れないように加速する。
- 意思決定のプロセスをオープンにし、会社とそのパートナーの才能を全体として活用するようにする(また、文化的ロックインを避ける)。
- 事業活動にマイナスにならない程度に従来型の管理の概念を緩める。
経営には3つの責任がある。第1に、経営は業務管理に失敗せずに、創造的活動を豊かにすることが可能なプロセスを構築する責任を引き受けなければならない。第2は、経営はこのプロセスの指揮をとる際に見落としがないようにしなければいけない。そうすることで、市場のスピードと規模に合わせた有益な成果を得ながら、しかも業務管理のロスや、組織内の生産性を落とす歪みや軋轢を生じないようにする。第3は、経営は、創造的活動を管理するときに補助的とはいえ重要ないくつかの支援活動を行わなければならない。
顧客たちの満たされていないニーズを満たし、新しい能力や技術、新しいビジネス手法を活用する新興企業が生まれるのがその周辺企業だ。簡単にいえば、周辺企業とは成熟企業と新しい企業が繰り広げる競争によって生じる創造的破壊の渦の外周部分だ。この渦の外周部分にいるのが攻撃者、すなわち、これまで満たされていなかった、または知られていなかったニーズを満たそうとする企業や、新しく有効な能力を活用する企業で、中央にいるのは、既存のビジネスの発展に力を注ぐ守勢の企業だ。
ジョンソン&ジョンソンは創造的破壊の波に巧みに乗り、株主たちに異例の長期的利益をもたらしてきた。その秘訣の1つが、研究、ライセンス契約、コーポレート・ベンチャーキャピタルを密接に結びつけた点にある。ジョンソン&ジョンソンの指導者たちは、市場にどっぷりとつかることが市場と同じ動きをする唯一の方法だと考えている。ジョンソン&ジョンソンの1972年の年次報告では、彼らの行動原理となるいくつかの信条が示されている。そしてこれらの信条は、25年以上経った今でも生き続けている。
- 「常にビジネスを行うにあたって、目の前の問題よりもさらに先を見通すことが我々の経営理念である。そうすることで、顧客と従業員の興味と関心を反映している社会の変化の背景を含んだ広い視野を持つことができるのだ」
- 「我が社は特定の技術や製品群に関して、新しい企業を設立することにより、めざましく発展を遂げてきた。これらの企業は、かつては自社の大きな一事業部だったことも多いが、特定の事業領域に集中できるようになる。特定の市場に集中ができるのだ。そしてそこでは、大きな組織に比べ、より素早く対応できるようになる」
- 「我が社は分散管理の原則のもとに組織化され、事業部門、子会社を通して事業を統括している。これらの事業部、子会社は、それぞれで独立した自律的な業務を行っている。全体の経営戦略は理事会の経営委員会を通して管理されるが、運営上の責任はすべて部門経営者に委ねられる」
日本は断絶を受け入れるのではなく、継続の前提を守ろうと必死で努力してきたのである。日本の取り組み方は漸進的な変化をコントロールするために中央での管理を必要とするが、このやり方はどんどん不安定性を増してしまっている。今では世界は先に行ってしまっているのに、日本人はこの問題を抱えたままだ。この問題を整理して「新しいやり方」を身につけるためには数十年はかかるかもしれない。
以上が本書の概要である。本書ではさまざまな企業が登場するが、その中でも11章で取り上げられているジョンソン&ジョンソンのケースは非常に示唆に富んでいる。このケースでは、「対話」の重要性と、「経営陣の変革へのコミット」が何度も強調されている。本書を一読すれば明らかであるが、創造的破壊によってもたらされるベネフィットは大きい。日本の政府が過去の栄光を引きずり、守りに入ってから混迷から脱却できないでいる。失われた10年の問題もそこにあるように思える。自社の現状と照らし合わせて参考にすると同時に実践して戴きたい。
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