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心を読み、かけひきに勝つ思考法

著  者:谷川 浩司、古田 敦也
出 版 社:PHP研究所
定  価:1,350円(税別)
ISBN:4−569−62231−3

本書は21歳の史上最年少で名人位を手にされた天才棋士・谷川浩司氏と、頭脳的・近代的野球で打者を翻弄するヤクルトスワローズの名キャッチャー古田敦也氏の対談集である。

かつて、ヤクルトの監督を務めた野村克也氏が、「データ重視の野球ですね」と質問を受けた時に憮然とした表情で次のように答えている。「“データ重視の野球”ということならば、いまどきどこのチームも多くのスコアラーを派遣し、大量のデータを入手して徹低的に分析していますよ。肝心なことは、その膨大なデータ分析結果の中から次の試合に勝つためのポイントをいくつかに絞って掴みだすことです。そして、そのポイントをそれぞれの選手の個性に合わせて、これこれといって分りやすく伝えてやることですよ」。この言葉をもっと具体的に表現しているのが、この対談のなかに出てくる古田敦也氏の思考である。「今の野球チームにはどこでもスコアラーが何人もいて、“このバッターはこのコースをよく打ちます”、“このコースはよく見逃します”といったデータをいくらでも出してきてくれます。しかし、そうした情報は僕にとって必要かというと、実はあまり必要じゃないんです。僕にとって必要なのは、例えばその打席の1球目に、この打者はこの球を投げたら打つのか、というような、その都度その都度具体的な場面での判断材料になるような情報です。その打者がそれまでどんな球に何回手を出したかというような一般的なことではなく、例えば2―0に追い込まれた時にその打者はどうする傾向があるのかといった、もっと状況に即した具体的な情報が欲しいんです。すなわち、スコアラーが提供してくれるデータがまったく要らないと言うことではなく、自分にとって必要な情報が何であるかがしっかり明確になっていれば、そういうデータから必要な情報を導き出せる。ですから、自分の戦略にとって必要な情報とは何かをはっきりさせて見分けていけば、そこから活かし方というのもそれぞれ出てくると思う」と述べている。われわれ企業人にとっても大変に参考になる。

古田流の“考える野球”の原点となっているのは、将棋といっても過言ではないと彼はいう。小学生の頃に将棋を覚え、知らず知らずのうちにゲーム上で相手の作戦を推理し、一歩先を考えていくという訓練を重ねることができた、ともいう。古田捕手は飛車角落ちで羽生4冠に勝利したことがある経験をもっている。その彼も大学卒業時にプロ入りを期待されながら、ドラフトでどの球団からも声が掛からなかったという屈辱経験もある。その彼が栄光と挫折の中から学びとった大きなもののヒントが満載である。

将棋好きで兵庫県生まれの古田捕手と同じ兵庫県生まれの谷川棋士との対談は、同じ勝負師として、素晴らしい内容になっている。それは、漫才師の相方との、ボケと突っ込みの役割のように大変に息があっていて面白いやりとりになっている。将棋も野球も大成する人は「何を!」と思って続けていく「負けず嫌い」というのがないと上がれない。2人とも対談の中で話しているが、負けず嫌いであったようだ。

プロ野球においては、「きっかけは何でもいいんですが、とにかくファンになってもらいたい。シーズンオフにヤクルトの選手がよくバラエティ番組に出るのも、ファンをふやしたいという願いがあるからです」。

一方、「将棋の世界も日進月歩の技術革新の時代です。パソコンを使った研究がさかんに行われ、「横歩取り8五飛車戦法」や「藤井システム」といった新しい戦法がどんどん生み出されて、技術の進歩のスピードがさらに速くなっている。すべての情報がオープンになり、データの流通も速くなっていますから、私が今日どんな将棋を指したかは明日にはみんなが知っているような状態ですし、プロの公式戦の棋譜は全部研究されつくしているわけです。情報がたくさん溢れている中で、いかに新しく個性的な指してなり戦法を発想することができるかが、死命を制する時代だと言えるでしょう。かつて、益田幸三先生が「新手一生」ということをよく言われました。つまり新しい一手というのは一生かけて編み出すぐらい価値のあるものだということですが、最近ではそれをもじって「新手一勝」などと言われます。つまり、これだけ情報の流通が速い時代になると、新手を編み出してもすぐ研究しつくされてしまうので一勝しかできないというわけです。これまでの先入観に囚われていると、どうしても将棋盤を狭く見てしまう。

古田捕手は、「野球に関しては常識や先入観というものをまず疑ってかかるようにしています。周りの環境に対応してやっていく能力がないと、プロとして残っていけない。昨シーズン巨人からヤクルトに移籍してきた入来智がフォークボールを身につけて勝ち星を増やした。本人は「フォークボールはあまり得意じゃないから投げたくない」と言っていた。本人としては、この球が得意だからどうしてもこの球を投げたいと固まってしまう。それで結果として球筋が偏ってしまうと、打者に待ち構えていて打たれてしまうことになる。

それに対し谷川棋士も、「あまり自分のスタイルにこだわりすぎるとよくないというには、将棋の世界も一緒です。あまり早い時期に自分の形をつくってしまうと、その枠からなかなか出ることができないということになる」。

情報についても、古田捕手は最初から「いらない」と捨ててしまうんじゃなくて、自分の中で間口を広くもって、とにかく入れてから捨てるということが大切なんじゃないかと思うと述べている。将棋を指していて参考になることは、「先を読む」ということです。多分相手はこう攻めてくるだろうということを読んでおいて、先回りして罠をしかけて対処する。そういう意味ではキャッチャーという職業は私にぴったりだと思います。とも言っている。この考え方に古田捕手のプロとしての真髄があり、実績があるように思う。

結論から言うと大成した人には大きく考え、大きく行動をする「大局眼」があるのではないかと思う。将棋の世界でよく使われる格言に「着眼大局・着手小局」がある。すなわち、先を読んで、考えてから1つの駒を動かすということを教えている。谷川棋士は本書のなかで「香車四枚をみなさい」と将棋を教えるときに言うそうだ。どういうことかと言うと、香車は通常将棋盤の四隅にあるわけだから、つまりは盤全体を視野に入れて指しなさい、ということである。自分が攻めているところばかりに注意を集中していると、その部分では得をしても全体での損に気付かない。やはり常に局面全体を見渡していることが大切であり、この言葉もわれわれ企業人にとっては大変に重要なことである。

一方この環境変化のなかで古田捕手は監督と選手が親子のような関係になってしまうようなプロ野球の日本型組織はダメだと言う。将棋の「歩」は数も多いし、役割も軽い駒である。でも、持ち駒に歩が一枚足りなかったばっかりに負けた経験は将棋を指す人なら誰でもある。昔の野球は、「素振り1000本」とか「水を飲んではいけない」とか、練習のための練習をしているような部分がたくさんあった。それよりも優れた選手のプレーをしっかり見た方が良い。古田捕手は、「この人はこうやって打ってるから打てるのかな。ここに秘密があるのかな」ということを考えることが好きだと言う。この考え方は全てに共通しており、見るのも大切な稽古である。よくできる人をよく観察してほしい。自分の欠点とともに、伸びる要素がそこにある。

以上のような内容で読者を引き込んでいく。軽い気持ちで読める本だと思う。しかも人生にとって大切なヒントを多く与えてくれる。


北原 秀猛

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•  古田敦也
•  谷川浩司
•  情報戦略


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