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日本経済 企業からの革命―大組織から小組織へ表紙写真

日本経済 企業からの革命―大組織から小組織へ

著  者:野口 悠紀雄
出 版 社:日本経済新聞社
定  価:1,600円(税別)
ISBN:4−532−35002−6

著者のあとがきに、「国や企業の指導者にとって最も重要な資質は、クトーゾフ(トルストイの“戦争と平和”の中に登場するロシア軍総司令官)的な判断能力であろう。国や企業が重大な局面に直面するとき、そうした資質をもつ指導者が不可欠なのだ。日本経済の構造改革が進まないのは、“抵抗勢力”の力が強く、旧体制の存続を求める政治的な力が強いためだと説明され、一般にもそう信じられている。しかし、それ以前の大問題がある。それは、政治の指導者に、状況を正しく把握する能力が欠けていることだ。いかに“構造改革”と力んでみたところで、日本経済が抱える基本的な問題についての認識が間違っていれば、どうしようもない。企業についても同じである。問題は、デフレが収まらないことでも、円安が十分進まないことでもない。ましてや、公共事業が不足していることや、株価対策が不十分なことではない。変化した経済環境の本質が正しく理解されていないことなのだ。過去の歴史についてさえ、それを動かす法則の発見は難しい。まして、将来の経済の動きを的確に見通すことは、至難の課題だ。私は本書において、日本経済の問題と今後の方向について、常識的見解とは異質の見方を示した」と本書の取り組みについて述べている。

本書の構成は、プロローグ、巨大組織時代の終焉、第1章:産業革命を超える「革命」、第2章:経済体制の歴史的変遷、第3章:IT革命の本質――経済体制の帰趨を決める情報技術、第4章:中国の工業化――日本はどう対応すべきか、第5章:金融緩和で問題は解決できるか、第6章:ガバナンスの確立なくして企業改革なし、第7章:大学改革がなぜ重要か、の7章31の区分により構成されている。

第二次大戦の末期、日本海軍は太平洋で絶望的な戦いを強いられていた。それを象徴するのが、二隻の超巨大戦艦の最期である。現在われわれはこのことを熟知している。ただし、つぎの三点を、改めて確認しておく必要があるだろう。

  • 第1に、技術が不変で艦隊決戦の時代が続いたのであれば、大和や武蔵は、文字どおり不沈艦として太平洋に君臨しただろう。問題は、技術が変わり、時代が変ってしまったことなどである。
  • 第2に、大艦巨砲主義が時代後れになったことは、早くから海軍内部で認識されていた。こうした認識があったにもかかわらず、海軍の基本方針を変えることができなかった。これは、個人の認識能力の問題ではなく、組織の意思決定の問題なのである。
  • 第3に、これら艦船の乗員たちは、世界最高水準の戦闘員であった。問題は、指導者たちの誤った判断によって、彼らが不適切な条件下に置かれたことだ。それによって、多くの有為な人々が犠牲になったのである。

それから約半世紀を経た日本で、生き残りのための企業統合が続いた。特に、1999年には金融機関や保険会社の合併決定が相次いだ。2002年4月1日にみずほフィナンシャルグループが発足した。しかし、発足直後に、未曾有のシステム障害が発生した。こうした事態を見ていると、日本海軍について先に指摘した3点が、ほぼそのままの形で再現されていることが分る。

  • 第1に、情報通信技術の変化である。1970年代までの大型コンピュータの時代においては、大企業と中小零細企業の間には、隔絶した情報処理能力の差があった。しかし、その後の情報技術の進歩で、この差が消滅したのである。しかも、技術進歩が急速な世界では、「光の速さの意思決定」が要求される。
  • 第2に、当初から問題があると認識されていたにもかかわらず、危機がコントロールできなかった。これは、みずほの特殊事情ではない。
  • 第3に、これらの企業の現場にいるのは、強い責任感に支えられた有能な人々だ。適切な勤務環境が与えられれば、どんな競争にも勝ち抜く実力をもっている。

つまり、この10年間に世界が一変したのである。とりわけ重要なのは、アジア諸国の工業化と、新しい情報技術の展開だ。米国経済は、明らかに構造変化をしている。伝統的な大企業が中心の経済から、小企業や個人が中心の経済に変質しているのだ。こうした変化が生じた第1の理由は、市場を通じる分業が、組織を通じる分業に比べて有利になったことだ。それをもたらしたのは、(1)情報処理と通信コストの低下、(2)変化のスピードの加速化、(3)グローバリゼーション、(4)モジュール化、などの要因である。

そして、日米の経済構造の差は、「大きくて価値の低い企業」と「小さくて価値の高い企業」の差だと捉えることができる。日本の経済は依然として伝統的な巨大企業に支配されているのに対して、米国の経済は若くて価値が高い企業がリードしている。

では、企業価値を高める要因は何かというと、1つ重要なポイントは「専門化」だ。それが「モジュール化」の方向に進む経済の新しい仕組みである。なぜ企業が存在するのかを問いただしていかなければならない。

市場の重要性を高める3つの要因

  1. 情報・通信コストの低下――情報処理と通信に要するコストが低下すると、異なる組織間の情報交換が容易にできるようになる。大量の情報を収集し、それらを分析することが容易になるので、契約改訂のコストが低下し、また、情報の非対称性を克服しやすくなる。このため、分業を実現する手段としての市場の重要性が高まる。つまり、大組織内部で分業を行うメリットが相対的に低下するのである。「IT革命とは、巨大企業内の組織内分業から、市場を通じる分業への変化である」と捉えることができる。
  2. 変化のスピードの加速化――変化のスピードが急速になると、固定的な関係が陳腐化する可能性が高まる。したがって、契約を変更することの相対的な利益が高まるのである。このため、小さな組織が市場を通じて分業することの相対的な利益が高まるのである。
  3. グローバリゼーション――経済活動のグローバリゼーションが進むと、潜在的に契約できる相手が増える。例えば、賃金が低い国の企業が生産する部品を購入することにより、コストの大幅な削減を実現できる
  4. モジュール化――さまざまな部品や業務が規格化されると、アウトソーシングがしやすくなる。これは、オフィスワークに関しても生じる変化だ。こうして、組織と市場の相対関係について、基本的条件が大きく変化した。従来は組織内で処理していた業務を、市場を通じる分業に移行させることが効率的になった。

日本経済が陥っている問題の基本に、日本企業がリスクを取らない点にある。その原因は、第1に、企業が雇用維持のための制度と考えられていることだ。第2は、日本的組織では失敗が許されないことだ。したがって、日本社会がリスクに挑戦するためには、企業が失敗しうる環境を作る必要がある。そのためには、労働者が組織間を自由に移動できる仕組みを作ることが必要だ。

社会主義経済の優位を打ち砕いたのは、技術の進展である。1970年代になって、組織と市場の相対的優位性が、技術的条件によって大きく変りはじめたのだ。社会主義が行き詰まったもう一つの大きな理由は、選択の自由が限られていたことだ。所得水準が向上すると、消費者の嗜好も多様化する。消費財の選択に厳しい制限が課せられている社会主義経済では、この欲求を満たすことができない。また、技術進歩が加速化すると、生産面で選択の自由が限られていることが、生産性を低下させる。競争を通じる効率向上が実現せず、しだいに西側経済との格差が開くことになった。

歴史をみると、ある時代に世界をリードした国が、時代の経過に伴って活力を失ってしまう例が数多く見られる。大航海時代をリードしたポルトガルは、その典型だ。スペインと世界の領土を二分するほどの活力を示しながら、ある時期から全く活力を失ってしまった。産業革命をリードして世界を大きく変えたイギリスも、ドイツ、米国などの後発国に追い抜かれた。最近の時点を見ると、日本と他国との間で、似た現象が生じている。

2001年4月に成立した小泉内閣は、「構造改革」を政策の中心に掲げた。しかし、それに沿った政策が、現実に行われたわけではない。第1に「経済の活性化」とか「構造改革」という空虚なスローガンが繰り返されるだけで、改革の基本哲学も具体的内容も、明確にされていない。変化する国際環境と新技術の展開に関する基本的な理解も、それに対応する経済構造の具体的なビジョンもはっきりしない。このため、現実の経済政策は「構造改革」というスローガンとは裏腹に、後ろ向きであり、旧体制を温存しようとするものでしかない。経済構造を変えるためには、税制や金融制度、あるいは雇用制度などが重要な役割を果す。したがって、政府に求められる重要な課題は、このような制度を改革することである。日本が21世紀に活力を維持できるかどうかは、この点にかかっている。日本経済の構造改革は、企業改革とほぼ同意語である。具体的にいえば、「大きくて価値の低い企業に支配されている経済を、小さくて価値の高い企業がリードする経済に変える」ことだ。

円安は古い産業構造を温存させ、日本人を貧しくする。なぜなら、円安は、輸入財で評価した日本人の労働価値と円資産の価値を低下させるからだ。現在の日本は、食糧やエネルギー源の多くを輸入に依存している(カロリーベースで食糧の約6割を輸入し、エネルギーの約8割を輸入している)したがって、円安が進めば、日本人は生活水準を切り下げざるをえなくなる。円安で輸入デフレを阻止しても、実質所得が下がることになる。だから、結局のところ、問題は解決されないのである。他方で、日本国内の産業構造は、古い型のままで残る。したがって、円安は、問題の本質を実質的に解決することにはならない。現在われわれが直面しているのは、金融緩和によって古い構造を残すか、それとも経済構造を転換するか、と言う選択である。金融緩和・円安政策は、典型的な問題糊塗策なのである。

国際経営開発研究所(スイス・ローザンヌ)が毎年発表している「世界競争力年鑑」という調査がある。90年代の初めまで日本はトップだったが、2002年版では、対称国49ヵ国中30位となり、台湾、マレーシア、韓国などを下回った。これで分るように、日本企業の活力のなさが、日本経済不調の原因になっている。「景気が悪いから企業の調子が悪い」と考えている人が多い。しかし、実態は、逆なのである。つまり、日本企業が活力を失ったから、日本経済が活性化しないのだ。日本経済が抱える経済的困難の基本原因は、日本企業の収益性が低下したことにある。また、税収の驚くべき減少である。とくに、法人税収は、10年前にくらべて実に半分程度にまで減っている。その原因は、企業の収益力の低下である。企業収益の回復がない限り、財政再建はありえないのである。では、なぜ企業収益力が低下したのか。その理由は、日本企業が経済環境の変化に適切に対応していないからだ。

その変化とは具体的には(1)情報通信技術が、大型コンピュータ中心のものから、パソコンとインターネットを中心とする仕組み(IT)にかわったことだ。パソコンの基幹技術(OSとMPU)を米企業に独占されたため、日本のエレクトロニクス産業の収益は低下した。パソコン生産の利益はOSとMPUに集中するため、組み立てしかできない日本メーカーがいかに生産量をふやしても、収益があがらないのである。(2)東アジア諸国、とりわけ中国の工業化だ。同品質であれば、低い賃金で生産される安い輸入品に競合できるはずはないから、日本企業の収益力が低下する。

日本企業は、なぜ経済環境の大きな変化に反応できないのか。それは、組織が老齢化したからだ。人間は歳をとると、若いときには簡単にできた動作ができなくなる。

日本経済の停滞と行き詰まりの大きな原因の1つは、新しい時代のための人材育成が後れたことにある。日本が直面する問題に、アジア諸国の経済発展が今後も続き、日本との差が縮まるという事実だ。このためにも、人材の質の向上が不可欠だ。そのための基本的手段は、教育である。中国の脅威は、13億の巨大な人口プールから、次々に生まれる「人的能力の大爆発」である。特に注目したいのは、インターネットには国境がないことだ。米国で行われているeラーニングの中には、日本で仕事を続けながら受講可能なものもある。日本にいながらにして、世界の一流大学のプログラムを受講し,世界各地のクラスメイトと議論を交わすという「バーチャル留学」が可能な時代になってきた。これは日本の大学のあり方に影響を与える可能性がある。

以上が本書の概要である。政府にとっても、また企業にとっても野口教授の述べる1字1句が胸に突き刺さるのではないか。イギリスの歴史学者のツインビーがいった言葉に「国家であれ、企業であれ、外からの攻撃によって崩壊するものではない。内部に創造性を失った瞬間から滅亡がはじまる」がある。

アイルランド国家の国花は“shamrock”である。日本の三つ葉のクローバーのような花であり、その1枚づつの葉に3つのIをつけ、国民を啓蒙している。Information、intelligence、ideaの3つのIである。このIT時代を迎えアイルランドは蘇った蘇ったように発展している。その大きな理由は、法人税を10%にするなどして海外企業をどんどん呼び込むような思い切った政策にある。日本は如何であろうか。

著者が指摘するように、政府には経済構造の具体的なビジョンも、はっきりせず、理念がないためにその場凌ぎ的なことばかりに始終していて、具体的な答えがでてこない。一方、日本の企業も環境変化を読めず、著者の指摘のように収益が上がらない。税収のピークは1990年の60兆円超えが、昨年は約48兆円弱である。特に法人税は前年比12.7%減の10兆円そこそこである。現在の日本企業の開業率は4.1%に対し廃業率は5.9%である。当然企業数は1.8%の減少になってしまう。政治指導者に、状況を正しく把握する能力が欠けていては、「構造改革」の掛け声もむなしく聞こえてくる。元気だせ日本の企業よ!と叫びたい。


北原 秀猛

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•  グローバリゼーション
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