本書は、特殊法人改革の議論を財投改革論とも関連させて展望し、その背景にある経済論に注意をしながら、小泉内閣での特殊法人等改革のプロセスを検討し、その問題点を指摘するとともに、今後の改革のあり方について展望を示している。
第1章は、財政投融資改革と特殊法人改革の接点となる部分を吟味している。第2章は、先行7法人の改革をもとに、小泉内閣の特殊法人改革では、将来の国民負担を抑制するという点で抑えが甘く、決定的成果はまだ得られていないことを論証している。第3章は、財政投融資改革が、政策のコントロールをむしろ薄める方向で進められ、結果的に大きな問題を残したことを示している。第4章は、政策コスト分析という財投改革の論議のなかで財務省から提案され、地味ながら成果をあげている分析手法を紹介しながら、これを軸にすれば、財投改革も特殊法人等改革も十分な成果が期待できることを示している。第5章では、小泉内閣における特殊法人改革の作業がどのように進んできたかを順を追って紹介し、特殊法人の事業見直しという本筋の議論から始まりながら、次第に組織の見直しに議論のウエイトが移ることで、特殊法人等改革の目的が不明確になっていく点を解説している。最後の第6章は、改めて特殊法人の事業見直しについて、財投機関に適用されている政策コスト分析を財投機関以外の特殊法人にも広げることで進めていくべきであることを示している。
特殊法人は官僚が天下り先を確保するために作った利権の固まりであり、そこに政治的利権がからまり、誰も制御できないまま知らぬままに国民の将来負担が増え、ある日突然、国民に増税を強いる伏魔殿であると言えば、実にわかりやすく、1日でも早くつぶすべきであるということになる。官僚が退職後に就くポストとしてだけの意味しかない天下りは止めるべきである。しかし、特殊法人の事業がすべて無駄であり、財政投融資はただちに停止すべきであるというのも行き過ぎである。そうだとすると特殊法人の事業をどのようにコントロールし、財投計画をどのように適正規模に持っていくかという技術論になる。
財政投融資制度の改革が、2001年4月からスタートした。以前は、郵便貯金は全額が大蔵省所管の資金運用部特別会計に預託されていたが、それを止めて自主運用することとなった。資金運用部特別会計は財政融資資金特別会計に名称が変更され、そこでは財投債を発行して、財投計画に必要な資金が調達されることになった。また、財投機関はこれまで運用部資金だけに頼っていたのを、財投機関債をみずから発行して資金調達をすることとされた。この動きは、郵便貯金と資金運用部、財投機関の三者が全体としてつながっており、それが巨大な金融機関として働いており、日本経済における資金の動きを歪めているという批判に応えたものである。結果的に、郵便貯金は自主運用に、財投機関はみずから資金を集めることで自主独立性を高め、それによって金融としてみずからを律する姿勢を持たせようとした。他人依存の態勢では無駄がなくならないという批判に応えたものである。これに対して、財投の司令塔であった資金運用部特別会計、あるいはそれを所管する大蔵省の地位は低下した。財政融資特別会計は財投計画に必要な資金だけを調達する役割となり、財投機関が財投機関債で自ら資金を集めるようになれば、必要額との差額だけを調達する機関となるからである。
財投の問題は、金融システムとしての整合性にあるのではなく、それを政策手段として使うときに収益性の見込めない分野への投資が増えてきたことにある。簡単にいえば、投資の収益性に関する中立的な判断を欠いて、政策判断を優先させてしまったことである。その結果、大きな将来負担を生み出すことなり、わが国の財政運営における大きな不安要因の一端を担うこととなった。
特殊法人は政府の別機動隊であって、政府が政策手段を行う際の手足に過ぎない。したがって、政府がその政策を引き続き維持するか、拡大するか、あるいは停止するかの意思決定が重要である。そうすれば、特殊法人の問題は解決される。所管省庁と離れたところで意思決定する特殊法人などない。日本道路公団のように技術者をたくさん抱える機関は、大きな事業を継続的に回していくことが本能のようになっているので、ひたすら仕事を増やしていく傾向がある。しかし、それは道路公団でなく、本省の国土交通省にその傾向があるからであり、特殊法人の技術者だけが本省のコントロールを振り切って暴走するという構図はおそらくない。
2001年予算のなかで、82.6兆円の一般会計予算に対する特殊法人・認可法人(総称して特殊法人等という)全体への補助金は5.3兆円、32兆円余の財投計画に対する特殊法人等の割合は24.4兆円である。特に問題があると言われるものは、公庫、公団、特殊会社等の財投機関と特殊法人等が重なる部分である。
政策コスト分析とは、「財政投融資を活用している事業の実施にともない、今後、当該事業が終了するまでの間に国(一般会計等)から将来にわたって投入される補助金の総額を、割引現在価値として、一定の前提条件にもとづいて計算したもの」(財務省理財局)とされている。本来的には、ある機関が今期初めて一つの事業を財投資金を活用して始める場合に、その事業にともなって、今期以降終了して財投資金を返済し終わるまでの間(例えば30年間)、毎年度、どれくらいの補助金、補給金、交付金などが必要かを金利の変動やその他の条件を設定して算定し、それをあらかじめ決めた割引率で現在価値にわれ戻し、全期間について合計するものである。単純な例を挙げると、政府関係金融機関が低利で1兆円の貸付事業を行い、貸付金利と財投金利の間の差額を利子補給として行うケースを考える。貸付期間を15年、満期一括償還とし、利子補給分を1%とする。その場合には、予算ベースで行けば、財投計画においては政府関係金融機関の事業計画として1兆円が計上され、その政府関係金融機関の所管庁の予算として、初年度ゼロ、次年度には補給金100億円が計上され、政府関係金融機関に交付されることになる。この100億円は返済が終るまでの15年間続く。そのときの政策コストは、100億円÷(1+割引率)+100億円÷(1+割引率)2+……+100億円÷(1+割引率)15となる。割引率が5%のケースでは政策コストは1090億円、3%のケースでは1230億円となる。
政策コスト分析の公表が始まって3年になるが、公表機関は初年度の1999年度で5機関からスタートして、直近の2001年度では33機関になっている。技術的な問題があることは理解できるが、公表できない理由があるわけではなく、一日も早い全機関の公表が待たれるところである。33機関の合計で見ると、フローである2001年度の財投計画ベースでは24兆3966億円、全体の75.0%を占め、2000年度末の財投残高ベースでは214兆7683億円、全体の51.4%を占めている。もっとも、33機関以外での大口機関では地方公共団体があり、地方債の引受け部分を除くと、公表34機関の比率は2001年度の計画ベースで98.6%、2000年度末残高ベースでは65.0%となる。さらに、残高ベースから郵便貯金特別会計で行っていた資金運用事業を除けば、33機関の2000年度末残高の占める割合は、78.6%となる。残りの機関の政策コストを無視していいわけではないが、量的にはおおむね把握されていることになる。なお、地方債については、全額が地方税および地方交付税等で負担されることになる。
日本道路公団の場合には、9342Kmの高速道路をすべて供用させるという計画の前提は変っていないが、1998年度から1999年度では分析期間が5年延長されることで、政策コストは3兆3513億円から4兆2965億円に跳ね上がったが、2000年度は計画期間が3年延長されたにもかかわらず、3兆4615億円に下がっている。これは財投金利が下がり、資金コストが引き下げられたことが大きく影響している。
政府関係金融機関で政策コストが大きいのは、農林漁業金融公庫と国際協力銀行・海外経済協力勘定である。絶対額で4989億円と6342億円、財投計画残高に対する割合でも13.4%と12.8%となっている。日本政策投資銀行は絶対額では1000億円を超えているが、財投計画残高に対する割合では0.8%に留まっている。農林漁業金融公庫は単年度の貸付金4000億円程度に対し資本金がほぼそれに匹敵する3000億円超あること、公庫のもつ融資メニューでは最長の林業基盤整備資金では貸付期間が55年と相当長く金利が0.9〜1.65%と低利であるなど、長期に低利の状態が続くことが、政策コストを押し上げている。
公共事業実施機関で、政策コストが1兆円を超えている機関は4機関に達している。大きい順にいえば、日本道路公団が3兆4615億円でトップ、次いで石油公団の1兆8242億円と、先行7法人に数えられるところが上位を占めている。道路関係では、本州四国連絡橋公団が6306億円で大きく、首都高速道路公団3712億円、阪神高速道路公団2709億円と続いている。いずれも事業規模が大きいだけに、コストも大きい。また、都市基盤整備公団は、かつての住宅・都市整備公団から組織替えしたものであるが、1兆2342億円の政策コストとなっている。住宅金融公庫を除いて、先行7法人の政策コストは、財投機関のなかでも大きい方にランクされている。
特殊法人改革は、次のように進められてきた。
<2001年>
4月 3日 「特殊法人等の事業見直しの論点整理」を公表
6月22日 「特殊法人等の事業見直しの中間取りまとめ」を公表
8月10日 「特殊法人等の個別事業見直しの考え方」を公表
9月 4日 「特殊法人等の廃止又は民営化に関する各府省の報告」を公表
10月 5日 「特殊法人等の組織見直しに関する各府省の報告に対する意見」を公表
11月 7日 「特殊法人等に係る欠損額等」を公表
11月27日 「先行7法人の改革の方向性」を公表
12月18日 「特殊法人等整理合理化計画」を公表
以上のようなスケジュールで進められてきた。4月から8月までは事業の見直し、9月以降は組織の見直しに転換していることが読み取れる。本来、事業の見直しについて突っ込んだやりとりを行革事務局と各省庁が行い、大臣での折衝なども経て、然るべき後に組織の見直しにいくべきところを、事業の見直しが中途半端で結論が出ていない段階で組織の見直しに移っている。行革事務局から、行革が出来るかどうかの問い合わせを、提出期限の区切られた宿題の形で、次々と突きつけられる各省庁としては、事業の見直しについて一定の政治決断が出ない段階で、組織の見直しを問われるのであるから、出来ないと答えざるをえない。そのような混乱を上記の表から読み取ることができる。小泉内閣が事業の見直しよりも組織の見直しという形で成果を欲しがったことが原因であろう。
4月の段階で事業見直しについて基準を作ったものの、各省庁と折衝すると、従来からやってきた仕事について見直す姿勢は一部に限られ、抜本的に見直し事業を廃止・凍結するという結論は、事業規模が大きく、政治的な関心が強い分野ほど特に難しい。その理由は、内閣官房に作った組織である行革推進事務局が、担当大臣がいるとは言え、横並びの省庁に対して事業の在り方について強く指示する権限を持たないという、この方式での行革の限界によるところが大きい。
集中改革期間は2006年3月末までであり、その間に先送りになっている政府関係金融機関、道路四公団、空港関係機関などについての検討が行われる。しかしいずれも政治的利害の大きく関わる問題であり、容易に決着がつかないであろう。特殊法人等整理合理化計画は、本当は改革の始まりであるが、むしろ終わりにならぬよう、注目していかなければならない。
以上が本書の概要である。今までは、特殊法人改革というと、官僚が退職後の天国を作るためのものといった感覚のなかで、あらゆる特殊法人は即時に廃止すべきという意見を言う人が多かったように思う。しかしこの本を読んで見るとそう単純なものではないことがわかる。しかし、問題点も多いことも事実である。当然改革のメスをいれなくてはならない個所がある。そこで、特殊法人の問題点を整理して、何をどのようにすることが、これからの日本にとって重要かなどの議論を深めて行く必要がある。
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