利益を伸ばす要因は3つしかない。すなわち、販売量、コスト、価格である。伝統的に日本企業は、販売量とコストを重視した経営を行ってきた。多くの場合、販売量と市場シェアの最大化を目指してきた。しかし、世界の情勢は変った。今日、市場において適切なプライシング(価格設定)を行う能力と価値を抽出する能力は、ビジネスで成功し続けるための必須条件となった。なぜなら、優れた顧客価値の創造と、高い収益性の維持が、世界規模での競争に勝ち残る企業のコア・コンピタンスとなってきたからだ。加えて、プライスング・プロセスは、企業の利益を確保し株主価値を高めていくうえで、ますます重要な役割を担うようになった。・・・ピーター・F・ドラッカー
急速なグローバル化の進展は国際間競争の構造を変え、低価格と市場シェアを重視する戦略は継続的な成功をもたらさなくなった。製造やマーケティングの再構成は、伝統的な競争上の優位性をひっくり返し、インターネットは価格の透明性を劇的に高めている。
プライシングは、「コスト−プラス方式」から、顧客価値を「十分に測定し反映させる」方向に変化している。簡単に言うと、一次元的なプライシングの仕組みが、売り手と買い手の間でよりよく価値を分配するような、より洗練された構造によって置き換えられている。プライシングは企業ヒエラルキーの中での地位を高められなければならないということである。結局、価格は、3つしかない利益要因の1つなのだ。
日本の大企業の典型的なプライシング戦略は、積極的なプライシングと大量販売、容赦のないコスト削減を組合せて長期的な利益の獲得を目指すことである。この戦略は1990年代前半までは十分に成功を収めたが、この10年間を見ると成功しているとは言い難い。日本企業はこれまでの伝統的なプライシング戦略を見直し、プライシング・アプローチをコスト志向から価値志向に変えなければならない。
本書はパワー・プライサーになるための方法論をまとめたものである。本書は4部15章の構成になっている。1部が「基礎編」、2部は「応用編」、3部は「実践編」、最後の第4部は「展開編」となっている。
多くの企業は、「価格は市場が決定する」もしくは「競合他社に価格を合わせざるを得ない」と言って、プライシングに対する責任を放棄している。ところが、今日のように世界中で製品が標準化され、グローバル・ブランドが一般的となってくるに従って、市場を別々に扱っていると世界規模で得られるはずの利益を縮小してしまう危険性がでてきた。すなわち、第三者が価格差を利用して、安い国で買った製品を高い国で売るための「ヤミ市場」が生まれるのである。プライシングを複雑にしている2番目の原因は、「情報」である。よりよい情報が、より賢く、より力のある顧客を生み出している。利益=販売量×価格−コスト
企業は2つの要素を分析する。「競合分析」と顧客の要望や重要な市場セグメントを特定する「顧客分析」である。こられの分析に基づいて、企業が提供する価値を創造するための意思決定が行われる。最初にターゲット市場が選択され、次に価値を生み出すようなマーケティング・ミックスの要素が組み合わされる。
次にどのように価格が利益に影響を及ぼすかを考える必要がある。価格変動の販売量への影響を計るのに非常に有用な「価格弾力性」の概念を導入する。販売量の価格への反応は、最適価格を決定する際の大きな要素となる。価格弾力性は、販売量の変動比率を価格の変動比率で割って表される。価格弾力性=販売量の変化(%)÷価格の変化(%)
価格そのもの、あるいは価格の変更は、利益に重大な影響を及ぼす。価格変更に伴う利益への影響を打ち消すためには、製品1個当たりの貢献度利益の変化が販売量の変化によって補われなくてはならない。20%の価格引き下げは、1個当たりの貢献利益の50%減につながるかもしれない。値下げ前と同じ利益を得るためには必要な販売量は2倍になることもある。変動費と固定費の構造は、価格変更に伴う利益へのインパクトに大きな影響を及ぼす。1個当たりの変動費(限界コスト)の価格に対する比率が高くなれば高いほど、価格変更の利益に対するインパクトは大きい。
価格反応は、偶発的で相互に関連する複雑な一連の要因に依存しており、その要因に関する情報を収集する必要がある。価格実験と市場データ分析は、実際の購買行動を分析するもので、価格反応の推定に関する貴重な情報を提供してくれる。
コンチネンタル航空を劇的によみがえらせたCEOのゴードン・ベスーンは、「航空業界における競争事業者としての利益の源泉は、究極的には賢くなることである」と説いている。「市場シェアを高めることではなく、利益を上げることを望む人たちが、このビジネスにおける従来型志向の重役たちに取って代わってきている」。このような状況の下で競争相手の反応を理解することは、顧客の反応を理解することと同じくらい重要である。業界の需要は供給ほど大きく成長していない。従って、自社の事業を拡大することは他社の市場シェアを奪うことを意味するが、これは競争相手が対抗措置をとる可能性が高まることも意味する。市場における価格帯と、プレイヤー間での競争の程度を理解すること。価格帯の概念は多くの状況で有用である。個々の業界関係者が目的達成のためにどのような行動を取り得るかを評価するため、とりわけ業界関係者の市場シェア、目的、およびコスト・ポジションを分析することである。
顧客を分類し、複数のカスタマイズされた価格を設定できるようにするためのフェンスづくりには、基本的に4つの方法がある。
- 製品のラインアップによる分類:製品のラインアップをつくり、顧客自らがその中から好みで製品を選び、顧客同士間に自然とフェンスをつくっていく方法。
- 利用可能性によるコントロール:意図的に選別された顧客グループにのみ製品や価格を知らせる方法。例えば、特定のチャネルにおいては、異なる販売方法、価格をとるなど。
- 購買者特性による分類:年齢や職種といった購買者の特性を観察し、その特性を持った顧客が知覚している価値を引き出し、プライス・カスタマイゼーションを行う方法。
- 取引特性による分類:取引するタイミングや取引量などの取引時の特性を観察し、プライス・カスタマイゼ−ションを行う方法。プライス・カスタマイゼーションのさまざまな手法を創造的に組合せて状況に合ったものにする(マイクロソフトの例は顧客特性による手法と時間手法をミックスした例である。また、ユーロ・ディズニーの「子供無料」サービスも同様のミックス手法の例である)。
急速な市場のグローバル化の進展に対応するには、パワー・プライサーのプライシングの性質を理解することである。市場のグローバル化はプライス・カスタマイゼーションの新しい可能性をつくり出す一方で、既存の価格構造および価格水準を壊す危険性をはらんでいる。伝統的に、市場、顧客、競合他社、小売業者、規制は国ごとに異なる。これらは、各国におけるプライス・カスタマイゼーションに必要な要素である。
「購入量が変化する」場合、すなわち顧客が価格によって購入量を加減する場合に有効である。非線形プライシングには、購入量の増加に伴う価格の割引が含まれている。非線形プライシングは、顧客が同質的である場合にも、異質である場合にも機能する。しかし、非線形プライシングがより効率的に機能するのは、同質的顧客から最大価格を引き出す場合である。
製品ラインのプライシングでは、全体として高い利益を出すために、いくつかの製品の利益を犠牲にしなければならない可能性がある。製品間の相互依存関係を知るためには、信頼性のおける十分な定量データが必要となる。製品間で補完的、もしくは代替的な関係が強くはっきりと見られる場合にのみ、製品ラインのプライシングが考慮される必要がある。
複数の製品を販売している企業では、個別の製品に対するプライシングの範囲を超えたプライシング方法が考えられる。価格を決定することのみならず、販売方法の工夫によっても、より大きな利益を得るチャンスがある。すなわち、個々の製品を単体で販売するのか、あるいは複数の製品を組合せて販売するのかということである。このようなプライス・バンドリングは、ビジネス戦略のコアとなる手法である。プライス・バンドリングは、顧客の支払意志額、つまり最大許容額が幅広い場合効果がある。このような場合、バンドリングは、個別プライシングでは得られない消費者余剰、つまり「取り損ねたお金」を別の製品に移転することができるので有効である。
インターネットは、近年、他に類を見ないほどに、ビジネスや顧客を引き付けたテクノロジーである。指数関数的な成長、新しい可能性や発見に対するアクセスの簡易性という魅力的な組合せは、賢明なアントレプレナーがそのプライシングやビジネスモデルに関するアイデアを黒板や学術書から解き放ち、現実の製品や生身の顧客に適用することを可能にした。これまでのところ、新しいウェブをもとにしたプライシング・モデルは、産業全体を変えるようなことはできていない。その理由の多くは、買い手が購入のすべてのプロセスをオンラインに移すことに依然として抵抗を感じているからである。多くのケースにおいて、企業や消費者は、インターネットを通して買い物をすることは危険で、やっかいなプロセスと見なしている。小売店はいまだにオンライン上のライバルよりも、実世界のライバルにより多くの脅威を感じている。
日本企業は、第二次世界大戦後で他に類を見ないほど、国際間市場で大きな成功を収めた。日本企業の価格戦略は日本企業の市場での成功を守るための手段となり、多くの産業で強力に市場を占有するのに役立った。海外市場に参入するとき、ほとんどの日本企業には、短期間の利益を最大化することよりも、市場シェアを最大化することの方を重視した。市場シェアを伸ばす最も効率的な方法の1つは、積極的なプライシングである。それは、競合他社よりも低い価格で販売し、量産によってコストを下げることである。このパラダイムは、多くの日本企業の何十年にもわたる特徴であり、いまだに使われ続けている。日本の経営者は、「我々は、顧客付加価値をより高い割合で実現することを意識的に我慢している。その代わりに少なくとも、市場の90%をできれば100%占有することを目指すのである」と強調した。多くの市場において、積極的なプライシング戦略は極めて成功した。特に、オートバイやカメラ、家電製品において、西欧の競争相手を一掃した。
しかし、日本企業のプライシング戦略を変化させ影響を与える要因は、バリュー・チェーンの国をまたがった再配置である。ピーター・F・ドラッカーは最近の著作で、「日本は精神面で生産の減少に対する準備がほとんどできていない。20世紀の後半における経済的地位の上昇は、世界のメーカーの巨匠になったということである。経済的成功の鍵だったメーカーにおける地位低下は、日本が直面するとても大きな課題の1つである」と述べている。日本が市場での成功をもたらした伝統的な手法は、今後はうまくいきそうにない。大規模な方向転換が必要とされている。
- 世界をまたにかけたバリュー・チェーンの再構成がもたらす変化が、十分に理解され、観察されなければならない。西欧の企業は、世界クラスのマーケティングやブランド化と、低コスト契約による生産を組合せて利用している。これに対応して日本企業は、マーケティングやブランド化の能力を急速に向上させなければならない。
- プライシング・プロセスは、コスト競争から、顧客価値に方向性を変えなければならない。
以上が本書の概要である。今日、コスト削減余地が限界まで小さくなっているなか、プライシングの重要性がますます高まっている。日本のデフレは1999年10月以降下落を始め、デフレ経済も4年目に入った。百貨店、スーパー、コンビニエンス・ストアなど、全ての小売業が値下げをしなければ売れない状況にあり、マクドナルドも価格を下げても、売上げはマイナス傾向である。すなわち顧客にとって、その商品に価値を見つけない限り買わないのである。単純に価格を動かすだけでは、市場は反応しない。基本は、顧客や消費者に喜ばれる付加価値をどれだけ付加できるかである。本書は、「コスト−プラス方式」から、顧客価値を「十分に測定し反映させる」ためにどうしたらよいかを企業の事例を交えて具体的に示している。しかも、章の終わりごとにまとめを入れて整理されており、また、大変に読みやすい文章になっている。日本は値下げ競争で収益悪化という、このような難しい環境下において、プライシングに関する日本語の書籍はほとんど見当たらない。その面から言っても非常に価値の高い本である。
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