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「平成三十年」への警告表紙写真

「平成三十年」への警告 日本の危機と希望を語る

著  者:堺屋 太一
出 版 社:朝日新聞社
定  価:1,400円(税別)
ISBN:4−02−257706−1

本書は、プロローグ:どうなる「平成30年」、第1章:なぜ日本はダメになったか、第2章:新時代とはどういう時代か、第3章:IT革命、第4章:官僚政治の脱却、第5章:経済再生への道、エピローグ:改革は小さくいって大きく行こう、の構成になっている。

2002年6月、私は「平成三十年」と題する小説を出版した。16年後の平成30年(2018年)の日本の最もありそうな状況を描いた予測小説である。平成30年といえば16年先、それまでには日本も改革しているだろうと言われるかも知れないが、必ずしもそうとは言い切れない。

2001年4月に、圧倒的な国民的人気を得た小泉内閣が発足した。小泉総理大臣は、「(構造)改革なくして(経済)成長なし」のスローガンを掲げて、改革への激しい情熱をみせつけた。だが、それから1年半が経った今、このスローガンは皮肉な正しさを示している。小泉内閣はあまり改革を進めていない。だから景気は回復せず経済は成長していない。小泉総理の改革意欲を疑う者はいない。だが改革は進んでいない。その原因は2つある。第1は、財務官僚らの主張を入れて財政引き締め政策を採ったことだ。構造改革も制度改正もしたくない財務官僚は、これを「国債発行枠30兆円」という財政金額の問題にすり替えた。第2の問題は、小泉内閣がテーマごとに民間有識者による委員会を設けることだ。これはあたかも官僚主導を脱して民間の知恵を集める方式に見えるが、その実はテーマごとに区切る時点で既に官僚機構依存型になっている。その上、各委員会には多様な意見の持ち主を並べるから容易にまとまらない。

平成になってからの14年間、日本の経済政策が景気振興でも構造改革でも成果があがらなかった理由の1つは、景気振興のアクセルと財政引き締めのブレーキを細かく切りかえたことだ。これは最も燃費の悪い運転方法である。このため、財源という燃料だけを膨大に使い果し、景気回復の加速も体制や体質気質の改革もできなかった。

これから平成30年までの16年間、何の改革改造も行われないわけではない。税制は消費税と燃料税の比重が拡大し、予算では公共事業の比率が減少、年金や医療費の抑制のためにもさまざまな手が打たれている。第2次行政改革も断行され、郵便事業は公団化、郵便局は多角経営となり、民間企業も2社ほど参入している。グローバル化も一段と進み、外国人と外国企業の活動は大幅に増えている。要するに、今、小泉内閣が主張している程度の改革はこれからも引き続き行われるわけだ。それでも改革される側には大変だが、日本社会全体から見れば“盲腸の手術”、体質や気質の変革にはならない。こんな状態があと10数年、「平成30年」まで続く可能性は高い。

最近の小泉内閣は官僚の言いなりで、10年余をかけて積み上げてきた政治主導と自由化市場の改革が元の木阿弥になりかねない有り様である。政府であれ企業であれ、歴代トップが毎年のように「改革」を叫ぶのは、改革常習性と言うべき危険な症状。本質の改革を避けて、表面上の仕方や仕掛けを変え、仕組をいじることで改革を行った気になる集団的自己欺瞞である。このまま日本が世界の知価革命に背を向けて官僚主導の規格規制を続けていれば、この国の活力は失われ、発展途上国に逆戻りしてしまう。日本の歴史をみてもわかるように、安定志向の徳川家康は政権の座に就き、かねての主張どおり規制を強化した。それが260年間も続くうちに、日本は再び“遅れた国”になってしまった。

かつて、日本には3つの自慢があった。失業率が低いこと、衛生状態が良いこと、犯罪が少ないことだ。「日本は経済で優れている。1人当たりの国内総生産は人口1千万以上の国では世界一、国際収支は大幅な黒字で対外純資産も世界一、その上、安全も安定も素晴らしい」。そう言って、失業・衛生・治安の3つを並べるのが、日本紹介の枕言葉だった。ところが、97年頃からは、この3つもダメになりだした。失業率は急速に高まった。治安の方もこの3年間ひどく悪化している。2000年の犯罪認知件数は、約326万件。前年比12%、97年比29%も増えている。

インフレは経済問題だが、デフレは社会問題だ。インフレの苦しみは、過去の蓄えが目減りする形で広く多数の人々に降りかかる。デフレの痛みは倒産や失業に陥る少数者に集中する。

人間の幸せの条件は「金持ち・知恵持ち・時間持ち」と言う。経済的に豊かで、知識と知己に恵まれ、自由に過ごせる時間が存分にあれば、人生は真に幸せだろう。われわれが定年を過ぎて退職すると、自由に使える時間を持て余す人も少なくない。貯金もあれば年金もついていながら(つまり“金持ち”なのに)、世間からお声がかからず、自由な時間を持て余すのは「知恵持ち」と思われていないからだ。

1990年頃まで、世界で最も豊かで安定した世の中を作り上げた日本の組織が、この12年間に世の中を悪くした。その理由は「時代が変わった」ことである。日本の組織の特色は、終身雇用と年功賃金に象徴される従業員の固定化と序列化である。これがあればこそ、従業員は忠誠心が強くなり、勤勉にもなった。専門知識も深まったし、手続きに厳正にもなった。専門知識が難しそうで手続きがややこしいほど、仲間の権威と権限が強まるからだ。だが、これこそが組織の「死に至る病」の始まりである。死に至る病は3つしかない。(1)機能組織の共同体化、(2)環境への過剰適合、(3)成功体験への埋没だ。日本の大組織は今、官民の別なく、この3つに取り憑かれている。その最たる例が、機密費を飲食社交による流用していた外務省だ。財政再建を掲げ引き締め政策で何度も不況に陥れながら、結果としては700兆円もの国公債残高を積み上げた大蔵省(現財務省)の無策ぶりも同病だろう。

今後のITの発展方向を考える上で大事なことは、ITにはコンピュータ技術が利用されているが、これまでの使い方とはまったく違うということだ。これまでのコンピュータ利用は主として機器の制御、つまりソフトウェア(使い方技術)だった。ところが、いま広がっているITは、人と人をつなぐ技術、つまりヒユーマンウェア(対人技術)である。したがってITでは、人間を喜ばせる便利さと安易さ、そして何よりも、おもしろさが重要である。

改革を実現するには、これから3つのことをする必要がある。
第1は、改革の各面にわたって具体案を策定すること。
第2は、改革に伴う痛みを和らげる施策を適時適切に採ること。
第3は、現行の法規やこれまでの経緯に則した手続きとの整合性を保つことである。
第1の具体案は、すでに相当部分が出ている。行政改革は中央府省の再編が終わり、特殊法人や地方分権の段階に入った。経済構造改革も金融再編が進み、会社法規も改正された。次は医療、教育、都市再生に思い切って措置を実行することだ。第2の緩和も重要だ。不良債権の処理や価格構造の変化は、経済だけではなく、地域の荒廃にも家庭や個人の崩壊にもつながりかねない。改革の痛みがあまりきついと、社会不安と財政破綻を招いてしまう。だが、目前の問題は第3の手続論だ。予算を例にしても、公共事業など施設建設でなければ年度繰越ができない。このため、特に実施期間の短い補正予算は、公共事業に偏ってしまう。「景気振興は公共事業に偏るな」と言うが、この予算手続きが破れない限り、それが難しい。手続きと経緯とスケジュールを絶対至上のものとして守り、すべてを従来型にすることこそ、“官僚の抵抗”である。

政治には、政見と政策と政局がある。政見とは、政治に対する基本的な考え方や姿勢を指す、いわば「志」だ。政治において最も重要なはずが、「政見」という字を見るのは選挙前の「政見放送」ぐらいしかない。世界の冷戦構造が消滅して以来、政党や政治家が「政見」を掲げて競い合うこともなくなってしまった。政策とは、政治における施策、外交や経済財政、教育、国土、福祉などの各分野で具体的にどんな施策を行うかである。いわば政治における知と論の部分で、本来なら国会論戦はこれを主にすべきだが、現実はそうなっていない。予算委員会でも、多くの時間が予算や政策より金銭疑惑や失言問題に費やされる。政局とは、政治の局面、その時その場での政治家たちの動きや争いのことだ。ここは経緯と思惑が絡み合った情勢の分野だ。世のマスコミが圧倒的に多く取り上げるのはこの分野であり、いわば最も「政治的」なところでもある。

今日のように、日本全体が閉塞感に陥り、誰もが改革を望んでいるときには、大いに改革を吹聴した方が人気がいい。だから就任早々に勇ましい改革宣伝をした内閣は高い支持を得た。細川内閣、橋本内閣、そして小泉内閣がそれである。その反面、改革にはそれぞれ反対勢力の連合体ができてしまい、改革の支持は痩せ細る。政治家は抵抗し国民は見放し、最も守旧的な官僚だけに依存することになり、各省の権限の中で小手先の制度いじりと手続き論議に陥ってしまう。これまでの例が示すように、これほど世の中を悪くするものはない。細川内閣も橋本内閣も、そんな結末を見たが、小泉内閣にもその危険が迫っている。「改革は小さくいいだし大きく行う」それでこそ実現するのだ。

以上が本書の粗筋である。最近この類の本を読むと、ますます日本が沈没するのではないかと心が暗くなる。すなわち、政治家と官僚のために日本がどんどん地獄に引き寄せられているようだ。自分達がいま持っている既得権を離そうとしない。また、その権利を利用してそれまで以上に権利を拡大しようとしているようにさえ思える。どの分野をみても、規制緩和がなかなか進まない。本書のなかに、「インフレは経済問題だが、デフレは社会問題だ」とあるが、最近デフレ是正のテーマとして、インフレ目標説がでてきており、この3月19日に任期の期限を迎える速水日銀総裁の後釜として、インフレ目標設定論者を小泉内閣は決めるという話である。この件についても賛否両論が入り混じっているが、すんなりとうまくいくとは考え難い。現在のゼロ金利の施策そのもの、インフレの抑揚策であり、それがうまくいっていない。最早政府をあてにするのではなく自分の城は自分で守る以外に道はないと思うことである。イギリスの歴史学者のアーノルド・トインビーが言ったように「国家であれ、企業であれ、外からの攻撃によって滅びるものではない。内に創造性を失った瞬間から滅亡がはじまる」こと言葉を噛み締めるときだ。


北原 秀猛

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•  堺屋太一
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