企業が変わるというのは、現場の動きが変わるということである。しかし、そこに至るには、現場を変える手法を導入するだけでなく、日本企業における「経営」の概念にまでふみこんだ再構築、より具体的には、ガバナンス、マネジメントチームのあり方、経営技術の訓練、本社の役割の再構築等がむしろ急がれる場合も多い。
本書は4章で構成されている。第1章「日本企業を変革するための10の提言」では、変革にチャレンジしている企業が、特に現在注意を払うベきポイントを体系的にというよりは、現実に即した役立つ助言として取りまとめている。第2章では、特に国内における企業変革の促進に絞った際に格闘を余儀なくされることの多い「マーケティング・チャネルの再生」の実践的な処方せんをまとめている。また、「金融ビジネスの再生」と題した第3章では、金融業の将来像のオプションをグローバルな視点での考察を求めている。そして第4章「不確実性のマネジメント」では、米国企業の動きに焦点をあて、企業が抱えるさまざまな不確実性に対応していくことが今後の重要な経営技術の一つとなることを予言している。
「モノの販売からソリューションの提供」へというスローガンを掲げる業界は多いが、顧客接点を再設計することで、ソリューション型のサービスを直接的に提供すべきである。現在の環境変化に対応して顧客接点を再設計するには、「サービスの直接提供」がキーワードとなる。
日本企業において海外からの収益依存度が拡大している。国内市場の成長と収益性に限界が見える昨今、伝統的な国内型産業までもが海外販社の強化や海外企業の買収に積極的に取り組んでいる。しかし、マネジメントのグローバル化が遅れている。もはや日本企業は、海外事業部門について日本本社の傘下という発想を捨て、対等の組織として扱い、社員各人の企業意識も全世界で共通化されなくてはならない。グローバル本社については、(1)戦略的リーダーシップ、(2)アイデンティティの確立、(3)資本マネジメント、(4)能力マネジメント、(5)地域事業マネジメントの5つのミッションが挙げられる。そして、「グローバルに考え、ローカルに実行する」ようになることが理想である。いま、日本企業が直面しているのは、「競争力の維持」と「コスト削減による収益の確保」という、両立の非常に難しい問題である。この2つの要求を満たす解として「バランスト・ソーシング」を提案している。「バランスト・ソーシング」とは、サプライヤーに競争原理に基づいた継続的な努力を求めつつ、選ばれたサプライヤーとは両者の利益になるように協調し、真のパートナーシップを築いていこうというものである。“競争”を促進するために、購買側の企業はサプライヤーに対し積極的な目標を与えることも有効である。“協調”は、例えばサプライヤーに毎年5%のコスト削減を課した場合、購買側企業がその実現を支援するといった形で行われる。
変革とは、企業の進むべき新しい方向性を示すことで、現状の延長線上にはない跳躍的な変化を生み、企業の経済的価値を持続的に回復させることをいう。成功へとつながる変革には5つの要素が必要である。
- 情熱的なリーダー
- 具体的な戦略と目標に落とし込まれたビジョン
- 変化を促すプロセス
- 変革のための独立した専門プロジェクト組織
- 変革の対象となる組織と、現状を維持する組織間の調和
経済性を追求する真のソリューションは、従来とは根本的に異なるアプローチをとり、顧客とサプライヤー双方に付加価値をもたらす。真のソリューションは通常5つの基準を満たしている。
- 顧客とサプライヤーの協働で構築されている
- 顧客の本質的ニーズを満たす製品とサービスが統合されている
- パフォーマンスやリスクに基づいた契約により、サプライヤーが顧客のリスクを取り込んでいる
- 顧客とサプライヤーの関係が、単なる売買の関係を超えて非常に密接である
- 顧客ごとに個別に設計されている
現在多くの企業がソリューションと呼んでいるものは、この5つの基準を満たしていない。
ソリューションはマーケットシェアの拡大を伴う。ソリューション志向の会社が顧客ニーズに注意深く耳を傾けそのニーズに応えたとき、あるいは顧客のことを顧客以上に理解し、顧客が気づかなかったような新しいソリューションを提供したとき、新しいマーケットが創造される。
銀行の経営問題が世間をにぎわすようになってから、早くも10年近くが経過しようとしている。「不良債権問題は峠を越した」という言葉を我々は繰り返し聞かされてきた。ここで最も根源的問題は「銀行業務」が実質上崩壊してしまったのではないかという点である。預金を集めて貸出をするというビジネスモデルが、構造的に儲からなくなってしまっているというのが、どうやら現状である。現在のところ相対的に健全な銀行であっても、儲からないビジネスモデルを続けていては、将来的に危機が訪れる。「預金が集まってしまうが貸出先がない」という優良銀行の場合、むしろアセット・マネジメント業へと転換を図ることが現実的な解決策になるのではないだろうか。バブルの崩壊後、実は「銀行業務」も崩壊していたことに気づかされた。大企業融資の収益は薄く、中堅・中小企業融資も採算割れ、預金収益は悪化し、個人ローンは伸び悩み、住宅ローンのみがかろうじて収益を稼ぎ出すという構図がくっきりと浮かび上がってきたのである。
P・F・ドラッカーは、不連続性の原因として、技術革新、経済のグローバル化、多元論の台頭、知識の普及の4つを挙げている。形こそ違えど、あらゆる産業が不連続性の影響を受けている。そしてどの業界においても、成功している企業は不連続性を予測して適応するためのメカニズムを構築し、組織、構造、戦略における恐怖の原因を最小化している。事業の高い回復力を保持するためには、3つの目標を達成できるようにセキュリティのフレームワークを構築する必要がある。当然ながら、この3つの目標は相互依存の関係にある。
- 従業員の安全確保:
社員の身体に起こりうる危険性や、その危険性がもたらす恐怖を最小化する。
- コア・ビジネスの安全確保:
従来から考えられていたような不連続性、及び最近の新しい種類の不連続性のいずれが発生しても、企業の生命線となる事業や設備の連続性が中断されないようにする。
- ネットワークの安全確保:
巨大な生態系のように企業内外に張りめぐらせており、企業や経済の成長に必要であるオープンな情報システム、サプライヤーとのリンク、各種のアライアンス、顧客とのリレーションシップ、ナレッジ・コミュニティなどを保護する。
いつの時代でも技術の革新・イノベーションは世の中を大きく変える原動力であった。例えば、内燃機関の進化により物理的移動コストが削減され、コンピュータ技術の進化により情報処理コストが削減されたことで、社会全体の仕組みは大きな変貌をとげた。個々の企業にとっても、技術革新・イノベーションの管理の重要性はますます増大している。この理由は2つある。1つは、技術開発上の先行者利得が大きくなっていることである。他の技術との相互依存性を持つ技術は増加の一途をたどっている。こうした状況では、技術開発競争に勝ち競合に先んじて製品化を果たすことで標準を獲得することがより重要になる。2つ目は、多くの業界でバリューチェーンの構造が変化していることである。過去においては、多くの企業が最終顧客との接点を持っていたが、現在では最終顧客との接点は一部の企業に限定され、他の企業は自分の得意なレイヤーに特化する傾向がある。あるレイヤーに特化した企業の場合、技術以外の要素で技術を補完できる余地は少なく、イノベーションによる技術自体の進化が企業の業績により直結しつつある。しかし、一方でイノベーションを的確に管理することは経営者にとってきわめて難しい課題である。技術を理解するためには、経営や一般常識とはまったく異なる領域における広範かつ深い知識が必要になる。
以上が本書の概要である。本書の「はじめに」のなかにあるように、特徴は重要な経営技術や視点をオムニバス的に紹介している。そして、グローバルな視点を取り入れている。「戦略経営コンセプトブック2002」でも紹介したが、企業再構築に必要なのは、「戦略再構築」ではない。企業間の業績格差を生んでいる原因は、「戦略」の巧拙にあるのではなく、その戦略の「実行」の巧拙、すなわち「人と組織」にある。学んだことを生かすも殺すも、その実行力にあることは間違いのないところである。知識を実行によって生み出される“知恵“に代えてこそ結果が生まれるのである。
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