HOME
会社概要
セミナー
教育関連
海外情報
書籍
お問い合わせ
ワールドネット
HOMEUBブックレビュー詳細





日本経済 競争力の構想表紙写真

日本経済 競争力の構想〜スピード時代に挑むモジュール化戦略〜

著  者:安藤 晴彦、元橋 一之
出 版 社:日本経済新聞社
定  価:2,000円(税別)
ISBN:4−532−35024−7

スイスのビジネススクールIMDの調査では、93年まで5年連続で首位を維持してきた日本の国際競争力は、2002年には30位まで低下している。この調査は、各種統計データの他、世界中の3000人規模の経営者、学者のアンケート調査も加えて集計した結果をもとに、49ヵ国でランキングを付けたもので、世界のイメージ上での凋落と理解できる。

マイケル・ポーターは、90年に「国の競争優位」で、競争力のある産業が特定の国に立地する理由について分析している。10ヵ国以上で100を超える産業の徹底分析をし、なぜドイツでは化学産業が強く、日本はロボット産業などが、イタリアは繊維産業が強いのかを調べた。当時は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた頃で、日本はキャッチアップすべき良いターゲットとも捉えられていた。しかしそれから10年後の2000年、ポーターは「Can Japan Compete?」(日本は戦えるのか?)という強烈なタイトルの本を出版している。要するに、「日本企業は、オペレーション効率一辺倒で競争してきた。そうして効率面で追いついた。追いついてみたら、実は、日本の企業には戦略がないことに気が付いた。経営上の意志決定も遅いし、止めるべき事態も即座に止められないなど、経営戦略面では弱点を露呈した。」というものである。

日本の競争力再生に向けてどのような手を打てばよいのか。これが、本書の最大のテーマである。第1章から第5章は、国際競争力に関するデータを点検することから始める。第6章から第9章では、国際競争ルールの変化を見た上で、現代の国際競争を勝ち抜くためのいくつかのチェックポイントについて触れてみたい。

日本経済は、80年代後半から戦後最長の景気拡大局面にあった。しかし平成景気と呼ばれるこの好景気は、90年代前半に株式市場の暴落や地価の下落などを伴って、一気に落ち込んだ。この「バブル崩壊」によって、90年代の平均経済成長率は1.4%と、産業競争力を謳歌していた80年代の4.1%と比較して、惨憺たる状況が続いている。

IMDの競争力ランキングでは、95年時点での総合順位は4位であり、90年後半から急激にランクが下がっていることが分かる。その要因として、まずGDP、失業率、物価水準などに基づく国内経済パフォーマンスが大きく落ち込んでいることが挙げられる。「政府の役割」とは、政府調達の透明性、ベンチャー政策、移民政策、金融機関規制等の経済的規制や政策が、その国の競争力に貢献しているかどうかについて経営者アンケートをベースに集計されたものである。日本のランキングは95年に既に48ヵ国中27位に後退している。バブルの崩壊に見られるように、マクロ経済運営の失敗や金融スキャンダルの処理が不適切であったことなどが問題視された影響が大きいと考えられる。IMDによる49ヵ国中30位という日本の評価は妥当なものであろうか。1990年の1位から2002年の30位への下落というのはややオーバーな見方である。その一方で、日本政府や金融機関に対する厳しい視線については、重く受け止める必要がある。これらの問題については、バブル崩壊前から潜在的には存在した問題が、マクロ経済環境の悪化とともに一気に噴出したという感が否めない。そういう意味で言うと、これを機に大胆な改革を進め、将来的な競争力強化につなげていくことが重要である。

IMD「世界競争力年鑑」における日本の分野別順位一覧
1990年
1995年
2002年
総合順位
30
国内経済パフォーマンス
29
対外経済パフォーマンス
16
政府の役割
27
31
金融
33
社会基盤(インフラ)
――
28
28
企業経営
――
41
科学技術
人材
41
対象国数
33
48
49

OECDの分析によると、日本はOECD諸国の中で研究開発投資と生産性上昇の関係が極めて弱いとされている。技術進歩が速い分野においては、過去の研究開発投資はすぐに陳腐化してしまい、経済的な価値が急速に減衰する。このような分野においても、研究開発の成果を市場化するためには、少なくても数年は要すると考えられることから、研究開発投資を行う内容については長期的なビジョンを持って選定することが重要である。

また、日本のイノベーションシステムが大企業を中心とする「自前型」から「ネットワーク型」に大きく転換していくには、金融制度や雇用制度の経済システム全体が新たなシステムに整合的なものに変っていく必要がある。例えば、間接金融を中心とする金融制度は、大企業を中心とした従来のシステムには有効であったが、ネットワーク型システムの中で重要な役割を担うベンチャー企業の事業環境を整備するには、リスクマネーを供給する直接金融市場の充実が必要となる。

最近では、エレクトロニクス分野を中心に、韓国や台湾といった東アジア諸国からの追い上げによって日本企業は苦戦を強いられている。経済成長を供給サイドから見ると、労働や資本といった生産要素投入と全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)の伸びに分解できる。今後、労働投入や資本投入の大幅な伸びが期待できないため、中長期的な経済成長の鍵を握るのは生産性の上昇である。さらにその鍵を握っているが、製造業におけるダイナミックなイノベーション活動なのである。

中国は、2001年12月にWTOに加盟したことによって、今後、中国の国内経済改革の動きは一層加速化することになる。その結果、ますます競争力をつけ、ついには、日本を追い落とすのではないかという「中国脅威論」も存在する。中国の90年代の平均経済成長率は10%を超えており、このペースで成長を続けると約20年で日本のGDPに並ぶと言われている。このような中国経済の急成長を支えているのは、社会主義経済から資本主義経済へ移行するための各種経済改革の実施である。98年に朱鎔基が中国国務院の首相に任命されて以来、国有企業改革、金融システム改革、行政改革の3本柱の改革をドラスティックに進めており、大きな効果が表れつつある。中でも特に注目されるのが流通業の規制緩和である。中国のWTO加盟交渉の結果作成された約束文書には、流通業については、大規模チェーンストアに対する外資出資比率規制を除き、加盟後3年以内の地理的制限、外資出資制限を段階的に廃止することが記載されている。外資系企業にとって中国市場に対する進出のボルトネックになっているのは、国内の流通経路の確保である。

中国人の学習意欲は高く、また職場においても非常に勤勉に働くとよく言われる。また、大学教育の質の面でも、中国の大学は産学連携や大学からのスピンアウトが奨励されており、これからのプロジェクトには教授と一緒に学生も参加して行われることが多いことから、産業界のニーズに即した実践的な面が強調されている。このような中国経済の発展のポテンシャルを、日本の脅威として捉えるのではなく、チャンスであると考えるべきであろう。

日米で業種別にTFP(全要素生産性)を比較した際、特にサービス産業の生産性の低さが目立ったのは、米国が70年代後半から大規模な規制改革を行ったのに対して、日本の取り組みが遅れた影響が大きいと考えられる。サービス産業における規制改革は、まず当該産業の生産性向上と競争力強化にとって重要である。また、サービス産業の生産性向上は、経済全体にとってもメリットが大きい。

マイケル・ポーターは、現代の国際競争力の決め手は、持続的イノベーションの連鎖をいかに生み出すかがポイントだとし、イノベーション連鎖を刺激し、生み出す環境要因として、4つの要素からなるフレームワークを提示している。

  • 要素条件:高度な人材、社会インフラ、知的資産が重要である。
  • 国内需要:国内の需要が相対的に大きいこと、特定の需要が相対的に伸びていることも国際競争力を左右する。
  • 関連支援産業:関連支援産業には地域限定性があって、その地域だけに通用し、性質的に輸出不可能なものがある。それが「産業クラスター」である。典型例が、大田区、東大阪市などの試作品を作る中小企業のネットワークからなる「モノ作り基盤」である。
  • 企業戦略・構造及びライバル間競争:かつての日本では、激しい国内競争が国際競争力を磨く上で非常に役に立っていた。また、シリコンバレーのベンチャーの世界では、ベンチャー・キャピタル・ファーム等の支援を受けたスタートアップ企業が、突然巨大なライバルとなって戦いを挑んでくるという恐怖感が絶えず前に進ませる原動力になっている。M・ポーターは、戦略的ポジショニングの問題としての日本について、「何をしないか」という考え方がなく、単純な「横並び追従」「総合性」を追及し、ライバル企業との模倣競争が蔓延している、と指摘する。一方、内部昇進型経営者の弊害も指摘している。内部昇進型の経営者では、自らの経歴や得意としてきたスタイルからフリーに経営革新を遂げるのは難しいとの見方が大勢である。経営陣を下から見上げる中枢・ミドルクラスの視線は極めて厳しい。現状では、日本企業は、スピード感を持って大きな経営革新を断行するのは困難であることが伺える。

一般的に、企業が経営環境の変化に対応していくためには、次の5つの要素がポイントとなる。企業組織の「今」のパフォーマンスを組織IQで把握計測する際の5大要素となる。

  1. 外部情報認識:外部で起きている変化に対する情報感度
  2. 内部知識発信:外部の変化に対して、それを消化して、社内横断的に警鐘をならす
  3. 効果的な意思決定機構:組織的な意思決定を下すための垂直・水平の情報伝達を行う
  4. 組織フォーカス:組織の価値観、戦略、業務、インセンティブなどのベクトルが合う
  5. 目標化された知識創造:社内プロジェクト等が円滑に行えるような支援活動がある

【国際競争上の3つのフェーズ】
(1)国際競争の基礎的要因、空洞化の主要因――フェーズ1

第1段階は、「コスト競争力」である。このコスト競争力の基盤が徹底的に変ったのは、89年の冷戦構造の崩壊である。ここから、国際大競争、メガ・コンペティションの時代に突入した。日本は世界一の高賃金国である。イタリア、アメリカは日本の5〜6割で、台湾、韓国で2〜3割、中国は40分の1、パキスタンで60分の1、インドネシアは80分の1である。人件費格差の存在だけなら、必ずしも国際競争が激化するわけではない。鍵を握るのは、コア技術を固有技術として保持できるかどうかである。

国内に非効率な産業を温存し、そのための多額の政府資金を使うことになると、どうしても高コスト構造が維持されてしまう。すると、本来競争力のある産業までも、海外に出ていくようになる。これこそが一番恐れるべき空洞化である。税金が高く、流通のインフラコストが高く、港湾・空港の使用料が高く、電力、ガス、水道も高いということになると、厳しい国際競争を勝ち抜こうとする企業にとっては、競争環境として著しく見劣りしてしまう。規制や手続きによる時間コストは目に見えないだけに、なおさら厄介だ。

(2)日本の強みの源泉、オペレーション効率競争――フェーズ2

オペレーション効率で強さを保っている産業の代表例は、総合システム産業といえる自動車産業である。「必要なものを必要なときに必要なだけ」生産するトヨタ生産方式は、モノづくりの先端を極めた日本発の世界的イノベーションであった。

(3)最先端の競争ルールと日本の対応の遅れ――フェーズ3

フェーズ1の基礎的要因としての要素コストは、モノづくりの基幹となる競争原理であり、フェーズ2のオペレーション効率はもう一段上のレベルでの競争原理であった。しかし、近年のハイテク分野では、これと異なる競争原理が働いている。それは「スピードあるイノベーションと変化への対応力」ということに集約される。

キーワードは、(1)モジュール化、(2)ベンチャー、(3)技術ロードマップ、(4)技術マーケティングである。

モジュール化の特徴は

  • 「分業によって、複雑性が管理可能」になる
  • 「並行作業が調整可能」になる
  • 「下位システムの“不確実性”に強い」

この3点は、現代のハイテク産業の発展や国際競争に深い示唆を与える。第1に、複雑性が急速に高まる分野では、一人の人間の認識と管理の能力の限界を超えてしまうため、複数の作業者で分業することが不可避となる。第2に「モジュール」ごとに並行作業が許されるようになると、時間の節約になるだけでなく、各々のモジュールごとに独立したベンチャー企業が覇を競い合い、激しく素早いイノベーション競争を展開する基盤を与える。第3に独立したベンチャー企業によるイノベーション競争の中で新たなモジュールが次々に創造されてくるが、それらは以前のモジュールと取り替えればよい。

「技術マーケティング」は、日本ではほとんど実行されていない。そもそも多くの人々に知られていないこともあるが、その必要性・必然性がモジュール化と同様にきっちり認識されておらず、認知ラグによる対応の遅れが如実に出ている。ちなみに、日本の半導体メーカーは、アンケートで、「技術マーケティングが重要か?」と聞くと、100%が「重要」と答える。「非常に重要」が75%で、「ある程度重要」が25%だ。100%が「技術マーケティング」の必要性を認識している。しかし、「専門部署があるか?」と聞くとゼロで、専門設置は皆無である。要は、技術ロードマップでみんなが競い合っていて、一番勝っているベンチャーを取り込めば最先端を短時間でつなぎ合わせて競争力強化できることが分かっているにもかかわらず、日本企業では、大事だとは思いつつも100%が実行していない。

日本は「匠」の国であるという抽象的な表現に賛同される方も多いだろう。それが誇りでもある。しかし、「匠」の意味が今日大きく変質してきている。もちろん「匠」と高齢化は切っても切れない現象だが、これまでは伝承によって「匠」が再生産されてきた。伝統的な匠の中には途絶えてしまったものももちろんある。心情的なものは別として、それで社会全体が困るというケースは実は少ない。それは代替できるものが新たに勃興しているからだ。同じことが工業レベルのモノづくりの「匠」にも当てはまる。CPUの情報処理能力の急速な向上によって、モノづくりの工業生産でもデジタルで記述できる部分が多くなり、現場の「匠」が機械本体やソフトウェアに急速に吸収されてきている。髪の毛よりも細いミクロン以下の加工は神業であり、「匠」の極致だが、そうした領域にNC工作機械やソフトウェアによるサーボ制御はどんどん踏み込んできている。長年の経験と勘によって蓄積された「匠」は、デジタルでの表現・流通が可能な形式知に飲み込まれてしまうのだろうか。体勢としてはイエスである。

【日本の5つのレイヤーと課題】
  1. 政府:国際競争力ある政府を早急に作り上げることが日本にとって重要な課題だ。
  2. 大学:国際ランクで100位にも入れない大学しか国内にないには不幸であり、大学改革と大学の国際競争力向上は急務の課題だ。
  3. 金融:銀行は、かつてのような名声と栄華を取り戻せるだろうか。大手優良顧客は、自ら調達能力を付けてしまった。
  4. 企業:企業のレベルでは、4つの活用が大事である。(1)ICT/CAD(現代の読み書き算盤)、(2)市場(ベンチャー、資金、技術、スピード)、(3)個人、(4)政府である。
    ICT(情報通信技術)、CAD(Computer aided design=コンピュータを使って設計の調整を図ったり、または、デザインすること)の現代の読み書き算盤には、活用の工夫の余地も多く残されている。早く気付いた者のみが強い競争力を獲得できる。

「変化の時代」には「リーダーシップ」が求められる。変化への対応では、トップしかできないことが多いのである。変化の時代の21世紀型経営は、スキーの「モーグル競技」に非常に似ている。斜度30度の「先の読めない」急斜面を滑り降りて行く。斜面はコブだらけで変化に富み、瞬時に判断してターンをしなければならない。リスクに満ちた変化に対応しなければならない現代の経営に似ている。モーグル競技では、途中で二度ジャンプし、空中で大きな演技を見せなければならないが、下りる先の斜面の状況は全く見通せない。連続するこぶこぶがどのように出てくるのかも完全には読み切れない。得意そうなルートを直観で選ぶが、出たとこ勝負の部分が残る。

80年代の日本の成功から世界の国々は熱心に学んできた。失われた10年を経て、今一度、日本の方が、世界のベスト・プラクティスから謙虚に学び直し、眠っている潜在能力を再び呼び覚まさなければならない。

以上が本書の概要である。IMDによる世界競争力ランキングから分析が始まり、日本の競争力ランキング低下を招いた構造的要因を浮き彫りにし、環境の変化に対応できない企業経営の問題も指摘している。特に気になるのは、「企業家精神」が49位と最下位となっていることである。一方で日本はOECD諸国の中で研究開発投資と生産性上昇の関係が極めて弱いとされている。その理由の1つにビジネスコストの高さが指摘されている。この環境下において、著者は「モジュール化」を推し進めることを強調している。そして、「モジュール化」を、「それぞれ独立に設計可能で、かつ、全体として統一的に機能するより小さなサブシステムによって複雑な製品や業務プロセスを構築すること」と定義している。文章と文章の間にコラムを入れて分かり易く解説している。是非一読をお勧めしたい本である。


北原 秀猛

関連情報
この記事はお役にたちましたか?Yes | No
この記事に対する問い合わせ

この記事に対する
キーワード
•  IMD
•  国際競争力
•  マイケル・ポーター
•  OECD
•  イノベーション
•  産業クラスター
•  組織IQ
•  技術マーケティング


HOMEUBブックレビュー詳細 Page Top



掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権はセジデム・ストラテジックデータ株式会社またはその情報提供機関に帰属します。
Copyright © CEGEDIM All Rights Reserved.