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巨象も踊る表紙写真

巨象も踊る Who Says Elephants Can't Dance?

著  者:ルイス・V・ガースナー
訳  者:山岡 洋一、高遠 裕子
出 版 社:日本経済新聞社
定  価:2,500円(税別)
ISBN:4−532−31023−7

ルイス・ガースナーは、1942年3月1日ニューヨーク州に生まれた。父は牛乳用トラックの運転手で、後にF&Mシェーファーの醸造の発送担当者になる。母は秘書、不動産販売を経て、コミュニティ・カレッジの職員になる。4人兄弟の次男。ガースナー家は教育を重視し、両親は4年ごとに自宅を担保に教育費を借りている。彼は1959年9月にダートマス大学の工学部に入学。卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールで2年間学ぶ。1965年6月、ニューヨークの経営コンサルティング会社 マッキンゼーに入社。1977年、当時の最大顧客であったアメリカン・エキスプレスに転職し、11年間在籍する。1989年4月1日、ナビスコとR・J・レイノルズ・タバコが合併して誕生したRJRナビスコの最高経営責任者として移籍。1993年1月26日、IBMのジョン・エイカーズ会長兼CEOが引退することになった。そして、ルイス・ガースナーは1993年4月1日、IBMのCEOに就任する。

そこで彼は、次のような経営哲学と経営方法を披露している。

  • 手続きによってではなく、原則によって管理する。
  • われわれがやるべきことのすべてを決めるのは市場である。
  • 品質、強力な競争戦略・計画、チームワーク、年間ボーナス、倫理的な責任の重要性を確立している。
  • 問題を解決し、同僚を助けるために働く人材を求めている。社内政治を弄する幹部は解雇する。
  • 私は戦略の策定に全力を尽くす。それを実行するのは経営幹部の仕事だ。非公式な形で情報を伝えて欲しい。悪いニュースを隠さないように。問題が大きくなってから知らされるのは嫌いだ。わたしに問題の処理を委ねないで欲しい。問題を横の連絡によって解決してほしい。問題を上に上にあげていくのはやめてほしい。
  • 速く動く。間違えるとしても、動きが遅すぎたためのものより、速すぎたためのものの方がいい。
  • 組織階層はわたしにとって意味をもたない。会議には地位や肩書きにかかわらず、問題解決に役立つ人を集める。委員会や会議は最小限にまで減らす。委員会で意思決定する方式はとらない。率直な意見交換を活発に行う。
  • わたしは技術を完全に理解しているわけではない。技術を学ぶ必要はあるが、完全に理解すようになるとは期待しないように。部門責任者は、技術の言葉に翻訳する役割を担わなければならない。

次にそれまでに読んだ資料に基づいて、最初の90日の優先課題を5つ設定した。

  • 資金流失を止める。資金が底をつきかねない危険な状況にある。
  • 94年には利益を計上して、世界全体に、全社員に、会社を安定させたというメッセージを送れるようにする。
  • 93年と94年の主要顧客向け戦略を策定し実行する。IBMが顧客の利益のために奉仕する姿勢に戻っており、「鉄の塊」(メインフレーム)を押し付けて短期的な経営難から逃れようとしているのではないことを納得してもらえる戦略が必要だ。
  • 第3・4半期初めまでに適正規模を達成する。
  • 中期的なビジネス戦略を策定する。

最後に、30日以内に終えるべき課題を示した。各事業部門の責任者に、顧客のニーズ、製品ライン、競争環境分析、技術の見通し、経済性、長期と短期の主要な問題、93〜94年の見通しを10ページの報告書にまとめて提出するよう求めた。9年後のいまになって振り返って見ると、このときの発言が的確であったのに驚く。

最強の海外事業、IBMヨーロッパ・中東・アフリカ(IBMでは「EMEA」と呼んでいる)EMEAは44ヵ国で事業を展開し、9万人以上の社員を抱える巨大組織だ。売上高は1990年の270億ドルをピークに減少していた。ハードウェアの粗利益率は90年の56%から92年には38%に低下していた。重要なのは、粗利益が大きく落ち込んでいる中で、総経費が7億ドルしか減っていないという事実だ。税引き前利益率は90年の18%から92年には6%にまで低下していた。

93年の第14半期決算を4月末に発表したが、その内容は惨憺たるものだった。売上高は7%減少、粗利益率は50%から39.5%へ、税引き前損益は4億ドルの赤字だった。唯一成長していたのがサービス部門だが、規模が比較的小さく、収益性は高くなかった。社員数は年初の30万2000人から4月末には29万8.000人にわずかに減っていた。

経営難に陥った企業の再建をいくつも経験してきたが、最初に学んだ点の一つは、難しいこと、痛みの伴うことをやらねばならないのであれば、それがどんなことであれ、迅速に実行すべきであり、具体的に何をするのか、そしてそれはなぜなのかを全員に周知徹底すべきだ、ということである。7月27日記者会見を開いた。

「いまIBMに求められているのは、各事業についての冷徹で、市場動向に基づく実効性の高い戦略だ。つまり、市場での実績を高め、株主価値を高める戦略だ。われわれは現在それに取り組んでいる。いま最優先すべきは収益性の回復だ。2番目の課題は、顧客廼維持・獲得の戦いに勝利することである。第3に、市場ではクライアント・サーバーの分野にさらに大胆に出進していく。第4に、われわれは今後も業界で唯一の総合的なサービス・プロバイダーであり続けるつもりだが、顧客の皆さんからは、総合的なソリューションを提供してほしいと言われている。われわれはこの点をさらに追及するとともに、そのためのスキルを蓄積していく。最後に、“顧客対応”と呼ぶものを数多く実践している。顧客本位の姿勢をさらに強め、開発期間を短縮し、納期を短縮し、サービスの質を高めていく」。
  • 会社を一体として保持し分割しない
  • メインフレームに再投資する
  • 中核的な半導体事業は継続する
  • 基礎的な研究開発の予算を確保する
  • あらゆる行動を顧客の観点から見直し、IBMを内向きでプロセス重視の企業から、市場主導の企業へ変革する

私の就任時の制度は次の通りであった。第1に、どのレベルでも報酬の大半を給与が占められていた。ボーナスやストック・オプション、部門の業績と連動した報酬はほとんどなかった。第2に、ほとんど差がつけられていなかった。第3に、福利厚生に力点が置かれていた。報酬制度に関して4つの主要な変更を行った。
旧制度
新制度
均質性
差別化
固定報酬
変動報酬
内部ベンチマーク
外部ベンチマーク
社員の権利
業績本位
これらはすべて業績に応じた報酬野考え方であり、忠誠心や在職期間に応じた報酬ではない。

IBMの企業文化を形成した主要な要因は二つある。一つは、システム360の大成功だ。競争上の脅威がほとんどなく、高い利益率と圧倒的な市場シェアが保証されているとき、一般の企業にとって極めて重要な経済や市場の力が問題ではなくなる。企業やその社員は外の世界の現実を見失っていく。IBMが忘れていたのは、自社の企業文化の特徴、つまり価値観や報酬制度、社内の動きのペースから、社員の誇りであった種々の福利厚生制度まで、すべてはシステム360で作られた事業基盤があったからこそ可能になったという点だ。もう一つの要因は、69年1月31日、アメリカ司法省が提訴した反トラスト法訴訟の影響である。この訴訟は、結局レーガン政権時代に意味がないとされて取り下げられたが、IBMは13年にわたって分割命令の亡霊に悩まされた。長年にわたってこうした監視を受ければ、企業行動が大きく変りうることを認識しておくべきだ。IBMは訴訟の対象となっていたとき、「市場」「市場シェア」「競争相手」「競争」「支配する」「主導する」「勝つ」「破る」といった言葉をすべて文書から削除し、社内会議でも使用を禁止した。

私はIBMで二度、幸運に恵まれた。最初の幸運は、わたしと同じくIBMをサービス主導の企業に変えるという構想をもつ経営幹部デニー・ウェルシュとの出会いだった。第2の幸運は、インターネットの到来とネットワーク化に大きく賭けたことだ。IBMの事業構成を1993年と2002年で比べると、最初はほとんど違いがわからないのではないだろうか。10年前には、サーバー、ソフトウェア、サービス、パソコン、記憶装置、半導体、プリンター、金融の各事業を行っていた。これらの事業は現在も継続している。もちろん、大きく成長した事業もあれば、見直したものもある。そして、大型買収によってまったく異なる業界に参入したわけでもない。要するに、IBMが成功するのに必要な資産は揃っていたのだ。ただ、ハードウェアや技術、ソフトウェアのどれをとっても、サービスすらもその能力は市場の現実から大きく遅れたビジネス・モデルのものだった。

1993年9月、IBMの新しい企業文化の基礎になる8原則を書き、特別のメールで全世界の全社員に送信した。

  1. 市場こそが、すべての行動の背景にある原動力である
  2. 当社はその核心部分で、品質を何よりも重視する技術企業である
  3. 成功度を測る基本的な指標は、顧客満足度と株主価値である
  4. 起業家的な組織として運営し、官僚主義を最小限に抑え、常に生産性に焦点を合わせる
  5. 戦略的なビジョンを見失ってはならない
  6. 緊急性の感覚をもって考え行動する
  7. 優秀で熱心な人材がチームとして協力し合う場合にすべてが実現する
  8. 当社はすべての社員の必要とするものと、事業を展開するすべての地域社会に敏感である

この原則が重要な一歩であった。新IBMの優先事項を明確にしただけでなく、プロセスによる管理の考え方全体を批判したからである。
◆勝利:ビジネスが競争である事実をIBMの全員が理解することがきわめて重要である。ビジネスには勝者と敗者がいる。市場が最大の基準になっていなければならない。
◆実行:実行とは、スピードと規律の問題だ。新IBMで評価されるのは、仕事を完成させることに全力を挙げる社員だ。それも素早く、効率的に。
◆チーム:IBMが一丸となって行動する姿勢である。

結局のところ、焦点を絞り込んで成功を収める企業とは、自社の顧客のニーズ、競争環境、経済的な現実を深く理解するような企業である。これらの点を徹底的に分析した結果を基礎に、具体的な戦略を策定し、戦略を日々の実行に結び付けていく。それぞれの産業で最高の業績をあげている企業はすぐれたプロセスを構築し、これらの要因で競合他社の追随を許さない仕組みを作っている。スポーツでは、何をすべきか選手がわかっていなければ勝てるはずがない。選手が皆、考えてからでなければ身体が動かないのであれば、混乱と不手際は避けられない。

わたしは長年、オフィスに以下の標語を掲げていた。

世の中には4種類の人がいる。動きを起こす人、動きに巻き込まれる人、動きを見守る人、動きが起こったことすら知らない人。

2002年1月29日付け CEOの交代。次世代の指導者は、公共セクターの指導者、民間セクターの指導者を問わず、経済、政治、社会の課題について考えを広めていける人物でなければならない。特に以下の点が重要である。

  • 情報技術がもたらす不連続的で厳しい変化に対応する能力がはるかに高い。
  • 見方と動きは、はるかに世界的である。
  • 文化を維持する必要と、地域的、世界的な協力によって得られるものとの間で適切なバランスをとる能力がはるかに高い。
  • あらゆる活動で孤立ではなく、公開と統合が当然とされるモデルに世界が移行している事実を受け入れていなければならない。

以上が本書のあらすじである。本書を読んでいただくとよくわかるが、優秀な経営者には、素晴らしい哲学があり、その人の信念がある。信念というものはその人の考え方の基本であり、ある結果を生み出す心の態度である。ルイス・ガースナーの問題を捉える厳しい目が、彼の持つ哲学、信念によって成功に結び付けたと言える。

本書の中で彼が指摘しているように、IBMがおかしくなった原因は2つあった。システム360の成功により、圧倒的な地位の確立が、内向きの世界、外部から影響を受けない世界が、仇となるということ、そして69年に受けた反トラスト法の訴訟の影響である。これらの要因がIBMを悪循環の方向に引っ張った事実である。その間に環境は大きく変り、日本でもダウンサイジングなる言葉が流行りだし、大型コンピュータが変化の直撃を食らったのである。ガースナーは、IBMに乗り込んだときに、「全員が白紙の状態から出発する。過去の成功も失敗も、わたしにとって意味はない」とし、彼の経営哲学と経営方法を示した。そしてすべては市場が決める、という哲学を貫いたのである。経営者の生の声が紙面を通してわれわれ読者の心を捉えて離さない。是非読んでほしい本である。


北原 秀猛

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