ラリー・ボシディはハネウエル・インターナショナルの前会長・CEO、ラム・チャランはベンチャー企業からフォーチュン500社に至るまで、企業のCEOや経営幹部のアドバイザーとして高い人気を誇る。現在はハーバード大学、ノースウェスタン大学教授である。
物事をきちんと行うための体系的なプロセスを「実行」というコンセプトのもとに、2人の著者がそれぞれ豊富な経験にもとづき、失敗例、成功例をまじえて平易に解説した作品である。原著は、2002年6月に出版されるや、ビジネスメディアを中心に大きな反響を呼ぶと共に、ベストセラーリストに載りつづけ、一躍話題の書となった。本書は3部構成になっている。第1部:「なぜ実行が求められているのか」、第2部:「実行の構成要素」、
第3部:「実行の3つのコア・プロセス」である。
アライド・シグナルという企業のCEOになったときの企業の実体は人材のプロセスがあり、戦略のプロセスがあり、予算・業務のプロセスがある。だがプロセスは結果を出していなかった。自社の製品は市場で最適な地位にあるか。計画を成長率や生産性の具体的な結果に変える方法を見極めることができるか。計画を実行できる適切な人材は揃っているか。適切な人材がいない場合にどんな対策をとるのか。業務計画のなかに、約束した結果を生み出せる具体的なプログラムを確実に盛り込むにはどうすればいいのか、などの具体的行動の実行体系を作り上げて実行をしていったのである。企業に実行力があれば、経営環境が変化しても、それに屈することはない。
実行は、現代の企業が直面する最大の問題というだけにとどまらない。実行をリードすることは、最先端科学ではない。極めて単純なものだ。もっとも必要なのは、リーダーが自分の組織に情熱をもって深く関わることであり、他社や自社の現実に正直であることだ。フォーチュン500社の上位200社のうち、2000年だけで40社のCEOが引退ではなく解任されるか、辞任に追い込まれ会社を去っている。アメリカの有力経営者の20%が職を失っているのだから、どこかがおかしくなっている。この傾向は2001年も変わらず、2002年には1段とはっきりすると見られている。
経営者たちは実行と結果を結びつけはじめている。実行とは何かを理解するうえで、念頭においておくべき点が3つある。
- 実行とは体系的なプロセスであり、戦略に不可欠である
- 実行とはリーダーの最大の仕事である
- 実行は企業文化の中核であるべきである
実行とは何をどうするかを厳密に議論し、質問し、絶えずフォローし、責任を求める体系的なプロセスだ。経営環境を想定し、自社の能力を評価し、戦略を業務や戦略を遂行する人材と結びつけ、さまざまな職種の人々が協調できるようにし、報酬を結果と結びつけることである。
実行の本質はコアとなる3つのプロセス、すなわち人材プロセス、戦略プロセス、業務プロセスにある。あらゆる事業、あらゆる企業は、なんらかの形でこれらのプロセスを活用している。実行するには事業、その事業に携わる人材、事業を取り巻く環境を包括的に理解する必要がある。ただひとり、それができる立場にいるのがリーダーだ。そしてリーダーだけが実行の中身に、時には細部にまで深く関与することによって、実行力を発揮させることができるのである。これらのプロセスを徹底的に実践している企業は、実践しているはずだと思い込んでいる企業に比べてはるかに業績がいい。
例を挙げよう。企業が成功するには何より人材が重要だと誰もが口を揃える。だが、人材の評価や報酬の決定は人事部に任せ、人事部の意見をそのまま採用している場合がほとんどだ。実行は報酬制度や社員の行動規範に根づいていなければならない。
実行とはいかなるものか、その手がかりをつかむには、持続的な改善をもたらすシックスシグマに似たプロセスを考えてみればいい。シックスシグマでは、望ましい許容範囲からの逸脱を探す。逸脱がみつかれば、迅速に動いてそれを是正する。社員はこのプロセスを活用し、絶えずバーを上げ品質を高め生産量を増やしていく。このプロセスを部門横断的に活用し、全社的にプロセスを改善する。
実行を担うリーダーは、具体的に何をするのか。どうすれば部下を細かく管理し、細々した実務に忙殺される状況に陥らなくてすむのか。実行を支える第1の構成要素として、以下の7つの行動を挙げることができる。
- 自社の人材や事業を知る
- つねに現実を直視するよう求める
- 明確な目標を設定し、優先順位をはっきりさせる
- 最後までフォローする
- 成果を上げた者に報いる
- 社員の能力を伸ばす
- 己を知る
経営者は、事業に深く関与していなければならない。実行力のない企業の経営者は、実務に疎いものだ。上がってくる情報は多いが、それらは篩いにかけられている。
長年、企業とともに仕事をし、観察するなかで、わたしは精神的な強さを支える4つの資質を見出した。
- 本物:自分は本物であり偽者ではない。本物の人間だけが信頼を築くことができる。
- 自覚:己を知れ。これは昔からの格言であり、本物かどうかの核となるものだ。
- 克己心:己を知れば、己に克てる。利己心を絶えず抑制し、行動に責任を持ち、変化に適応し、新たなアイデアを取り入れ、どんな状況においても高潔さと正直さという己の基準を守ることが出来る。
- 謙虚さ:利己心を抑えられれば、自分が抱える問題について現実的になれる。リーダーの仕事を完璧にこなせる者などいない。間違いを犯したら、そこから学ばなければならない。
最近よく耳にする言葉がある。それは、考え方で行動は変わらない、行動が変われば考え方が変わる、というものだ。行動によって考え方を変えるにはまず、「文化」という言葉を読み解くところから始めなければならない。企業文化とは、突き詰めれば社員が共有する価値観や考え方、行動規範が集まったものだ。行動を変えるにはまず、報酬を業績と連動させ、その関連に透明性を持たせることが基本となる。企業文化とは、社内で何が評価され、尊敬され、最終的に報酬を与えられるかを決めるものだ。何が評価され、何が認められるかを社員に教える。キャリアアップを目指す社員はそこに注力すればいい。
人を動かして何かをやり遂げるのは、リーダーシップの基本的なスキルだ。それができなければリーダーとは言えない。しっかりした人材プロセスでは、以下3つのことが実践されている。第1に各人を正確に深く評価する。第2に幹部となる人材を見極め育成する枠組をつくる。どんな企業でも戦略を実行するには、あらゆるレベルであらゆる種類のリーダーシップを発揮できる人材が必要になる。第3に強力な後継計画の基礎となるリーダーシップ・パイプライン(補給線)を確保する。
適材を適所に配置するには、個人に関する情報を絶えず集め、部下が周囲と協力できるか、結果をだせるか、あるいは失敗するかをリーダーが知っていなければならない。
しっかりした戦略計画を策定するには、以下の質問に答えなければならない。
- 外部環境をどう評価するか
- 既存の顧客や市場をどの程度理解しているか
- 利益を上げながら事業を成功させる最善の方法は何か、成長を妨げているものは何か
- 競争相手は誰か
- 自社に戦略を実行できる能力があるか
- 短期と長期の整合性がとれているか
- 戦略計画を実行する上で、何が重要な中間目標になるか
- どうすれば持続的に利益を上げられるか
どんな事業も政治・社会・マクロ経済環境が変化するなかで行われている。そのため戦略計画では、外部環境をどのように想定するかを経営陣が明確に示す必要がある。
戦略レビユーで取り上げるべき質問
- 各事業部門は競争相手についてどの程度詳しく知っているのか
- 組織の戦略実行力はどの程度強いか
- 戦略計画の焦点がぼやけていないか、焦点が絞られているか
- 適切な戦略計画を選んでいるか
- 人材と業務の関係は明確になっているか
- 各事業部門は競争相手についてどの程度詳しく知っているか
- 競争相手はそれぞれの顧客セグメントに奉仕し、われわれを阻止するためにどんな手を打とうとしているか
- 営業部隊は優れているか
- 市場シェア拡大のために何をしているか
- 当社製品にどんな対抗手段をとってくるか
- 競争相手の経営幹部の経歴について何がわかるか
- 熾烈な競争を繰り広げるライバルの経営者について、またその動機について何を知っているか。それが当社にとってどういう意味を持つか
- 主要な競争相手がどのような企業を買収すれば自社に影響がでるか
- 競争相手は提携によって自社のセグメントを攻めることができるか
- 競争相手に新たに加わった人材は競争環境をどのように変えるか
以上が本書の概要である。「実行が大事だ」というのは、ごく当たり前のことに思われるかもしれないが、実行とはプロセスであり体系的に学ぶべきものであり、実行を促すにはそれなりの仕組が必要である、という点に本書の新しさがある。企業経営の3つのプロセス―“人材、戦略、業務”のプロセスに、それらの仕組を根づかせなければならない。そして、それこそがリーダーの最大の仕事だ、と著者は主張する。そして、著者の言う、「実行をリードすることは、最先端科学ではない。極めて単純なものだ。もっとも必要なのは、リーダーが自分の組織に情熱をもって深く関わることであり、他社や自社の現実に正直であることだ」、と述べている。読者として共感を覚える個所が多くある。
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