これから日本という国は、さらに厳しい時代に入っていきます。そして、我が国の企業も、ますます厳しい時代に入っていきます。
いま、経営者が語るべき「言霊」とはなにか。そもそも、経営者の「究極の役割」とはなんでしょうか。経営者の様々な役割、「ビジョン」「理念」「戦略」「予想」「計画」「意思決定」というのは、それぞれ異なった役割のようですが、実はある意味でただ1つの役割なのです。それは、何か。「言葉」を語ることです。
例えば、策定された「ビジョン」は、経営者から社員に対して語らなければなりません。また、決定された「戦略」は、経営者から経営幹部に対して語られなければなりません。さらに、「予測」や「計画」については、経営者からマネージャーに対して語られなければなりません。そして、掲げられた「理念」も、やはり経営者から顧客や消費者、さらには社会全体に対して語らなければなりません。すなわち、経営者の役割とは、「言葉」を語ることなのです。
「力に満ちた言葉」を我が国では何と呼ぶか。「言霊」です。「言葉に魂が宿る」という意味の「言霊」、すなわち経営者の究極の役割とは「言霊」を語ることなのです。せっかく良い言葉を語っても「響き」が伝わらないと、まるで作文を読んでいるような気の抜けた言葉が耳を素通りしていく。「腹」で語らないと伝わらない。それは「腹の奥底にある力」の問題です。その力とは「信じる力」です。自分の語っていることを、本当に深く信じているか。そのことが問われているのです。自分が本当に信じていることを語らなければなりません。
長嶋茂雄は現役時代、打席に立つといつも思っていた。全打席、ホームランが打てると思っていた。なぜなら、どのような状況、どのような場面においても、自分の最高の能力を発揮できると信じ込める。全打席、ホームランが打てると本気で信じ込める精神。それこそが「天才」の証でしょう。
「ビジョン」とは、「未来像」と訳されていますが、もう1つの意味は「洞察力」です。すなわち「ビジョン」とは、単なる「未来に対する願望」のことではなく、まさに「未来に対する洞察」のことです。「ビジョンの力」とは何か。それを聞く人々の「想像力」を掻き立てる力。それが「ビジョンの力」です。
長期的戦略と短期的収益、これは経営トップの立場で最も悩む課題の1つです。なぜなら、企業経営においては「長期的戦略」を重視する打ち手と「短期的収益」を重視する打ち手は、しばしば「矛盾」するからです。そもそも、短期的な収益がなければ明日の糧が得られない。しかし、長期的な戦略がなければ企業として存続していけない。その矛盾の中で経営者は何をやっているか。「振り子」のバランスを取っているのです。
市場が突然に変化する、急激に変化する。予想もしていないような変化をする。すぐに古くなってしまう。その市場の変化に合わせて、どんどん変えていかざるを得なくなるのです。こうした時代には「メタ戦略」を打たなければならない。それは文字通り「超戦略」のこと。すなわち、「戦略を生み出すための戦略」のことです。それは、いまアメリカで盛んに研究されている「戦略創発」という考え方です。例えばコンソーシアムという戦略は、まさに「メタ戦略」です。ある新規事業開発をめざして異業種が集まり、企業連合を結成する。集まるときには、その時点でベストのビジョンや戦略が掲げられる。
「メタ戦略」を展開するためには、まず我々は「戦略思考」を変えなければなりません。「山登り」の発想を捨てることです。それは、リーダーが地図を広げて「いいか、この山はこの尾根伝いに攻めるからな」と言う。するとメンバーは、「分かりました」と言ってそれに従って登っていった。しかし、現代のマーケットは変化が激しい。今は「波乗り」です。波の形がどんどん変わっていくのを体全体で敏感に感じ取り、瞬時に判断して体勢を変え、バランスを取りながら前に進んでいく。その戦略的打ち手がもし失敗したら、次ぎの手も外れたら、そのときは次の手がなければなりません。すなわち、「隠し玉」を多く持っていることです。
ネット革命やメディア革命によって、市場での「情報共有」が進んだとき、市場は「複雑系市場」とでも呼ぶべき不思議な性質をもった市場になっていきます。しかし、この複雑系市場は、「予測できない」という悩ましい性質と同時に、「創造できる」という魅力的な性質も持っている。なぜなら、「小さな変化が大きな変動を生み出す」という性質は、生まれたばかりのベンチャー企業も、資金力や組織力のない中小企業でも、知恵と才覚さえあれば、市場全体に大きな影響を与えることができる。
企業とは、「生き残る」ことを自己目的として活動する存在ではない。ビジネスマンは、「サバイバル」するために生きているわけではない。我々は、もっと素晴らしい「何か」のために頑張っているのではないか。
意思決定には3つの要素がある。「決める」「説得する」「責任を取る」、この3つができて初めて、「意思決定」と呼ぶわけです。
大企業とベンチャー企業の違いが、その社員の「空気」や「雰囲気」に恐ろしいほど表れます。何が違うか。「緊張感」が違うのです。そして、その企業文化の「緊張感」の差は、必ずその企業の社員の「精神の成長」の差となって表れてしまいます。
社員への3つの報酬は、第1が「職業人としての能力」、第2が「働き甲斐のある仕事」、第3は「人間としての成長」です。
経営者の「志」が伝わらない理由は、その経営トップが本当の「志」を語っているのか、実は「野心」を語っているのか、その違いです。己一代で何かを成し遂げようとする願望、それが「野心」です。「志」とは、己一代では成し遂げ得ぬことを次の世代に託する祈りです。我々は、次の世代に「志」を伝えることです。
我々経営者には、心に刻んでおくべき言葉がある。経営の世界において大切なことは、「何を語るか」ではない。「誰が語るか」である。本当に力量のある人物が語ったなら、どのような言葉でも相手に伝わる。本当に力量のある人物が語ったなら、どのような言葉にも、「言霊」が宿る。それが真実ではないか。経営の道とは、どこまでも高く、そして、どこまでも深い世界へと広がっている。
以上が本書の概要です。我々は、普段本質的な思考からは大きく離れたところで生活しており、目先のことばかりに気を取られ、右往左往しているのが現状です。すなわち、自分自身を失っているようなところがあります。本書の終わりの10話に出てくる『経営の世界において大切なことは「何を語るか」ではない。「誰が語るか」である。本当に力量のある人物が語ったら、どのような言葉でも相手に伝わる。しかし、力量のない人物であれば、どれほど流暢に言葉を語り、立派な言葉を述べてみても伝わらない。それが経営の世界の真実です』とあるが、正にこの通りです。自分自身のレベルを高め、人間的に向上を目指していかなければ、立派な仕事はできないのではないでしょうか。本書の本質を汲んで戴きたい。そして、自分のものにして戴きたいと思う次第です。
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