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「豊かなる衰退」と日本の戦略表紙写真

「豊かなる衰退」と日本の戦略 新しい経済をどうつくるか

著  者:横山 禎徳
出 版 社:ダイヤモンド社
定  価:1,800円(税別)
ISBN:4−478−23127−3

戦後、日本は農業人口が40%を超える発展途上国に過ぎないところから再出発した。「ドラッカーは語る・21世紀の日本はこうなる」のテレビ番組で、「今まで大成功を収めたが、すでに寿命の尽きたシステムの大変革を、今の日本が享受している豊かさの中で果してできるのか」という問いかけに対し、いまだに自信を持って答えることができないのが今の日本の現実である。人口の高齢化の顕著な表れとして、銀行預金は増え続けている。また、日銀も量的緩和を継続している。すなわち、銀行には資金が潤沢にある。この資金を貸せないのは経済の不調が続き、企業に前向きな資金需要が起こらないからだ。従って、市場リスクがあるのはわかっていても、国債に資金を投入せざるを得ない。

実は「失われた10年」という表現は正しくない。本来、日本が1人当たりGDPでヨーロッパ諸国を抜き、発展途上国でなくなった1970年代初頭、あるいは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた1980年代初頭に国の政策のギヤ・チェンジをすべきだった。すなわち30年間、百歩譲っても20年間、日本政府は政策転換の先延ばしをした。10年よりもっともっと長い時間を失ったのだ。ドラッカー氏の指摘するように、今の日本は不況とは言え、今までの日本の歴史の中では最も豊かである。このような状況の中で、政治家や官僚が魅力ある生き生きとした「グランド・ビジョン」を描くということは、今よりもっと豊かな社会を定義し、それに道筋を示すことだ。

一般的に戦略とは、「世の流れを見極めて、自己の強さと見比べ、世の中の流れに沿った自己の強さを最大限に発揮して競争相手に差別化し、永続性のある優位を確立すること」である。「我が社の常識は世の中の非常識」という表現が多くの会社に存在する。時間の流れとともに「世の中」の変化に置いてきぼりにされた結果なのだが、そのことに気がついていない企業や組織は数知れない。「世の中」の変化を率直に眺めてみると、誰の目にも日本の「成長」ではなく日本の「衰退」が見えてくる。

現在の政治に見られるような、既得権益を失うことを嫌い、抵抗する勢力はいつの時代にも存在する。

過去数十年にわたって、女性がなぜ子供を生まないかが何度も調査された。それは、子供を持つのは経済的に見合わないということであった。日本政府はその回答の重要さに気づき、十分分析し、出生率が改善する有効な対策を打つという当然のことを何らやってこなかった。日本の県別出生率を見ると、東京都が1.07で最低であり、その次が北海道で1.23、高いほうでは沖縄県が1.82、その次が佐賀県で1.67である。しかし、そのレベルでも人口規模を維持する2.1に達していない。しかも、日本の都市集中は相変わらず進行している。今後も、このまま日本の都市集中が進む可能性は高い。サービス業の就業機会は都市に集中している。この流れの問題は、サービス業における生産性の低さである。労働生産性はアメリカの3分の2とかなり低い。

50年後に日本の総人口8000万人という前提を置くと、年率1%強で減少していく。アメリカとの比較では、日本1人当たりの労働生産性は約3分の2であるから、年率3%の生産性改善ということは現在のアメリカのレベルに到達する程度ということになる。日本人の個人消費はアメリカの半分のレベルにすら達していない。今後日本は人口の減少と同時に高齢化の問題がある。

日本国民の総カロリー摂取量は、今後50年間で20%程度減少していく計算になる。カロリーの摂取の一部である飲酒も高齢化とともに減少していく。ビールや日本酒、ウイスキー、焼酎、ワイン等の各種をアルコール量に換算することができる。酒類の消費量は、長年ほとんど伸びていない。酒だけでなく、人口の高齢化はあらゆるものの消費減につながる。価格弾性、すなわち価格が下がれば需要が増えるという関係が高齢世代においては成り立たない。実際、世帯主年齢60歳以上の家計消費額は50歳に比べて約20%一般的に減少する傾向がある。団塊の世代も同じような傾向を示すとなれば、年間約8兆円消費支出減になる。

グローバリゼーションとは、国境を超えた連鎖のことである。日本が海外に染み出し、海外が日本に染み込んでくる。地域間の格差は厳然として存在する。最も豊かである東京都の1人当たりGDPは703万円であるが、最も低い奈良県では254万円である。首都圏、関西圏を合計した地域の人口比は40%弱であるが、そのGDPの日本全体に占める比率は約45%である。日本経済の衰退という観点からすると、地方への資金注入が自律的経済発展の基盤づくりにはほとんど貢献してこなかったことが問題である。その結果、地方自治体の債務総額は約200兆のレベルに達している。労働人口は1998年から減少に転じている。まずは生産性を高めない限り、GDPを成長させる方法はない。今後は生産性の低い企業が敗者として市場から退場していくことが必要だ。100年は続くかもしれない大きな潮流、「世の中の流れ」に対して日本社会と経済の「グランド・ビジョン」と長期戦略をどのように組み立てるかが問われている。

今起こっている高齢化とこれから起こる人口減少は、じわじわと進行する連続的変化である。これから高齢化し、人口が減り、生産性の低いサービス業従事者が増えるため、所得は減るという時代が来る。日本経済は1960年代から1990年代の初頭まで年率6.2%でGDPが成長したが、その間、アジア諸国との貿易の伸びは12.7%であった。低コストの1次産品や原料は日本製品の競争力を高めたし、低価格の消費財は日本の消費市場に重要な地位を占めている。すでに中国にとっても、日本が最大の貿易国である。

戦後の日本は「産業立国」という思想と強い願望に基づいた施策を行ってきた。それ自体は大成功を収め、「経済大国」と呼ばれるようになった。その半面、「経済は一流、政治は二流、そして生活は三流」という自嘲的表現もされた。ここに来て必要なのは、「社会システム」の再設計である。「社会システム」の特徴は2つある。まず、産業横断的であることが挙げられる。例えば、医療産業と捉えると銀行や保険会社、建設会社等は対象外であるが、医療システムと捉えると病院に融資する銀行や病院建設を請け負う建設会社、医療保険を売る保険会社が含まれる。「社会システム」の第2の特徴は、オペレーティング・ソフトウェア、すなわち運営の仕組みこそが要であることだ。「医療システム」とは、最終ユーザーに関心を持ち、モノおよびサービスの供給者がそれぞれの役割を果しながら全体として患者に価値を届けるための運営の仕組みを綿密に組み立て機能させるという発想である。日本の「グランド・ビジョン」を構築するためには、これまでの発想の枠組みを捨てる覚悟が必要だ。すなわち、我々が高度成長時代を通じて慣れ親しみ、無意識のレベルまで染み込んでいる「全体」とか「一律」、「平均」という思考パターンから抜け出さないといけない。それに代わって新たに「場合分け」、「メリハリ」、そして、それらがつくり出す「多様さの均衡」という視点を発想の基準とする。

文京女子大学教授・小川智由氏の「高齢新人類」によると、日本の高齢者は4つのセグメントに分類できるという。それは「エンジョイ・グループ」、「コミュニティ・グループ」、「オールドファッション・グループ」、そして「チャレンジ・グループ」の4つである。「オールドファッション・グループ」を除いて活動的で社会的である。そういう高齢者は、友人との行き来や、各種イベントへの参加等、都市の提供する便利さを享受したいと思うのではないだろうか。

高齢化の一側面として、64歳までの労働人口がすでに減少を続けている。これまでの日本は、労働生産性を高めるよりは労働投入量を増やすことでGDPを成長させてきた。従って、このままでは、この労働人口の減少によるGDPへの影響を抑えることは難しい。

アメリカは「使い回しの経済」が発達した国である。金融の「2次市場」は、アメリカが一番発達した国である。既存住宅市場の巨大さ、同様に中古車の市場も巨大である。2001年の乗用車の新車販売台数は約840万台であるが、中古車の販売台数はその2.5倍近くある。

高度成長期のような「誰も勝たない、誰も負けない」競争時代はすでに終った。企業のうち、特に下位企業は「1次市場」から撤退し、発展する「2次市場」に転進するか、メーカーであれば各社に共通部品を一手に引き受けて供給する部品・モジュールメーカーに徹するか、あるいは完全にその市場から撤退するか、どれかの決断をしないといけないだろう。

人口が減ることの意味は、常住人口が減ることである。それに対して「短期滞在人口」は少子高齢化と直接関係がなく増減する。日本各地に「短期滞在人口」が増えていくことは、人口が増えるのと同じ経済効果がある。消費をしてくれる限りにおいて常住人口か、「短期滞在人口」かということはあまり関係がないのである。それは、東京都とか大阪市などの大都市が昼間人口という「短期滞在人口」に恩恵をこうむっていることを考えれば理解できるはずだ。大阪市の1年間の延べ観光客数は2000年で年間9800万人である。平均2日滞在すると想定すると、1日当たり約54万人の観光客が市内にいることになる。大阪市の人口の2割強である。

以上が本書の概要である。本書の中で述べているように、「世の中」の変化を素直に眺めてみると、誰の目にも日本の「成長」ではなく「衰退」が見えてくる。キッシンジャー博士も日本は衰退していると指摘している。日本人は日本国に住んでいるから見えないのであるとも言う。著者はその衰退を発展に結びつけるためにいろいろな提案を行っている。それが「2次市場」の創造であり、観光立国などである。日本はどの国も経験したことのない少子高齢化を迎え、生産性の問題も抱えて、思い切った政策転換を図っていかないと大変な状況が待ち構えている。著者も指摘しているが、特に「社会システム」の設計能力が重要な課題である。しかし、日本は縦割り行政のためシステム設計は不可能に近い。この問題を解決するには、政治の世界に頼らざるをえない。政治家を送りだすのは国民である。日本国民もしっかりした哲学をもって選挙に臨まなくてはならない。


北原 秀猛

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•  失われた10年
•  少子・高齢化


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