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企業家の条件 イノベーション創出のための必修講義

著  者:米倉 誠一郎
出 版 社:ダイヤモンド社
定  価:1,600円(税別)
ISBN:4−478−37430−9

日本、そして日本人には素晴らしい力があると思う。そうでなければ、これほど小さくて資源など何もない国が、ドイツ・イギリス・フランスを合わせただけの経済力を築けるわけがない。残念ながら、いま僕達は過去の遺産を食いつぶしている。チャレンジすることを忘れた瞬間から、先人が築いたものを取り崩すようになってしまったのだ。こうしたときこそ必要なのは、ビジネス、教育、政治、NPO(非営利組織)活動など、ありとあらゆる分野や組織において、一人ひとりが新たな付加価値を生み出すイノベーションを遂行することだ。

本書では、こうしたイノベーションを遂行する人を「企業家(アントルプルヌア)」と定義する。本書は企業家の条件を4つに区分して解説している。

条件1.時代の流れを読む
条件2.イノベーションの真髄を理解する
条件3.経営学の基礎を身につける
条件4.失敗を恐れずにチャレンジする

市場が見えない状況では、市場ニーズを予測するのではなく、顧客とともに動くことが必要だ。市場シェアという考え方を放棄し、いったん獲得した顧客をずっとキープし続ける工夫をする。常に「顧客シェア」の増大を目指すのである。そうすれば、不確実な設備投資やマス広告に莫大なコストをかける必要もなくなる。

リストラとは捨て去ることではなく「リストラクチャリング(再構築)」なのだということを、もう一度思い出して欲しい。それはつまり事業分野をコア・コンピタンスに基づいて絞り込むことである。

日本経済が低迷を続けているのは、優秀な技術者がいないからではない。潜在力のある技術をビジネスに展開できる事業構想力・経営手腕を蓄積した経営プロが少ないことが原因なのだ。経営学で重要な点は2つある。1つは、基本的な技能を学び、マネジメントを実践する上で共通言語や共通分析手法を身に付けること。もう1つは絵画や音楽の場合と同じで、自分を高めるために先人の「傑作」に触れることである。

企業にとって重要な要素が6つある。株主、従業員、顧客、納入業者、債権者、そして地域からの支持である。そのすべてに優れた企業が、いわゆるエクセレント・カンパニーだ。だがこれは経済が順調に推移している時の論理である。現在のように世界規模で経済の大転換が進行しているときには、6つの要素すべてを等しく重視することはできない。「うちは資本効率を重視する」と決断し、それに沿った経営を実行すれば資本市場のカネを呼び込める。資本効率が高く動きの激しい領域に投資することになるので、仕事自体もダイナミックになるだろう。従業員にとっても、苦労は多いかもしれないが、面白い仕事ができるのでモチベーションは高まるし、良い人材も集まるだろう。このようにプラスの循環で会社が強くなれば、会社の都合で辞めてもらった人がいても再雇用できるようになる。

日本もかつては謙虚に学ぶ姿勢を見せていた。したがって日本型経営を守れと叫ぶ前に、経営者はいま一度世界のベスト・プラクティスを学び、自分の血肉にすることを目指すべきである。そういう謙虚さこそ、日本経営の本質だったはずである。とりわけ銀行と証券会社のトップには、つぶさにアメリカを研究してもらいたい。俗慣例ではあるが、なぜウォール街で銀行員がネクタイをしなくなったのかについてよく考えてみてほしい。アメリカでは、金融ビジネスはもはや接客業ではない。コンピュータを使って高度な金融工学を駆使するエンジニアリング産業なのだ。

変化の激しい情況下では計画合理性がきかない以上、経済発展のためにはスタートアップスを狙うプレイヤーの主導権争いが不可避である。そのようなゲームに規制をかけたり、「公的標準(de jure standard デジュリ・スタンダード)を導入しようとすると、経済のダイナミズムが殺されてしまう。

一般に、産業の飛躍的発達には2つの重要な要素がある。1つには、産業自体がさまざまな工程や部門から成り立ち、その依存関係が互いのペースを規定していることである。もう1つは、産業の発展を支える技術もさまざまな要素から構成され、それらのバランスを取ろうとするとメカニズムが進歩を促進することだ。まったく孤立した部分飛躍を遂げても、それが全体を引っ張ることにはならない。多くの要素が絡み合っているときに、1つの突破口が発達の連鎖を促すのである。

アメリカに出現した企業組織の特徴は、次の3点に集約できる

  • 市場メカニズムに変わる内部取引の実現
  • 内部取引を効率的に達成するための複数機能を持った組織の完成
  • 内部取引や経営資源を管理する経営階層の出現

確実で安価な輸送手段と迅速な情報伝達手段は、鉄道と電信によって実現した。それがアメリカのビック・ビジネス形成では重要な前提となった。

ビジネスの環境は刻々と変化しているが、今日の企業経営では、重要な転換ポイントが2つある。1つは日本が抱え込んだ膨大な借金である。公的部門だけで700兆円、つまりGDPの1.4倍もの債務を残している。ブラジル政府は公的債務がGDPで5割に達したとき債務不履行に陥った。これを見れば、日本の借金がどれほど異常な水準にあるかわかるだろう。ここまで負の遺産があると、5年や10年程度では情勢がよくなりようがない。日本経済のデフレ傾向は今後一層強まることがあっても緩まりはしないということだ。後5年間くらいは低成長のデフレ経済が進行する。価格を上げることができない以上、やれることは2つしかない。コストを削減するか付加価値を高めるか、である。コストを削減するにはそのためのロジックが必要だし、付加価値を高めるにはイノベーションが欠かせない。ジョセフ・シュンペーターは、イノベーションとは新しいモノを生産すること、あるいは既存のものを新しい方法で生産することだと考えた。彼はイノベーションにおいて結合される要素には、次の5種類があると指摘している。

  1. 技術革新:新しい製品の導入
  2. 生産方式:新しい生産手段の導入
  3. 市場:新しいマーケットの発見
  4. 生産要素:新しい原料や半製品の導入
  5. 組織:新しい組織の導入

シュンペータが考えるイノベーションでは、質的な非連続性、つまり、過去からの延長線上にない革新の重要性が強調されていた。

マーケティングの基本は、自社の提供する製品を消費者ニーズに適合さることである。そのためには、消費者を類似のニーズを持つかたまり(セグメント)に分け、そのセグメントをターゲット市場とした上で、最適のマーケティング手法をうまく組み合わせていかなければならない。

<市場地位別戦略>

企業は自らがどのポジションにいるのかを正確に把握し、効果的なマーケティングを展開しなければならない。

  1. 市場リーダー:市場リーダーは生産面では規模の経済や経験効果が発揮できるし、市場に対しても大きな影響力を持てるケースが多い。したがって、最大の戦略目標はいうまでもなく現在の地位を維持することになる。そのためには、新規ユーザーの開拓、新たな用途開発、使用頻度の増加などで市場拡大を狙う攻撃的な戦略と、いまの市場シェアを確実に維持する防御的な戦略の両方が必要となる。また既存の市場シェアの拡大を目指すことも重要だ。
  2. 市場チャレンジャー:チャレンジャーの目標は、シェアを拡大してトップの座を手に入れることである。リーダーに比べればチャレンジャーは経営資源が豊富ではない。したがって、リーダーの提供するマーケティング・ミックスと差別化を図ることで、その顧客を奪取するような戦略を目指すことになる。
  3. 市場ニッチャー:多くの業界には、セグメントそのものが小さいため大手企業や競合企業が参入してこない市場がある。そこに集中して圧倒的なシェアを握る企業が市場ニッチャーである。ここでは、他社が参入してきたときへの備えとして、徹底して特化した製品を提供する能力が不可欠となる。また、複数のニッチ市場を開拓することもリスクヘッジのためには有効な戦略である。
  4. 市場フォロワー:フォロワーの目標は、とにかく生存し続けることである。リーダーやチャレンジャーにとってあまり魅力的でない市場セグメントをターゲットとし、リーダーの構築したマーケティング・ミックスをワンランク落として模倣することが戦略の基本となる。

以上が地位別戦略の概要だが、これらは基本的に市場が成熟した時期にあてはまるものとされる。

資本資産評価モデル(CAPM)、市場全体の動きと個々の投資対象の動きを分析する指標としては「べータ」が用いられる。これは市場全体が1%上昇したとき、その投資対象は何%変化するかという度合いを示す指標である。ベータが1を超えるときは市場全体よりも大きく変動するし、1より小さければ市場全体よりも動きが鈍いことになる。ベータがマイナスであれば市場全体とは反対方面に動くことになる。このベータを利用してリスクのある投資対象の期待収益率を求めるモデルがCAPMである。

2000年9月11日に、アメリカではウォルマートが4600本のアメリカ国旗を売ったそうだ。ところが、同時多発テロのあった2001年9月11日には、実に11万6000本の国旗を売ったという。通常の在庫管理では達成不可能な数字である。つまり、ウォルマートはPOSデータで国旗の売れ行きを瞬時に把握し、瞬間的にオーダーし、瞬間的に店頭に並べる力のある企業だということである。このことを1つ取り上げてみても、ウォルマートが完全に顧客とともにあるITカンパニーだということが分かるだろう。

以上が本書の概要である。本題が「企業家の条件」とあるように、企業家を目指す人に必要な考え方や知識についていろいろな角度から述べている。米倉誠一郎教授は現在一橋大学イノベーション研究所センターの教授であり、アカデミーヒルズが主宰するアーク都市塾の塾長も務めている。このほど「六本木ヒルズ」がオープンした。17年の歳月をかけ、2,700億円を投じて完成したのである。その文化都心の柱として「六本木アカデミーヒルズ」というコミュニティスペースが創設され、そのなかに生涯学習を支援するスクール「アーク都市塾」が開かれる。本書ではイノベーションを遂行する人を「企業家(アントルプルヌア)」と定義している。企業家になるには特別な能力など必要ない。本書で述べるいくつかの事柄を理解して身に付けること――この条件さえクリアすれば誰でも企業家になれる、と著者は言う。一読をお勧めしたい本である。


北原 秀猛

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•  企業家の条件
•  イノベーション
•  コア・コンピタンス
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