本シリーズは、ハーバード・ビジネススクールの機関紙「Harvard Business Review」の名著論文集である。かつて多角化を推し進めた企業は、リストラクチャリングに苦しんできた。度重なる組織改編により疲弊してしまった企業も数多い。また、長引くデフレ経済下では、もはや企業に復活の兆しはないかのような悲観的予測も少なくない。しかし、まだ諦めるには早すぎる。確かに、多くの日本企業にとって収益構造の再設計は喫緊の課題であるが、低成長時代にあっても収益を上げている企業は存在する。本書は、そのような企業になるためのコンセプトや手法、考え方を厳選して一冊にまとめた。
第1章は、事業部の自律性と全社戦略をバランスさせるには、本社にこそ「臨機応変なマネジメント」(戦略的柔軟性)が求められていることを説く。第2章は、経営環境が変化するごとに事業ポートフォリオを組替える「パッチング」という手法を解説する。第3章は、全体最適型のコラボレーションを超えてシナジーを創造する「共進化」というコンセプトについて詳述する。第4章は、複雑な市場環境を生き抜く「シンプル・ルール戦略」を扱う。第5章は、グループ再編に欠かせない選択肢としての「事業分割」を論じる。第6章は、全社員に戦略のエッセンスを理解させる「ストラテジック・プリンシプル」を取り上げる。第7章は、戦略の全体像をビュジアル化し、全社で共有するための「ストラテジー・キャンバス」という手法を紹介する。第8章は、「かくれた資産の活用法」を解説する。
現在のように波乱に満ち、市場競争が熾烈に繰り広げられる環境下では、柔軟かつ俊敏な対応が求められる。技術革新、法制度の変更、グローバリゼーションなど、将来の予測を困難にしている要素は2つ3つにとどまらない。
<柔軟性を備える>
- 現在または将来、価値あるシナジーを得られるような事業に進出する(あるいは、そのような事業を買収する)
- ビジネスモデルを設低し、当該事業だけで成功するための自律性を事業部に惜しみなく与える
- 将来的なコラボレーションの可能性を残すために、戦略スコープを制限する
- 協力の可能性を探る行動に報いる
<柔軟性を活用する>
- 企業全体の利益につながると考えられる時には、コラボレーションを推進する
- 事業部からの抵抗に対処する
- 事業部間のコラボレーションの重要性を反映させた給与体系に変更する
<成功企業に共通する4つの戦術>
- 厳格な財務管理、柔軟な組織
- 一線級のプレーヤーである
- スリムかつ強力な本社機能
- 戦略にしかるべき時間を費やす
成功の秘訣は「パッチング」にあり。パッチングとは、ビジネスチャンスの変化や移動に合わせて、絶えず事業をマッピングし直す戦略的プロセスにある。新規事業の追加や立ち上げなどによる事業の拡大、事業の分割、担当事業の変更、市場からの撤退、あるいは事業の統合など、一口にパッチングと言ってもその形態はさまざまである。パッチングは、変化の少ない市場ではさほど重要ではないが、環境変化が目まぐるしい市場ではとても効果的だ。またパッチングを行うためには、少なくとも次のような条件が必要である。
・各事業ユニットがモジュール構造(共通単位をもつ部品を組み合わせたもの)である
・各事業ユニットに、さまざまな点が考慮された完成度の高い業績評価指標がある
・全社的に一貫した給与体系が組み込まれている
コラボレーション(協働)をかけ声だけでなく、実効あるものにしたければ、これまでの「常識」とは異なる新ルールに従うことをお勧めする。
ルール1:コラボレーションに関する判断は当該事業部に一任せよ。
ルール2:全体ではなく、事業部ごとにその業績に基づいて報償を与えよ。
ルール3:「コラボレーションの数を増やせば自然とシナジー(相乗効果)が生まれる」と思うことなかれ。それは幻想にすぎない。
加えて次のような点についても重んじる。
・コラボレーションする事業部でデータ重視のミーティングを頻繁に開く
・競合他社と比較しながら、各事業部の業績を評価する
・高い業績の追求を促すようなインセンティブ制度を設ける
共進化を成功させるには、以下のような基本を押さえておく必要がある。
(1)折に触れてコラボレーションの相手を見直す
(2)コラボレーション相手と競争相手の境界が曖昧になっていることを念頭におく
(3)コラボレーションの数をうまくマネジメントする
(4)効果の高いコラボレーションがどれかを見分ける
<シンプル・ルールの概要>
変動が激しい市場にあっては、柔軟に構えてチャンスをつかまなければならない。ただし、柔軟ななかにも規律が必要である。賢明な企業は主要な戦略プロセスとシンプル・ルールに焦点を絞る。チャンスをつかもうとするならば、その局面に応じたルールで対処せよ。謀大手製薬企業では、戦略プロセスを新薬開発とし、制約のルールがいくつか設けられている。具体的には次の2つであった。
- 上級研究委員会が決定した10種類の分子ならば、研究者はそれらのうち、いずれの分子を研究してもかまわない。ただし、同時に研究するのは最大4つまでとする。
- 研究プロジェクトは臨床実験を進める上で、複数のハードルを連続してクリアしなければならない。
<積極的事業分割計画のプロセス>
事業分割は1回限りの仕事ではない。企業戦略の当然の一部とならなければならない。以下5段階のプロセスがベストの方法である。
第1段階:組織体質を整える
- 従業員に事業分割の合理性、企業全体における財務上の必要性を説いてまわる
- マネジャーに積極的事業分割を検討させる強制的な仕組みを導入する
第2段階:事業分割候補を選定する
- 事業分割候補決定の明確な基準を定める。例えば、事業部門がグループ全体に及ぼす影響、親会社が事業部門に及ぼす影響、事業部門が資本市場の期待を上回る可能性、グループの理想的な事業ポートフォリオなどについて
- 実務上の緒問題(税務、買い手の有無など)を検討して事業分割候補を絞り込む
第3段階:事業分割の細部を決定する
- 買い手を検討し、取引の詳細を考える(単純な現金取引、株主へのスピンオフ、2段階事業分割や成功報酬を組み合わせた複雑な方式など)
- 事業分割プロセスの進行中に、従業員のやる気を保つため、例えば報奨金を上積みするなどの措置を講じる
第4段階:事業分割を告知する
- 事業分割が本決まりになるまでは通告を控える
- 事業分割の理由を簡潔明瞭に伝える
第5段階:新事業を発足させる
- 事業分割で浮いた資金と経営陣の時間、サポート機能を有望な成長分野に再投資する
意思決定を分権化することは、特に変化の激しい事業環境の下では大きな意義がある。ただし、必然的にリスクも伴う。誰もが意思決定を下すような組織は、コントロールがきかなくなる危険と背中合わせであるからだ。分権化を行ってなおかつ整合性の取れた戦略を推し進めるのは、極めて困難なことである。にもかかわらず、一部の企業はそれを成し遂げている。これらの企業に共通するのは「ストラテジック・プリンシプル」を持っていることである。ミッション・ステートメントが企業文化を表したものであるのに対して、ストラテジック・プリンシプルは戦略を表したものである。ミッション・ステートメントが目標を示したものであるのに対して、ストラテジック・プリンシプルは行動の指針を示したものである。持続的な競争優位を築くには、貴重な経営資源――資本、時間、マネジャーのエネルギー、労働力、ブランドなど――をどのように配分すればよいのだろうか。ストラジック・プリンシプル、すなわち戦略のエッセンスは、この問に答えるものでなくてはならない。「何をすべきか」だけでなく「何をしてはならないか」を示すものでなければない。
(1)経営資源をどの事業に傾けるべきかを決める指針となる
(2)一つひとつの行動が適切なものかどうかを判断するための基準となる
(3)方向性を示したうえで自由なチャレンジを認める
ストラテジー・キャンバスを埋めるのは、決して容易なことではない。競争の基本要因を決定することも、そもそも一筋縄ではいかないものだ。したがって、これから見ていくように、最終アウトプットはしばしば、当初の草稿とはまったく異なったものになる。
<ストラテジー・キャンバスの4つのステップ>
- 目を覚ます
・既存戦略をチャート化して、競合他社のそれと比較する。
・戦略を変えるべきかどうかを見極める。
- 自分の目で現実を知る
・自ら最前線に足を運んで「なぜ自社製品が採用されていないのか」、その理由を探る。
・代替製品、代替サービスの卓越した点を見出す。
・さまざまな戦略要因について、廃止、追加、変更などの必要性を判断する。
- ビジュアル・ストラテジーの見本市を開く
・ステップ2での洞察に基づいて、新しいストラテジー・キャンパスを描く。
・既存顧客、他社の顧客、さらには潜在顧客から新しい戦略へのフィードバックを得る。
・フィードバックを生かして戦略案をさらに練り上げる。
- 新戦略をビジュアルに伝える
・新旧の戦略を1枚のチャートで表し、一目で比較できるようにする。
・新しい戦略の実現に役立つプロジェクトや施設のみを推進する。
売上高を伸ばすこと、そしてその成長率を維持することが、以前にも増して難しくなっている。隠れた資産を掘り起こし、顧客の上位ニーズに応えるのは決して容易なことではない。企業経営者のほとんどは、これまで長い歳月をかけて、製品、工場、機械設備、運転資本などから成長を生み出す方法を学んできた。その半面、顧客に価値を、そして株主に成長をもたらすために、リレーションシップ、市場地位、ネットワーク、情報、すなわち隠れた資産をいかに生かせばよいかについてはほとんど考えてこなかった。しかし、長期にわたって大きな躍進を遂げたいと願うのであれば、このかけがえのないスキルをこそ身につけなければならない。
以上が本書の概要である。最初に述べたように、本書はハーバード・ビジネススクールの機関誌「Harvard Business Review」の名著論文集であるため、中に出てくる事例が100%外国企業であり、我々日本人にはピンとこないケースもあるが、事例中心であるし、分かり易く説明している。それにコラムも付けており、読者には理解しやすくなっている。この環境変化の中でスピードは早く、それが企業の対応を一層難しくしている。1990年から2000年の10年間というと、日本では「失われた10年」というが、アメリカではもっとも企業が変身を遂げ、謳歌した10年間でもある。そのアメリカの企業ですら、売上、利益、株価を2桁成長させた公開企業は10%にも満たない。すなわち、旧来の古いビジネスモデルは使いものにならなくなっていると言える。本書の中にもあるが、「成長の限界」が蔓延しつつあるのである。日本企業においても、リストラでなんとか利益を出しているが、次の新しいビジネスモデルを開発しない限り、早晩沈没することになる。本書はこの難しい環境において、いかなる方法が考えられるかのヒントを与えてくれる。
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