本書は、スタンフォード大学ビジネス・スクール教授の10年におよぶ「講義ノート」を集大成した戦略的思考による経営論である。学術的理論と実務での応用、古典的理論と最新の研究成果、そして数々の関連学術分野を融合し、斬新なアプローチで戦略的経営を論じたテキストである。本書の執筆にあたっては、ビル・バーネット、トーマス・ヘルマン、ケビン・マードック、エズラ・ザッカーマンや、本書の原稿に目を通して意見をくれたレベッカ・ヘンダーソンとフィオナ・スコット・モートンなど、スタンフォードの同僚から数々の示唆を受けた。本書は15章に分かれており、付録として「ゲーム理論を戦略的経営に応用する」が付いている。
企業間に見られる格差は大きい。華々しい成長をとげて業界のリーダーとなる企業、低迷し衰退し倒産する企業もあれば、すべての機会をとらえる企業、機を失する企業、機会をみてもまったく動かない企業もある。本書で示す経営戦略とは、いろいろな問題に悩むマネジャーの選択と企業の業績の間にある体系的な関係を明らかにしようとするものである。企業の業績は、企業がとるアクションと企業をめぐるコンテクスト(情況・環境)によって決まる。「アクション」とは、ノウハウやビジネス・プロセス、工場・機器、ブランド力、公式・非公式な組織構造、財務的資産など、企業がもつ資産をいかに活用するか、また新しい資産をいかに獲得するかを意味する。短期的には企業のコントロールできない要因が、業績を左右することもある。内的コンテクストとは、企業がもつ資産やその組織の仕方を指す。外的コンテクストとは、社外にあるその他の要素であり、競合他社・買い手・売り手など業界特性と、規制・政治・社会的環境など市場以外の要因を指す。
戦略的経営の目標は、マネジャーにアクション、コンテクスト、業績という三者間にある関係を理解するための概念的なフレームワーク(枠組み)を提供することにある。戦略は、とるべきアクションを選択する際に指針となるフレームワークを提供し、企業の製品や、競争の基盤、戦略を実行するのに必要な資源や能力を定義する。この意味で、戦略は詳細なアクション・プランの始点と捉えられるが、同時に戦略は、特定のプランを超えたものでなくてはならない。
戦略的経営の要は、成功する戦略を立案することにある。整合性のある事業戦略には、以下の4つの要素が必要である。
- 明確な長期目標
- どのような商品を提供するか、どの市場を狙うか、どの分野の活動をするかなど企業の活動範囲の定義
- 競争優位性
- 企業が自ら選んだ競争環境において、社内コンテクストがなぜ競争優位性をもたらすかを示すロジック
戦略には、まず明確な「長期目標」が必要である。長期目標とは、企業が戦略を実行して得ようとする「市場の独占」、「技術リーダー」、「優良企業」などの地位やステータスを示す。この目標は、ある計画期間に達成すべき具体的な目標ではなく、もっと継続的で長期的なものである。競争優位性は、戦略の「How」である。企業が選んだ活動範囲でどう長期目標を達成するかを定義するのが競争優位性であり、既存の、あるいは潜在的な競合企業に対して、どうすれば効果的に競争できるかを明確に示す。しかしその原点は、競合よりも顧客が価値を認めるサービスや製品を生産できるか、あるいは、競合よりも低いコストで生産できるか、の2つにつきる。つねに価値を創造し、それを手に入れるために企業は何らかの「特徴」をもたねばならない。特徴がないと、競争が激しくなるなか、競合他社に取って代わられるし、価値を手に入れる機会も失ってしまう。つねにこの「特徴」(企業に特別な点)を、最後の晩餐でキリストが用いた「聖杯」のように追求することこそ、戦略的経営の不断の戦いである。
競争優位性には多くの種類があるが、企業のポジショニングを基盤とする優位性と、企業の組織能力を基盤とする優位性の大きく2つに分けられる。企業の競争優位性は、ほとんどが組織に基盤を置く。企業は戦略にあった有効な組織を設計することによって、コーディネーションとインセンティブ問題を解決しようとする。コーディネーションとインセンティブという問題を解決する組織の要素には、アーキテクチャー、ルーチン、カルチャー(ARC)がある。競争優位性は、2つの点からダイナミックなものである。企業は競合他社からの挑戦に応えるために、つねに既存の優位性を発展させ、深めなくてはならない。時には新しい競争優位性を追求するため、戦略を変えることもある。登山者に例えてみよう。大ざっぱに言うと、2つの選択肢がある。全精力をいま登っている山の頂に到着することに注ぎ、なるべく効率的な登り方や最善の登山ルートを見つけ出すことに探索努力を向けるやり方が1つである。もう1つのアプローチは、いま登っている山だけでなく、より高い山や楽に登れる山など、ほかの山の探索に力を入れる方法である。前者が活用型、後者が探索型である。活用型と探索型の学習行動は異なる。活用型はすでに確立されたドメインを深く理解することに集中し、製品やプロセスを斬新的なイノベーションで改善していく。この種の組織学習は「すでにうまくできることは何か」、「もっとうまくやりたいことは何か」という質問から始まる。
あらゆる企業は、世界、国、地域の経済状況に影響を受ける。景気循環、為替レートの動向、金利などはいずれも収益性に影響を及ぼす。業界の特性が企業の業績に与える影響は、業界に大きな地殻変動が起こったとき最も顕著に現れる。企業を取り巻くフレームワークにはSCP(Structure, Conduct, Performance)、市場構造、企業行動、成果・業績、パラダイムによって変化する。競合度合いは、マーケット・シェアの分布によって測定することができる。大きなシェアをもつ企業がない市場は、突出した企業がある市場よりも競争度合いが高い。業界内の企業数が増え、市場の製品の類似性が高まるほど、平均収益性が下がることを検証した研究は多い。製薬業界はその好例である。特許をとった新薬をもつ企業は特許期間中は独占企業だが、特許保護期間が満了すると、同種薬のジェネリック品を携えた多数の企業が市場に参入する。
競争スペクトラムの一方の極にある完全競争において競争が熾烈なのは、個々の企業の製品と競合他社の製品が差別化されず、買い手は価格だけに基づいて、ひいきの企業を決めるからである。多数の小売店が同じペーパー・クリップを販売している場合、消費者は価格が最も安い店を選ぶ。一方、複数の企業が差別化された製品を生産していれば、買い手は価格だけでなく製品の特徴も考慮に入れて選択する。完全競争市場において、企業は限界費用が市場価格に等しい量を生産する。独占市場ではマネジャーは市場価格を決定したが、完全競争市場で決められるのは、どれだけの量を販売するかだけである。仮に、ロブスター業界が完全競争市場で限界費用が市場価格より低いq量を生産していたとすると、1単位余分に生産しても、費用は価格より低いので、限界費用が市場価格に等しくなるまで、すなわちqまで生産量を増やし続ける。q以上の量では費用が価格を上回ってしまう。
情報が競合度合いに影響を与えることは多い。まず、企業がお互いに相手の何を知り、何を信じるかによって競争情況は変わる。競合他社が倒産しそうな場合は、キャッシュ・フローの獲得に躍起になって、短期的な収入を得るために価格を下げていると判断できるので、長期的には競合は撤退する(そして自社は値段が上げられる)か、息を吹き返して自ら価格を上げると考えるのが自然である。
一つの技術革新に関する学習が次のイノベーションを生み出す確立を高める場合、研究開発は既存企業の優位性となる。これは、イノベーションの過程に「段階」があるために起きる。数々の難題を次々と解決して画期的な発明が生まれたとすると、研究チームが一段階早く問題を解決することによって得た知識を競合から隠しておくことができれば、既存企業は優位性をもつ。実際、企業は知識を蓄積し、現在の技術に従事している人々がイノベーションにそれを活かせるようにする。
バイオ企業と製薬会社の間で起こった新薬の価値をめぐる交渉は、関係特殊的な投資のもう一つの例である。インシュリンを開発したバイオ企業は、潜在的な買い手を1社と想定していたが、前もって条件を交渉しなければ製薬会社が製品開発投資を収奪すると予想して、投資前に契約成立を求める可能性もある。しかし、その場合でも、両社を守る契約を作成するのは難しい。なぜなら、両社とも新薬の開発が500万ドルかかるか2000万ドルかかるかを事前に知ることはできない。この不確実性に対応するため、バイオ企業のコストを負担し、利潤の分け前を保証する「コスト・プラス」方式の契約を製薬会社が提示する可能性はある。そうするとバイオ企業はこの資金を他社にも売れる別の新薬の開発に使うインセンティブをもつ。実際、研究のモニターは難しく、バイオ企業が資金をほかの用途に使うのは容易なので、このインセンティブはかなり強い。また、両社は知的財産権を誰が所有するかについても合意しなければならない。
産業ライフサイクルの成熟期は勃興・成長期より安定している。成長期から成熟期への移行期間には、大企業間の合併や買収による集中が起こることもある。業界が成熟すると、業界リーダーは確立された地位と安定したシェアを持ち、イノベーションは漸進的で、すでにあるものの改善を中心とするようになる。
企業の外的コンテクストが大きく変わると、従来の秩序において成功をもたらした能力や市場地位は役に立たなくなる。シュンペーターは、ある世代のイノベーションが誕生し、衰退し、新たなものにとって代わるプロセスを「創造的破壊」と言い、「創造的」とはイノベーションが新しい時代を開くことを意味しており、「破壊」とは新しい能力がそれまで成功をもたらした古い能力を破壊することを指す――と称した。興奮、イノベーション、変化が、秩序と安定(平衡)を断つため、プロセス断続平衡とよぶこともある。戦略的変化に失敗する企業は、移行に失敗するのは経営が下手だからではなく、古い環境のもとで優れた業績をあげてきた企業の戦略や組織が新しい時代の成功要件と適合しないからである。競争が市場での競争から、市場をめぐる競争へ転換することもある。
企業が「グローバル化する」とはどういう意味か、という点について一致した見解はなく、「世界で異なる嗜好に合わせた商品やサービスを提供すること」、「規模の経済を活用するために世界の誰にでも合う標準品を各国で生産すること」、「地理的に分散した事業を横断する共通の価値観をもつこと」、「地域の習慣や規範に合わせて地域組織に自立的権限を与えること」など多数の意見がある。グローバル化を目指す企業にとって最も有効なアプローチは、その企業の戦略によって決まる。
地理的優位性モデルは、ポーターの言う立地の4つの特性は(1)要素条件(2)需要条件(3)関連支援産業(4)企業の戦略・組織・ライバル関係である。
- 戦略的思考は戦略計画よりも重要である。
- 戦略の本質は目標、範囲、競争優位性、ロジックを説明する文章である。
- 戦略は基本的に「創造」のプロセスである。
- 戦略は企業トップだけの責任や問題ではない。
- 企業の組織と戦略は極めて密接に関係している。
- 企業がいかに優れた計画を立てても、戦略は予想もしなかった方向に進化する。
- 全社戦略は事業戦略に価値を付加しなくてはならない。
ある事業の典型的な戦略計画は次のような項目から構成されている。
- ミュション、あるいはビジョンの説明
- 長期目標を含む戦略の説明
- 企業の資産・組織・外部環境の評価
- 長期目標の達成度合いを示す戦略的ベンチマーク
- 長期目標を達成するために必要な主要分野(や方向づけ)の説明
- 戦略計画の期間内に達成すべき各分野の具体的な目標
- 各目標を達成するために必要な行動計画・戦術
- 予想キャッシュ・フローと財務業績を示す指標
全社戦略プロセスは、マネジャーが将来をどう考え、それに向けて企業をどう導くかを示す。「将来」は絶えず変化する。変化には予想できるものそうでないものもある。したがって、「企業を導く」とは、単に戦略を立案し、それを誰かに実行させることではなく、組織やプロセスをつくり、ダイナミックな世界で正しい戦略方向に向かって歩むことである。意図的な戦略プロセスと自立的な戦略プロセスを組み合わせて正しい成果を導く。効果的なプロセスをつくり、マネージするのは難しいが、戦略プロセスがうまくいったときの喜びはゼネラル・マネジャーのプロフェッショナル人生で最高のものである。
以上が本書の概要である。「日本企業には戦略がない」と言われて久しい。また、日本経済には“失われた10年”という言葉が頻繁に使われるが、しかし、いまだに活路が見出せずにいる。昨今は閉塞状態のなかで諦めムードさえ漂っている。その中で本書は戦略的経営を取り巻く学問分野を、基本的に本質論で事例を交えてわかりやすく解説し、各章の終わりにはまとめまでついている。読みながら、今までモヤモヤしたものが晴れた気持ちにさせてくれる。ヒント満載といえる。是非一読して欲しい。
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