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ネットワーク社会の知識経営

著  者:國領 二郎、野中 郁次郎、片岡 雅憲
出 版 社:NTT出版
定  価:2,200円(税別)
ISBN:4−7571−2110−5

本書は、ネットワーク社会における「知識創造」、「ビジネスモデル」、「情報技術」の3つの観点からインターネットの効果を横断的に論じている。そして、この3つは「場」という共通概念により強固に関連づけられている。「場」において「知識創造」がなされ、「場」の上にビジネスモデルが構築され、「場」を構築・運用するための「情報技術」がある。

本書は3人の筆者で分担して執筆している。第1章:知識創造・場・総合力 は野中郁次郎氏、第2章:ネットワーク上に構築される協働の場 は国領二郎氏、第3章:ネットコミュニティを支えるインターネット・サービス・プラットフォームを構築する技術要素 は片岡雅憲氏が担当している。

知識経営とは、経営のあり方を知識の創造と活用という視点から切ることである。知識経営の根底にある人間観は、「すべての人間は生まれながらにして知ることを欲する」という命題である。極論すれば、マネジメントや組織は、この命題を支援する資源やプロセスであり、ツールであるという考え方である。西欧の伝統的な認識論においては、「知識とは正当化された真なる信念(justified true belief)と定義されている。われわれが注目する「知識」の性質は、個人や組織の間の社会的な相互作用の中で創造されるダイナミックな側面である。2001年、ノーベル化学賞を受賞した野依良治教授は、情報を自分自身の知識にすることの重要さを次のように述べている。「実は情報は力でなく、知識が力なんですよ。先生の教えるところは情報です。それを自分のものとして力(知識)にする。情報は人のもの。知識は自分のものであることを銘記すべきです。したがって、知識に対して実践、実習、復習を能動的にしないと自分のものに定着しない。これは鉄則です」。つまり、知識とは現象をさまざまな角度からとらえ、かぎりなく真理に接近する能力であると言い換えることができる。

われわれはすべての知識は「暗黙知」と「形式知」という2つのタイプの知に還元できると考えている。暗黙知は、言葉や文章で表すことが難しくコンテクスト依存度の高い主観的・身体的知のことで、具体的には、思い(信念)、視点、熟練、ノウハウなどである。一方、形式知は、言葉や文章で表現できる客観的で理性的な知のことで、コンピュター・ネットワークやデータベースなどのように情報技術(IT)を活用して時空間を越えて組換えや蓄積可能である。新たな知は、暗黙知と形式知の相互作用によって、
 ・共同化(socialization)
 ・表出化(Externalization)
 ・連結化(combination)
 ・内面化(internalization)
という4つの変換モードによって生成される。これをSECIモデルと呼ぶ。第1のモードは、暗黙知から暗黙知に変換する「共同化」である。これは経験を共有することによって、個人の暗黙知から暗黙知を獲得することである。共同化とは、「気づき」や「発見」といった直接経験を通した知の獲得・共有のプロセスと言えよう。第2のモードは、暗黙知から形式知に変換する「表出化」である。「表出化」は、個人知である暗黙知を、言語変換を媒介にして集団知として発展させていくプロセスである。第3のモードは形式知への変換の「連結化」である。第4のモードは、形式知を個人の暗黙知に自覚的にスキル化する「内面化」である。SECIプロセスを経験するなかで、論理的に理解していた知を、行動を通じて自覚知に暗黙知として身についたものにする。

セブン−イレブンの高収益を支えているのは、「変化への対応」と「基本の徹底」という2つの基本理念であると言われる。「変化への対応」とは、めまぐるしく変化する消費者のニーズに応え続けることである。「基本の徹底」とは、消費者の立場に立って考えるという基本を本部、加盟店ともに貫き通すことである。良い場の第1の条件は、テーマないし使命を持ちつつ、自律性(自己組織性)を許容することである。知識は信念から生まれるので、思いを持たない者には知の創造はできない。したがって、人間と場が一体となる対象化できない実在の場においては、主体的意志的意思と能力を持つ適切な人の選別と自由度の発揮が基本となる。

知識は、「正当化された真なる信念」と定義されるように、知識変換のプロセスを通じて正当化されていくからである。正当化費用は、知識資産(knowledge Asseets:KA)の中でも特にその企業の社会的資本のいかんによって決定される。社会資本とは、組織を効率的に動かす人間関係のことである。SECIプロセスによって生成され、それを支える4つの場によって集積される知識資産を、われわれはそれぞれ「社会知識資産」、「コンセプト知識資産」、「システム知識資産」、「ルーティン知識資産」と定義する。

知識経営の基本は、速度の経済か忍耐の経済かの「どちらか(either or)を選択することではなく、「どちらも(both and)」ダイナミックに両立させる能力を構築することである。規模とスピード、あるいは創造性と効率性を両立させる能力は、企業における知識創造を促進し、蓄積される知識の質を高める能力でもある。われわれは、知識創造の駆動力でもあるこのような能力を「総合力(synthesizing capability)」と呼んでいる。総合とは、正(thesis)、反(antithesis)、合(synthesis)のプロセスを通して多面的弁証法的に真実に迫るプロセスであり、その過程で多様で異質な知を革新的に結びつけ、一貫性をもった知識体系をダイナミックに創造することである。

知識社会で中心になるのは、マニュアル・ワーカーではなく、知識創造の主体となるナレッジ・ワーカーである。マニュアル・ワーカーにとって職務は所与であり、それ自体を改めて定義する必要はない。しかし、ナレッジ・ワーカーは、職務を自己定義し、自己責任において自らを統制する規律をもつ。知識創造の観点からすると、リーダーシップの要件は、

  1. 知識ビジョンの策定
  2. 知識資産の識別と評価
  3. 場の創造と活性化
  4. クリエィティブ・ルーティンの支援と実践
の4つであると考えられる。

今日の情報技術最大の特徴を挙げるとすると、情報発信するコストを下げることによって、広く面的に散らばっている「場面」の情報を拾い上げて大勢で共有しやすくしたことと言っていいだろう。テレビとインターネットの違いを考えてみるとわかりやすくなる。テレビは中央にある情報を数多くの人に一斉に伝達したい場合には強力かつ安価な手段である。このような一箇所の情報を多数(N)に配信するタイプの情報技術をI×N型と呼ぶことができる。これに対してインターネットは、個人が持つ情報を世界中の人と共有したい場合に威力を発揮してくれる技術だ。電子メールを大勢の人間に配信したり、ホームページを作って情報提供を行ったりすることに、さほどの費用はかからない。このように場面間を結ぶネットワークをN×N型と呼ぶことができる。N×N型の情報ネットワークが社会的に大きな意味を持つのは、今まで組織や社会の隅で力を発揮できなかった人間の能力を発掘したり、今まで孤立して力を発揮できなかった人間が同志を発見したりして横につながり、大きな力を生み出すことができるようになるからだ。

情報化の大きな目的が生産性の向上であることは衆目の一致するところであろう。情報技術を活用した効率化には、(1)取引関係をもつ企業間で情報を共有して全体システムの最適化をはかるサプライチェーン型のものと、(2)需給情報の流れをよくしてより細かくマッチングを行うことによって資源の最適活用を目指す電子市場型の2つに分かれる。

ビジネスモデルとは経済活動において、(1)誰にどんな価値を提供するか、(2)その価値をどのように提供するか、(3)提供するにあたって必要な経営資源をいかなる誘因のもとに集めるか、そして、(4)提供した価値に対してどのような収益モデルで対価を得るか、という4つの課題に対するビジネスの設計思想であると定義できる。大きく言って、ビジネスとして顧客に提供できる価値には次の3通りのものが考えられる。

  1. 客のコストを下げる。これには販売価格を下げることで達成される場合もあるし、上述の電子発注のように相手の事務処理コストを下げることで達成することもある。
  2. 顧客にビジネスチャンスを与える。電子市場などを提供するサービスはその存在によって利用者が新しいビジネスチャンスを見出すことを可能とする。
  3. 直接的な消費の対象として魅力的なものを届ける。追加的にお金を払ってでも欲しいと思ってもらえる商品を提供することである。

コミュニティは、何らかの関係で結びつけられた個(人)と個(人)の相互作用によって形成され、新しい文化を生みだしていく知的創造の「場」と考えられる。コミュニティは「場」を形成する。「場」とは、「人間の活動」とそのための「場所」が統合された概念である。英語の“place”は「場所」を意味していて、そこにおける人間の活動は含まない。「場」は、コミュニティの、メンバーである個が活動するために共通に利用するプラットフォームである。

今や、インターネットは現代文明を支え、さらに新しい文明を育もうとしている。世界のあらゆる地域の人々との接続を可能として、多様なネットコミュニティを形成している。インターネットの多面的な効果についてのさまざまな議論を整理するための道具として、「3次元ネット空間モデル」を提案する。このモデルの座標軸は次の3軸からなる。プラットフォーム軸(水平軸)、バリューチェーン軸(垂直軸)、イボルーション軸(時間軸)である。プラットフォームは、ネットコミュニティで共通に必要な各種のリソースと仕組みからなる。新しいバリューチェーンを構築するための知をどのようにして手に入れるか、変化に対してその知をどのように再編成して、新しい環境に適応していくかの知恵が勝負の時代を迎えつつある。イボルーションとはネットコミュニティの時間的変遷のことをいう。3次元ネット空間モデルの各軸が階層構造モデル上にどのようにマッピングされるかを大雑把に述べれば次のようになろう。水平軸(プラットフォーム共通化軸)は階層構造モデルのインフラ層、ミドル層の全体によって実現される。垂直軸(バリューチェーン軸)は階層構造モデルの「eマーケットプレース」サービスにより実現される。時間軸(イボルーション軸)は階層構造モデルの「コンテンツサービス」により実現される。

以上が本書の概要である。社会インフラの中にインターネットが広く、深く浸透してきている。それはまた、巨大な変化の「うねり」のようにも感じられる。しかしながら、それがあまりにも巨大であるがゆえに、その全体像がどのようになっているのか、どのような方向に向かっているのかは見えにくい。本書は「インターネットによる社会的変化を大局的に捉えたい」との思いから誕生している。本書のなかの実例として、エーザイが登場している。それは、内藤晴夫社長の提唱する絶対価値“ヒューマン・ヘルス・ケア”というビジョンの実現のために知識創造理論を経営のなかで実践している。5年間にわたるこの取り組みの成果について、知創部長の盛田宏氏は次のように述べている。「企業文化の中に知識創造を取り入れてしまうことによって、みんなの心の中で常に“知識創造をしよう”と意識が働いています。一緒に飲みに行ったときでも、それは“暗黙知”だね、なんていう会話が普通に出てくるんです。あるMR(医療情報提供者)が急性心筋梗塞の救命率向上に貢献することができたのも、広範な知識を持っていたことに加えて、常に本質を考える習慣を彼が身につけていたからです」と言う。このように企業体質が知識創造型に変換できた企業は強い。日本の未来にとってネットワーク時代における知識創造のモデルを確立できる企業でないと、将来生き残ることは難しくなることは必至であろう。本書で論じられている「場」、「ネットワーク」、「コミュニティ」などの考え方を実践していくことがいかに重要かを理解しなければならない。


北原 秀猛

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キーワード
•  知識創造
•  ビジネスモデル
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