日本は「失われた10年」と言われる難しい時期を経験してきた。少なくとも、結果的には財政・金融政策を全開にし、財政赤字はG7諸国で最も高いレベルまで累増し、金利はゼロにまで引き下げられた。しかし、相も変わらず議論はさらなる財政赤字の拡大、金融の追加的量的緩和をめぐって戦わされるだけで、この10余年の経験、状況の変化を勘案したものになっているとはとても思えないのである。「失われた10年」の最大の失敗は、デフレが構造的であり、政策によって逆転できないという冷厳な現実を認識できなかったところにあるのではないだろうか。いずれ地価は上がる、いずれ株価は戻ると考えて、会社のリストラや不良資産、過剰債務処理を先延ばしにした企業や銀行、インフレに期待して公的資金投入をためらった政治と行政・・・。インフレ期待による先送りの構図が、大蔵省(現財務省)や自民党だけではなく、日本中を覆い尽くしていたのではなかったろうか。いずれにせよ、現在のような大きな構造変化の時期で大切なのは、過去数百年の歴史を踏まえ、現実の展開をしっかり見据えることであり、制度化された既存の理論的フレームワークにこだわることはないだろう。
本書の構成は第1章から第10章までに分類されている。著者が述べているが、第6章:マクロ経済学と構造的デフレ と第7章:金融システムの変貌と金融理論 はやや難しくなっているので、そこを飛ばして読んでもらっても全体の主張の大意はつかんでいただけると思う。
「無謬の合成」とは、方向性として間違いがない、日本の将来に必要だと正当性を強く主張された相互に独立した複数の経済政策が実行されるが、結果的に失政に終ることを指す。現在小泉総理と竹中チームの間で当時と同様、あるいは、それ以上の「無謬の合成」が生じていることは確かである。政府がそれぞれの制約の中で、「構造改革」を目指し、努力はしてきたが、ただ問題は、なぜ構造改革をしなくてはならないのか、構造改革をしてどういう社会・経済システムにするかについての認識が明確でないことなのだ。グローバリゼーション、ニュー・エコノミー、情報通信革命の言葉や断片的概念は乱れ飛ぶのだが、それでは全体として日本経済をどのように変えていくのかというビジョンが欠けているのだ。1990年代から現在までの日本経済の問題を複雑にしたのは、財やサービスの構造的デフレに加えて、株や不動産の資産デフレが起こり、いわゆるデフレ・スパイラルが生じたことである。
財やサービスの価格が構造的に低下するなかで、資産価格の持続的下落を防ぐためには、企業が収益を継続的に増加できるような環境をつくるしかない。国としては競争政策、規制の緩和、税制、財政支出等によって支援することはできる。つまり、国は金融政策や財政政策等で新たな総需要をつくり出して、生産と価格を押し上げるという機能から、市場の競争条件等を整備し、企業収益を増加させる環境をつくるという機能へ大きく舵をきらなくてはならない。構造的デフレーションの現実を認識する前提条件は、まず、デフレと不況の違いを知ることであろう。デフレーションは価格の下落であり、不況は生産・所得、あるいは雇用等の低下である。日本の産業別、業態別の統計を見ると、技術革新→生産性向上→コスト削減→価格下落という循環パターンを持つ産業の方が成長産業であり、規制→競争の欠如→高コスト体質の維持という高価格体質を持つ業種が停滞しているという構図が今の日本でははっきり見てとれるのである。
グローバリゼーションによって構造的デフレーションがもたらされる可能性は極めて高いと言わなければならないのであろう。現在の日本の状況、おそらくそれは19世紀末と同様な第3次産業革命とグローバリゼーションを背景としたグローバルな構造的デフレ(これは財・サービス等フローのデフレ)に、1930年代のアメリカ型の資産デフレが重なってデフレ・スパイラルが起こりかけているというものなのだろう。これは決して容易に解決できるような単純な不況ではなく、極めて複雑な、20世紀後半以降、世界の主要国が初めて逢着する種類の問題である。
グローバリゼーションというと冷戦終了後、軍事力、経済力等がアメリカに一極集中し、アメリカを軸に世界の、いわばアメリカ化が進行していることだと理解する人々が少なくない。確かに、アメリカの軍事力はヨーロッパ諸国、中国等と比べても圧倒的に強力だし、現在のアメリカの年間軍事予算は世界のその他すべての国の年間軍事予算の合計に等しくなっている。アフガニスタンでも見られたように、高度に技術化、かつサイバー化されたその兵器とロジスティックは他国の追随を許さないものである。IT、あるいは、バイオテクノロジー、また、それを応用した金融技術等を背景に持つその経済力も、20世紀末から21世紀にかけて、経済ではbQの位置を占めるに至っていた日本を大きく引き離し、そのピークに達したと言うこともできるのだろう。そして多くの政治・経済の専門家達は、このアメリカの一極支配はここしばらく、少なくとも数十年ぐらいは続いていくだろうと予測している。
13億の人口をかかえる巨像、中国が1978年の改革・開放路線転換以降、意欲的だが現実的な構造改革を進め、世界経済の表舞台に主役、より正確には主役の1人として登場し始めた。1995年からの中国の実質GDPの成長率は年平均8.4%、圧倒的な成功を収めたのだった。ロシアが急激なショック療法で失敗したのに反し、中国が漸進的だが着実な改革を特区制度等を活用しながら進めてきたことが、結果的には正しかったということなのだろう。現在および将来の中国経済を見るときのいくつかの重要なポイントを指摘しておこう。1つは、現在の中国がすさまじい競争の国になりつつあるということだ。第2は、中国の不良債権問題は、実は日本より深刻で、財政赤字の幅も次第に拡大してきているのだが、経済が実質7〜8%で成長し、海外から膨大な資本が流入しているがゆえに、こうした問題が日本のように表面化せず、これらを時間をかけて解決するという政策をとれているということだ。おそらく、中国の銀行の不良債権のGDP比率は日本の4倍近くに達していると考えられるし、また、多くの国営企業の問題も日本の建設、不動産、流通等停滞産業の問題以上の困難さを持ったものだろう。第3に、2002年11月の共産党大会、2003年3月の全人代での世代交代を政治的権力構造、例えば江沢民の権力、という側面からだけ分析するのは中国政治の大きな流れを読むという点からは、あまり適当ではないだろう。胡錦涛、温家宝等への権力の移譲はそこそこスムーズに行われているし、これは強力な政治的リーダーからテクノクラート達への世代交代と考えるべきなのだろう。第4に、日本と中国は通常語られている以上に補完的関係が強い。まず中国が急速にキャッチ・アップすべく努力しているとは言っても、技術、ハイテクノロジーにおける日本の優位はまだまだ圧倒的である。知的所有権の問題に取り組みながら、日本が中国に対して技術移転をスムーズに行い、中国へ財の生産拠点を移していくニーズは双方に極めて高い。外資の継続的導入が中国経済の生命線である以上、この点での経済・政治環境が近い将来、激変する可能性は低い。
1990年代の「経済失政」の真の原因は、政策当局のみならず、企業もまたメディアもデフレが構造的であるという認識がなく、新しい環境に適応するための構造改革を怠ってきたからである。しかし、アメリカやヨーロッパの政策当局も、いまだにデフレがグローバルかつ構造的であることを少なくとも公的には認めておらず、その意味では、日本と大差はない。それなのに、どうして日本だけが10年余にわたる不況に見舞われなければならなかったのか。確かに欧米の当局、あるいは企業もデフレが構造的であるというはっきりした認識はなかったかもしれないが、その背景にある第3次産業革命、およびグローバリゼーションに関する意識と対応は日本より素早かったし、また、徹底したものだった。それが行き過ぎてバブルを生んだのだが、IT革命やバイオテクノロジーの急速な展開に対するアメリカ企業や金融機関の取り組みは非常にアグレッシブだった。
1990年代の日本の問題を逆の角度から見てみると、また1つの重大な病巣が浮かび上がってくる。それは企業の疲弊・衰退である。企業自体が新しいデフレの時代、コスト削減の時代に対応し切れなかったばかりではなく、政府も従来からの高コスト構造、非効率な産業構造を守るばかりで、時代の大きな構造変化に対応できなかった。日本の場合、製品や一部原材料価格が構造的デフレのもと低下していくなか、名目賃金が上昇し続け、実質賃金は1990年95.2(1995年=100)に対し99年には103.8と9%強も上昇したのである。10年余の不況にもかかわらず、実質賃金は年1%弱上昇し続け、その分、企業の収益が減少した。ちなみに1990年〜1999年のアメリカの実質賃金上昇率は、1990年代後半の好況にもかかわらずほぼゼロである。日本の国内製造業、サービス業の生産性は低く、建設業の生産性は年平均3.0%低下、この不況の10年間で建設業への就業者は66.5万人増加した。1990年代の日本経済停滞の最大原因は、構造改革が遅々として進まない「社会主義」国家日本の企業の衰退にあり、マクロ政策がとんでもない失敗を犯したからではない。
日本の政治・行政が強く非難されなくてはならないのは、自民党・官庁・既得権益団体を軸とした鉄の三角形を破ることができず、構造的デフレ時代を乗り切るための構造改革を口先はともかく、現実には実現していないことにある。
筆者はかつて日本の経済の二重構造、つまり生産性の高い輸出関連製造業と生産性の低い国内製造・サービス業の共存と、政治の二重構造、つまり政党と官僚機構の権力の分散と業界を結ぶ鉄の三角形が、1つの制度の裏と表であると指摘したことがあるが、これは経済制度と政治制度の制度の補完性であり、一方を変えずに他方だけを変えることはできないのである。つまり、日本の経済構造改革は、政治の構造改革なしに実現するのは不可能であるということである。
しばしば日本政府や日本企業が戦略的でないと言われるが、それにはおそらくいくつかポイントがあるだろう。まず情報、特に1次情報の収集に熱心ではなく、かつ自前の情報整理のメカニズムを持っていないこと。しばしば既存の理論に必要以上にコミットしたり、外から与えられる2次情報に頼りがちである。第2に、何を達成するための行動か、つまり経営や政策の目的が必ずしも明確ではない。こうした状況では、行動を「戦略的」に決定することができず、組織の慣性によって動くか、せいぜい流れに乗る、あるいは大勢に従うということになってしまう。
21世紀は構造的デフレの時代であり、経済理論も経済政策も、そうした新しい状況にできるだけ早く適応しなくてはならないと論じたが、経済だけでななく、政治もまた激動の時代に入ったようだ。ブッシュ周辺は、21世紀を新しいアメリカの世紀にするのだという。「歴史が終った」のだとすれば、アメリカ型民主主義と市場原理が世界を被いつくすのは当然だと言うのだろう。しかし、F・フクヤマ流にではなく、F・ブローデル流に歴史を見れば、新しいアメリカの世紀というよりは、アメリカ時代の終わりの始まりということになる。イラク戦争の帰趨は、このことに少なくとも部分的な解答を与えることになるのかもしれない。そうしたなかで、21世紀は日本にとって、どんな世紀になるのだろうか。
以上が本書の概要である。私自身本書を読んで、いままでモヤモヤしていた霧のようなものがとれて、すっきりした気分になった。デフレについてはいろいろな本で取り上げられているが、今ひとつ明快でなかった。本書のなかでいろいろな人物の書評や考え方などを例に取り上げているのも参考になる。そして、理論は現実をより深く理解し、分析するための1つの道具である。道具はその限界を知って使ってこそ、切れ味が最もするどくなる。「失われた10年」の最大の失敗は、デフレが構造的であり、政策によって逆転できないという冷厳な現実を認識できなかったところにあるのではないだろうかと著者はいう。一つの考え方として非常に参考になる本である。
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