マネジメントが機能するには、「現実を見つめ、目標達成に向かってトレードオフを受け入れなくてはならない」というのが本書の結論である。日本の銀行を含め、当時絶頂期にあった日本企業は、現実を見つめていただろうか。正しい目標を設定していただろうか。トレードオフを実行していただろうか。一橋大学大学院国際企業戦略研究科のMBAプログラムに今年入学する学生に対し、この本を入学前の必読書と指定した。本書は第1部、第2部に分かれ、それがなお第9章に区分された構成になっている。
革新とは、組織を動かす思考とその実践の累積であるマネジメントの原則である。われわれを繁栄へと駆り立てた生産性の向上について良く考えてみると、すべてがテクノロジーのおかげだ。だが、実はその重責の多くを担ってきたのがマネジメントなのだ。マネジメントに関する本は、ほとんどがマネジャーのためだけに書かれているが、本書は万人向けに書いたものだ。理由は簡単。今日では誰もがマネジメントをしなければならない世界に生きているからだ。どんな分野も、原則が現れることによって発展するものだ。多くの人にとって、マネジメントとは嫌々ながらもつき合っていかざるを得ないものだ。
マネジメントの仕事は、うまく機能する組織を作り上げることだ。あらゆる理論や手段の根底に、あらゆる専門知識の背後に、われわれの経済と人生を力強く支えてきた献身的な行動がある。それこそが、誰でもがマネジメントを知らなければならない理由なのだ。
「ビジネスモデル」とは、顧客のためばかりでなく、組織が依存するすべてのプレーヤーのためになる価値を創造することによって、組織がどう機能するかについての仮定である。ビジネスモデルは、本質的に常に市場で試され続ける理論なのだ。1992年、ユーロディズニーがパリにテーマパークをオープンしたとき、アメリカのディズニーランドとほぼ同じような業績になるだろうというのがユーロディズニーの予想だった。ヨーロッパの人々が1回の来場で使う食事、乗り物、お土産のショッピングなどのための時間とお金は、アメリカ人とほぼ似たり寄ったりだろうというのがディズニーの思惑だったのだ。ふたを開けてみると、その予想はどちらも外れだった。例えば、ヨーロッパ人はパークにあるさまざまレストランで、アメリカ人のように一日中食事をするということはなかった。その代わり、誰もが正確に、同じ時間にきちんと着席して昼食や夕食ができることを期待していた。その結果、レストラン施設は長蛇の列と客の不満で溢れかえった。こんな計算ミスのおかげで、ユーロディズニーの初期の業績は惨憺たるものだった。こうした鍵となる十数個もの要素をひとつひとつ手直しして、やっとユーロディズニーを軌道に乗せることができたのである。マネジメントの原則は、ビジネス理論、つまりシステム全体がどう動くかのモデルに基づいて機能する。重要な決断やイニシアチブは、すべて、このモデルを試すテストになる。ビジネスモデルの成功を最終的に決定するのは、市場において人間と組織がどう動くかなのだ。
イーベイは、顧客が喜んで金を出すサービスを創ることによって成長してきた。時を経て、3000万人というユーザーを惹きつけ、多くの売り手にとっての販売チャネルとして機能するようになると、力のバランスは圧倒的にイーベイに傾き、それが将来の広告などのビジネス判断に有利に働くことは間違いない。過去20年間でもっとも優れたビジネスモデルのひとつが、デル・コンピュータ・コーポレーションのモデルである。システムから必要のない多くのコストをなくし、人々がほしいものをもっと安い値段で買えるようにするやり方だった。
競争社会では、価値を創造する良い仕事をすることは、すばらしい実績への最初のステップにすぎない。良い仕事というのは、当然ながら、他者とは異なるという意味だ。組織が他よりも良い仕事をする――すばらしい実績を上げる――のは、その組織がユニークで、他のものがやらないことを、他の者が真似できないようなやり方で成し遂げるときなのだ。他よりもどれほど良い仕事をするか。枝葉をすべて取り払ってみれば、これこそが戦略のすべてなのである。ウォルマートのやることは、すべて、その価値の約束を果す能力を後押しするものだった。例えば、毎日同じ低価格で商品を提供するということは、たびたび特別大安売りを行うライバルよりも、広告宣伝の経費がはるかに安くすむということだ(例えば、ある比較研究によれば、ウォルマートが配る年間10から15のチラシは、ライバルの50から100のチラシに匹敵するという)。店舗を経営するためのすべての活動から、サプライ・チェーン(企業がいかにものを買って、どう店舗まで配送するか)まで、ウォルマートの価値連鎖の至るところに同様のコスト削減が徹底された。ウォルマートは小売業に独自のクオリティ革命をもたらしたのだ。
マネジメントにおける戦略は勝つためのものである。だが、戦争や選挙と違って、競争は必ずしもゼロサム・ゲームではない。ビジネスでも、非営利セクターでも、勝者はひとつ以上であっても構わない。敵が壊滅しなくても優秀な業績は上げられる。例えば、ウォルマートは安売り小売ゲームの勝者だが、スタイルとファッションに的を絞って、顧客に対して価値を創造することを選んだターゲットも勝者である。
真に競争力を保つ戦略をたてるには、ゲームの先を見通す戦略的思考が不可欠だ。もし、あなたのやっていることを誰でも簡単に真似できる、あるいはもっと良い代替案を提示できるようなら、ユニークなポジションを確保しても、結局何の意味もないではないか。
近年、取引費用は急激に安くなった。その理由は、こんな簡単な例で分かる。1980年に、ロサンジェルス在住の患者が医者にかかったとする。医師は彼を診断し、診断書をボイスレコーダーに吹き込む。翌日、医者に雇われている事務員が出勤してきて、レコーダーに残された音声メモを紙に書き写し、書き上がったメモを別の事務員に渡し、その事務員が患者のカルテにしまう。こうしてカルテが整うまでには優に2日はかかった。今日では、ロサンゼルスで診察を終えた医者が吹き込んだ録音メモは、サテライト・コミュニケーションによって即座にインドに送られる。時差のおかげで、医者がカリフォルニアで眠っている間に、バンガロールでメモが書き写される。医者が目を覚ますと、すでに患者のカルテはでき上がっている、というわけだ。仕事はより早く――医療関係ではそれが診療の質に大きな影響を及ぼす――そして、より安い。テクノロジーの果す役割は明らかだ。
ナイキはスニーカーのメーカーではなく、マーケティング企業だ。
自動車業界でよく言われるのは、例えば、年間400万台の売上がなければ、単に業界に残ってゲームに参加することすらできないということだ。だからこそ、この業界ではかつては独立したメーカーだった企業が互いに合併買収し合って、整理統合が進んできているのである。なぜこれほど劇的に参加基準が上がってしまったのか?今日では自動車業界といっても、実質的な製造による経済より、アイデアの経済によって動かされる部分が大きくなっている。今日、自動車メーカーの研究開発費用の中でも最大の部分を占めるのが、クリーン・エンジンの開発だ。新しい標準エンジンの開発には、ガソリンと電気のハイブリッド車、あるいは燃料電池の開発費用をはるかに超え、実に5億ドルもの費用がかかる。このコストを分散回収するためには、高い売上を上げなければならず、そのため、拡大へのプレッシャーはいやが上にも強くなる。
組織の目的をはっきりとさせること。それは、マネジメントの原則の中でもっとも強力で、何よりも人の集中力を保ち、大勢の人を同じ方向へと引っ張っていく力だ。そのためにマネジャーがすべきなのは、組織の使命を――特に、組織が何を成し遂げるためにあるかを――誰でもが具体的だと思える成功、一連のゴール、実行の評価基準に移し替えることである。「測れるものは、処理できる」というのは、おそらくもっとも古い格言のひとつだろうが、いまだに揺るがない真実だ。評価基準なしに何かを実行することはできない。組織にとって評価基準は、未知の領域に踏み込むときの地図となってくれる。良い評価基準は進むべき道を示してくれる。
価値についての新しい洞察はいったいどこから来るのだろう?顧客の目を通して見ること、外側から内側を見ることだ。それがコンセプトである。「顧客の声を聞く」という耳慣れたフレーズは、本当に起こっていることのすべてを言い表してはいない。より良い策を練るのに必要な情報を集めるためには、ただ受け身で耳を傾けるだけでなく、積極的に行動しなければならない。
製薬の場合、「市場に出るタイミング」――新薬の範疇で最初に出るのか、2番目なのか、3番目なのか――は常に氷山になる。コレステロールを下げることであれ、骨粗鬆症であれ、関節炎であれ、ある問題に対して何社かが一斉に同じアプローチをする。最初に到達した者が、その報酬のおいしい部分をすべて手に入れるだろう。
変化のスピードがますます速まる現代、ビジネスはこれまで以上に諦めることに関しての厳しいルールを守らなければならない。諦めなければ、未来を築くために必要な貴重な資源を無駄遣いすることになってしまうからだ。公共セクターにおいても、この問題は同様に急務だ。
マネジメントとは、共同での仕事の遂行を可能にする原則である。価値創造がその使命であり、そこでの価値は外側から内側を見ることで規定される。ビジネスの場合であれば顧客の視点から経営を見ること、また、より広義に政府機関や非営利組織の場合には社会からの視点で見ることである。一番大事なのは目的だ。マネジメントは、これから創造しようとする価値を含む、成し遂げる意義のある使命から始まる。その目的が、組織のすべての人に効果的に伝わっているかどうかである。2番目のテストは、組織がいかに目的を達成するかについての理論がはっきりしているかどうかだ。ビジネスの成功はすべて、価値に関する洞察力にかかっているし、効果的な非営利事業は、変化への理論の上に打ち立てられている。第2に、それぞれのマネジャーを、マネジメント・チーム全体というコンテキストの中で評価すること。マネジメントの領域は、単なる人間の能力を超えるものだ。だからこそ、ほとんどの組織を運営するためにはチームが必要なのだ。第3に、非営利あるいは公的セクターでのマネジメントの限界をテストするとき、われわれは市民として、マネジメントにどんな価値を創造して欲しいのか決断しなければならない。
アカウンタビリティという言葉は、今後10年の間にもっともホットな言葉になるだろう。
以上が本書の概要である。本書の中にも書かれているが、本書はマネジャーのためだけの本ではなく、万人向けに書いたものだ。それは、今日は誰もがマネジメントをしなければならない世界に生きているからだ。一橋大学大学院国際企業戦略研究科のMBAプログラムに入学する学生に対し、入学前の必読書として指定していることでもわかる。人間は決して一人では生きられない。当然いろいろな組織ができるし、チームを組むことも多い。マネジメントは人間として生きていく上で必ず必要条件である。そのあり方についていろいろなケースや事例を交え、分かりやすく解説している。ビジネスモデルについても事例を引いて説明している。できるだけ多くの人に読んで戴きたい本である。
|