本書は日下公人氏と堀紘一氏の対談集である。あとがきとして堀紘一氏が綴っているが、6年前、「ヒントのヒント」の題名で日下氏との共著を出版した大宅映子さんが、「日本人の男性で堀さんのような発想をする人はあと1人だけ。日下さんだけよ」と言ったことがきっかけで、確かめてみようと、この本の企画になったとのことである。「どうでしょう。似ていますか、違いますか。それは読者諸兄が判断されることですが」と書いている。ともかく、二人ともいろいろなことをよくご存知で、大変な勉強量と経験、人脈をもっているという観を強く持った。そういう意味から言っても面白い本である。
本書の構成としては、第1章:「世界に負けない」頭の使い方、第2章:「日本の将来を明るくする」頭の使い方、第3章:「ビジネスと人生で成功する」頭の使い方、に分かれている。なお、各文の最後に日下氏の場合は(K)、堀氏の場合は(H)を記すことにしている。
これまで「常識」と思われていたけれど、いまや根本から古くなっているものが少なからずあります。変化が無意識のうちに進行して、いつの間にか、かつての「常識」がガタガタと崩れている。高齢者に対して、「死にかけているのに、なぜ病院でいつまでも生かしておくんだ」と多くの人が思っているが、口には出せない。日本人はまだ言えないが、イギリス、オランダ、デンマーク、ドイツなどは口に出し、さらに実行し始めています。「健康保険は65歳以上には適用しないから、自分の保険に入れ。年寄りは若い人の保険料を食うな」です(K)。
国連に払うおカネは現在、GDPに比例して割り当てられる分担金が15〜16%で、その他に任意の拠出金というのがあります。日本は20%も払っている。他の国は分担金も滞納している状態です。ロシアと中国は貧乏を理由に1%しか負担しないで良いという特別扱いを受けています(K)。実際、アメリカは国連の分担金すら払っていません(H)。
2年ほど前、「家を建てるときに、地鎮祭をやった方がいいんじゃないですか」と勧められたんです。「いや、要らない」と断ったところ、「例えば建築工事中に事故があった場合に、堀さんが地鎮祭をやらないからこういう祟りが出たんだということにもなりかねない。だから、やった方がいい」というので、工事をしているみんなのためならやる、という話になりました。そのとき、神主の祝詞を聞いて、正直言って私は大感激しました。まず、3人の神様を呼びだすと、神様がビューンとジェット機に乗って家に到着するんです。それで、タラップから神様が3人下りてくる。そして、それぞれの神様が自分の役割を果たして、貢ぎ物をあげると、それを持って飛行機に乗ってまた天に帰っていく。これはすごい宗教だと思いました。われわれの祖先は、神仏混淆をやったり、和洋折衷したり、和魂洋才というように、いろいろなことを考えてきました。その時代に応じて、非常にフレキシブルだった(H)。4、5年前までは「アメリカはすごい。アメリカの悪口を言うものではない」という風潮が日本を席巻していました。しかし、エンロンやワールドコムをはじめとする粉飾事件が次々と明るみに出て、よくよく注意して見れば、アメリカのありとあらゆる会社や制度がインチキに見えてしまうようになった。いまでは、アメリカのそういう部分まで理解しなくては国際感覚がない、と思う人が増えている。これは大変な変化で、いまや多くの人が「グローバル・スタンダードというのはインチキで、アメリカの一部の人が他人を騙すときに使う言い方の1つだ」と気付き始めています。すでに世界は、“グローバル・スタンダード”の時代は幕を下ろし、“ローカル・スタンダード”の方向に動いています(K)。そもそもグローバル・スタンダードとは何かと言えば、その背景にはアメリカの陰謀というものがある。ここ10年来のアメリカのターゲットは、イスラムと日本だと思うんです。軍隊のターゲットがイスラムで、経済人のターゲットが日本。なぜ経済で日本をターゲットにするかと言えば、日本は世界で第2位のGDPを有しており、アメリカ経済をも脅かす存在になったからです。これが二度と立ち上がれないように叩かなければいけないと、アメリカは考えた(H)。
日本にとってアメリカと同様に強く意識しなくてはならないのは、中国の動向です(H)。
中国との関係で1つ言えば、ここ数年、日本の大学に留学する中国人も増えているようですが、彼らの話を聞くと、みんな日本に留学して後悔している。なぜ、日本に留学すると損なのか。これには2つあります。1つは、アメリカの企業と日本企業の力の差。もう1つは、アメリカの大学の教育レベルと日本の大学の教育レベルの差です。ですから、日本の企業の方がアメリカの企業よりも企業力があるということになれば、留学生は来るはずです(H)。
歴史的には、確かに日本の底力が工業製品で威力を発揮した時代はあります。しかし現状を見れば、例えば半導体はいまサムスン1社の投資額が日本の全半導体メーカーの投資額と同じくらいになっています。工作機械は相変わらず日本が優秀ですが、半導体自体は圧倒的に韓国です。マラソンでいえば、アメリカの姿はもう見えず、韓国の背中が時折見えるくらいにまで置いていかれてしまいました。私が特に心配するのは、例えば5年前、DVDにおいて日本は圧倒的にすごかったわけです。昨年あたりのデータを見ると、世界最大のDVDの生産国であり、輸出国は中国です。週末に上海やソウルへ行く飛行機に乗ると、日本の技術者が山ほど乗っています。なぜかというと、会社の図面を持ち出して、韓国や中国の会社に売って、小遣い稼ぎをしているのです。こういう現実があることも、もっと日本人は考えなくてはいけません(H)。技術を盗むというのは、かつてはアメリカがイギリスからやったことですし、日本もアメリカからやっていたでしょう。ですから、そういうことがあっても仕方がない面があります。それに、たしかに半導体は韓国が非常に成長していますが、それはでき上った製品を売るという面においての話です。半導体をつくるマザーマシンは日本が作っている。ですから、これは分業にすぎません(K)。
いま輸入は約50兆円、輸出は55兆円です。GDPは500兆円あります。輸出はその1割に過ぎませんから、その意味で日本は貿易立国ではないわけです。「輸出、輸出」というのは、経済産業省やマスコミに昔の秀才が集まって古い経済学や産業論にしがみついているからでしょう(K)。
競争というのは結局相対論ですから、企業間でいえば、圧倒的にリードしていなくてもいい。よその企業より半歩先だということでいいわけです。国家間の競争にしても、20年も30年も先を行く必要はありません。よその国より半歩先に出ていれば、国家として安泰だと私は思います(H)。これまでシルバー産業があまり成功しなかったのには、会社や産業構造がシルバーの求めるものをつくるようになっていなかったからです。シルバーが求めるものは文化程度が高いものです。それを少量でいい。国内競争力は国内の消費を引き出すものですから、国内競争力が低下すれば内需は落ち込み、したがって不景気になる。要するに、国内競争力がないことが不景気の原因だということです(K)。
魚は動いていくのに、いつまでも同じところに釣り糸を垂れていて「釣れない、釣れない」と文句を言っている。政府に「景気を刺激しろ」と言うのは、「釣れないから、魚をここに持ってこい。魚をここに集めろ」というのと同じことです。それを政府が「魚集めを引き受けます」というから、また悪い。いまの日本の悪いところは、みんなが解説者になっていて、それをヒントに儲けようとする人がいないことです(K)。
私は、エコノミストを見ていてつくづく感じることがあります。少なくても予測においては、ほとんどのエコノミストより私の方が過去20年ぐらいで言えば、はるかに高い勝率で当たっています。例えば、経済学者は何か1つの理論体系から結論を導き出そうしますが、そういった考え方は経営学をやった人間から見ると、とてつもなく子供っぽい考え方です。経営学ではいろいろ起きている現象の分析もしますが、何をすればいいのかが先にあります。つまり、A地点とB地点がある場合に、時間の経過とともにAからBに移るためにはどうすればいいか、という方策を考える。その方策というのがいわば理論のようなもので、理論Aを使おうと、理論Bを使おうと、それ自体はどうでもいいことです。要は、地点Aから地点Bに、できるだけ苦痛が少なく速やかに移動できればいい。そのときの状況において、それが実現できる理論が一番いいわけです(H)。的確に予想ができるのは、まさに英知のなせる業です。英知は閃きの根拠で、いまこれを求めて、ヨーロッパでもアメリカでも学者が動きだしています。そうすると、ある人は仏教にたどり着く。論理を訪ね、データを集め、けれども結局外れることが多いという現実を前に、アカデミックではもうこれ以上わかりませんと言って、仏教や禅にいったりする。そういう流れが出てきました(K)。
時代とともにどんどん変わる専門学校とは対照的に、短期大学は非常に硬直的です。文科省のお墨付きはもらえるけれども実力がまったくつかないというので、短期大学はどんどんつぶれています。短期大学は全滅の可能性すらある。しかし専門学校は全滅はしない。半分以上は残るでしょう。そうした自然淘汰は専門学校だけでなく、いま目に見えない形で、あらゆるところで進んでいます(K)。
昭和22年生まれの人は260万人いて、その大半は生き残っていると思います。ところが、昨年生まれた人口は110万人です。このままいけば、日本人は千年後にはいなくなる。だからこそ子供を増やすことが不可欠で、セブン−イレブンの保育園をどこの駅前にも作るべきだと以前から言っているのですが、そういうことにはちっとも国はおカネを使いません(K)。
ハーバードのビジネススクールでは、毎学期の最後の授業では通常の授業はせずに、百項目くらいを書いた小冊子が配られて、それで先生を採点するというやり方をします。そして結果が張り出されます。その結果、下位5%に入った先生は退学となります。こうしたやり方によって常に新陳代謝を図り、ハーバードというブランドを守っているんです。活力をもっと持つべきで、恨んだり、いじけたり、悪口ばかり言っているようでは何の進歩もありません(K)。感謝、あるいは尊敬という気持ちは人間としての基本であって、感謝と尊敬がなければ人間でないし、素直さと謙虚さがなければ学習能力はないと思います(H)。14世紀、イギリスにロージャー・ベーコンという人がいました。彼は無知の原因は4つあるといっています。第1は、権威を崇拝すると無知になる。第2は習慣に縛られると無知になる。第3は、人の評判を気にしていると無知になる。第4は、自分の無知を隠そうとすると無知になると言っています(K)。[知識]と「知恵」という言葉は1文字違いですし、音の響きもあまり違わないようですが、実はこの2つは大きな違いがあります。ナレッジ、つまり「知識」は、学校教育や教科書で覚えさせるには非常に向いています。ところが、「知恵」というものを教育することは極めて難しい。知恵のレベルの教育というのは、私の知っている限りで言うと徒弟制度ぐらいでしょうか。
以上のような内容の対談であり、すべてを紹介はできないが、自分の持つ知識や知恵などと比べ、まず世の中には自分の知らないことがいかに多いのか。またいろいろな情報としては知っているつもりだったが、その情報を知恵に変える努力をしてこなかったなど、自分と比較してみると、大変刺激になる本書である。
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