「救国会議九人委員会」のメンバーは、稲盛和夫氏(京セラ名誉会長)、植草一秀氏(早稲田大学教授)、江口克彦氏(PHP総合研究所副社長)、加藤寛氏(千葉商科大学学長)、堺屋太一氏(作家)、寺田千代乃氏(アートコーポレーション社長)、常盤文克氏(前花王会長)、鳥羽博道氏(ドトールコーヒー社長)、中西輝政氏(京都大学教授)である(50音順)。
今、日本は苦境にある。1990年のバブル景気の崩壊以来、景気サイクルのたびに、不況は長く深くなる一方、回復期の好況は短く小さくなっている。それでは、内外の人々が日本経済に対する自身と期待を失いかねない。社会の状況も改善していない。犯罪は増加し、年少者にも及んでいる。容疑者検挙率は低下し、特に凶悪犯罪においてそれが著しい。東京電力などの巨大企業にも、事故・事件を隠蔽する傾向が目立ち、組織倫理の弛緩と組織構造の共同体化が懸念される。特にこの2年間で官僚による裁量行政や民間経営に対する介入は著しく強まっている。こうした状況を憂慮した私たちは、2003年の始めより「救国会議」を結成、9人の委員会で経済問題を中心に討議を重ねた。この結果は、2003年「救国12の提言 日本非常事態宣言―決意と断行を促す―」として発表した。本書は、この提言の際に出された議論と資料、思考過程をまとめたものである。
今や日本は、再興か衰亡かの岐路にある。これまでのような仕方の合理化、仕掛けの変更、仕組みの改革では立ち直れない「非常の事態」なのだ。今、日本にとって必要なことは、現行の体制と発想は「衰亡への道」と認め、これを継続することは「悪」と決断することである。
前提
「することの失敗」よりも「しないことの失敗」を恐れる。現在の日本では、「したことの責任」は厳しく糾弾される。これに対して「しなかったことの責任」は追及されることがない。しかし、現実の社会と経済に与えた損失は、この10年間においては「したことの失敗」よりも「しなかったことの失敗」の方がはるかに大きい。
提言1.「負の遺産」の大清算
(1)公的事業の整理民営化:国および地方時自体の直営事業やその公団および第三セクター等は、(黒字、赤字にかかわらず)3年以内に完全に整理、または廃止して民営の企業にするか、公開競争入札によって民間に売却するべきである。
(2)不振企業の整理促進:日本経済の長期低迷の一因は、過剰な施設と組織や人員を抱えた経営不振企業群の存在にある。私たちは経営不振の大企業は、3年以内に最終的な処理を行うべきだ、と考える。
(3)中小企業再生措置:1990年までの経済成長と地価高騰は、全国の中小企業にも過剰な投資をなさしめた。しかし、この10年余の長期不況と地価下落で、債務超過状態に陥った中小企業は少なくない。これを性急に処置すれば、地域の経済と雇用に悪影響を与えるだけでなく、地域コミュニティの核となる階層が消滅し、健全な起業慣習が失われる恐れがある。こうした事態を防止するために、債務総額10億円未満の中小企業に対して金融機関が持つ不動産を担保とする債権については、3年間の特別猶予処置を採るべきである。
提言2.「滞留資金活用税制」
現在の日本には約1400兆円の個人金融資産が蓄えられているが、その大半が郵便貯金や銀行預金として滞留している。経済の活性化のためには、この資金を株式投資や建設投資に向かわせる政策、とりわけ税制上の措置が必要である。
(1)株式・不動産の相続税評価の適正化
(2)ベンチャー投資促進税制
(3)寄付税と社会倫理…寄付金の課税控除の拡充である。
提言3.「財政構造改革の断行」
小泉内閣では、財政構造改革の発想は消え、国債は発行総額30兆円の規制に変更された。体質改善から姿勢を低くするだけの一時しのぎに目標を変えたと言ってもよい。この結果、景気は悪化し税収は減少し、わずか2年にして国債依存度が史上空前になるほど財政が悪化してしまった。
(1)予算の年度繰越を原則容認する
(2)総理大臣査定枠の拡大
(3)規格と単価は執行者が決める
(4)国税の30%を地方に税源委譲する
(5)全国に減税競争を促す…全国時自体による減税競争を促すことである
提言4.「3年分100兆円の“補正予算”
かつて旧国鉄は、年々2兆円近い赤字を垂れ流していたが、約20兆円の債務を国鉄清算事業団に移して7社に分割した結果、合計6811億円の黒字を出すようになり、2357億円を納税している(2002年度)。
提言5.「行政機構の機能別分離」
提言6.「首都機能の3分割移転」――「負担なき移転」の実現
日本の歴史では、すべての歴史時代が首都機能の所在地の名で呼ばれている。飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸、東京である。このことは、首都機能が移転すれば時代(社会の体制と発想)が必ずかわったが、首都機能の移転のない限り、時代もまた変わらなかったことを意味している。
提言7.「楽しい“知価都会”」を創る
(1)土地用途規制から環境規制へ
(2)歩いて暮らせる街づくり
提言8.「近接の原理」の確立と道州制の実現
(1)「近接の原理」の実行…これからの日本は可能な限り多くの事業を第一次地方時自体(市町村)に委ねるべきである
(2)10戸未満集落の整理(公共サービスの毛細管を集約する)
(3)道州制の実現
提言9.「官僚主導から民間主体へ」
(1)国政における政治主導の徹底
(2)国家公務員任期制の実現
(3)納税者表彰制度
提言10.「競争原理の前面的導入」
(1)医療、教育、農業、福祉介護の自由化と民営化
(2)需要者援助の原則(健康保険の民営化と教育バウチャー制)
(3)競争促進法の制定…競争は、消費者の利益世の中の進歩を促す正義の運動であることを学校教育から社会情報活動までを通じて徹底させるべきである
提言11.「固定性選好から流動性選好へ」
現在の日本には、既成大組織への所属評価、永年勤続者賞賛、年功重視、忠誠第一など、固定した状況を好む風潮がある(固定性選好)。
(1)創業支援金融の強化
(2)創業者セーフティネットの完備
(3)転職支援制度の充実
提言12.「好老社会の形成のために」
(1)高齢者需要創造会議の設置
(2)「70歳まで働くことを選べる社会」の形成
(3)85歳以上完全国家保障制度
この提言をお読み頂いた諸君には、「何と非現実的な」と思われる方も多いだろう。現実の体制と発想が固定化した日本では、着手しやすい仕方や仕組みの変更を「現実的」という。しかし、着手しやすい表面的変更では真の日本再生は得られない。「出口のない入り口」は入りやすくても、成功への現実的な道ではない。私たちは、たとえ入り難くとも、結果としての日本再興がなし得る道こそ「現実的な改革」と考えている。
以上が本書12の提言である。あとがきに明記しているが、議論のなかで「深刻な事実に気がついた」とある。その第1は、官僚の主導性がこの2年間で著しく強まり、固定的な発想が一段と強化されていることである。第2の問題は、「現実的」という言い方が、官僚的な手続き主義の擁護に利用されていることである。第3には、既成の概念と手法を乗り越える発想の転換が必要かつ緊急なことである。基本的には官僚は自分たちの既得権を如何に維持するかに力をいれて、国民のことを考えていないということに問題がある。例えば、年金のことがよく議論されるが、厚生労働省は自分たちに都合の良い情報しか流さず、国民を欺いている。最近、新聞に示された年金の負担と給付の倍率の世代間格差についての試算は、統計で嘘をつく典型的な例と言える。これによれば、将来の受給者も含めて、すべての世代が負担の2倍以上の給付を得ることになる。しかし、現在の日本の年金制度は、勤労者世代の保険料で引退世代を扶養する仕組みであり、政府の発表は本来あり得ない。将来の年金給付金を「債務」とし、積立金や保険料を「資産」とすると、そのギャップは800兆円を超えるのである。すべてを小手先だけで、その場凌ぎ的なことだけをやっているのである。国家予算の2004年の概算要求額は86兆4600億円である。税金の収入予算は、40兆8000億円程度である。当然国債を40兆円以上は発行することになる。後5年に国と地方合計の借金は1000兆円を超えることになる。国債の買い手がいなくなり、ある人が国債を売る行為にでれば、どうなるか?想像に余りあるものがある。このまま進むと大変なことになる日本である。いろいろ考えさせられる本書である。
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