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経済学的に考える。表紙写真

経済学的に考える。

著  者:伊藤 元重
出 版 社:日本経済新聞社
定  価:1,400円
ISBNコード:4−532−35060−3

本書は日本経済新聞社の「経済教室」欄に、月1回のペースで連載されてきた“エコノミクスNOW”というコラムを柱にして、追加執筆したものである。

経済学の歴史は、現代経済学の父と言われるアダム・スミスの「国富論」が出版された1776年から数えても、すでに200年以上にわたっている。その間に、世界中の有名無名の多くの経済学者によって、その時々の様々な経済問題の分析が行われ、成果が蓄積されてきた。この本で取り上げているテーマはどれも、経済学的な思考を身につけるのに有益なものである。どの話でもよいので、興味をもったところからゆっくりと読んでいただきたい。もとより、経済問題には、数学の問題などと違い、最初から明快な答えがあるわけではない。価値観や前提条件が違えば、まったく違った答えが出てくることもある。本書は、あくまでも1人の経済学者の見方で、この2年ほどの日本経済で起きている問題を分析したものである。

本書は、1節:「デフレの問題を、少し知的に考えてみる」、第2節:「ゆるやかに、日本の構造変化が進んでいる」、第3節:「世界の経済は遠くない。私たちにも大きく影響する」、第4節:「経済学的に考えると、何が見えてくるのか」、以上の構成になっている。

物価が持続的に下がっていく現象をデフレという。日本経済は今、そのデフレに陥っている。戦後、デフレを経験した国はほとんどない。その意味では、現在の日本の状況は異常である。そもそも、なぜデフレが起きるのだろうか。需要と供給の関係から見るとわかるが、物価が下がるのは供給が拡大するか、需要が減少するかのどちらか、あるいは両方が起きたときである。「国際化や規制緩和で物価が下がっているのだから、今のデフレは問題ない」という議論が出ることがある。しかし、この議論は日本の現状を正確にとらえたものではない。もし供給の増加のみによって物価が下がるのであれば、雇用や生産も増えていなくてはならない。しかし、現実はデフレとともに、生産の減少や失業の上昇が起こっているのだ。そこでもう1つの説明、需要が低迷しているからデフレが起きているという考え方が説得力を持つことになる。つまり何らかの理由によって需要が低迷して物価が下がってということだ。

インフレやデフレは、国民の間の分配構造を変える。デフレの場合で言えば、預貯金などの資産を持っている人はその実質価値が上がることで利益を得、負債を抱えている人は負債の実質が増えることで損失を被る。政府債務は700兆円近くあると言われるが、1%のデフレは7兆円相当の債務の実質増を意味する。これは消費税収入の約半分程度である。1%のデフレが起こるだけでも、政府の債務の実質増が消費税収の半分を食ってしまうのだ。デフレの解消なしに、財政構造改革を実現することは不可能である。

デフレを阻止し、世界経済を順調な成長軌道に戻すためにはどうしたらよいのだろうか。1つは、先進工業国が高齢化社会に合った経済制度を構築していくことである。もっとも重要な課題は年金制度を抜本的に見直し、ベビーブーマーが安心して老後を迎えられるような状況にすることだ。もう1つは、これから高成長が見込まれる発展途上国や新興工業国に対して積極的に投資が向かうようにすることである。

財政当局は、財政政策だけでデフレから脱却することは難しいと主張するだろう。膨大な政府債務の下ではあまり多くの国債を新規発行することはできない。また、仮に国債を追加的に発行して減税や公共投資を上積みしても、景気には大きな効果はないかもしれない。財政政策とは、将来の税負担(税収入)の増加と引き換えに現在の支出増加を行うことだ。将来に多くの不安を抱える国民の支出を誘発することにはなりにくい。

デフレとは、政府の巨額債務という日本の抱える2つの爆弾につけられる時限装置なのである。憂鬱なデフレが長期間、静かに継続するということは考えにくい。デフレが続くほど、日本が抱える2つの大きな債務が破綻するリスクはますます大きくなるのだ。

健全な金融システムを維持するためには、少なくとも3つの規律が同時に働かなくてはいけない。1つは金融機関自身による自己規律である。要するに、金融機関が自ら正しい経営をする誘因を持つことである。第2は、政府によるチェックと規制である。第3は、市場による監視と優勝劣敗のメカニズムである。金融機関による自主的な経営だけに任せておけないのが、金融システムのやっかいなところだ。様々な理由から不健全な経営が行われ、情報が歪められて伝えられる可能性がある。そこで、政府による様々な監視や規制の出番となる。

2002年初めから、税制改革に関する議論が活発に行われてきた。注目すべきなのは、これまで日本の税制の基本的見方であるとされてきた「公平・中立・簡素」の原則の中の「中立」という考え方を「活力」に置き換えていくべきかどうかで、ちょっとした議論が行われたことである。税によって資源配分の中立性が維持できるという幻想は捨てるべきであるし、また仮にそれができたとしても好ましいことではない。政府が大きな額の税金を徴収することが宿命の現代社会においては、税によって資源配分への影響が出ることは避けられない。そうであるなら、その「歪み」をできるだけ経済活性化に資するようにすることが望まれる。「中立性」というと一見もっともらしく聞こえるが、中身が不明な原則を捨てて、「活力」という新しい考えを取り入れるべきではないだろうか。

財務省の資料によると、政府が抱えている債務はおおよそ700兆円あるという。これには、国と地方の債務が両方含まれる。対GDP比で見ると約140%という水準だ。やっかいなことに、国債発行残高はさらに増え続けていく可能性が大きい。このまま政府債務の対GDP比が増え続けていったとき、どこかで何らかの破綻をきたす可能性は否定できない。破綻といっても国債の償還が行われなくなるようなことではなく、国債の価値が大きく下がる事態である。巨額の政府債務の下でのデフレは非常に危険な動きだ。700兆円の政府債務は、1%の物価下落の下で、約7兆円の実質債務の増加を意味する。巨額の債務が日本経済の大きなリスク要因であることは間違いない。

最近の東京都心の変貌ぶりには目を見張るものがある。都市構造の形成に関する経済モデルには多様なものがあるが、その多くが中心部への集中と周辺(ペリフェリ:periphery)への発散という2つの力の存在を指摘している。ほんの50年ほど前まで、日本は農業中心の社会だった。当然、日本の人口は全国に散らばる。高度経済成長期に入って、日本は急速に工業化の道を歩んだ。それに合わせて人口の移動がおきた。土地から解放された工業労働者は大都市近郊に移り住んだ。太平洋ベルト地帯を中心に日本経済の都市化が進展した。そして、現在、日本の産業構造は明らかにサービス化の度合いを強めている。サービス型の産業の特徴は、単独では存立できないことだ。他の企業、顧客、政府や研究機関など、社会のあらゆる部分と濃密なネットワークがあってはじめて存立できる。現在の都市は、「職・住・遊・学」などが混在したものでなくてはいけないと言われる。工業化の時代には「産業が都市を育てる」という面が強かった。工場を誘致してくることがその地域の活性化につながったのだ。しかし現代においては、「地域が産業を育てる」という面の方が強くなっている。当面は東京への一極集中現象が起きる。東京と地方の経済活動の格差はますます広がっていくように見える。

日本の貿易収支の黒字幅が、大幅に減少してきたことが注目を浴びている。政府の2001年の経常収支統計発表によると、取得収支の黒字幅が、ついに貿易収支の黒字幅を上回った。貿易収支とは、財の輸出と輸入の差である。所得収支は、海外から入る投資収益などの額を反映している。所得収支の黒字幅が貿易収支の黒字幅を上回ったということは、日本が貿易によって稼ぐというよりも、海外からの投資収益によって稼ぐ国になったということを示唆している。

  1. 経常収支=民間貯蓄・投資差額(貯蓄−投資)+政府財政収支
  2. 経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+移転収支
  3. 経常収支=海外に対する債権の純増

という関係式である。長期的な日本の経常収支や貿易収支の動向を考えるときには、国境の動きよりは国内のマクロ経済動向の動きから見た方がよい。500兆円規模のGDPやそこでの消費や投資などの動きが、国境での貿易などの動きにも反映されると考えるのが自然だ。50兆円にも満たない輸出や輸入が日本のマクロ経済を振り回すというのでは、犬のしっぽが胴体を振り回すような議論になってしまう。

マクロ経済学とは、経済の大きな動きを簡単なモデルで表し、成長や循環というマクロ経済の動きを分析するとともに、財政・金融政策など経済政策のあり方を分析する学問である。経済は日々変化しながら動いている。現在の動きは過去からの動きに縛られ、それはまた将来の展開に影響を及ぼす。そして、将来起こりうると予測されることは、現在の変化にも跳ね返ってくる。マクロ経済学においては、こうした多時点という視点が重要であるが、初歩的な教科書の記述も、そして世の中の経済政策論議も軽視しがちだった。

以上が本書の概要である。日本経済新聞に連載されていたこともあり、経済の流れや今おきている現象をわかりやすく解説している。最初に著者がことわっているように、「経済問題には、数学の問題などと違い、最初から明快な答えがあるわけではない。価値観や前提条件が違えばまったく違った答えが出てくることもある」と述べているように、人によっていろいろな意見があるし、「この分析はどうも納得がいかない」と思う点があって当然である。各章ごとに“コラム”がついており、事例的な内容で頭を整理するのに役立つ。

政府は2005年3月末の市町村の合併特例法の期限までに現在ある3,181市町村を1,963までにする予定があるとしている。現在の市町村の数は農業社会の時代の地域経済を反映した、時代錯誤とも言うべき細かすぎる行政区域を、なんとか経済活動や生活実態に合ったものにしようというわけである。サービス産業の時代は、より多様なネットワークが必要となり、都市集中化傾向を示すようになる。本書を読んでいただくと先が見えてくる面も多くある


北原 秀猛

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•  デフレ
•  欧米の経営手法
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