自分たちが分かる事業を、やたら広げずに、
愚直に、真面目に
自分たちの頭できちんと考え抜き、
情熱をもって取り組んでいる企業
本書は、序章:「優秀企業はいかなる特質を有しているのか」、第1の条件:「分からないことは分けること」、第2の条件:「自分の頭で考えて考えて考え抜くこと」、第3の条件:「客観的に眺め不合理な点を見つけられること」、第4の条件:「危機をもって企業のチャンスに転化すること」、第5の条件:「身の丈に合った成長を図り、事業リスクを直視すること」、第6の条件:「世のため、人のためという自発性の企業文化を埋め込んでいること」、終章:「私たちが輝いていた原点へ」、という構成になっている。
日本に米国企業の「形」の輸入が行われた。米国の企業とて、日々事業の推進の中で、「本質」を捉え、そこから「形」を作り上げている。だから、「形」の本質まで含めて輸入できればそれでもよかったのかもしれない。しかし、「形」から入るという在来の伝統の下、「形」だけを真似るといった拙速な方法を採った結果、木に竹を接いだような状況が生み出されてしまったのではないか。「形」が時代に合わなくなった今、我々が行わなければならないことは、もう一度、事業の「本質」まで立ち戻って、時代環境の変化を踏まえて、考え直すことではないか。
調査方法は、企業の収益性、安全性、成長性の3つの要素に着目し、過去15年間にわたる数字を追った。データは、収益性は「総資本経常利益率」、安全性は「自己資本比率」、成長性は「経常利益額の推移」を中心に代表させた。リストアップした企業から、良好な成果がたまたまの外部的要因、政府規制などの特別な環境要因にあると考えられる企業などを除き、約30社を優秀企業のモデル企業として選んで、どのような要因がうまくいっていない企業との違いを形成しているのかを調査することにした。その企業の優秀性、すなわち、競争力に貢献している要因は何か、中でも、他の企業にも参考になりうる共通的に応用しうる要因は何にかについて、成果が良いとは言えない同業種の平均的な企業の場合と比較して、事実をひたすら虚心坦懐に見ることによって結論を導き出す「帰納法的な」方法に徹した。
企業の競争力を考える場合、大きく分けて、「オペレーションの効率による競争力」という問題と「経営能力による競争力」という問題の2つがある。「オペレーションの効率による競争力」とは、トヨタの「カンバン方式」に象徴されるような工場や現場での生産性、あるいは、ブルーカラーの生産性の問題であり、それに対して「経営能力による競争力」とは、経営トップの戦略策定能力、それを実施する実行力、そして本社機能や間接部門に焦点を当てたもので、経営者層およびホワイトカラーの生産性の問題である。
優秀企業に共通する第1の条件は、取り組む事業の範囲についての考え方で、「分からないことは分けること」というものである。その意味は、経営者が自分で分かっていない事業を自分の責任範囲の事業として手掛けてはいけない。そういうときは、他に分けなければならないというものである。取り組む事業の範囲については、社長の現場感覚が必要である。優秀企業を調べた結果として、最も大きな要因として挙げたいのは、経営トップが現場の実態を体感できることが重要だからである。成功のためには、現場・現物・現実の3「現」の重視。
優秀な企業に共通する第2の条件は、「自分の頭で、考えて考え抜いていること」である。言い換えれば、「トップが論理的であること」が優秀企業の条件である。持続的に優秀な企業の経営者は、例外なくロジカルである。彼らは、自分の行った一つひとつの意思決定について、実に論理的に説明ができる。同じ業界の成功例の形を同じように真似していくパターンをとっても、成功例を無批判に受け入れている場合は、決して先行事例を超えることができない。セブン−イレブン・ジャパンの鈴木敏文会長は、「自分たちは現場にいるのだから、顧客のことだけを考えて、自分で仮説を組み立て、それを実地で検証する。それが自分たちの仕事だ。もし、物まねをしたり、色々な人の意見を聞いてそれに左右されて判断していたら、今のセブン−イレブンはできなかったと思う」と言う。
優秀企業に共通する第3の条件は、改革のため、自社を「客観的に眺め不合理な点を見つけられること」である。会社の主流を歩み、順調に出世してきた人よりは、多少はずれた周辺部署や子会社で苦労した人物の方が本社の中枢に入り、改革を成功させている場合が多い。自分より年下の社長が若くして急逝して緊急事態で社長に就任したキャノンの御手洗冨士夫社長の場合がそうである。あるいは、武田薬品の武田國男会長の場合もそうで、社長を継ぐ既定路線だった兄がジョギング中に急死するというアクシデントが起こり、しばらく後、緊急事態で弟の國男社長が就任した。花王の後藤卓也社長の場合は、同社の売上の7割以上を占める家庭用品事業ではなく、化学品事業出身の、ある意味「傍流」であり、出向経験も長い。トップにとって傍流経験が貴重な体験となる理由は何か。まず推測されるのは、その企業のその時点の核となっている事業、既存の事業に対してしがらみがないため、思い切った決断ができるという側面である。
優秀企業に共通する第4の条件は、「危機をもって企業の千載一遇のチャンスに転化すること」である。言い換えれば、追い詰められたときこそ、冷静さを失わず考え抜いて、危機がつくり出した「隙間」を確実にモノにして、長期的発展に向けた新しい方向性を見出すことである。追い詰められたときこそが、新しい方向性を見出すチャンスである。そして、冷静さを失わず、考え抜くことによってそれが可能になる。逆に、悪い成果を示す企業は、慌てて自社のこれまでのすべてを全否定してしまって、規律を失い、業界内の横並び的行動に身をゆだねてしまう場合が多い。危機の中でしっかり考えていく能力があるかないかが、やはり企業の後の発展を決める。
優秀企業に共通する第5の条件は、「身の丈に合った成長を図り、事業リスクを直視する」経営方針である。良好な成果を示している企業は、資本市場に邪魔されない「自律性」を有している場合が多い。これは、キャッシュフローの管理の問題である。キャッシュフローとは、ある期間に企業が生んだ資金と出ていった資金の収支を指すと考えておいていただきたい。大まかには、通常、減価償却費と配当後の純利益の合計である。そして、自らが生み出したキャッシュフローの範囲の中で、身の丈に合った研究開発、長期投資を行っていくというのが、優秀企業に総じて観察された考え方であった。
優秀企業に共通する第6番目の条件は、お金以外の「世のため、人のためという自発性の企業文化を企業に埋め込んでいること」である。優秀企業には「規律」がある。特に、経営者自身が規律(経営者の発言が神の言葉である)であって従業員にとっての予測可能性がないというのではなく、経営者と従業員の双方を律する自己規律の企業文化が埋め込まれている場合が多い。「お金」は企業を統治する最終的な意味での理念にはならない。世の中、社会のために仕事をすることが企業を統治する理念であり、企業文化であるとの考え方。これが結局は、企業を長期的発展に導き、株主の長期的利益とも整合的であると考えられた。
最後にたどりついた優秀企業の企業像とはいかなるものか。筆者なりの結論を一言で言えば、「自分たちが分かる事業を、やたらに広げずに、愚直に、真面目に自分たちの頭できちんと考え抜き、情熱をもって取り組んでいる企業」。至極シンプルで当たり前すぎる結論と言われるかもしれない。しかし、戦後、我が国経済が成長し、企業が大きくなるに従い、あるいはバブルの時代を通過して、この原点が見えにくくなったのではないか。
今、すべての個人がサラリーマン根性を払拭した顔の見える仕事の仕方を求められている。「私が」ではなく「社が」とか「部が」とか言っているうちはだめである。一個人としての具体的コミットメントがない。「私は」と発言して、自分の周りに引かれた「枠」を一歩だけでよいから踏み越えて「コミット」をすること。それが日本経済活性化の道である。自分を知って、やれることからやってみよう。まずは、一歩を踏み出すために。
以上が本書の概要である。著者の新原浩朗氏は1984年に東大を卒業後、通産省入省。現在は、独立法人経済産業研究所コンサルテイングフェローである。専門分野は、「企業論」、「産業組織論」である。本書は優秀企業名を具体的に挙げ、実例を多く示しているので大変にわかりやすい。各企業に対する聞き取り調査も、財務データや社史、公表資料等の企業関係資料は言うに及ばず、経済雑誌、新聞等もかなり過去まで遡って検索をかけている。そして、具体的論点をあらかじめ絞り込み、それを会社側に送付して、社長、会長には、その論点を必ず含めて答えをもらう形でインタビューを進め、さらに、その話された内容について、論点を煮詰めて、議論を深めていくという方法を採っている。最後のページに参考資料として、例示として登場した優秀企業の15年間の財務データ10社と、上場企業社長意識調査結果3626社を記載している。質問項目は3つある。
- あなたが日頃の経営や企業改革を行っていく上で、参考にできると考えている、あるいは学ぶところがあると考えている日本企業の名前を挙げて下さい。
- あなたが日頃の企業改革を行っていく上で、参考にできると考えている、あるいは学ぶところがあると考えている日本企業の経営者の名前を挙げて下さい。
- 経営者にとって重要な資質は、何であると思われますか。
以上である。
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