本書は、いまの日本および世界の経済状況を評して、一面的視点から展開されている「デフレ」論を批判し、本当の「デフレ」の原因、特徴、さらに日本にとって「デフレ」がどういう意味の現象かを解明する目的で執筆した著作である。
「デフレ」か「インフレ」かという経済現象は、単なる一国の経済政策によって発生することはあり得ない。もっと広域、かつ大きな情勢の変化によってもたらされる現象であり、単なる金融政策の施行次第で、消えたり生じたりするほど簡単な底の浅い現象ではない。
本書の内容は、序章:「国際環境の大変化で甦る日本経済」、第1章:「新小泉政権で、日本は動きだす」、第2章:「戦争なき、平和な時代の到来」、第3章:「大競争時代の勝者の条件」、第4章:「アジアに繁栄をもたらす日本の底力」、終章:「2004年これから日本はこう変わる」、以上の構成になっている。
「デフレ」は「売り手に地獄、買い手に極楽」である。有権者の圧倒的多数を占める買い手にとって、「デフレ」の進展は、この“極楽”が享受できる環境を提供されるに等しく、それが小泉政権への支持率に大きく影響している。日本の場合、インフレ時代に作られた法律、制度を改廃することにより、デフレ時代に適応した新たな制度を導入し、一連の政治改革を果たして断行し得るか否かによって、これからの展望が開けてくるという点である。かつて小泉総理が「自民党をぶち壊す」と言ったことは、よく知られている。その意図するところは、派閥政治の解体であった。そして、今回の総裁選を通して改めて感じるのは、自民党の体質が大きく変わったということである。
平成15年6月30日の農業生産者保護の代名詞とも言われた農水省の外部機関・食糧庁の廃止は大きな大事件と言っていい。これは農水省においても、基本的に生産者本位から消費者本位に行政のシステムを切り替えていくことを意味する。
おそらく、小泉政権続投となる3年の間に、日本を取り巻く国際環境は予想をはるかに上回る激変の様相を呈するに違いない。具体的に言うなら、北朝鮮が崩壊する。つれて東アジアでの「冷戦」が終結する。そしてこの激変は、日本に政治的にも経済的にも極めて大きな変化をもたらすことになるだろう。日本は世界で最高の技術水準を誇る工業力を有するだけに、「デフレ」の世界的な定着は強い追い風となる。「デフレ」下においては必ず世界的な規模での設備投資が本格化し、その競争力は技術水準によって左右される。日本の強みが本格的に発揮される時期は、こうした時期なのである。それが日本の輸出急増、海外からの巨額の資金流入、世界一の金融緩和、低金利を生む背景である。
現在のように「インフレ」から「デフレ」への転換が進むなかで、財政出動を行えば、それは景気回復のマイナス要因となっても何の益ももたらさないことはよく知られている。この「失われた10年」といわれる間に、財政支出による景気刺激策は約171兆円に上り、そのほとんどが赤字国債の発行によって賄われたが、税収が落ち込むなかでの財政出動は、赤字国債の増加しか対策がない以上、景気回復の実現には結びつかず、その効果はまったく得られなかった。財政赤字が増大し続けるなかでの赤字国債の発行は、需給不足のインフレ時代には一時的効果はあっても、デフレ時代のように長期に渡る供給過剰が、世界的規模で発生している状況においては、何の効果も得られず、むしろ逆効果であるということを改めて認識しなければならない。
今回のイラクへの自衛隊派遣問題に象徴されるごとく、これからの日本は、国際社会の秩序を乱し、その地域の平和を攪乱する動きに対して、積極的に抑制するための協力を求められることは言うまでもない。日本は世界の大国の一つとして、世界の平和と秩序を維持するための努力と義務を国際社会から課せられているのである。だが、自ら率先してこの義務を果たそうとするならば、これまでの日本の国是を大きく変える重要課題に直面しなければならない。それは憲法改正である。
昭和初頭の金融恐慌時に発生した極めて深刻な「デフレ」と、現在の「デフレ」とでは際立った違いがある。1930年初頭の世界的デフレ現象のなかで、日本の輸出製品といえば生糸と綿糸、綿布などの繊維製品と雑貨、つまり軽工業製品に限られていた。船舶、機械、まして自動車などを生産する設備と技術をまだ備えておらず、日本はこうした工業製品をすべて輸入に頼らざるを得ない状況であった。それが今日においては、日本の輸出の約80%は機械を中心とする生産資本財と部品、素材からなる生産財で占められている。つまり貿易と言っても、消費財を輸出するのではなく、生産資本財と生産財の輸出によって、海外からの原料とエネルギーの輸入を賄うだけの収益を確保しているのである。
昭和初頭デフレとの2つ目の違いは、資金の蓄積額である。前者の場合、日本の銀行預金総額は当時の価格水準で約100億円に過ぎない。現在の個人貯蓄総額は1400兆円という巨額に達しており、この格差は驚異的と言うほかない。第3の大きな違いは、政治体制の違いである。昭和初頭の時は、まだ明治憲法が生きていた時代であった。この憲法は天皇が直接国民に施行した欽定憲法であり、その規定内容が当時の経済情勢や社会情勢の変化に対応できていないということを、多くの知識人は承知しながら、天皇が自ら制定した憲法の改正などあり得ないこととされたのである。従って、憲法に準じてすべての制度と法律が固定化され、次第に強まっていく経済不況のなか、階級対立からくる深刻な矛盾を、今日とは比較にならない拘束された状態で国民は甘んじて受け容れなければならなかったのである。
従来の長年維持されてきた慣行では、閣議に提出されるすべての案件は、前日に開かれる事務次官会議で検討され、満場一致で可決を得たものだけが翌日の閣議に提出されてきた。2001年7月の事務次官会議に小泉首相が出席した最大の狙いは、内閣総理大臣と内閣府の権限の関係を示すことであり、8月1日以降の各省庁の事務次官人事は官邸が決定し、各省庁内部で決定することを認めないという異例の宣言であった。内閣総理大臣の権限が強化されたということは、官僚の自立性が否定されたことを意味し、官僚の人事が政界の動向や政局に影響を受けていれば、政権を担う政治家自身もまた、強い姿勢と独立性が問われることになると言ってよい。
「バブル」のピークだった1989年末の「東証ダウ」3万8896円が、2003年4月には7603円と実に81%の下落となった。株価の下落は上場時価総額、すなわち上場している全銘柄の時価総額の急減をもたらす。ピーク時の590兆円が233兆円と61%の落ち込みである。その差額が株式市場の縮小であり、株式投資に投入された資産の目減りを意味している。「平成不況」は現実に資産の消滅だったのである。
日本経済は2003年4月に一応底を打ったと判断できる。一連の景気対策も、実はかつての施策とは大きく異なっている。それは「インフレ」の時代に適した不況対策は、需要不足は一時的な現象と理解し、財政支出を拡大して一時的な需要不足を補えば、必ず世界的な需要不足の影響が日本に及んで、景気回復の動きが本格的に発生するというパターンを信頼できたからである。だが、「デフレ」が世界的に定着する時代では、需要不足は長期化せざるを得ない。その世界的に膨大な需要不足を一国の財政支出だけでカバーできないのは当然である。従って、財政支出の拡大は景気回復の足掛かりになるどころか、財政赤字の増加しかもたらさない。むしろ景気回復の契機となるすべは、民間企業自身による設備・人員などの「リストラ」による「過剰」の解消努力であり、また政府の主導する制度改革の施策しかない。小泉政権は平成15年の税制改革の一環として、初めて本格的な「個人投資家優遇制度」を導入した。また、日本の金融危機を解消するための政策として「公的資金の投入」を実施するに際し、株主に対する責任の追及を避ける路線をとり、金融機関の経営再建を目的に「公的資金投入」を断行する路線に踏み切った。この金融危機対策をみて、日本の経済危機は間もなく克服されると判断した外人投資家は、一斉に日本株に資金投入し始めた。また、イラク戦争の開始によって21世紀における「米国主導の一極支配体制」が確立し、それが経済の「デフレ」基調を揺るぎないものとするとの見通しに立ち、日本にとって「デフレ」はきわめて強い「追い風」を意味するとの判断から、外人投資家は中長期的な好況の到来を確信して、日本株を本格的な投資対象とする路線をとり始めた。
一方、日本人は長年にわたって「自虐的な」情勢判断を尊重する習性から、自分自身を解放できないでいる。特に経済情勢の判断では、絶えず日本経済の過小評価に終始する傾向は、依然として抜けないでいる。小泉政権があと少なくとも3年の任期があると考えるなら、その間に日本は想像もできないほどの変貌を遂げると判断している。
現在、米軍に匹敵するIT化された最新鋭の軍事力を装備している軍隊は他に存在しない。英軍が米軍よりも10年、さらにドイツやフランスのような欧州主要国の軍隊はさらに10年、つまり米軍よりも20年もIT装備の水準が遅れているとの指摘もある。イラク戦争においても、他の戦闘能力において、圧倒的な優位性を米軍は発揮した。例えば、イラク軍の主力戦車がロシア製のT−80型戦車であったのに対し、米軍はエイブラムスM−1重戦車。その射程も砲弾の威力も雲泥の差があり、M−1の砲撃でT−80は次々に木っ端微塵に吹き飛び、M−1はT−80の砲撃を受けてもかすり傷程度であったという。
ITに象徴される電子化技術の進歩は米軍の軍事力を決定づけたと言える。従って、同じ自由主義体制に属する国といえども、米軍と同等の軍事行動を遂行するだけの力を保有している国は一国も存在しないということを改めて認識する必要がある。
21世紀において、米軍に軍事的に挑戦できると自認し得る国家は存在しない。軍事予算をとっても、米軍の軍事予算は2004年9月末で終わる会計年度で3800億ドルに達する。これは米軍を除くNATO(北大西洋条約機構)諸国全体を合計したもののおよそ2倍、日本の防衛予算の10倍、さらに不規則な増加を続けているとは言え、中国の予算の推定値に比べてほぼ20倍という規模であって、世界全体の軍事予算の実に50%を占める。従って、米軍と対等の軍事力を保有するということ自体、あり得ないということを明確にしておく必要がある。また、ゲリラ戦の実態を分析すれば、ゲリラ戦によって政治体制が転換し、新しい政治体制を建設することに成功するための条件は、必ず3つ存在し、この3条件を備えないゲリラ戦は、結果として失敗に終わることがわかる。
- 第1条件は、ゲリラ戦を遂行する組織全体が、自分たちが掲げるイデオロギーを共有し、徹底した組織によって構成されていることである。
- 第2条件は、「民族主義」と言えるだろう。民族の独立・統一が達成できるという広範な民衆の支持がなければ、ゲリラ戦を続けることはできない。
- 第3条件は、“聖域”の存在である。武装勢力が侵攻できない地域、つまり“逃げ場”を必要とする。
現在のイラクのゲリラ勢力は、この条件を3つとも備えていない以上、若干の時間が経過するならば必ず鎮圧され、治安は回復するものと確信してよく、米軍に対する散発的攻撃、原油パイプラインや水道管を破壊するテロ活動も、決して長期間継続する性格のものではないといって間違いない。
東アジアに最後に残る冷戦構造としてクローズアップされるのが、北朝鮮の朝鮮労働党の存在である。朝鮮労働党は韓国の政治体制を崩壊させ、それを北朝鮮の支配下に併合する「朝鮮革命」を推進することを基本任務と定めているのである。「朝鮮革命」を達成するためには手段、方法の限りを尽くさなければならず、それにより生ずるすべての摩擦現象は、革命運動につきものの犠牲の範囲であるとして、金正日政権は2300万人の国民の意識統一を図ろうとしている。だが、こうした発想は中国共産党との間に摩擦を生まざるを得ない。まして1992年、中国は韓国との国交を樹立し、対韓国貿易が急速に拡大している。中国にとって韓国は極めて重要な輸出市場となり、そして韓国にとっても中国は米国、日本に次ぐ大きな市場となった。両国の経済関係は一層強化され、急速に成長発展を遂げている。その間に、北朝鮮は自然災害が度重なり、農業生産を中心に大きな危機を繰り返すという状況が続き、今日においても世界各国から食料支援を受けない限り、国民の生存自体を維持できないという問題に直面している。北朝鮮の経済は完全に破綻状態にある。米国、日本などとの対外関係が悪化し、外国からの物資の導入も滞り、国際支援は急速に減少、モノ不足からインフレが深刻化している。北朝鮮の核開発は、金正日政権の国際社会に存在を認めさせるたった一つの方法であって、極めて危険な国際社会への挑戦である。このような危険な賭けによって「朝鮮革命」が達成できると信じているとするなら、その独裁政権下の国民は不幸きわまりないと言うほかない。北朝鮮に対する世界の体勢は決まったと言ってよい。世界の趨勢から大きく逸脱し、世界に挑戦しようとする存在は、どの角度からみても絶対に許容できないという明確な意志を、ブッシュ政権は全世界に示していくに違いない。
21世紀は20世紀の常識がまったく通じない時代になる。なぜならば21世紀は米国の「一極支配体制」の確立とともに「戦争と革命」が消滅し、経済の基調は「インフレ」から「デフレ」へと抜本的に転換、「デフレ」こそが現在の世界経済を支配するのは、間違いないからである。「デフレ」下では、技術が驚くべき速度で進歩する。設備投資も同じく拡大する。景気の動向を左右するこのような要因は、「インフレ」下よりも強い影響力を発揮する。
「デフレ」下での激しい競争が、企業に強いる活動の一つが生産拠点の移動である。「デフレ」は物価の下落が必然的に伴うため、商品在庫の保有はそのまま値下がり損の発生となる。従って、生産段階から流通段階までのすべての段階で、徹底した在庫の削減が「デフレ」下における基本的な企業戦略となるのは当然である。
以上が本書の概要である。本書は長谷川慶太郎氏独自の発想力に基づき、日本のみならず世界観によって各国を分析している。「デフレ」は当分続く、それが世界中で一番追い風を享受すると言う。それは米国の好況により、世界全体の好況よりも一段と強い刺激効果を与えられる。その背景には米国の「一極支配体制」の確立により、自国の財政赤字の負担が耐えられる限界を超えたと判断すれば、その分を世界の他の国に負担するよう要求するのである。また、こうした米国の姿勢を非難できても、前面的に受け入れを拒否し抜くことは不可能な情勢であるとも言う。一方で北朝鮮は崩壊する。それも3年以内である。企業経営においても「勝者の条件」が変わるデフレ時代についても述べている。なかなか我々が発想できない点から市場を見ており、大変面白い本である。
|