人は自分が好きなことをやっている時がもっとも熱心であり、もっとも幸せである。その結果が他の多くの人たちをも幸せにするものであれば、それを可能にする仕組みは最強のビジネスモデル、いや最強の社会システムを生み出すに違いない。
本田技研工業の草創期には、創業者の本田宗一郎氏が部下の一人に当時の金で100万円余り入ったボストンバッグを放り投げながら、「明日、広島に行って拠点をつくってこい」とだけ言ったという。ヤマト運輸が宅急便を始めた当初、当時社長だった小倉昌男氏は自ら町の酒屋や米屋を回り、おかみさんに直談判しながら取扱い拠点になって欲しいと口説いたという。「お湯さえあればどこでも麺を」という夢から“カップヌードル”が生まれ、「外でも良い音を」という夢から“ウォークマン”が生まれた。それに関わった人たちは一消費者としての内発的な夢の実現に向かってがむしゃらに、喜々として働いたに違いない。普通の人が普通に発想してモーレツに働き、非凡な成果が生まれる、という企業モデル、いや社会モデルが、わが国で生まれていたことに驚きを禁じえない。
われわれ3人は、片平を中心にして1996年から「丸の内ブランドフォーラム」(2000年までは「東大マーケティングフォーラム」)という企業人勉強会を組織し、強いブランドをつくってきた経営者の方々をお招きして勉強会を続けてきた。本書は、ブランドフォーラムの有志からなるワークショップの成果として生まれた。
【フォーシーズンズの哲学】他の名門ホテルと比べるとその歴史は意外と浅く、1961年にトロントで開業したのがその始まりである。その発端は今でもCEOを勤める創業者、イザドア・シャープ氏の個人の夢であった。「私が泊まりたいホテルをつくる」という哲学は、当時も今もフォーシーズンズを支えている。「自分がされたいように顧客にして差し上げる、これに尽きる」と語っている。
「リサーチ通りの商品は、顧客に感動を与えず、記憶にすら残らない。リサーチから得られるのは、経験つまり過去のフィルターを通した結論でしかない。未来のニーズをいかに見出すかが重要で、お客さま相談室に寄せられるご意見にはそのためのヒントが数多く存在する」。これは花王の常盤文克氏の言葉である。顧客よりも半歩先を行く商品コンセプトを見つけるためには、従来のマーケティングの枠組みから飛び出した新しい仕掛けが必要である。顧客が現時点で認識、自覚できない価値を探り出し、それを提供することによって初めて顧客の心の中に感動と共感を生み出すことができる。
「お客様に対する人間関係をきちんとし、一歩下がる。常にお客様の立場に立ち、どんなことがあっても自分の都合は二の次、三の次だ。千差万別のお客さまにはケースバイケースで対応せよと、先代から叩き込まれました」。「ブランドは人と人のつながりからつくられる」。東京銀座の老舗、伊東屋の伊藤高之氏の言葉である。
「サービスが良ければ注文は増える。結論はそういうことです。サービスというのは運賃ではない。運賃は1個500円と、はっきりした方がいい。値段がはっきりしている。要するにスピードだ。今日出したらいつ着くか、それを明くる日に配達できるように頑張ってみよう。そうすれば、サービスがいいなあ、とお客様も感心するのではないか、そう思って、翌日配達ということをターゲットにして、車の脇に“翌日配達宅急便”と書いたのです。すると、倍、倍と増えていきました」。ヤマト運輸元会長の小倉昌男氏の言葉である。
ルイ・ヴィトンは堅牢で高品質な革製鞄というコアのブランド価値を守りながらも、時代の変遷に合わせてその主な対象を、馬車→鉄道→自動車→豪華客船→飛行機と変化させ続けてきている。すなわち、「時代に合わせてあらゆるものを革につつむ」ことを守りながらも、具体的な商品そのものは常に進化し続け、顧客のライフスタイルに適合することで顧客にブランド価値を提供し続けているのである。
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旧来型日本経営 |
超顧客主義経営 |
変わらないもの |
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変わるべきもの |
- 需給バランス、競合他社指向
- 過去のしがらみ、現状維持
- 挑戦に伴うリスクをとらない
- 企業理念、夢、志が不明確
- 競争指向による統一感のない商品群
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- 超顧客主義による顧客の潜在的ニーズのくみ出し
- たゆまぬ革新、変革
- チャレンジを奨励し失敗を許容
- 企業理念、夢、志を組織に浸透、共有化
- ブランドとしての一貫性を保つ商品群
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企業が実現したいと望む世界観は、経営者の掲げるビジョン、理念、夢、志により決定的に左右される。しかし、それらがいくら立派な表現で語られていようとも、人々の共感を得なければ、ただの言葉に過ぎない。買い手が本当にいいですね、と言ってくれて初めて良いサービスと言えるのだ。マニュアルにはないことが、自然に社員ができるようになって初めて良いサービスになる。
スターバックスのキーワードの一つは、「サードプレイス」という言葉である。お客様の住んでいるところ、すなわち我が家が「ファーストプレイス」、出てきて社会とのかかわりのあるところ、多くの方は会社だと思うが、これを「セカンドプレイス」とすると、ちょうどその中間に当たる。家の外ではあるけれど、何かホッとできるところ。自分を取り戻せるところ。都会では時間は早く流れていくのだが、お店の中ではちょっと自分の空間がもてる。「サードプレイス」、これがわれわれのお店のコンセプトということで共有している。もう一つのキーワード。「One cup at a time ,One Customer at a time」、すなわち「一杯ずつ、お一人ずつ」という、われわれの呪文のようなものだ。
夢と価値観の共有が、異質、多様な個の間のコミュニケーションにいかに重要かを、花王の常盤氏は次のように語っている。「情報の交流・共有だけでは意味がなく、かえって雑音になるだけである。情報に対する解釈・行動が人それぞれ違うからである。情報が役立つためには個々人のベクトルを合わせる必要がある。共通の価値観がベースにあって初めて情報の交流・共有は意味を持つのだ。・・・各人のベクトルはそれぞれ違っており、放っておくと組織を分解させてしまう遠心力となる。個々のベクトルを一つの大きなベクトルにまとめるには、この組織が果たすべき理念・ビジョンが必要なのである」。
企業文化について、資生堂の福原義春氏は次のように述べている。「企業文化というものは、その企業における法人としてのライフスタイルのようなもので、そこで企業としての活動や振る舞いが体系化され、新たな価値が世の中に出て行くということにもなります。こうした企業活動がいわゆる文化の経済化作業ということにもなり、私たちは文化的な価値を生産していきたいという意識を持っています」。資生堂のように、企業の歴史を通じて組織的に培養された知的・感性的で健全な文化を持つことが重要である。
アスクルは文房具メーカーであるプラスの社内ベンチャーとして発足した企業である。その事業は、オフィスのためのワンストップショッピングに、「明日来る(アスクル)」という配達時間約束のサービスを付加したものである。そして、流通段階のコストを省いてメーカーと顧客をつなぐ、社会的に合理的なシステムをつくることを企業の使命としている。このアスクルは、常に「お客さまは誰か、社会的に最適な仕組みとは何か」を問い続け、顧客との対話を重視し顧客とともに成長してきた企業である。まさに超顧客主義を実践しているアスクルの岩田彰一朗氏は、「お客さまのために進化するアスクル」という企業理念を強調する。このアスクルの取り扱いは文房具だけにとどまらず、現在ではオフィスで必要とされるトイレットペーパーや飲料などの日用品や菓子類のまで範囲が広がり、さらにはお客様の声に応えて家電メーカーとタイアップし、オフィス用カップ乾燥機や靴のまま使える足温器等を開発するまでに至っている。またデリバリーのさらなるスピードアップを図って「明日来る」ではなく、「今日来る」サービスまで開始しており、まさにプラス思考を地で行って成功したケースに思える。アスクルがどういう価値を提供していくのかというと、2つある。1つはオフィスのためのワンストップシヨッピングということで、会社で必要なものはすべて揃えていくというサービス。お客さまに全部教えられたことである。もともとこういうことを考えていたわけではない。最初から考えていたのは2つ目の点で、アスクルは明日来るからアスクルって言うように、時間を約束したサービスということである。
われわれにはお客さまから1日数千本のお問い合わせのお電話が入ってくるため、数百名のCRM(顧客サービス)のオペレーターがいる。大量のお客さまの声、ご指摘の声が全部入ってくるのだが、その声が大事なデータなのだ。どのお客さまがいつどの商品をいくらで何個買われたか、その同じお客さまが次回買う時にその商品をリピートなさったのかしなかったのか。本当にマーケターとしての有益な情報が全部ある。それをデータマイニングして、メーカーさんに情報提供している。
「場」とビジネスの関係については、“知識創造企業”(野中郁次郎・竹内博高著)では、「多様な“知”の関係が創出されるためのダイナミックな共有された文脈である」と考えている。“場のマネジメント”(伊丹敬之著)では「場」を「情報的相互作用のいれもの・枠組み」ととらえている。しかしいずれにしても、「場」においては、人々が参加し、対話し、相互理解し、相互に働きかけあい、共通の体験をする、その状況の枠組みから何かが生まれてくるという点では共通している。顧客主義モデルの企業に共通するのは人間第一主義である。
伝統的韓国型組織を新しいグローバルな形に作り変えたサムソン電子CEOのユン氏は、次のことを言っている。「企業は人がすべてだ。どんなに優秀でも、現状を変える能力のない人には去ってもらった。・・・新しい文化を持った人を入れても、その数が少ないと既存の文化に押し流されてしまう。以前米国のMBA卒業生を毎年10人ずつ採用していたがみんな埋もれてしまった。1998年から採用を一気に350人に増やしたら、彼らの文化が主流になって企業全体が変わり始めた」。この言葉には大きな示唆を含んでいる。
以上が本書の概要である。本書のなかには数多くの企業が実例として取り上げられている。共通項は「自分も顧客、顧客としての自分から発想する」である。自分がして欲しいことをお客さまにもしてあげる。この考え方は商売の原点である。本書のなかにも記されているが、超顧客主義モデルの企業に共通するのは人間第一主義である。本質論的発想が原点になければならない。それは、顧客から共感、感動を得てこそ企業の存立が許されるものである。自分たちの売上高や利益のみにとらわれがちであるが、顧客あっての企業であることを忘れてはならない。
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