私が担当している「NHK週間こどもニュース」は、毎週土曜日の夕方放送。「こどもニュース」という題名ではありますが、視聴者の半数以上は大人です。さまざまな分野の専門家もご覧になっています。専門家を納得させ、なおかつ子どもたちに理解してもらえる。そんな内容を、毎週作り出していかなければなりません。こんな悪戦苦闘の日々の中から、自分なりの情報収集術を編み出してきました。
番組で1週間のニュースをまとめるため、日々のニュースを見たり聞いたりすることは欠かせない作業です。朝、昼、夕、夜のテレビニュースは欠かさず見ます。見るニュースはNHKに限りません。休日は自宅のケーブルテレビで、CNNをつけっぱなしにしています。ただ、アメリカのメディアがいま何に関心を示しているか、その様子がわかることは大変興味深いと思うのです。アメリカのメディアに日本のニュースはほとんど登場しません。世界の中での日本という国の存在感の薄さも、これでわかります。
新聞は、自宅で全国紙を2紙とっています。職場で残りの全国紙に目を通します。興味のある新聞記事はすぐにコピーをとります。休日にはこれを整理し、スクラップを作ります。書店は毎日複数の店に顔を出します。私は時間があれば、夜は極力いろんな分野の人たちとの勉強会に出たり、講演会を聞きに行ったり、という時間の使い方をするようにしています。
大人向けニュースなら、「イラクの戦後復興に向けて…」という言い方で理解してもらえますが、子ども向けですと、そうはいきません。例えば、「イラクに対して、アメリカ軍やイギリス軍が攻撃してイラク戦争が起きたよね。その結果、それまでイラクでとても強い力で国民に言うことをきかせていたフセイン大統領がいなくなってしまった。すると、フセイン大統領の命令で動いていた役所も警察もなくなってしまって、国内は大混乱になった…」、こんなふうに言い換え、文章を補い、ようやく子どもたちに理解されるものになります。「要するに、どういうことか」と常に自分に問いかけをしていると、漠然とわかった気になっていたニュースについて、自分がいかに知らないか、あるいは実に浅い理解しかしていなかったことがわかってきます。その次のステップは、「わからない」と言い続けることです。
安全保障理事国は、どうして「拒否権」なるものを持っているのか。国連の成立の歴史を調べると、第2次世界大戦中、日本、ドイツ、イタリアの枢軸国と戦った連合国が、そのまま国際連合という組織に発展したことがわかります。連合国の中心メンバーがそのまま常任理事国に就任し、自分たちが特権を持つようにしたのです。日常の会話でも同じことです。相手が自分の話をどこまで理解しているのか。常に確認しなければ、スムーズな会話は成立しません。私はよく「わかってもらって、なんぼだろう」という言い方をします。
本書の構成は6章に区分されています。第1章:「私の情報収集術」、第2章:「私のインタビュー術」、第3章:「私の情報整理術」、第4章:「私の読書術」、第5章:「私の情報解釈術」、第6章:「私の情報発信術」、となっています。
新聞記事は、「本記」「雑感」「解説」と大別することができます。「本記」は、いつ、どこで、誰が、どのように、何をした、というニュースの基本情報が書かれたものです。「雑感」は、特に大事件や大事故の際、現場がどのような状態だったかを描写するものです。「解説」では、その出来事の背景、過去の歴史、今後の見通しなどを記者が説明しています。大きなニュースの記事は熟読しなくても、私が必ず読むようにしているのが、いわゆる「ベタ記事」です。「ベタ記事」とは、新聞紙面の下部に1段だけ出ている短い記事のことです。1段のことを新聞社の業界用語で「ベタ」と呼ぶことから、この名前がつきました。
新聞をただ読むのではなく、積極的に読みこなしていく、という方法も必要です。その際は、「問題意識」を持つことです。新聞には一般に全国紙、ブロック紙、地方紙という区別があります。意外に知られていませんが、全国紙は購読者が概ね大都市地域の住民に限られています。それぞれの県で発行されている地方紙や、数県にまたがる地域で発行されているブロック紙は、それぞれの地域で圧倒的なシェアを誇っています。これに対して、読売、毎日、朝日、産経などの全国紙の読者は、主に首都圏、関西圏に限られています。東京で読んでいる全国紙は東日本のブロック紙、九州で読んでいる全国紙は九州のブロック紙なのだと心得ておくべきでしょう。東京で出している紙面を全国の人が読んでいるとは思わない方が良いということです。
地方紙の場合、県内にくまなく取材網をはりめぐらしていますが、海外に記者を常時派遣したり、国会の動きを独自に取材したりする余裕はありません。その部分は、共同通信や時事通信といった通信社が配信する記事を記載することになります。夕刊のニュースは「海外の最新ニュース」と「午前中に国内で発生した事件」が主な内容です。
英語版のニュース雑誌を読む場合、気をつけなければならないのは、アメリカ国内やヨーロッパ向け、アジア向けで、それぞれ別々の編集をしているということです。日本で出版されている号を読むときは、「これは、アメリカ人の編集者が、アメリカの目から見て、アジア向けに編集した雑誌だ」ということを忘れないことです。
「聞きたい」という気持ちを物理的に表現する方法があります。その第一は、相手と目の高さ、あなたが机の前に座って、仕事中に誰かがやって来た場合、あなたは思わず立ち上がっているはずです。第2に「うなずき」が必要です。どんな無口な人だって、自分がしゃべることを聞いてくれるのはとっても嬉しいもの。うなずくのは、「あなたの話を聞いています」という意思表示なのです。同様に、自分がしゃべる立場になったら、相手がうなずきやすいように話すことが必要になります。「あなたの話を聞きたい」という姿勢は、「教えを請う」ということです。謙虚な立場で教えを請う姿勢を見せること。こうしたちょっとした気配りが、相手の心を開かせるのです。
毎日流れるテレビニュース、毎日届く新聞。こうした媒体に出ている情報は、いわばフローの情報です。それに対して、本に載っている情報はストック。最新の情報ではないけれど、私たちの生活にとって大事な情報が書かれています。もちろん情報ばかりではありません。エンターテーメントとしてのメディアでもあります。私はなぜ本を読むのか。読書が最大の趣味だからということはさておき、ニュースキャスターとして世の中の動きを知っておく必要があるからです。突然の出来事について、「これはどういう意味だろう」、「この裏側に何があるんだろう」を考えることができなければ、ニュースの解説はできません。その判断力を鍛えてくれるのが日々の読書なのです。
新聞や雑誌に記載されている書評欄は、本を選ぶ際の有力な武器になります。私は斉藤美奈子さんの書評に絶大なる信頼を置いています。斉藤さんは、彼女独特の辛辣な表現の中に、「この本は読まなくていい」、「この本は読んでおくといいよ」というメッセージを忍ばせています。私は、彼女の文章の行間を読んで、読むべきかどうか判断します。
せっかく買った本ですから、有効に活用したいものです。私は本を2種類に分けています。「奴隷」と「お姫様」です。「奴隷」に分類された本は酷使します。酷使するとは、気になる場所に線を引き、線を引いた場所がわかるようにページの角を折り曲げるなど、徹底的に本を使い込むことです。「お姫様」に分類された本は、いわば愛蔵本です。好きな作家の小説やエッセイなど、長くじっくり読みたい内容の本です。
読書は、情報発信力を養う点でも大変役に立ちます。本を読む時には、ただ単に内容を追って理解するだけでなく、「こんなに引き込まれるのは、どんな書き方をしているからなのか」、と少し距離を置いて冷静に眺めてみることもおすすめします。小説を読んでいて、頭の中に絵が浮かんできたという経験は誰にもあるはずです。優れた小説は、余計な説明をせず、かといって大事なポイントはきちんと押さえていて、読者がそれぞれのイメージを喚起する仕掛けがほどこされています。はっきりとした絵が浮かぶような文章が良い小説の条件なのです。
メディアの伝える内容を冷静に読み解く、あるいは情報を解釈する力のことを「メディア・リテラシー」と言います。メディア・リテラシーをつけるためには、情報を流す側の動機を推測することも必要です。例えば、「政府首脳」「自民党首脳」「財務省首脳」などといった匿名の人物の発言が大きく報道されることがあります。これは一体誰のことで、何の目的で匿名発言をするのか、という点に注目してみてください。「政府首脳」というのは、内閣官房長官のことです。「自民党首脳」は自民党幹事長であることがほとんどです。「財務省首脳」は、財務大臣か財務省の事務次官です。こうした役職にある人が、多数の記者の取材に応じる場は、正式な記者会見と記者懇談会の2種類があります。記者会見の場にはテレビカメラが入ることが多く、ここで発言したことは、「官房長官がこう発言した」と、そのまま実名で報道されます。一方、正式な記者会見の後で、記者懇談会を開くことがあります。ここにはカメラが入りません。懇談会で発言したことを報道するときは、固有名詞を出さないで「首脳」が発言したという形にする、というルールが存在します。
情報の解釈をめぐっては、日米間の情報に対する感度の違いを示すエピソードがあります。第2次世界大戦で日本と戦うことになった時、アメリカは真っ先に日本語のできる兵隊を大量に養成しました。一方の日本は、「敵の言葉を学ぶなどけしからん」と英語の勉強を一切禁止してしまいました。ここに、情報に対する大きな感覚の差が見てとれます。結果的に、膨大な情報力の差が生じます。南太平洋でアメリカと戦っていた日本兵の多くは日記をつけていました。個人の思いや日々の行動はもちろん、軍としての行動、命令、あるいは軍の配置や作戦の様子まで記録していました。太平洋戦線で日本軍の部隊が全滅すると、アメリカ軍は真っ先に日本兵の日記を収集しました。それを分析すると、日本軍の配置から行動様式、さらに心理までもが把握できるというわけです。日本側はアメリカ兵は日本語など読めないと信じ込んでいます。このため、日記をつけてはいけないという発想がないのです。それが敵の手に渡ったらどんな結果になるか、予想だにしていません。しかしアメリカは、膨大な日本軍の日記を押収することで、日本軍の指揮命令系統や部隊編成を丸裸にしていきました。反対に、アメリカ軍は情報の価値をよく知っているので、自軍の兵には日記をつけることを禁止しました。
情報を集めるのは、仕事の上でもプライベートでも、的確な情報をもとに、正しい判断ができるようにするためなのです。
文章が苦手でなかなか書けない人はどうするのか。何でもいいから思いついたことを書いてみるのです。まず言葉にして、考えをまとめる訓練をするのです。文章の形にすると、自分の頭の中にある漠然とした概念が明確になり、それがどんな意味を持つのか、客観的に見られるようになるのです。次に、「ひとりブレーンストーミング」をします。自分が思いついたアイデアや考えを、何でもいいから書き出し、「そんなもん、本当におもろいんか?」などと、第三者の目で“突っ込み”を入れていくのです。こうして吟味、さらに内容に自信がもてるようになったら、周りの誰かに話してみましょう。書き終わった瞬間は、自分ではいい原稿だと思い込んでいます。そこには冷静に自分の原稿を見直すゆとりがありません。一種の高揚感や達成感が先立って、自分の目を曇らせてしまうのです。こんなときは一週間ほど寝かせておきましょう。原稿を眠りから覚ませたら、今度は一読者の目で、厳しく原稿を読んでいきます。このとき、批判的に読むことが大事です。接続詞が多い文章は幼稚な上にリズムが悪くなります。
文章を書く上での基本として、「起承転結」という構成の原則があります。文章がどれだけの長さであろうと、基本的に4つの柱を立てて文章を書くとまとまりやすい、ということです。「起」とは、書き出しです。まさに「つかみ」から入るのです。「承」は、「起」で始まった文章を受け止めて次につなげる部分です。「転」は、それが一転して別の話に入ります。あるいは、話をさらに展開させます。「結」は、文章全体のまとめにあたります。これを再建に成功した経営者の自叙伝で考えてみましょう。「起」で再建に成功した感動的なシーンを描き、「承」の部分で自分の生い立ちに戻ります。「転」で、いったんは大きく成長させた自分の会社を倒産してしまう話です。「結」では、臥薪嘗胆の末、冒頭に描いたような再建成功までの話をまとめるのです。良い文章、良きリポートは、優れた観察力から生み出されます。
以上が本書の概要です。情報とは聞き手にとって役に立つニュースであり、それを裏付けるデータを伴ったものと言えます。池上彰氏が「NHK週刊こどもニュース」キャスターとして本書の中で、「国内外のどのニュースを選び、それをどう料理すれば、テレビを見ている子どもたちにわかってもらえるだろうか。いつも頭を悩ましているのです」、と述べています。聞き手に分かってもらえなければ情報にはならない。当然、子どもに理解され、“なるほど”と思ってもらってこそ情報の価値があるというものです。情報を集めるためには、まず情報集めるための理由、目的が必要です。次いで情報収集ということになります。そして、それをどのように活用するのか、などをキャスターの経験を活かして分かりやすく解説をした本書であります。自分が現在行っている情報収集や活用の仕方などと比較して、チェックし、より良い方法に持っていくことにも役立つのではないでしょうか。
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