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イノベーションへの解 利益ある成長に向けて

シリーズ名:Harvard business school press 著  者:クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー
監  修:玉田 俊平太
訳  者:桜井 祐子
出 版 社:翔泳社
価  格:2,100円(税込)
ISBNコード:4−7981−0493−0

本書は、大企業の経営者必読のゼネラル・マネジメントに関する書物である。金融市場から絶えず成長、それも、株価に現在織り込まれている以上の成長を常に求められている企業の経営者に対し、破壊的新規事業をいかに作り出し、いかにマネージするかを考える際に必要とされる思考のフレームワークを与えてくれる。戦略論の立場からは、ポーターのフレームワークをダイナミックに拡張している。戦略そのものではなく、戦略策定のプロセスをマネジメントすることの重要性を説き、「意図的(deliberate)戦略」と「創発的(emergent)戦略」という、まったく異なる2つの戦略策定プロセスを使い分けることの困難性と重要性を強調している。本書を読み終えたあと、企業経営者は、企業内外に働く力を理解し、状況を理解し、破壊的イノベーションを起こすような事業の戦略策定と経営に関する成功可能性を向上させることができるだろう。

本書は、ベンチャー論の最良の教科書でもある。新市場型破壊、別の言い方をすれば破壊的技術によるベンチャーを、企業内の事業部門とすべきかスピンアウトして企業ベンチャーとして設立すべきか、どのような市場をターゲットとすれば良いか、販売チャネルを選ぶ際に留意すべき点は何か、どのような資金が「良い資金」で、どのような資金は「悪い資金」なのか、などについての理論が網羅されている。

そして、本書は、マーケティングとブランド戦略に関する書物でもある。これまでのマーケティングの市場細分化プロセスにはどのような問題点があり、これまでの手法では顧客の解決したい「用事」を見落としてしまう可能性があること、それを防ぐためには顧客の「属性」ではなく「状況」に着目する必要があること、状況をベースにした分析によって、その状況における製品の真の競合相手を見つけ出すことができるようになることが明らかにされる。そして、顧客の「状況」に応じた「用事」に対して、「目的ブランド(purpose brand)」を通じてコミュニケートし、破壊的製品に誘導することの重要性を理解することができる。

すなわち、本書を一言で表現すると、「企業が共食いによってではなく、まったく新しい分野の需要を掘り起こすことを通じて、大きな成長を生み出す余地はまだある」という、極めて前向きなメッセージである。本書のテーマは、単なる新事業ではなく、新たな成長を生み出す事業を築くための方法なのである。

著者は10年来、2つの問題に頭をひねってきた。1つは、「経営の良くない企業が失敗する理由を説明するのは簡単だ。だが、歴史上最も成功した優良企業でさえ、リーダーの座を追われている。成功を持続させるのは、なぜこれほど難しいのだろう?」、ということだ。失敗を引き起こすのは、誤った判断だけではない。企業が成功するために不可欠な特定の慣行、例えば最良顧客のニーズを満たすこと、収益性から見て最も魅力的な分野に集中投資することなどもまた、失敗の原因となり得る。第2の問題は、このジレンマに潜む機会に関わるものだ。存在意義をもち、成功し、やがては業界の現リーダーを打ち倒すような会社を興すには、どうすれば良いのだろう。企業がつまずく理由を実際に予測できるなら、経営者がそのような失敗の原因を回避して、利益ある成長を狙い通り導く意思決定を下す手助けができないだろうか。それが本書「イノベーションへの解」である。

新規投資の予想収益に基づく評価が株価に占める割合(2002年8月21日現在)

フォーチュン
500社中の順位
企 業 名
株  価
株価のうち新規投資に
基づく評価の占める割合
既存資産に基づく
評価の占める割合
53位 デル・コンピュータ $28.05 78% 22%
47位 ジョンソン&ジョンソン $56.20 66% 34%
49位 ファイザー $34.92 48% 52%
24位 メルク $53.80 44% 56%
18位 ホーム・デポ $33.86 37% 63%

各社の株価のうち、既存資産が生み出すキャッシュによって正当化される割合と、新規投資が生み出すと予想されるキャッシュによって正当化される割合を示している。サンプルのうち、将来の投資がもたらすと期待される成長の総成長に占める割合が当時最も高かったのは、デル・コンピュータだった。デルが新規投資から桁外れのキャッシュを生み出すという、投資家の確信を反映していた。また、ジョンソン&ジョンソンの株価の66%、ホーム・デポの37%が、まだ行われてもいない投資がもたらすであろう成長を根拠としていた。

よく言われるのは、新たな成長を生み出せない原因が、経営者にあるということだ。だが全株式公開企業の約90%が、市場平均を上回る株主利益率を生み出すような成長奇跡を長期間持続できないことを示している。経営者の9割方が並以下だというのではない限り、優れた経営者が成長を維持する方法を見出せずにいることには、何か他に根本的な原因があるはずだ。BIG(ビッグ・アイデア・グループ)は全米各地で「ビッグ・アイデア・ハント」を開催し、新しい玩具のアイデアを持っている母親や子供、よろず修繕屋、退職者などに参加を呼びかける。招待者は、BIG経営陣の信頼が厚い、直感力に優れた専門家集団に向かってアイデアを発表する。BIGのシステムでは有望な新製品の市場機会が次々と発掘されるのに、大手玩具メーカーはそのような機会を見つけられないのはなぜだろう。多種多様な人材がこの玩具会社のなかを異動しているのに、誰一人として面白いオモチャのアイデア不足を解決できていない。なぜだろう。答えは、アイデアが形成されるプロセスにある。どんな企業にあっても、イノベーションのプロセスでは、中間管理職が極めて重要な役割を果たしている。上層部から資金を得るために、十分に熟していないアイデアを正式な事業計画の形にまとめるのは彼らだ。マネージャーが「これはうちの業界にも当てはまるだろうか?」「これは製品産業だけでなく、サービス業にも当てはまるだろうか?」、といった問いかけをするとき、実は状況を理解するために探りを入れているのだ。信頼できる理論の絶対条件とは、どのような行動が成功を導くかという言明のなかで、企業の置かれた状況の変化に応じて、これがどのように変化するかが説明されていることだ。イノベーションを推進する経営者の努力の結果がランダムに見える、大きな理由がここにある。

1960年から1980年までの時期にはソニー、新日本製鉄、トヨタ、ホンダ、キャノンといった日本企業が多く出ているのに対し、1990年代には日本の新たな破壊的企業が存在しないことは、日本経済停滞の理由を雄弁に物語っている。日本の有力企業の多くが、他社の破壊を通じて飛躍的な成長を遂げた。だが破壊が既存の有力企業を脅かす恐れがあることなどから、日本の経済システムは構造的に新たな破壊的成長の波の出現を阻害しているのである。

マーケティング技術は、市場細分化、つまり同じ製品やサービスが全員にアピールするほど似通った顧客群を特定することに大きな重点をおいている。マーケティングで狙い通りの成果をあげるためには、顧客がものを購入したり利用したりする状況を理解することが欠かせない。具体的に言えば、顧客(個人や企業)の生活にはさまざまな「用事」がしょっちゅう発生し、彼らは特にそれを片付けなくてはならない。顧客は用事を片付けなければならないことに気付くと、その用事を片付けるために「雇える」製品やサービスがないものかと探し回る。顧客は実際、こんな風に暮らしているのだ。顧客が置かれている状況に絞る企業が、狙い通り成功する製品を導入できる企業である。カギとなる分析単位は、顧客ではなく状況なのだ。

ソニーの創業者 盛田昭夫は、消費者が片付けようとしている用事を見抜き、その洞察と、その用事をうまくこなすのに役立つ解決策とを結び付ける名人だった。ソニーは1950年から1982年までの間に、12の新市場破壊事業を築くことに成功している。例えば、1950年に発売された初代の電池式小型トランジスタラジオや、1959年に発売された持ち運び可能なソリッドステート白黒テレビなどがある。ビデオカセットレコーダー、携帯ビデオレコーダー、1979年に発売され、いまやどこでも見かけるウォークマン、1981年発売の3.5インチ フロッピー・ディスク・ドライブなどもそうだ。

破壊の足がかりを特定するということは、将来の顧客になり得る人々が生活のなかで片付けようとしている、特定の用事と結び付くということだ。問題は、新製品の事業計画を策定するプロセスのなかで、捉えた機会を定量化せざるを得ないことにある。

ホンダが北米のオートバイ市場を、小型で安価な原動機付き自転車 スーパーカブによって破壊し始めたとき、ハーレー・ダビッドソンのオートバイ・ディーラーにはホンダ製品を扱ってもらえなかった。これは悪材料ではなく、好材料だった。特約店の販売員にとっては、ホンダよりもハーレーを販売した方が、懐に入る手数料が多かったのである。ホンダの事業が軌道に乗り始めたのは、汎用機械やスポーツ用品を扱う小売業者が製品を流通させるようになってからのことだ。ホンダはこうした小売業者に、利益率の大きい製品ラインに移行する機会を与えたのだ。大きく成功した破壊では、製品とそれを顧客に届けるチャネルとの間に、この種の相互に利益をもたらす関係が必ず見られた。

どれほど驚異的なイノベーションも、いつかは必ず「コモディティ化」される運命にある、と観念している経営者は多い。だが希望はある。われわれがコモディティ化に関する研究から得た最も興味深い洞察の1つは、コモディティ化がバリューチェーンのどこかで作用しているときは、必ず脱コモディティ化という補完的なプロセスがバリューチェーンの別の場所で作用している、ということだ。コモディティ化が差別化を阻むことで企業の収益力を破壊するのに対して、脱コモディティ化は潜在的に莫大な富を創出し獲得するチャンスを生み出すのである。この2つのプロセスが相互に補完的だということは、産業に新しい破壊の波が次々と押し寄せるなか、差別化能力がバリューチェーンのなかを絶えず移動することを意味する。そしてこのとき、バリューチェーンのなかの性能がまだ「十分でない」地点に位置を定める企業が、利益を手にするのだ。

コア・コンピタンスは、多くの経営者が用いる用法においては、危険なまでに内向き志向の概念だ。競争力は、単に得意だと自負する業務を行うことではなく、むしろ顧客が高く評価する業務を行うことから生まれる。そして、競争基盤が変化しても競争力を保ち続けるためには、過去に栄光をもたらしたものにしがみつく代わりに、新しい物事を学習する意欲と能力を持つことが絶対的に必要なのである。既存企業にとっての挑戦は、航海の途中で船を建て直すことだ。船から厚板を1枚1枚剥ぎ取って船外に投げ捨て、誰かがその破片を使って新しい、速いボートをつくるのに任せることではないのだ。

製品化のスピードは重要だ。かつては新型車の設計に5年を要していたのだが、今日では2年である。小さなニッチ市場の顧客の好みに合わせて特徴や機能をカスタマイズすることは、いまや常識だ。1960年代には1つのモデルの販売台数が年間百万台を超えることも珍しくなかったが、今日の市場は寸断されており、年間20万台の売上でも魅力的だと見なされる。車を特注してから5日以内の納入を約束するメーカーすらあるが、これはデル・コンピュータのレスポンスタイムとほぼ同じだ。

戦略策定における経営陣の力点は3つある。第1は組織のコスト構造。つまり価値基準をマネジメントし、理想顧客からの破壊的製品に対する注文が優先されるように図ることだ。第2は発見志向計画法。つまり何が有効で何がそうでないかについての学習を加速させる徹底したプロセスを用いること。第3は意図的、創発的プロセスが各事業の状況に応じて用いられるよう、油断なく気を配ることである。このような挑戦を乗り越えることができた経営者はほとんどいない。そしてこれこそが、実績ある企業がイノベーシヨンで失敗する最も重要な理由の1つなのだ。

  • 新成長事業をまだ本業が健全な間に、つまり成長を気長に待てるうちに、定期的に立ち上げること。財務成果にそれが必要だという徴候が現れてからでは遅すぎる。
  • 企業が大規模になっても、成長事業を立ち上げる決定が、成長を気長に待てる組織部門のなかで下されるよう事業部門を分割し続ける。規模が小さければ、小さい機会への投資で十分な利益を得られるため、成長を気長に待てる。
  • 新成長事業の損失は、極力、既存事業の利益で補填しないようにする。利益を気短に急かすこと。会社の中核事業が傾き始めても、有望な事業に必要な資金を確保するためには、利益を実現するに限る。

1958年、ホンダは米国のオートバイ市場を標的に定める。このとき、経営陣は勘と経験から、売上目標を米国市場の1%に相当する年間6000台に設定した。米国での冒険的事業のため財源を確保することは、社長の本田を説得すれば済む問題ではなかった。大蔵省からも、米国拠点設立に必要な外貨の放出について承認を得る必要があった。トヨタによるトヨペット車の導入が失敗に終わっていたことから、大蔵省は乏しい手持ちの外貨の放出を渋り、許可された投資額はわずか25万ドル、うち現金はたった11万ドルに制限され、残りは現品で持っていくことになった。ホンダは50CC、125CC、305CCの各モデルを在庫に持って、米国拠点を立ち上げた。その際、大型バイク中心の米国市場に合わせて、特に大型マシンに力を入れた。本書の用語で言えば、ホンダは既存市場の価格に最も敏感な消費者を、低価格の大型オートバイによってもぎ取ろうと、ローエンド型破壊の実現に取り組んだのだ。1960年になると大型バイクがぼつぼつ売れ始めたが、それらはすぐにオイル漏れを起こし、クラッチが磨耗した。ホンダの優秀なエンジニアは、混雑した道路で急発進や急停止を繰り返す運転に適した製品の開発には優れていたが、米国のオートバイ乗りに多い、高速の長距離連続走行に求められる技術についてはお手上げだった。ホンダには、故障したバイクを修理のために日本に空輸することに貴重な外貨を費やすほか、取るべき道はなかった。会社は破産寸前だった。

米国ホンダ社員が移動手段として50ccのスーパーカブを使い始めた。スーパーカブは信頼性が高く燃費が安い上、どのみち売れない製品だった。ホンダ社員がロサンゼルスでスーパーカブを乗り回すうちに、意外にもその光景が一般の人々や小売業者の目を引くようになる。スーパーカブの販売が軌道に乗りはじめる一方、大型バイクはその後も期待を裏切り続けたため、ホンダは徐々に方向転換し、やがてオフロード・バイクというまったく新しい市場分野の開拓に取り組むようになった。このバイクは大型ハーレーの4分に1の価格に設定され、革ジャンなど着ない上品な人々向けに販売されたのだった。彼らはスーパーカブを長距離移動ではなく、楽しむためのバイクとして使った。ホンダにこの市場の開拓を強いたのは、資金のなさだった。これがまさに創発的戦略プロセスのマネジメントの真髄である。

以上が本書の概要である。本書を読んでいただくとわかるが、多方面にわたって示唆深い本書である。本書のテーマは、単なる新事業ではなく、新たな成長を生み出す事業を築くための方法なのである。新興企業だけではなく、既存の大企業にも破壊の波を捉えて成長を続けることはできる。著者が謝辞で述べているが、企業がつまずかないように、その失敗の原因を回避していける手助けをしたいとした本書である。


北原 秀猛

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•  ゼネラル・マネジメント
•  意図的戦略
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