ジョン・P・コッターは1980年、ハーバード史上最年少の33歳で終身教職権を取得。ハーバード・ビジネス・スクール松下幸之助冠講座教授(リーダーシップ)。ダン・S・コーエンは、デトロイト・コンサルティングのプリンシパル。
「変革」は非常に幅広い意味を持つ言葉である。新技術の導入、戦略の大転換、リエンジニアリング、合併・買収、事業再編、技術革新の促進、社風の改革など多岐にわたる。100近い事例を分析した結果わかったのは、大規模な変革は必ずしもうまくいっておらず、十分に予想できる失敗を犯していることだった。そして、失敗の最大の理由は、現実の成功事例を見聞きする経験が少ないことにあった。予想もできない未曾有の変化が起こる激動の時代にあって、変革に失敗することの影響は計り知れない。本書では、各段階で直面する本質的な問題を掘り下げ、どのように対応すべきかを明らかにしている。今回の最大の発見は、一言で言えば、戦略や構造、企業文化や制度が問題の核心なのではないということだ。こうした要素はもちろん重要である。だが、問題の核心は、人々の行動を変えることにある。そして行動を変えるうえで何より効果的なのは、人々の心に訴えることである。本書で何より伝えたいことは、ごくシンプルだ。理性に訴える分析を示されたときよりも、心に響く真実を示されたときに、人間は行動を変える。大規模な組織変革では、特にこの点が重要になる。
本書の教訓は、2度にわたる大掛かりな調査から得られたものだ。130の組織の400名あまりが、面談に応じて質問に答えてくれた。そこで明らかになった点を以下に簡潔にまとめよう。
- きわめてうまくいっている組織は、新しいものを拒む心理的な免疫の仕組みをいかに克服するか、その方法を知っている。機会をとらえ、危険を避ける方法を知っている。飛躍が大きければ大きいほど、勝ちが大きくなっていると考えている。継続的に小幅な改善をするだけでは、不十分だと考えている。
- 大規模な変革を成功させるのは容易ではなく、8段階にわたって進む。流れは以下のようになる。危機意識を高める→変革推進のためのチームをつくる→ビジョンと戦略を掲げる→ビジョンと戦略を周知徹底する→行動の障害を取り除く→短期的成果を生む→目的が完了するまで、さらなる変革を推進する→新たな文化を生み出し、新たな行動を根づかせる。
- 8段階を変えるには、分析の結果を示して理性に訴えるよりも、目に見える形で真実を示して感情に訴えることが重要だ。理性に訴えることも感情に訴えることも不可欠であり、変革に成功している企業には、その両方が見られるが、変革の核心はなんといっても感情に訴えることにある。「分析し、考えて、変化する」流れよりも「見て、感じて、変化する」流れの方が強力だ。見ることと分析すること、感じることと考えることの違いが重要なのは、見て感じる方法はあまり頻繁に使っておらず、自信を持ってうまく使えないからだ。
<変革の成功事例に見られる主なパターン>
- 見る:変革プロセスのある段階で問題――現状に満足した行動しかとらず、賢明な戦略を立てようとする者はひとりもいない、多くの者がやる気を失い戦略が実現しない、などの問題に気づく。こうした問題やその解決策を目に見えるものにするために、注目を集め、心を動かすような劇的な状況を作り出す。
- 感じる:問題と解決策を思い描けるようになって、有意義な変革を促す感情が呼び覚まされ、変革を妨げていた感情が抑えられる。つまり、危機意識や前向きな見方、信頼が高まる。怒りや現状満足、皮肉な見方、不安が治まる。
- 変化する:新たに芽生えた感情によって行動が変化し、強化される。行動ががらりと変わることもある。現状に甘んじた行動はとらない。素晴らしいビジョンの実現に熱心に取り組むようになる。道のりは遠くとも、ビジョンが実現されるまでは歩みを止めない。
変革を成功させるには、第1段階として、十分な数の人材が十分な危機意識を持って行動する状況を作り出さねばならない。つまり、どんな機会があり、何が問題なのかを必死に探り、周りをやる気にさせ、「やるぞ」という気概を呼び起こすのである。
一般に、変革を妨げる行動様式は4つある。第1に、根拠のないプライドや傲慢さからくる現状満足。第2に、恐れやパニックによる硬直、保身、逃避。第3に、怒りによる反発、テコでも動かぬという態度。第4に、極度に悲観的になり、常に腰が引けている状態。理由はどうであれ、結果は似通ったものになる。
【第一段階、危機意識を高める】
◆成功への道
- 実際に目に見え、手にとり、感じられるものを活用して、変革の必要性を示す
- 変革の必要性をしっかりと劇的に示す証拠を、組織外から見つけ出して示す
- 現状満足を打破する、安上がりで簡単な方法を日頃から考える
- どんなに優れた組織でも、現状満足や不安、恐れが根強いことを過小評価してはならない
◆失敗への道
- 変革の必要性を示す「合理的」な根拠の構築や、経営幹部の承認の取り付け、大急ぎの実行ばかりを重視し、変革を拒む心情を考慮しない
- 危機意識の欠如を無視して、いきなりビジョンや戦略を策定する
- 危機がなく、足元に回っていなければ、誰も動かないと思う
- トップではないのだから何もできないと思い込む
【第二段階、変革推進チームをつくる】
◆成功への道
- 熱意と意欲を示し(あるいは、周囲の熱意と意欲を引き出し)、適切な人材をチームにひきつける
- メンバーに求められる信頼やチームワークの模範を示す(あるいは模範を示せる人の手助けをする)
- 第二段階の課題が手に負えない場合、適切な人材がそうしない場合は、第一段 階の危機意識を高めることに注力する
◆失敗への道
- 力のないタスクフォースや個人が変革を主導する、統治構造が複雑である。経営幹部が対立する
- 過去からの惰性が強いか、既得権益が幅を利かせて適切なチームの編成が妨げられておる時、そうした状況にまともに向き合わない
- 「期待できない」上司を排除する。蚊帳の外におく
【第3段階、適切なビジョンをつくる】
◆成功への道
- 文字通り、実現可能な将来を見通す
- 1分以内に話せ、1枚の紙に収まるようにビジョンを明快にする
- サービス向上といった心躍るビジョンを掲げる
- 大胆なビジョンを実現するいために、大胆な戦略を立てる
◆失敗への道
- 将来へ飛躍しようとしている時に、過去の延長線上で理論に従った計画や予 算を行動の指針とする
- 分析を多用し、財務中心にビジョンを考える
- コスト削減を柱に据えたビジョンを掲げ、従業員のやる気をなくし、不安を増幅する
【第4段階、変革のビジョンを周知徹底する】
◆成功への道
- 発言の内容をシンプルに心に響くものにする。複雑で官僚的なものにはしない
- 伝える前に準備しておく。特に従業員の感情を理解しておく
- 不安や混乱、怒り、不信感に対応する
- コミュニケーションのチャネルのゴミを取り除き、重要なメッセージが伝わるようにする
- インターネットや衛星通信など最新の情報技術を活用して、ビジョンをわかりやすく伝える
◆失敗への道
- コミュニケーション不足――これはつねに起こるものだ
- 情報を事務的に伝える
- 発言と行動が一致せず、皮肉な見方を招く
【第5段階、従業員の自発的な行動を促す】
◆成功への道
- 変革の経験があり、「自分たちにできたのだから、あなた方にもできる」という逸話を語り、従業員の自信を高めてくる人物を探す
- やる気を引き出し、前向きな姿勢を後押しし、自信を高める評価・報酬制度をつくる
- ビジョンに基づいた優れた判断のための材料となるフィードバックを与える
- やる気をなくさせるマネジャーを、変化せざるをえない新しい仕事を与えることで、「作り替える」
◆失敗への道
- 上司が部下のやる気を著しく損なっている時に、その問題を無視する
- 上司の権限を剥奪し、その権限を部下に与える
- すべての障害を一度に取り除こうとする
【第6段階、短期的な成果を生む】
◆成功への道
- 早期に達成できる成果を最優先する
- できるだけ多くの人々の目にふれる成果を目指す
- 明確な成果によって心を動かす
- 他の人にとって意味のある成果を目指す。意義が大きいほど良い
- 支援してもらいたい有力者に訴える成果を早く出す
◆失敗への道
- 一度に50ものプロジェクトに着手する
- 最初の成果が出るのに時間がかかりすぎる
- 真実を誇張する
【第7段階、さらに変革を進める】
◆成功への道
- 仕事の負担を積極的に減らす――過去には妥当であっても、現在は必要ないもの、他の人に委任できるもの
- 危機意識を持ち続ける方法を絶えず探す
- 「ストーリー」に見られるように、機会を前向きにとらえ、次の変革に着手
- どの段階でもそうだが、目に見えるようにするのが大事だ
◆失敗への道
- 厳密な4年計画を立てる(もっと柔軟に好機をとらえるようにすべきだ)
- 終わってもいないのに終わったと思い込む
- 官僚主義や社内政治に立ち向かわなくても、変革の仕事はできると思い込む
【第8段階、変革を根づかせる】
◆成功への道
- 第7段階でやめない。変革は根付いて初めて終わる
- 新規採用者の研修では、会社が重視することを感動的な形で伝える
- 昇進プロセスを活用し、新しい文化の行動規範に則って行動できる人物を、影響力と存在感があるポストにつける
- 新しい組織が何をしており、なぜ成功しているかを伝える生き生きとした逸話を繰り返し語る
- 新しい文化を根付かせ、矛盾のない行動をとり、成果を継続して上げる
◆失敗への道
- 管理職や報酬制度など、文化以外のものに頼って、大規模な変革を定着させようとする
- 変革の第一段階で文化を変えようとする
成功を収めている組織の事例を見ていくと、適応と変革の8段階に従うことによって、この事実に対処していることがわかる。変革のプロセスで最大の課題は、行動を変えることだ。変革の成功事例で明らかなように、行動を変化させるカギは、分析や理性に訴えるのではなく、視覚に訴え、心に訴えことである。アルベルト・シュバイツァーは、「実例は他人に影響を与える主な要因ではない。それは唯一の要因である」と言う。
以上が本書の概要である。激動する世界では、常に変革が求められる。組織全体で、常に危機意識を高め、現状満足や不安、怒りを鎮めることを求められる。全社で常に変革推進チームをつくる必要がある。本書では、「見て、感じて、変化する」を基本のテーマにしているが、先ず現実を直視することが重要である。日本語でいう“見る”ではなく「診る」である。そして、その「診る」ことによって必要な変化を促す感情が湧き上がってこなければならない。最後が変化するである。感情が変わる、心が変わる、行動が変わる。新たな行動によって効果的な変革を起こすことにより、新しい価値の誕生である。
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