宮田秀明氏は東京大学工学系大学院の教授です。造船技術戦略会議議長、World innovation Foundationフェローでもあります。
世の中には、成果の出せない仕事、失敗した仕事が数限りなくあります。私の身近では、大学でのいろいろなレベルの研究や企業との連携プロジェクト、国のプロジェクトなどがありますが、企業のプロジェクトでも同じです。必死に頑張って取り組んだにもかかわらず、商品開発に失敗したり、受注して社会に広める段階に達しないケースのなんと多いことでしょう。こうした失敗と成功の原因は、すべて「仕事の方法」にあります。
私は過去20数年の間に、たくさんのプロジェクトを成功させました。振り返ってみると、私はいつもこれまで常識だと考えられてきたことに対して“大きな疑問”を持つことからスタートラインに立ってきました。そして、机上の論ではなく、実践を経て、“大きな解”を得てきました。そうしていつの間にか、「仕事の方法」を獲得したことに気が付いたのです。
成功する仕事には、正しい「仕事の方法」の実行があります。必死に頑張ったから、成功したのではありません。正しい「仕事の方法」を実行したからなのです。「どうしたら卒業できるかは教えません!どうしたら役に立つ仕事ができるようになるかを教えます!」。社会人でも同じです。「給料をもらうための仕事」をするのではなく、「価値を創造する仕事」をすることを考えると急成長します。
仕事は人生の大切な一部です。楽しく良い仕事をして、給料を倍もらって、社会の役にも立ちたいものです。そのためには、次の3つのことをお勧めします。
- 「好きな仕事をしたい」と思わないこと
- 「価値」と「価値連鎖」を知ること
- 正しい「仕事の方法」を身につけること
厳しいようですが、もし、「好きな仕事をしたい」としか考えられないとしたら、永久に本当のプロにはなれません。好きな仕事ではなく、役に立つ仕事に向かわなければならないのです。役に立つ仕事とは、「価値を生み出す仕事」です。ルーティンの仕事も大切ですが、プロジェクトの比率を高めて、新しい価値を作り続けることが、もっと重要なことです。トヨタ自動車から始まった「カイゼン」運動は、「ルーティン」を「プロジェクト」として起動し、大きな成果を上げています。「カイゼン」は、「プロセス・イノベーション(生産・物流などの過程の革新)」のプロジェクトの例で、他にもたくさんの成功事例があります。比較的、簡単なプロジェクトであると同時に、良いことを一つひとつ積み重ねると、成果が得られるからです。
「これからはバイオが流行るようだから、バイオ関係の事業を始めよう。どこから参入すればいいだろう」といった発想は、ビジョンのない発想です。「私は、目の見えない人が見えるようにしてあげたい。だから、バイオ分野の生態培養の会社を作りました」というのはビジョンによる経営です。このような、ビジョン経営をしている企業には、後から利益がついてきます。お客さんに価値を作ってあげたい、そのために私たちの会社がある、という気持ちが、ビジョンにつながるのです。
ここで、仕事のやり方を整理しておきましょう。すべての仕事をビジョンから始めるわけではありません。次の3つのやり方を使い分けます。
- 合理的計算型:「コストを20%下げよう」、「性能を30%アップさせよう」という目的のために、努力を集中します。
- ビジョン駆動型:「世界一の飛行機を開発しよう」、「ユーザーが一番喜ぶ商品を開発しよう」といった考えで、プロジェクトを実行します。
- ランダム試行型:「何をやっていいか分からないが、ともかくやってみよう」というやり方です。困ったときや、大変余裕のあるときに使います。
「合理的計算型」は日本人向きの方法論なのですが、このパターンの危険性と限界を、よく理解しておきましょう。なぜならば、例えば「20%のコスト削減」を目標にしていると、本当の目標だった“私たちの会社の競争力を高める”ということが忘れられてしまう可能性があります。成長の源だった研究開発をやめてしまう、といった間違いをおかすことがあります。ですから、大きな「ビジョン駆動型」のプロジェクトの中で、たくさんの「合理的計算型」のプロジェクトが、ビジョンと整合性を保ちながら実行されていくのが理想です。
営業のビジョンは何でしよう。商品をたくさん売ることでしょうか?ビジネスが、「顧客とのWin−Win関係を作ること」であると定義したら、売上だけでなく、顧客の価値を増やすことができなければ、Win−Win関係は成立しません。企業の売上が増えたのに、顧客の価値が増えなければサギになってしまいます。Win−Win関係の成立が、取引の成立、つまり、営業の成功になります。ですから、営業のビジョンは、「顧客にとっての価値を最大にすること」なのです。
日本の新幹線プロジェクトは、7年間で完遂されたプロジェクトです。すばらしい成功例です。創造のプロセスを回すマネジメントで重要なことの一つは、このプロセスを回すスピードを速めることです。そのためには、コンセプトから実証まで、とにかく前進することです。リニアモーターカー開発プロジェクトは、始まってから既に40年あまりも経過しています。宮崎と山梨で延々と実証実験を続け、実に41年目に初めて、東海道に建設した場合の建設費を試算しています。10兆円近いのだそうです。このように創造のプロセスをゆっくり回すことは、失敗を確実にしようとすることに等しいのです。
ビジョンは明確な価値を生み出す目標と言ってもいいのです。「今できないことをできるようにしよう」といった目標的意識です。そして、目的達成のための新しい考え方がコンセプトです。
新しいコンセプトを生み出すとき、その時点での最優秀な製品や、ビジネスの解析からスタートするのは常道です。それを徹底的に解析してみると、いいところ、つまり優れたコンセプトを多々理解することができます。しかし、これらを直接取り入れてはいけません。それでは、その古いコンセプトを使わせてもらうことになるからです。真似をしたら、絶対に競争に勝てません。ビジョンからも遠ざかります。コンセプト創造の作業は、基本仮定を疑ったり、常識を否定したりすることから始まります。いろいろなことに興味を持つことも、コンセプト作りの源泉になります。どんなにエネルギーいっぱいの人も、経験できることには限界があります。たくさんのデータベースから、一般化した法則を取り出したり、論理的な構造を明らかにして、それをモデルの形にして収納しておきます。
コンセプトを作り出そう、新しい企画を作ろうとしているのに、同じようなものしか出てこなくて行き詰まることは、しょっちゅうあるものです。行き詰まったときは、一度頭の中を空にすることが必要です。これが「ゼロベース思考」です。思い切って、「ゼロベース思考」することから、より優れたコンセプトが生まれます。コンセプトを作り出すとき、「議論」が役に立つことがたくさんあります。
ある問題を解決すると、前に大きな展望が開けてくる。一つずつ解決を続けていると、成果がどんどん大きくなってくる。このような場合、「ポジティブ・スパイラル(正の連鎖)が働く」と言います。逆に、ある大切なことを実行するのをためらったために、困った結果が発生する、マイナスが拡大していくことを「ネガティブ・スパイラル(負の連鎖)が働く」と言います。何かをデザインするときに肝心なことは、ポジティブ・スパイラルが発生する“ポイント”を探すことです。
ある目的を完遂するためにチームを編成するとき、メンバーの必要条件は2つあります。
- 目的に対して情熱を持つこと
- 目的達成に貢献できる能力を持っていること
協調性などを十分条件として加えてもいいのですが、この2つさえあれば、特になくてもかまいません。共通のビジョン(目的)を共有して、情熱を持って取り組み、実際に達成する力があれば充分なのです。そのメンバー全員の能力を100%、できれば150%発揮させるようにするのがリーダーの役目です。メンバーの力を最高出力にもっていくために必要なことはたくさんあります。
- 第1に、正しい評価をすることです
- 第2に、メンバーの成長を信じることです
- 第3は、責任とリスクの管理です
プロジェクトには、「トップダウン型」と「ボトムアップ型」があります。「カイゼン」運動のようなプロジェクトでは、一つひとつのプラスを積み重ねていけば、自然に大きな成果が得られます。成果が重ね合わせで得られたとき、それを「線形(linear)」と呼びます。「線形」ということは「易しい」ということです。このようなプロジェクトは、「ボトムアップ型」で成功することができます。勝利するためには、もっとも難しいポイント、当初予測できなかったようなポイントで成果を出さなくてはなりません。このようなとき、それを「非線形(nonlinear)」と呼びます。この「非線形」のプロジェクトで成功するためには、強力なリーダーによる「トップダウン型」のマネジメントを行わないと、成果を出すことは難しいのです。
経営は、価値を創造するための活動です。ですから、優れた価値を生み出す経営の多くは、「創造のプロセス」を回ります。経営という行為のかなりの部分は、「選択」と「配分」で占められます。もっとも大切なのは、人の選択です。配分すべきものは次の3つです。
- 人的資源
- 時間
- 資金
成果は、この3つをかけ合わせた大きさに比例すると考えるのが普通です。しかも、この3つの大きさが、もっとも効果の上がる関係になっていなくてはいけないのです。
競争に勝つためには戦略が必要です。簡単に言えば、「Good at everything best at a few」を実行しなければならないということです。すべての点で悪いことはないようにして、いくつかの最高のものを用意できれば、勝つ可能性が高まるということです。大きな“bad”があれば、プロジェクトは失敗してしまいます。
人は、「変化という試練」によって成長するものです。同じことを繰り返して成長するわけがありません。人は、プロジェクトを実行することによって、または、プロジェクト思考することによって成長すると言ってもいいでしょう。何年も同じことを実行していると、それはルーティンになって創造性はどんどん小さくなっていきます。
一番難しい「仕事の方法」としてのプロジェクト・マネジメントに必要な能力は3つあります。
- 技術力
- 構想力
- 人間力
まず、「技術力」=「論理力」がなければ何もできません。構想力は、たくさんの学習、企画、構想、実行の結果得られる、総合的な判断力・総合化能力・未来予測能力をまとめた能力です。「人間力」は思いやりと愛情です。
プロジェクトや仕事を完成させるためには、いろいろな問題を解決していかなければなりません。そのとき、最初に肝心なのは、問題の特性をよく理解することです。相手をよく知らなければなりません。まず、問題が「線形」か「非線形」かを判断しましょう。「線形」という意味は、重ね合わせで答えが得られるということです。高さ1メートルの波と高さ1メートルの波が重なり合ったら、高さ2メートルの波になります。もし位相が逆なら、波は打ち消しあって消えてしまいます。線形とはこういうことです。もし、波が非線形だったら、高さ1メートルだった波が、何らかの作用で急に5メートルになる部分が発生したりします。線形なら、小さな正解や努力の積み重ねで答えや成果が得られます。「非線形」な問題では、そうはいきません。まったく突然予想外のことが出現したりします。例えば、道路上の車の流れは、車の数が少なければ線形です。車は自由にお互いの干渉なしで走っています。しかし、車の密度がある程度になると、“渋滞”という非線形の現象が発生します。道路の設計には、この非線形な現象を説明できる方法を使わなければなりません。自然科学の世界では、非線形なことだらけです。研究の努力のかなりの部分は、非線形な問題と戦うために行われています。
問題を解く方法、特に機能を理解する方法には、次の4通りがあります。
- 「理論」で解く
- 「経験」で解く
- 「実験」で解く
- 「シミュレーション」で解く
簡単な問題は「理論」で解くことができます。多くの問題は、「経験」によって問題解決することが多いでしょう。構想力が豊かになった人の中には、新聞は見出ししか読まないという人が多いようです。新聞の場合は目的やパターンが決まっていますから、たくさんの知っている構想力の高い人は、見出しだけで内容が理解できるのです。しかし、構想力がまだ育っていない人にとっては、活字は貴重な情報源です。新聞も本も大切にした方がいいでしょう。
ほとんどの優秀なリーダーは、プロジェクトを実践することによって、自ら学んだ成果を力にしています。実践による“自習”は不可欠のアイテムです。
以上が本書の概要です。著者の宮田秀明氏は「はじめに」で、「2000年、第30回アメリカズカップで敗退したときのことを思うと、今でも胸が震えます。最高の仕事をしたのです。私たちの開発したヨットは世界一速かったのです。その技術力は、誰もが認めるところでした。しかし、勝つことはできませんでした。それから4年の間、アメリカズカップを始めとする、たくさんのプロジェクトの実践経験で身につけたことを、体系的に整理してきました。そして、それをできるだけ多くの人に伝えることができたらと願うようになりました」、と述べているように、実践を通じて「仕事の方法」を獲得してきたのです。机上の論ではなく、実践を経て学んできた文章には迫力があります。そして、著者が述べているように、「成功する仕事には正しい“仕事の方法”の実行があり、必死に頑張っても成功はしない」と言い切っています。我々は本当に正しい仕事の方法をとってきたと言えるでしょうか。日常からすべての事象に対して、鋭い批判精神を持ち、自分だったらこういう風にすると常に考えて現実の問題に挑戦し、乗り切っていかなければならないと強く感じる本書です。
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