もし私が、「営業力とは何か」と問われれば、答えは一言です。
人間と組織を売り込む力。それが「営業力」です。
「営業力」の原点は、商品もサービスもないところから始まるからです。そして、まず何よりも、人間を売り込むところから始まる。そのことを見つめなければなりません。かつて、営業力とは、顧客に人間を売り込む力であった。商品を買っていただく前に、まず人間を買っていただく。その力であった。そのことは、これからも変わらぬ真実なのです。そして、決して変わらぬ営業力の原点なのです。
「商談」と呼ばれる場においてこそ、我々は顧客に対して、人間と組織を売り込むことができるのです。しかし、ここで、最初に留意しておくべきことがあります。「売り込む」という言葉を使うときの心構えです。この「売り込む」という言葉は、決して「顧客に売りつける」という自分中心の発想で使うべき言葉ではありません。この言葉は、「顧客に買っていただく」という顧客中心の心構えで使うべき言葉なのです。なぜなら、この「売り込む」という言葉を自分中心の発想で使うとき、我々はしばしば、人間と組織を売り込むために、顧客に対して安っぽい自己アピールをしたり、組織力の大きさを誇大に宣伝するということをしてしまうからです。
実は、多くの営業担当者が無意識に、「顧客中心」ではなく「自分中心」のスタイルで商談に臨んでいるのです。その理由は、商談というものを誤解しているからです。商談においては、いかに魅力的に商品を説明できるか。それが大切だと思っているからです。そのため、つい商品の説明に気持ちを奪われてしまう。一生懸命に商品の説明をする。熱を込めて商品を売り込もうとする。しかし気がつけば、商談が「自分中心」になってしまっているのです。一方的に説明をまくし立てている。ときに、強引に顧客を説得しようとしている。そして、その結果、顧客が感じている疑問や不安に気がつかない。「商談」の場というものに対する認識を改めることです。それは、「顧客に商品を売り込む場」ではないのです。それは、「顧客が商品を体験する場」に他ならないのです。
顧客の「無言の声」に耳を傾ける。この「無言の声」というものが極めて大切です。商談の場において、顧客の「無言の声」に耳を傾けるためには、何をなすべきか。それは、この2つです。第一に、まず「顧客の心の流れ」を細やかに感じ取ること。第二に、その「顧客の心の流れ」に速やかに対処することです。しかし、商談の場において、この2つを実践するためには、営業担当者に極めて高度な力量が要求されます。なぜなら、それは、単なる「技術」を身につけただけでは実践できないからです。深いレベルでの「心得」を身につけなければならないからです。「技術」と「心得」が結びついたとき、それは、「アート」と呼ぶべき高度な「力量」となるのです。そして、その意味において、プロフェッショナルの「営業力」とは、「商談のアート」に他ならないのです。
プロフェショナルの世界には、1つの格言があります。
「神は細部に宿る」
プロフェショナルの世界では、ほんのわずかなミスが大失敗や大敗北につながり、組織や自分自身に大きなダメージを与えることがある。逆に、何気ない小さなきっかけが、素晴らしいビジネスチャンスに結びつき、自分自身の大きな飛躍の機会になることがある。だからビジネスにおいては、決して小さなことを軽んじてはならない。細心の配慮を怠ってはならない。そのことを教えてくれる格言です。
プロフェショナルには、「逃がした機会」が分かるのです。「見逃した失投」が分かるのです。プロフェショナルは「仕事の大小」を選ばない。プロフェショナルは、大きな仕事だから頑張る、小さな仕事だから手を抜くということをしないのです。「仕事の大小」によって、自分のスタイルを変えないのです。
商談の基本の部分と、要諦の部分について、それぞれ、一言ずつ述べておきましょう。
- 第一は、商談の場所と雰囲気です。
- 第二は、出席者の人数と役職、役割分担です。
- 第三は、配布する資料の種類と順序です。
- 第四は、プレゼンテーションの形態と時間配分です。
- 第五は、商談の議題と目的です。目的には2つあります。1つは何を目的として商談を行うのか。もう1つは、「Hidden Agenda」です。すなわち「隠れた目的」。商談で何を掴むか、何を学ぶか。そのことを定めると言う意味での「目的」です。
では、この「予行演習」をどう行うか。特に「模擬プレゼン」をどう行うか。まず最初に、司会者と発表者、そして、タイムキーパーを決めます。例えば3部構成のプレゼンならば、第一部では、プレゼンの形式やスタイルについて3つの視点で意見を述べます。第一は、プロジェクターで表示された情報の読みやすさ、字の大きさ、図表の鮮明さ、色使い、さらには、言葉での説明との同期の適切さなどについてです。第二は、配布資料の読みやすさ、字の大きさ、図表の適切さ、さらには、プロジェクターで示される情報との相違などについてです。第三は、言葉での説明について、声の聞き取りやすさ、声の大きさ、発声の明瞭さ、言葉の速さ、さらには、言葉遣いや敬語の適切さなどについてです。次に、第二部では、プレゼンの内容やニュアンスについて、自由に意見を出し合います。
さて、以上が多数の顧客との商談、少数の顧客との商談、それぞれにおける「予行演習」のやり方ですが、ここで、少数の顧客との商談の場合、この「予行演習」に加えて、もう一つ、必ずやっておかなければならないことがあります。それは何か。「場面想定」です。実際の商談の「場面」を、できる限り具体的に、詳細に、臨場感を持って「想定」してみることです。この「場面想定」は「予行演習」と似ていますが、実は、まったく違った技術です。では何が違うか。「視点」が違います。「場面想定」は、同じ商談の場面を想定しても、そのときの「視点」は、基本的に顧客の側にあります。商談とプレゼンの流れを、顧客の立場で想定してみるのです。そして、もう一つの違いは「心をめぐらす」ことです。すなわち、その商談の場面に、できるだけ細やかに、心をめぐらすことです。そして、ありありと、その場面を想像することです。
周到な予行演習や緻密な場面想定を行う必要があるのか。いずれ、その演習や想定通りに商談は進まないにもかかわらず、なぜ、それを行う必要があるのか。その理由は3つあります。第一は、「流されない」ためです。第二は、「柔軟に処する」ためです。第三は、「反省」をするためです。
一見、無駄に見えることの中に、大切な意味がある。いかなる商談も、最初の5分が、勝負。顧客の集中力が5分しか続かないからです。重要な顧客ほど「短気」だからです。
商談の冒頭で「陰の意思決定者」を見定めよ。商談の最中は「アイコンタクト」を外すな。アイコンタクトの重要さは、「暗黙のメッセージ」が伝わるからです。このアイコンタクトの技術は、言葉にするほど簡単ではありません。その理由の1つは、「目の配り」だけで相手の話を断ち切るときがある。もう1つの理由は、心が整っていないと相手の目を見つめることができない。心を整えて商談に臨むこと。
さて、こうして商談が進み、その商談が終わります。では、その商談の終わりにおいて、何を為すべきか。エレベータ・ホールで、「最後の一瞬」を感じ取る。先ほどまでの笑顔が消え、厳しい表情になる顧客がいる。先ほどまでの丁寧な対応とは打って変わり、踵を返す顧客がいる。多くの場合、商談そのものは、表面的には和やかに、明るく進んでいきます。しかし、その場には、顧客の様々な思い、複雑な思いが生まれます。そして、それが、商談の「後味」として伝わってくるのです。そして、その「後味」は過たない。だから、大切なのです。
商談の帰り道には全員で「追体験」をせよ。「反省会」です。商談の後に「反省会」を行い、顧客の発言や意見、表情や反応、商談の雰囲気や空気を振り返りながら、気になる点についてメンバー全員で意見交換をする。では、その後、何が必要か。顧客への「フォロー」です。顧客に対して、商談の後、何らかの形でフォローアップを行う。「先日の当方からのご提案いかがでしょうか。遠慮なく、ご意見を聞かせていただければ、有難く存じます。ぜひ、よろしくお願いします」。これは「フォロー」をしているのではなく、ただ顧客を強く「プッシュ」しているのです。「手土産」が必要です。「先日の会合で、別な案件についてもお話が出ましたので、その件についても早速、企画書を作成いたしました。ご覧いただければ幸いです」。こうした形での「手土産」を持っていかなければならないのです。
「営業力」とは、商談という場において、
「顧客の心」を、細やかに感じとり、
「顧客の心」に、速やかに対処する力である。
そして、絶対に忘れてはならないことは、「操作主義」を捨てることです。そのことが、「営業力」というものを身につけ、磨いていくために最も大切な心得なのです。
「営業力」とは、商談という場において、
「顧客の心」を、その奥まで見抜き、
「顧客の心」を、思い通りに操作する力である。
そう誤解している営業担当者がいるのです。「操作主義」を心に抱いた営業担当者は、決して成功しない。なぜなら、顧客は、営業担当者の心の中にある「操作主義」を見抜くからです。そして、その心の中にある、人間としての驕りや冷たさを感じ取るからです。そして、その営業担当者から黙って離れていく。我々は、その怖さを知るべきでしょう。そして、その怖さを知るとき、我々は気がつきます。顧客に対して、真摯に、誠実に接すること。ときに、不器用に見えるその歩みが、山の頂にいたるただ一つの歩みであることに、気がつくのです。そして、その歩みにおいて、心に定めるべき覚悟があります。顧客の「かけがえのない時間」を大切にする。その覚悟です。
以上が本書の概要です。本書を読んでみて、自分がやってきた営業の方法には、大きな間違いがあったことに気づく方が多くいるのではないでしょうか。目からうろこが落ちるという表現がありますが、本書はまさにその通りです。その原点は、著者が10年間に20のコンソーシアムを設立・運営し、様々なベンチャー企業や新事業を生み出してきました。著者が営業力を論じる原点は、このコンソーシアムの営業活動にあります。その営業活動は、目に見える商品を売り込む活動ではなく、コンソーシアム企画という目に見えない商品を売り込む活動の中から体験したものです。本書を読んで、よくこなしてから実践に生かしていただくことにより、その人の人生が変わってくるものと確信できます。
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