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インタンジブル経営 競争優位をもたらす「見えざる資産」構築法

著  者:デイブ・ウルリッチ、ノーム・スモールウッド
監  訳:伊藤 邦雄
訳  者:淡川 桂子
出 版 社:ランダムハウス講談社
価  格:2,100円(税込)
ISBNコード:4−270−00017−1

デイブ・ウルリッチ氏はミシガン大学ビジネススクール教授。ハーマンミラー社の取締役。フォーチュン200社のうち半数以上の企業にコンサルティングを行ってきた実績を持つ。ノーム・スモールウッド氏はリザルツ・ベースド・リーダーシップ社の共同設立者。教育・コンサルティングサービスを提供している。監訳者の伊藤邦雄氏は一橋大学大学院商学研究科教授である。

21世紀に入り、企業の競争力の決め手である「インタンジブル」、すなわち企業の保有する固有の無形資産に世界中の注目が寄せられている。企業にとってインタンジブルを経営にどう活かし、企業価値を創造するかが、まさに企業の命脈にとって本質的課題となっている。本書は極めて実践的で、しかも示唆に溢れたガイドブックである。本書は、浮き沈みの激しい経済の中で重要な意味を持ち、信頼できる理論に基づきながらも実行を重視するアイデアに満ち、大企業でも中小企業でも、また株式上場企業でも株式非公開企業でも、上級経営陣から下級管理職まで幅広く適用が可能な一冊となるよう心がけて書かれた。

第1章:形のないインタンジブル・新たなゲームのはじまり、第2章:信用を築く・安心して投資してもらうために、第3章:成長のための戦略を立てる・現実的なビジョンの設定、第4章:コア・コンピテンシーを構築する・戦略の実現に向けて、第5章:人材を育成する・能力と意欲という資産、第6章:シェアド・マインドセットを創り出す・組織のアイデンティティ、第7章:スピードを上げる・迅速に、効率よく、第8章:学習力を高める・知識の共有と活用、第9章:説明責任を持つ・戦略の実現から信頼へ、第10章:コラボレーションを実現する・全体を部分の総和以上に、第11章:リーダーシップ・ブランドを確立する・資質と成果の両立、第12章:形のあるインタンジブル・勝利を手にする、以上の12章構成になっている。

最終損益は、ビジネスそのものにある。ウェルチがGEのCEOの座にあった20年間で、GEの売上は合併、買収、社内事業の成長を通じて5倍もの急激な伸びを見せた。さらに目を引くのは、収益が約8.5倍に増えたことである。売上増によって、利益率は70%上昇した。だが最も注目すべきは、34倍に増えた時価総額である。

インタンジブルは複数の業種をまたいでではなく、ある産業の内部に存在することが多い。インタンジブルという概念は、ビジネス界で生まれたものではない。強いスポーツチームには、インタンジブルがはっきりと備わっていることが多い。チームメイトの間にある活気、コーチの質、勝つ能力などが、スポーツにおけるインタンジブルである。有力スポーツチームのリーダーは、シーズンの勝利を約束し、その約束を果たすことでインタンジブルを築く。広報活動に力を入れ、主力選手を実像以上に大きく見せて、現代のヒーローやヒロインに仕立て上げる。価値の高いインタンジブルを持つ企業のPER(price earning ratio=株価収益率)は競合企業よりも高い。

ビジネスのインタンジブルは3方向から捉えるとさらによくわかる。会計、評価基準、組織論の3分野である。第一の指標はその企業の市場価値『時価総額』である。それを決めるのは3種類の業績指標である。

  1. 顧客に関して:販促費用、販売チャネル、ブランドの持つ資産価値、顧客の回転率
  2. 従業員に関して:知的資本、従業員の残留率、従業員1人当り売上高
  3. イノベーションに関して:新製品の売上、新製品の成功率、R&D支出、製品の開発サイクル

第2の指標がバランス・スコアカードである。すなわち「財務成果」「顧客成果」「組織プロセス」「学習と成長」、この4つの領域のバランスをとるような選択と投資をする。スコアカードを利用すると、無形資産に影響するビジネスの分野に関心が集まる。ブルッキング研究所によると、無形資産と有形資産の割合に大きな変化が起きている。

     
無形資産の占める割合
有形資産の占める割合
1982年
38%
62%
1992年
62%
38%
2000年
85%
15%

第3の指標は、将来価値を決める組織ケイパビリティである。ケイパビリティとは、組織が資源を利用し、仕事を成し遂げ、達成へとつながるように行動する能力を表す。ケイパビリティとは組織のスキル、能力と専門知識を表す。つまり、組織の属する人々がどのように考え、何ができるかである。ケイパビリティは、戦略図の基礎、もしくは始まりとなって企業の市場価値と簿価とのギャップを埋めるインタンジブルになるとわれわれは考えている。

インタンジブル構築の第2段階は、会社が将来的にどのように成長するかを描くことである。現在より将来の見通しの方が明るい企業は、将来の成長機会がほとんどない企業よりも市場価値が高い。収益力のある成長戦略を持つ企業が19%の年複利成長率(CAGR)を示すのに対して、主にコスト削減戦略をとる企業の示すCAGRは12%で、これを大幅に下回る。また、成長は従業員の士気にも影響する。成長戦略を明確に表明していて市場価値の非常に高い製薬会社メルクのビジョンは、研究開発により「クオリティ・オブ・ライフを上げ、顧客のニーズを満たすような優れた製品とサービスを社会に提供する」ことに焦点を絞っている。メルクの中核にある絶対的な価値は、「われわれは、医薬品は人々のためのものであることを決して忘れないように努める。医薬品は利益のためではない。利益は後からついてくるものであり、そのことを心にとめておけば必ずやってくる」、というものである。その結果、インタンジブルとなっているのである。成長のビジョンでは、困難な目標と厳しいターゲットを定めることが必要である。

成長のビジョンが描けたら、インタンジブル構築の次のステップは、そのビジョンの方向性に沿った技術的ノウハウに投資することである。コア・コンピテンシーとは、組織内で専門知識が機能する分野である。製薬業界であれば、R&Dの成果を商品化する能力の増強にたけている企業の方が、そうでない企業よりも市場価値が高くなる。コア・コンピテンシーは、企業戦略の焦点にも結びついている。次に挙げる5つの主な戦略的焦点の中から1つを選ぶことができる。

  1. 製品ノイノベーション:新製品で勝負する
  2. 経営効率:コスト削減と業務の効率化で勝負する
  3. 顧客徒との親密度:顧客との絆で勝負する
  4. 流通:複数の販売チャネルで勝負
  5. 技術:販売するすべての製品の中核にある技術を利用して勝負する

次の段階は組織のケイパビリティの構築である。組織のケイパビリティとは、首尾よく行う方法を会社として既にわかっているもののことである。つまり、資源を利用して物事をやり遂げ、達成へとつながる方法で行動する組織の能力である。

従業員は自らにとって意義ある価値を会社から受け取れば、会社の目標に共鳴し、その目標達成のために自由意志によるエネルギーを出す。そのためにリーダーは7つの実践をしなければならない。ビジョン、機会、インセンティブ、インパクト、コミュニティ、コミュニケーション、起業家精神、である。

組織が独自のアイデンティティであるカルチャーを持ち始める現象をシェアド・マインドセットと呼ぶ。シェアドとは、共通している、慣れ親しまれている、または記憶に残りやすいことを意味する。マインドセットとは認識、イメージ、思考のパターンを表す。シェアド・マインドセットが従業員や顧客、投資家の頭の中に、個人や製品にではなく企業自体に結びついたアイデンティティや評判を創り出すようになると、インタンジブルが生まれる。どうすればシェアド・マインドセットを創リ出せるかと言うと、次の4段階からなるプロセスを提案する。

  1. 望ましいアイデンティティを創リ上げる
  2. そのアイデンティティを顧客にとって現実的なものにする
  3. そのアイデンティティを従業員にとって現実的なものにする
  4. 実施のための行動計画を立てる

迅速に変革を行うというケイパビリティが、組織の総合的競争力を決定することが多い。パソコン産業を見れば、そのことは一目瞭然である。企業は、業界における自社内での変化の速度を他社よりも速めなければならない。さもないと、あっという間にライバル企業に出し抜かれてしまう。

変革とは何か新しいことをすることであり、スピードとは新しい物事を行うペースのことだが、学習とは変化を1つ経験して得た知識を、別の変化へと移し替えることを意味する。組織の中には、他の組織よりも学習する能力が高く、その過程でインタンジブルを創リ出していると思われる組織がある。こういう組織は変わることができるだけでなく、変革を経験するたびに学習するので、経験を積めば積むほど飛躍的に進歩するのである。

学習する組織を築くためには3つの要素が必要である。第1が創出である。発見、発明、実験、イノベーションを通じて新たな知識を創リ出すことである。第2は一般化である。境界線を越えてアイデアを動かすことである。学習には、時間,地理、業務ユニットなどの境界線を越えて、アイデアが転移することが必要である。第3の要素は、インパクトである。実体的な何かが変化したことを意味し、変化とはこの場合、学習が起こったことを意味する。現実世界のビジネスに関してのインパクトとは、企業の利害関係者(投資家、顧客、従業員)に長期に渡って価値を付加することであると定義できる。インタンジブルとしての学習にはこの3つの要素のすべてが必要である。

説明責任は、リーダーと従業員が毎回予定通りに約束を果たす時に存在する。説明責任とは、目標が達成され、計画が遂行されることを意味している。つまり、失敗が生じた時には言い訳はせずにそれを認め、その上で将来のための教訓を学ぶということである。説明責任は、規律と厳格さから生まれる。説明責任は、しなければならないことの基準を定め、従業員はその基準によってその実行を強いられる。説明責任が存在するときには、高い業績を上げられるかどうかが問われる。

組織が成長するにつれて、リーダーは否応なしに全体を部分の総和以上にするという課題に直面する。規模が大きく、複雑になった組織は、組織全体で情報を共有し、結束力を生み出すための公式なメカニズムを必要とする。コラボレーションとは、異なる当事者が共通の目的のために共に働くことを言う。組織において、これら異なる当事者とは、個人、チーム、プラント、部門、事業、地域などであろう。そのそれぞれが部分であり、コラボレーションは、全体を単独の部分の総和よりも価値あるものにすることである。

以上が本書の概要である。最近の日本おいて、「勝ち組」「負け組」といった言葉が頻繁に使われるようになった。また。「一人勝ち」という言葉も使われる。それだけ環境が大きく変わり、物の尺度が変わってきたことを意味する。かつては有形的なもの、すなわち、「タンジブル」が大切な資産であった。土地、カネ、といった目に見えるものに価値があった。本書の中にも示されているが1982年では無形資産の占める割合が38%、有形資産の割合が62%であったものが、2000年では有形資産は15%になり、逆に無形資産の占める割合が85%になっているという事実である。知恵、アイデア、創造性、ブランド、デザインといった価値に企業価値が移っているのである。本書は見えざる資産を増殖するための、具体的、実践的なガイドブックである。非常に示唆に富み経営に役立つ本である。一読をお勧めしたい。特に本書で指摘しているようにインタンジブルの高い企業は、競合企業より株価収益率(PER)が高いことを見逃してはならない。


北原 秀猛

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•  インタンジブル
•  ケイパビリティ
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