これまで、ヒト、モノ、カネ、情報と言われる経営資源に関しては、「資源が多い方が有利である」という暗黙の前提で考えられてきた。特に、業界のリーダーの地位にある企業は、その経営資源の優位性を活かすことによって、競争優位を構築できるというものであった。しかし近年、「持てるものの弱み」、「持たざるものの強み」が目立つ事例が増えてきた。本書は、このような「強み」が「弱み」に転化していく現象を、「資産の負債化」と呼び、なぜそうした現象が起きるのか、またチャレンジャー企業はいかにしてリーダー企業の資産を負債化させていくことができるか、を豊富な日本企業の事例研究をベースに提言していくことに目的がある。
数多くの事例研究からは、以下の点が明らかになった。
- リーダーとは、決して安泰な地位ではなく、むしろあらゆる企業から標的とされるリスキーなポジションである
- リーダーは、その競争優位の源泉から転落が始まる
- リーダーが追随しにくい戦略こそが、逆転を狙うチャレンジャー企業の戦略である
本書の構成は、第1章:リーダー企業の強みは永遠か、第2章:リーダー企業はなぜ転落するのか、第3章:業界破壊者の戦略、第4章:侵入者の戦略、第5章:挑戦者の戦略、第6章:リーダー企業の対応策、の6章に分かれていろいろな事例を基本に展開している。
かつて日本の銀行のリテール戦略においては、その拠点となる店舗数が競争の鍵であった。1987年、第一勧業銀行(現みずほ)が全国1位の361店の店舗を持っており、預金量もこれに比例して一番多かった。しかし、ATMが普及し、一般の消費者が銀行に行く用事の7割近くがATMで済むようになった。1987年には法律が改正され、ATMだけの無人店舗が可能になり、これにより、出店コストも有人店舗の20分の1程度で済むようになった。この無人店舗を戦略的に進めたのが、三和銀行(現UFJ)であった。ところがその後、低成長経済の中で、各社ごとにATM店舗を構えるのでは効率が悪いということになり、もともと消費者が集まる場所にATMを置こうという発想が出てきた。この場所がコンビニエンスストアであった。コンビニ内ATMで先行したのは、さくら銀行である。コンビニ内のATMでは、イトーヨーカ堂が設立したアイワイバンクが手数料収入だけで単年度黒字を果たし、業界の常識を覆した。
アスクルは、1997年に設立したオフィス用品の通信販売会社である。当時トップはコクヨであり、年商で約4倍の差をつけられていた。文具業界リーダーのコクヨは、文具店のルートを押さえ、企業への外商ルートも他の追随をゆるさなかった。コクヨも2000年には中小企業向けにアスクルと似たような通信販売の「カウネット」を開始した。コクヨは小売店の間に卸を介在させている。しかしながら、卸を介在させることによる、アスクルに対する競争優位は、未だ見出されていない。
一般に「リーダー企業」という場合には、2つのタイプのリーダーが想定される。つまり、漠然と業界や関連企業集団における最大売上規模の企業を指す場合と、特定市場における最大市場シェアの企業を指す場合、である。前者の例は、「家電業界のリーダー:松下電器」であり、後者の例は「ビデオカメラのリーダー:ソニー」である。リーダー企業は、必然的に競争業者の追撃の標的とされる運命にある。
- 業界破壊者:代替品・サービスによって、業界そのものを破壊してくる企業
機能を同一とした別次元の代替品・サービスによってリーダーを攻撃してくる企業である(例:CD→音楽配信サービス)。
- 侵入者:他の業界から当該業界に参入して、リーダー企業を攻撃してくる企業
ソニーのゲーム機への参入や、イトーヨーカ堂の銀行業進出などがこれにあたる
- 挑戦者:当該業界の中において、リーダー企業を攻撃してくる企業
トヨタに対する日産、花王対ライオン、P&G対日本リーバ、日本航空対全日空
- AFLAC(アメリカンファミリー生命保険会社)に見る3つの競争業者
- 第一の挑戦者は同業他社:チューリッヒ生命で低価格競争を仕掛けてきた
- 第二の侵入者は02年1月に解禁され参入してきた日本生命、東京海上など
- 第三の破壊者は医薬品会社や医療検査会社など(ガンの特効薬が生まれれば保険はいらない、DNA検査などによりガンになる確率が正確に予測できれば保険はいらない)
<リーダーが転落する3つのトリガー>
リーダーが転落していったケースを見ると、多くの場合、競争業者が攻撃を開始する引き金となる環境変化がある。それを大別すると、非連続的技術革新、ユーザー・ニーズの変化、法律・制度の変更が挙げられる。
- 非連続的技術革新
製品例:水銀式体温計→電子式体温計、レコード→CD、磁気カード→非接触型ICカード、フロッピーディスク→光ディスク、半導体IC→バイオチップ
- ユーザー・ニーズの変化
ユーザー・ニーズの変化が、異分野からの競争業者が参入して、瞬く間に業界を壊滅状態に追いやってしまう。ここで重要なのは、「企業が想定している競争相手」と「ユーザーが考えている競争相手」とが一致しないことが起きている。携帯電話はデジカメ、腕時計の需要を喰い、電子手帳やICレコーダーの機能をもつ携帯電話は、次に何の需要を喰っていくのだろうか。
- 法律・制度の変更
法律・制度の変更には、(1)規制緩和、(2)規制強化、(3)新制度・新規格の制定という3つが挙げられる。
業界破壊者は、何を武器にしてリーダー企業を攻撃してくるのであろうか。そのためにまず、顧客が製品・サービスを購入する際には、いったい何を買っているのかを考えてみよう。製品の場合にはハードウェアそのものなのか、そのハードによって実現される満足なのであろうか。
機能には、低次の機能から高次の機能まである。業界破壊者は、既存のリーダー企業が提供していたよりも、より高次の機能で攻撃することが必要である。
企業名 |
製品志向の定義 |
市場志向の定義 |
レブロン |
化粧品の製造 |
希望を売る |
ミズーリ・パシフィック鉄道 |
鉄道の運営 |
人と物質を運ぶ |
ゼロックス |
コピー機の製造 |
オフィスの生産性向上 |
IN・ミネラル&ケミカルズ |
肥料に販売 |
農業の生産性向上 |
スタンダード石油 |
ガソリンの販売 |
エネルギーの供給 |
コロンビア映画 |
映画の製作 |
エンターテイメントの企業化 |
ブリタニカ |
百貨事典の販売 |
情報の生産及び流通業務 |
キャリアー |
冷暖房装置の製造 |
家庭に快適さを供給 |
リクルートは後発にもかかわらず、今や出版業界の最大の発行部数を誇っている。特にリクルートの情報誌は、何故多くの分野で圧倒的シェアを占めているのであろうか。それは、既存業界とは全く違う形で消費者の欲している機能を提供し、新市場を創造してきたからである。例えば「住宅情報」は、従来消費者にとって、新聞広告か不動産屋を回るしかなかった住宅物件の探索という分野に、全く新しい競争ルールを作り出した。「とらばーゆ」も、従来新聞広告しかなかったアルバイト情報市場に、全く新しい認知媒体として登場した。
侵入者となる企業はどこからくるか。過去の事例を見ると、川上企業(元供給業者)と川下企業(元買い手企業)、隣接業界(異業種企業)及びユーザーなどの例が多い。
「10分1000円」。マッサージの世界だけでなく、ヘアカットの分野にも新業態が出現した。「QBハウス」は1996年に1号店を開店し、2002年には137店舗、年商35億円企業に成長した。侵入者の基本ルールは、既存のリーダーにとって「悪い競争業者」になることである。一番効果的な方法は、リーダー企業がすぐには追随できない技術によって裏づけされた製品を持って参入することである。コア技術の違う業界からの参入に対しては、リーダーは直ちに対応できない場合が多い。魔法瓶業界に違った技術を持って参入した日本酸素は、今までの象印マホービン、タイガー魔法瓶という老舗企業をおさえて、一躍リーダー企業に踊り出た。
規制のある業界などでは、「利益の上げ方」も業界横並びで、誰もそれを疑うことさえしない。しかしそうしたビジネスモデルも、既存企業が生きて行くためのモデルであり、侵入者にとっては、全く異なるモデルを作りだすことができる。最近の例では2001年にイトーヨーカ堂が設立したアイワイバンクであり、設立3年で黒字となった。2004年4月には、18都府県のセブン−イレブンやイトーヨーカ堂に7800台のATMを置き、提携銀行の顧客がそのATMを利用すると、推定で1件につき150円程度が提携銀行からアイワイバンクに入る仕組みである。
競争戦略とは、企業が新市場において全体的姿勢を明確にし、最大の投資リターンを目指して競争優位な地位に経営資源を投入し、展開する方法と方向の決定と定義される。
- リーダーとは、「量的経営資源にも質的資源にも優れる企業」。一般に業界のマーケット・シェア1位を指す。日本の医薬品業界では武田薬品がリーダーの位置にある。
- チャレンジャーとは、「量的経営資源には優れるが、質的経営資源がリーダー企業に対して相対的に劣るような企業」。リーダーの地位を狙う立場にある企業を指す。医薬品業界では山之内製薬、三共、エーザイなどがチャレンジャーにあたる。
- ニッチャーとは、「質的経営資源には優れるが、量的経営資源がリーダー企業に対して相対的に劣るような企業」。リーダーのようなフルライン政策や量の拡大を狙わない企業を指す。医薬品業界では、特殊な領域で力を持つ持田製薬や小野薬品などがニッチャーと呼べる。
- フォロワーとは、「量的経営資源にも質的経営資源にも恵まれない企業」。直ぐにはリーダーの地位を狙えないような企業を指す。医薬品業界では、ジェネリックメーカーがフォロワーの位置にある。
- リーダーの戦略定石としては、
(1)周辺需要拡大、(2)同質化政策、(3)非価格対応、(4)最適シェア維持
- チャレンジャーの戦略定石は、リーダーが追随できないような差別化戦略をとる。
(1)価格引下げ、(2)大衆価格製品、(3)高品質高価格、(4)製品拡張、(5)製品イノベーション、(6)サービス改善、(7)流通イノベーション、(8)製造コスト低減、(9)広告・販促強化
自社の事業を“物“で定義していると、特に業界破壊者が登場した時に、リーダー企業は自ら自分の首を絞めてしまう。例えば、ナガオカは自らを“レコード針の会社”と考えていたため、CDが出現したことにより、売上が急減し、企業を解散せざるを得なかった。自社の事業を“物“でなく、顧客に提供する”機能”で定義できれば、仮に技術に連続性がなかったとしても、企業は新たな展開が可能となる。例えば、セコムは設立当初はガードマンによる警備事業を行っていたが、やがて「ガードマンの派遣」から「顧客の安全・安心の維持」に事業ドメインを広げ、さらにその後には、浄水器やホームセキュリティにも進出し、「安心」から「安心感」へと事業ドメインを拡大してきた。
- リーダー企業は、事業ドメインを機能で定義することを試みるべきである。
- 顕在的な競合企業だけでなく、潜在的な競合企業を明確にすることが大切である。
- リーダー企業は、常に先手、先手を仕掛けるべきである。
- リーダー企業は、既存製品・事業を否定するような事業を行う場合、それを既存製品・事業と隔離して行うべきである。
- リーダー企業は、チャレンジャー企業が力を入れてこない(力を入れられない)ような新しい競争要因を見つけるべきである。
以上が本書の概要である。これまで企業で実践されてきた競争の基本は、「相手の弱みを探し出し、それを自社の強みによって攻撃する」、というものであった。これは、戦争での戦い方を起源としており、実践面ではこれを応用して、「ランチェスターの法則」などが提唱され、多用されてきた。国と国の戦争は、いつたん敵国を破り敵地を制覇すれば、そこで戦いは一応終了する。しかし企業と企業の戦いは永続的であり、競合企業も当然自社の弱みを熟知しており、時間をかけてそれを克服していく。業界破壊者、侵入者、挑戦者が常にリーダー企業を脅かし、その座を奪い、それをまた新たな競争業者が攻撃していく構図こそが、環境変化に対応できる企業を生み出してくれるのである。
最近の薬業界をみると、将来の生き残りをかけた壮絶なるバトルが展開されている。興和による日研化学の買収、久光製薬によるエスエス製薬の医科向け医薬品部門の買収、山之内製薬と藤沢薬品の合併、中外製薬の大衆薬部門をライオンに売却、また、業界ナンバーワンの武田薬品はここに来て多角化5事業からの撤退し、同時に転籍従業員数1000人を発表した。それぞれの企業が将来に向かって活発なる行動に出たということである。日本国内で勝ち残るためには、世界市場で勝つことが求められる。そのためには、優秀な製品を持つことが条件になる。すると、ある一定のクリテカルマスが必要である。全く動かなかった日本の医薬品業界も大きく動く兆候が見え始めたと言える。
恐らく2010年までに大きな動きが出よう。医薬品の開発技術も変わってこよう。開発コストも膨大なものとなり、企業を苦しめることになる。本書のタイトルにあるように「逆転の競争戦略」が求められていることは間違いのないところである。
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