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空洞化はまだ起きていない表紙写真

日本企業の戦略と行動 空洞化はまだ起きていない

著  者:伊丹 敬之+伊丹研究室
出 版 社:NTT出版
価  格:2,940円(税込)
ISBNコード:4−7571−2134−2

一橋大学商学部 伊丹研究室で、『日本企業の戦略と行動』シリーズを開始して、この本で3冊目になる。日本の産業に横断的に幅広く見られる現象や、歴史的流れが企業戦略と行動にどのような影響を与えるのか、それがこのシリーズの基本テーマである。

何が、空洞化が起きるかどうかを決める鍵になるかを考えてみた。鍵は、どのような国際分業の中で、日本列島に残す仕事を何と考え、残せるような工夫をいまからどのようにして行っていくべきなのか、である。

本書は、総論:空洞化ではなく、何が起きているのか、第1章:空洞化は起きているのか、第2章:繊維空洞化の教訓、第3章:電気・自動車はどうなるのか、第4章:空洞化はコントロール可能か、第5章:国際分業がもたらすもの、第6章:現場の技術は守れるか、の構成になっている。

空洞化という言葉は、英語の“hollowing out”という言葉の日本語訳として生まれてきた言葉である。ある産業が空洞化するということは、2段階で起きる。第1段階は、「生産代替」である。ある製品の国内生産が海外生産によって代替されるという段階である。代替は、海外からの輸入に負けることもあれば、企業自身が生産の海外移転をすることもある。第2段階は、生産転換しないことである。第1段階の生産代替によって必然的に起きるその製品の国内生産の縮小を、その企業全体の生産基盤の縮小へと直接的につなげてしまうようなことが起きることである。

       
国内市場で代替される
海外市場で代替される
外国企業に代替される (1)外国企業からの輸入に内需を奪われる (2)輸出先市場で外国企業との競争に敗れ、輸出が減少する
日本企業に代替される (3)海外現地法人の逆輸入が国内生産に取って代わる (4)国内からの輸出が海外現地法人の生産に代替される

海外生産の拡大は、決してマイナス効果だけではない。プラスの1つは、海外での生産に必要な工場設備や機械など、資本財が日本から輸出されることである。第2のプラスのインパクトは、部品などの中間材の輸出が海外生産の拡大とともに増えることである。

日本企業の海外生産は1988年の16.9兆円から2000年の54.0兆円まで、おおよそ3倍強に拡大している。もちろん、それによる国内生産減少のマイナスインパクトはあった。2000年で言えば、54兆円の海外生産によって、国内生産は13.6兆円減ってしまったことになる。日本全体の直接投資残高は2001年末で32兆9230億円。その地域別内訳は、ほぼ5割の16兆4106億円が北米へ、そして東アジアへは6兆3072億円(19%)、EUへは6兆512億円(18%)となっている。

2001年度末 現地法人の規模別・産業別の分布

上記の表は、2001年度末の現地法人の規模別・産業別の分布である。製造業だけに限れば、アジアの比重は62%に近くなる。日本の製造業の海外展開の活動規模は基本的にアジア中心なのである。

1980年代後半から一貫して起きている現象は、日本企業の経済的活動圏が日本の国境を越えて世界的に広がっていることである。21世紀初頭の日本列島は、次のような3つの顔を持つことになる可能性が高い。第一の顔としては、先端技術製品の開発工場列島という顔。開発と初期生産は日本で、通常生産は東アジアで、という分業がこうした顔を成立させる。第二の顔としては、部品・素材・資本材の供給列島という顔。それはすでに、中間材の増加が顕在化させている日本の顔である。第三の顔としては、巨大な高級需要列島、そして、それへの列島という顔。日本のような1億2000万人の巨大な人口が、高い平均所得と高級かつ、かなり同質的な需要を持っている国はほとんどない。

1970年代から1990年代初頭まで、製造業の雇用は1100万人から1200万人の間を安定的に推移してきた。その一方で、その間、労働生産性は倍近くなり、生産規模も倍加した。つまり、国内製造業は全体として雇用をあまり増やさないようにしながら、生産効率を向上させることに成功してきたのだと言える。しかし、1990年代に入ると様子が変わり、一貫した減少局面へと移行する。1990年には1179万人だった従業員数は2000年には970万人まで減った。11年間で209万人、率にして約18%の雇用が失われた計算になる。雇用が減るのには一般的に2つの原因があり得る。生産規模の縮小と労働生産性の向上である。

繊維の衰退原因は、単に輸入額の急増だけではなかった。国内需要額そのものが大きく落ち込んだのが最大の原因だった。需要下落の背後に、国内経済の低迷があったことは間違いないであろう。衣服が家計消費支出の中に占める比率は、1992年の7.0%から1995年には6.1%、さらに2000年には4.9%へと落ち込んでいるのである。不況による所得の伸び悩みの中で、消費者が衣服への支出を切り詰め始めたと言えるだろう。しかし、それは単に消費の節約だけではなかったようである。数量ベースで見てみると、10年間の内需量は倍ほどになったというデータがある。量的には増えながら、しかし金額的には大幅に下落する、というのが90年代の衣服需要だった。

日本の繊維産業の弱体化の基本論理を考えると、そこには3つの大きな理由が絡み合いながら根源的な影響を持ってしまった。第一の理由は、世界的な経済地図と技術の大きな変化、中でも中国をはじめとする東アジア諸国の経済発展と日本経済の成熟である。第二の基本的理由は、日本の繊維産業の産業構造そのものにあると思われる。小さすぎる企業、複雑すぎる工程間の分業構造、川中と川下のつながりの弱さ、強すぎる国内志向などが大きな理由となって、日本の繊維産業が技術と歴史の流れに応じて、競争力の形成をきちんとすることへの障害が生まれてしまった。第三の基本的理由は、日本政府の政策的対応と、その政策に依存する傾向を強めていった繊維産業自身の体質にあると思われる。

電気機械産業と自動車産業は、日本の産業を代表する2つの大きな産業である。国際競争力の高さや日本の産業全体に占める比重の大きさから考えて、日本の二強と言ってもいい産業である。この二産業で空洞化が起これば、当然日本製造業の今後を大きく左右することは容易に想像できる。

自動車産業の国内生産台数は、1990年の1349万台をピークに、ほぼ一貫して90年台は縮小を続けた。そして、輸出台数は1985年の673万台をピークに、1997年まで減少を続けてきた。その一方で、海外生産台数は、1990年代を通じてほぼうなぎ登りである。2000年の海外生産台数は629万台まで増加し、同年の国内生産台数1041万台の6割の水準にまで達するようになっている。そして1994年には海外生産が輸出を抜き、2000年には内需をも抜いてしまった。輸入台数は2000年で29万台。内需のわずか5%である。国内市場を外国車に奪われるような状況ではまったくない。

なぜ自動車産業で規制という政治圧力が起こるのか。その理由は2つある。第1の理由は、自動車産業が一国の経済にとって極めて重要性が高い産業であるからある。自動車は日本では10%産業と言われるように、雇用、付加価値、設備投資などさまざまな数値が国の製造業の10%を占める、単一製品としては最大の産業である。このような事情は多くの国でも共通である。第2の理由は、自動車が世界最大の工業貿易品であることである。ゆえに自動車の輸出国には膨大な貿易黒字をもたらし、輸出先の国には大きな赤字を引き起こす。自動車は他産業と異なり、3万点にも上る多種多様な部品のアッセンブリー産業である。組み立て工程はより複雑で、付加価値が高い産業である。

<自動車産業が空洞化しにくい要因>
  1. 人件費以上に生産ラインの効率化がコストに与える影響が大きい産業であること
  2. 自動車は現地ですべて調達するのが基本的な産業特性であること
  3. 自動車産業の技術は基本的には成熟した技術であること

空洞化のコントロールを、「企業や政府の努力によって日本列島における製造業のプレゼンスを維持すること」と定義しよう。プレゼンスを具体的に測定するものとしては、生産規模や雇用規模がイメージできるであろう。企業による空洞化のコントロールには、大きく分けて3つの対策がある。国内強化型、国際分業型、代替事業進出型の3つである。
(1)国内強化型は、海外生産品との競争力を国内生産が持つように、国内においてさまざまな経営努力を行うことである。
(2)国際分業型は、生産の海外移転が少なくともある程度は必要、あるいは仕方がないと考え、しかし単純な生産の海外移転をせずに、国内生産基盤や技術蓄積を維持・発展させることを十分に配慮して、海外移転のスピードや規模、パターンを決める方法である。
(3)代替事業進出型は、生産の海外移転がある分野では大規模に必要であることをそもそも受容して、他の事業分野で事業基盤や雇用基盤を確保することによって、国内での事業活動を維持しようとする動きである。

日米の企業行動の差は、それぞれの企業がいかなる論理のもとに行動を決定しているかの違いの反映だと思われる。本業が厳しい状況になった場合、日本の製造業は企業存続を第一に考える「企業の論理」が働くため、社内に抱えた技術を活用して、製造分野で必死に生き残りを図っている。これに対して、アメリカの製造業の場合には、投下資本に対するリターンを第一に考える「資本の論理」が働くため、資本が生き延びるために企業が簡単に解体され、技術を蓄積しているはずの技術者をはじめ余剰人員もあっさりと解雇しまう。つまり、目前の利益に縛られ、将来もたらされるコストダウンのための投資とか、組織の維持といったものには目を向けないのである。企業の論理は「蓄積の経済」を生かした経営スタイル、資本の論理は「組み合わせの経済」を生かした経営スタイルが、それぞれの論理を支えるキーワードである。

日本全体の研究開発費は1990年の13.0兆円であったが、2000年まで伸び続け、16.2兆円の規模にまでなっている。金額ベースで伸びているだけでなく、GDPに占める研究費も、1990年3.36%から2000年3.70%と伸びを示している。また、製造業の研究開発費は2000年時点で9.8兆円、このうち、電機工業が35.2%、化学工業が15%、輸送用機械工業が14.3%と、上位3産業で企業研究費の64.4%を占めている。1990年時点で製造業の研究開発費が8.6兆円だったことを考えると、13%と大きな伸びである。製造業の研究開発費の35.2%を占める電機産業においても、研究本務者数は11.9万人から16万人にまで増加している。

国際分業をできる企業規模の大企業と、海外進出をして分業構造を構築することが困難な中小企業とでは、事業所数・従業者数・出荷額などの変化に差が見られる。中小企業の方がダメージが大きく、事業の倒産などによって中小企業の空洞化がある程度起こっている。中小企業のダメージは国際分業から取り残されたことによる影響だけではなく、国内景気、つまりは国内需要の減少の影響によるものと両方の効果が混ざり合っていると考えられる。

国内的要因により、熟練技能を中小企業単独で維持・向上させていくことは難しくなってきている。そういった状況においては、個々の企業の努力ばかりでなく、中小企業のサポーターも必要になってくるだろう。

現場の技術を守っていく上で最重要になってくるのは、結局のところ現場の「ヒト」である。現場の「ヒト」がいなければ、技術・技能の進歩はありえない。幸い、日本の現場における「ヒト」のレベルはまだ高い。ゆえに、どれだけ新しい世代の人達が、高い志を持って「モノづくり」に取り組んでいけるのかにかかっているだろう。それも、行政や業界団体といったサポーターが動くだけではなく、メインプレーヤーである「現場」自身が動いていく必要がある。しかし、国内的な要因のインパクトは非常に大きなものがある。製造業に入ってくる若者の数は減っており、後継者難により技能継承は難しくなっている。不況で中小企業の数はどんどん減っている。設備も老朽化している。このまま国内的要因に圧迫され続けるのであれば、現場の技術は守れなくなる可能性が高い。いまの現場は暗い雰囲気で覆われている。こんな状況なら、さらなる空洞化も起きてしまうだろう。

以上が本書の概要である。今回は医薬品産業以外の製造業を中心に空洞化の問題を取り上げた。医薬品業界においても、海外の売上高比率の高い製薬企業は勝ち組に入るべく体制を作りつつあると言えるが、そうでない企業は苦戦を強いられている。日本国内も世界市場二番目の大きさを誇り、MRもやがて6万人規模まで拡大されようとしている。それだけに熱い戦いが続けられている。本書の中にも示されているが、日本の自動車産業がアメリカ市場において獲得しているシェアは30%近い。EUにおいても12〜13%である。

電機分野別純輸出額を見ても健闘していることがわかる。それに比べて医薬品産業では、武田薬品で世界ランキング15位であり、世界市場の中でのポジショニングは弱い。時価総額を比較すると、この8月現在で、武田43396億円、ファイザー262885億円(1ドル110円)で、なんとファイザーの時価総額とは6倍強の差がある。2006年度からの株式によって企業買収が可能になると、買収を仕掛けられる日本企業が出てきてもおかしくない。

これも本書の中にあるが、日本企業と米国企業との行動の差である。日本企業は企業の存続を第一に考える「企業の論理」、すなわち、「蓄積の経済」を生かした経営スタイル、米国企業は投下資本に対するリターンを第一に考える「資本の論理」、それは「組み合わせの経済」を生かした経営スタイルである。合併行動には決断しにくい日本、簡単に合併に踏み切るアメリカ企業、しかし、切羽詰って起こす合併は相手に飲み込まれるだけである。本書を勝ち残るためのヒントにしていただきたい。


北原 秀猛

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•  空洞化
•  企業の理論
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