著者の井熊均氏は、1981年 早稲田大学理工学部卒、現在日本総合研究所・創発戦略センター所長。本書では、昨今どのような分野でICタグの利用が考えられているのかを紹介し、この技術を使ったビジネスモデルの考え方を整理します。その上で、筆者がいま注目している静脈産業でのICタグビジネスの可能性を示します。
本書は6章の構成となっています。第1章:ICタグが注目されるこれだけの理由、第2章:ICタグって何?−仕組みと技術特性、第3章:ICタグはどう使われているか?、第4章:成功のために乗り越えるべきハードルとは?、第5章:静脈産業は好ターゲット、第6章:日本のものづくりはICタグで復活する、の構成です。
ICタグの発展に世の中が注目しています。この新技術は官公庁、民間企業を惹き付けてやまない魅力があります。1990年代末のIT(情報技術)への熱狂ぶりは、ITバブルと呼ばれました。ITに対する期待が異様に高まり、インターネットを使うだけのベンチャービジネスが過剰な評価を受けたのがこの時期です。しかし、わずかな期間で破裂し、過大な期待によって投資された資金は価値を失いました。だが、その一方で、バブルの破裂語に発展の芽が残ったことです。例えば、楽天やyahoo!はいまでも高収益、高成長企業として成長を続けています。国民の50%がパソコンのインターネットを利用し、5000万人が携帯電話からのアクセスを利用しています。
ものの管理のダウンサイジング(小型化)は一度ひとたび始まると、短期間に急速に進化する性質を持っています。いわばICタグは、ものの管理のダウンサイジングです。ICタグが普及すれば、ものの一つひとつにデータベースが分散され、データが相互にネットワーク化、かつ管理されるようになります。このようになれば、箱やトラックのトレースだけに頼る必要はありません。コンピュータ上のデータと、もの一つひとつの一体性が保証されているからです。つまり、ICタグはリアル・ワールド(実際にモノが動いている一般の世界)の管理をデジタル・ネットワーク(インターネット上で文章、音声、画像などの情報がやり取りされている世界)のレベルに引き上げる革新技術と言えるのです。
民間企業の求めるものはさまざまです。インターネットと同じレベルの資金投入を期待して、システム・インテグレーションのビジネスを念頭に置く企業、リーダー/ライター(ICタグに書き込まれたデータを読み書きするための装置)といったハードウェアの販売を考えている企業等々です。一方、利用者の側からも関心の声が高まっています。ICタグによるものの精緻な管理は、製品の品質、在庫管理、リスク・マネジメント、顧客サービスの向上につながるからです。企業にとって、ICタグがコストを下げればコスト競争力に、サービスの質を高めれば付加価値向上に寄与します。ICタグを使ったサービスには無限と言ってももいい可能性があるのです。
- ユビキタス社会を完結させるのはICタグ
それは、ICタグのネットワークができると、従来の情報ネットワークは確実に進化します。これまでの情報ネットワークでは、コンピュータが人間とネットワークの接点になってきました。これにICタグが加わると、全体のネットワークは複雑化します。「人対人」のネットワークに「モノ対モノ」のネットワークが加わることにより、ネットワークの量が2乗の4倍になるからです。
- 既存ビジネスの競争力も向上する
ICタグを使うことが総合的な競争力強化につながります。ICタグは既存のビジネスを強化する可能性に溢れています。例えば、商品の品質管理の分野です。消費者にとって、野菜などの生鮮食品がどこで作られ、どんな農薬が投入されたかは極めて重要な情報です。最近では有機栽培の生産者を知らせる商品も出ています。ここで、効果的に情報開示を進めれば、商品の競争力は大幅に向上されることは明らかです。信頼性が重要なのは工業製品なども同様です。部品ごとの検査結果や仕様の管理は重要な課題です。ここにICタグを使えば、製品としての信頼性を高めることができます。
- 流通でも発揮される絶大な威力
流通工程はICタグがもっとも大きな効果を発揮する分野です。部品や製品の出荷段階でICタグに情報を書き込み、受取段階で読み取れば、情報を入力する手間はきわめて小さくなります。出荷前の入力に関しても、作業工程で得られた情報が自動的に書き込まれるようにしておけば手間はかかりません。こうなると、商品が企業の間を流通するのにかかる手間は大幅に減ります。従って、流通コストが下がってコスト競争力が上がります。その上、納入時間も短縮されます。流通ネットワークに参加する企業はタダのリーダー/ライターだけを備え付ければいいわけですから、IT環境を整備するための人的な問題は激減します。
- システム・インテグレーション・ビジネスが急拡大する
ICタグの登場で、巨大なIT市場が生まれます。ICタグは、日本だけでも100億個単位の使用が見込まれています。需給バランスで1個数円まで単価が落ちても、1000億円単位の市場が生まれることになります。
- ICタグに関係するアイテムは無限大
ビジネスの可能性を考えるときに重要なのは、技術革新の社会への影響です。ITが大きな影響を持ち得た最大の理由は、影響を受ける範囲がきわめて広かったからです。ICタグ・ビジネスの最大の魅力は、適用範囲の広さにあります。最終段階では、世の中にあるものほぼすべてにICタグが添付され、ネットワーク機能を有することになるでしょう。このように考えると、いずれ「ICタグに関係のない企業や団体はない」世界が生まれることでしょう。一方、これだけ可能性があるにもかかわらず、ICタグのビジネスでは、まだ誰が覇者になるかわかっていません。
※IC(integrated circuit:トランジスタ、抵抗、コンデンサ、ダイオードなどを集積した小型電子回路)
- サービス・ビジネスに無限の可能性
ICタグの可能性はシステム・インテグレーションだけで終わりません。インターネットの分野でも、Yahoo!や楽天のような企業はシステムを売っているわけではありません。Yahoo!であれば検索機能、楽天であればネットショッピングの場が基幹のサービスです。収入モデルも、単に顧客からサービス料金を受け取るのではなく、インターネット広告という新しい収入手段を創り上げています。インターネットの世界でのこうした経験は、ICタグのビジネスを考える上で重要です。つまり、「新しいインフラができるところには新しいサービスが生まれる」ということです。
携帯電話にICタグが付いたら、どうなるでしょうか。例えば、携帯電話を買いたい人が店頭で製造場所や製造時期、あるいは使用材料を知りたい場合、該当データをICタグから読めるようになります。もちろん利用方法によって、ICに入れるデータは違ってきます。データの内容は利用する人の自由です。つまり、ICタグを貼り付けると、一つひとつのものに独自のデータが付くことになります。
ICタグに類似する商品にSUICA(スイカ)があります。基本的構造はICタグと同じです。異なる点は形状、データ容量、読み書きが可能な距離です。読み書きできるダータの量は、サイズの大きなICカードの方が大きくなります。一方、データを読み書きする距離についてはあまり長くはありません。例えば、スイカでは駅の改札口で読み書きのポイントが限定されています。これに対して、ICタグは数メートル離れていてもデータの読み書きが可能です。
ICタグとよく比較されるのがバーコードです。重要な違いは、ICタグはものが辿ってきた履歴データを管理できることです。
ICタグのもう一つの違いはセキュリティです。ICカードのデータを盗むためには、高度な技術が必要です。また、暗号化したデ−タを保存することも可能なため、セキュリティは大幅にアップします。
ICタグにはいろいろな種類があります。大分類では、パッシブ型とアクティブ型があります。パッシブ型は、ICとアンテナだけを搭載しています。外部からの電波を受け、ICタグ内の情報だけをやり取りします。従って、外部からの電波を当てることで読み書きのできるICタグとして機能することになります。同様の理由から、パッシブ型のICタグではデータを読み書きできる距離に限界があります。アクティブ型は自らデータを発信する機能を備えています。データをやり取りできる距離がパッシブ型とは比較にならないほど大きいですから、広範囲でランダムに配置されたもののデータを読み書きすることができます。GPS(全地球測位システム)と連動させれば、相当に広い範囲でものの位置をトレースできます。
◆ICタグの8つの特徴
- 微小性:どこでも貼れる大きさ
- 廉価性:将来は10円を切る安さ
- 履歴性:モノ履歴をトレースできる
- 遠隔性:離れた位置からデータの読み書きができる
- 同時性:同時に複数のもののデータを読み書きできる
- 自動性:データの読み書きに手間が要らない
- 自発性:自ら情報を発信できる
- 秘匿性:データのセキュリティが高い
◆ICタグの4つの問題点
- コストが割高である。
バーコードは箱や袋に印刷するだけですから、きわめて安価です。ICタグはタグそのものだけでなく、多くのデータを管理するため、データベースは大きくなります。その分システムのコストも膨らみます。
- 破損の可能性がある。
バーコードは箱に印刷されているだけですから、削り取られない限り機能を発揮します。ICタグは荷物など手荒い扱いが避けられない対象に取り付けた場合は、荷物同士がぶつかるなどして破損する可能性は否定できません。
- 廃棄の際の手間がかかる。
ICタグは金属類や有機物質が使われているため、バーコードに比べると廃棄の負担は増加せざるを得ません。
- 情報管理の負担。
ICタグでは個人情報に関わる情報を取り扱う可能性が高くなります。個人情報という根の深い問題が関わるため、配慮が求められます。
それでは、われわれの業界でどのような使われ方ができるかを考えてみましょう。高齢化、高度医療などに伴い、病院に対する社会的なニーズは高まるばかりです。一方で、官民双方の分野で病院の効率的な経営が課題となっており、高度医療、効率化の両立は病院経営の大きなテーマともなっています。このような背景もあり、病院のIT化はICタグの登場以前から進められてきました。例えば、カルテの電子化、会計処理の電子化、あるいは複数の病院、診療所間の情報共有などです。国もe−Japan戦略で病院、医療をIT化の重要分野として位置づけています。病院で検討されるICタグの利用例は、カルテ管理です。カルテにICタグを装着することで、患者一人ひとりのカルテ管理を確実なものとするだけでなく、患者のカルテがいつどこに運ばれたかもわかるようになります。カルテは病院経営の中で、データの最上流にあたります。会計処理、薬の発注・配布、医療材料の整備など、病院の重要な業務のほとんどは医者が書くカルテを出発点としています。ここの管理を迅速、かつ確実なものにすることは、病院経営の効率化、信頼性の向上に効果があります。病院のもう一つの注目すべき取り組みとして、患者にICタグ搭載のリストバンドをつけてもらい、病院内での本人確認を行うシステムがあります。カルテ管理、あるいは電子カルテがあっても、書類上のデータと本人の同一性を確認する必要があります。実際に患者を取り違えるミスが起きています。本人確認は病院が巨大化、複雑化すればするほど重要になってきます。ここでICタグ付きのリストバンドを使って本人確認を行えば、医療の信頼性は確実に向上するでしょう。リストバンドの他にも、ベッドの患者用の札にICを取り付け、患者の情報を正確に把握するためのシステムや看護師の名札にICを取り付け、確実に処置が行われているかをトレースするシステムも考えられます。
病院でのICタグの事例は治療のみではありません。薬品をICタグでトレースする仕組みも考えられています。医療事故を防ぐ意味でも、危険度の高い薬品は確実な管理が必要です。そこでICタグを使い、リアルタイムで確実なトレースを行うのです。当初は1つの病院での利用にとどまりますが、将来的には大規模病院、診療所、製薬会社等をネットワーク化した広域的な薬剤管理の仕組みへと発展する可能性があります。
病院経営で重要なのは、医者や看護士にできるだけ医療行為に専念してもらうことです。彼らが事務処理に過剰な神経を使わず、医療に専念することが、快適で信頼性のある医療現場を創るからです。ICタグを含むIT化のもっとも重要な意味は、「選択と集中」による顧客サービスの向上にあるのです。
最後にビジネスから見た成功条件を整理すると、次の6つの条件が挙げられます。
(1)顧客が見えていること
(2)メリットが見えていること
(3)原資があること
(4)システムの主体がいること
(5)ICタグ特有の課題を克服していること(プライバシーや読み取りの確実性の問題等)
(6)業務のノウハウがあること
以上が本書の概要です。事例で載せましたように、医薬品卸も含めて医療業界は大きく変わりつつあります。医薬品卸は決定的なノウハウを持たないため、差別化は唯一価格だけとなり、2年に1回薬価調査によって価格を下げられるといったことを続けてきました。来年からは調剤薬局にアメリカナンバーワン医薬品卸のカージナルス・ヘルスの子会社が参入してきます。また2005年4月には改正薬事法前面施行が始まります。一方ではグローバル化がますます進展し、競争は無形資産の有無に左右されます。当然、企業格差は拡大の方向に進むことは間違いありません。その中で技術的イノベーションの一つとして、ICタグの存在は無視できません。ウオールマートは仕入先上位100社にICタグを付けることを義務づけました。05年にはさらに300社に義務付けます。
医療過誤をなくすためにも、患者サイドまでリストバンドを着用することが義務づけられたり、当然、薬剤にはICタグが付くようになることは論を待ちません。現在の最小包装は100錠ですが分業の進展、病院経営の効率化などにより、小包装が当然という状況になる方向にあります。ICタグの認識不足のため、市場からハジキ飛ばされる企業が出ることも考えられます。各企業内で問題意識を持って検討を重ねるときです。
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