日本は世界でも最先端の情報ネットワーク先進国になりつつある。地域間格差などの問題も残っているが、料金的にも利用されている回線速度から考えても、利用しやすい環境ができてきている。無線などを駆使したユビキタス化も進展している。つい5年前には世界どころかアジアの中でも落伍してしまうのではないかと心配していたことを考えると、隔世の感がある。情報ネットワークの整備によって、日本が21世紀の世界のあり方を提案し、実現に向けて先導をする絶好の位置に立っている。
今日の世界や日本が抱える課題に対して、果敢に解決方法(ソリューション)を編み出していくことによって、危機をチャンスに転換していこうという提案である。例えば、高齢化にしても、問題を放置すれば、いまのデジタル景気も短期的なものに終わり、この国の未来は暗いものになってしまうだろう。しかし、この危機も、高齢化しても活力が失われない社会の設計図が描け、実践に移す手法を世界に先駆けて確立すれば大いなる競争力の源泉となる。
本書の構成は第1部、第2部、第3部となっており、そしてそれが、第11章に分かれている。第1部:「多様な知の結合で未来をひらく」は、内容は3章に区分されている。第2部:「ソリューションの設計」で、4章から7章までとなっている。第3部:「戦略的な21世紀モデルの構築に向けて」は、8章から11章の構成となっている。
日本の将来にとって産業の高付加価値化が必須の条件であることは、異論の余地がないだろう。そもそも天然資源に恵まれない国としては、人間が生み出す付加価値しか売るものがない。情報技術は、さまざまな形で産業の高付加価値化を促す。情報産業そのものがハイテクの代表格である以上に、情報技術がすべての産業にとって組織内部のコミュニケーションを増進させ、より知識集約的な製品を作り出すことに貢献する面が大きい。組織内部の知的生産性を最大化させる仕組みづくりが、今後の企業の最大の課題と言っていいだろう。目標設定と同じように大切なのは、それを誰が、どのように実現するかという問題である。本書では、政府に頼らず国民一人ひとりや彼らが連携したコミュニティ、そして民間のイニシアチブを組織化する大小企業が社会に貢献する未来を描きたい。
今日の情報技術の最大の特徴を挙げるとすると、情報を発信するコストを下げることによって、広く面的に散らばっている「場面」の情報を拾い上げて、大勢で共有しやすくしたことと言っていいだろう。インターネットは、個人が自分の持つ情報を世界中の人と共有したい場合に威力を発揮してくれる技術だ。電子メールを大勢の人間に配信したり、ホームページを作って情報提供を行ったりすることは、さほどの費用はかからない。それぞれが情報発信をすることで、今までは知りようのなかった、遠い地域の小さなボランティアグループがどんな活動をしているかが分かったりするような時代になっている。
最近注目を浴びている技術に、RF−ID(RADIO FREQUENCY IDENTIFICATION、以下「電子タグ」)がある。電波を当てると世界に2つとない番号を送り返してくるICチップを利用すると、いま手にしている牛肉が誰によって作られてどんな餌を食べてきたかのデータベースに問い合わせることができる。物流事業者などは、物資がいつどこを流れているかを遂次把握できて合理化を図れる。この技術に注目したいのは、それらが末端からの情報発信力をさらに高めることを可能とする技術だからだ。食の例をとるならば、これまで生産者は名も知れぬ大衆に売り、消費者は誰がどこで作ったものかもわからず食し、お互いにわかっていたのは途中のパッケージのブランドだけ、といった状態があった。この匿名性の中で、「都合の悪いことは隠す」インセンティブが働いてきた。これに対して電子タグを活用することで、「顔の見える」関係を作って、相互信頼の中で食の安全が図られるように変えることができる。そのような関係ができると、自ずから生産者と消費者の間でコミュニケーションが生まれ、フィードバックの中からより消費者のニーズに合った食品が提供されるようになるだろう。電子タグは無線LANなどを駆使した「いつでもどこでもつながる」、いわゆるユビキタス・ネットワークと連携することで、その力を大きく発揮することだろう。
希少性に依拠する経済活動は貨幣によって調整され、希少性に依拠しないものは非貨幣的な原理によって組織化される。希少性を軸にモデルを考えるとすると、生産性が高まったモノやデジタル化された情報が溢れている世の中では、何が希少となるか、と考えるのが収益モデルを考える上での鍵となる。その答えは、人の心の充足〔信頼、安心、尊敬〕にある、と考えてみてはどうだろうか?ブランド価値が高まる世界と言っていい。
インターネットは、二重の意味で分散型の仕組みの象徴となっている。第1に、それ自体が分散型の仕組みになっている。第2に、世の中の分散的なシステムの成立を支えている。自律・分散の基盤を支える重要な設計思想がオープン(開かれた構造)である。これは自律したシステム間がお互いにどのような方式で情報交換を行うかについて、ルールが社会的に公開されていることを意味している。少し技術的な用語を使えば、インターフェースが社会的に公開され、誰にでも使える状態となっていることだ。自律・分散がまったくの自由気ままな世界ではなく、関係者による多大な標準化の努力によって支えられていることをここで認識しておきたい。
ソリューション提供の担い手としては、ビジネスを中心に考えたい。環境、安全、心といった、従来なら行政に解決を委ねていた領域にビジネスが正面から取り組み、そこで成果を上げた企業が利益を得る仕組みを構想したい。日本では「公」を「官」と同意語で考え、「民」が提供するものはすべからく「私」であると信じさせられてきた。それが今日の日本を肥大する官製サービスの非効率にあえぐ社会にしてしまったと言える。「民が提供する公的サービス」もあるし、官が提供していても、国民のニーズとはかけ離れたところで、天下り官僚の雇用が自己目的化してしまっているものは、官製私事業と化していると表現していいだろう。ビジネスによるソリューション提供を考えるからには、利益が生まれる構造を構築しなくてはならない。担い手が民であっても官であっても、事業を持続させていくためには、それが生み出している価値が、価値生産を行うためのコストを上回るような設計にしなければ破綻してしまうのだが、特に民間によってビジネスとして運営しようとする場合には、投資に対する収益が厳しく問われる。
ネットセキュリティは、国家安全保障の問題であるとの認識が必要だ。安全を考える上で1つ認識しておくべきことがある。「絶対」の安全というのはないということだ。神ならぬ人が作るシステムは、必ずダウンするものと考えるくらいがいい。この認識が大切なのは、絶対の安心を求めることが逆に危険を招くことになるからだ。「絶対儲かります」といった証券会社、「絶対安全です」と語った原子力関係者、「無謬」を誇る官僚システムなどが、いずれもロクなことになっていないことを想起してもらいたい。最近の三菱自動車のリコール隠しなども象徴的だ。絶対の安心を要求すると、建前として事故が起こらないことにしてしまうから、いざ何かあった時に隠蔽体質となり、問題に対して必要な改善策が講じられなくなってしまう。
日本を世界の製品開発とテストマーケティングのハブにする戦略を考えた場合、提案には2つの側面がある。第1は従来の技術力強化の視点に加えて、需要サイドに目を向けるということである。日本の持つ供給サイドの能力の高さ、需要サイドの能力を組み合わせることによって、真に顧客にとって付加価値の高い商品やサービスの提供に結びつける。ネットワークがそのようなニーズとシーズのコミュニケーションの橋渡しを行うのだ。第2は企業間のネットワーク化を強化して、柔軟で機動的な産業基盤を構築することである。日本は既に厳しい開発競争を勝ち抜いてきた、製品開発を得意とする小規模企業のネットワークがある。これをインターネット時代にふさわしく装備し、改革を進めることによって、21世紀のモノづくりにおいても世界をリードする力を養うのだ。顧客を価値の消費者と考えるのではなく、利用の場で情報価値を生み出す生産者であると考える視点である。
過去10年ばかりの通信業界における競争の進展は、(1)異質技術競争:インターネットや移動体通信など従来の有線電話公衆網とは異質な技術による競争と、(2)同質技術間競争:電話技術の枠内での競争、の2つに分けて考えられる。その両者を比較すると、異質技術間競争が大成功したのに対して、同質技術間競争の成功はあったとしても極めて限定的で、逆にその弊害が目立ったとさえ言える。ここで理解すべき大切なポイントは、競争には「競うことでより安く提供する」面と、「多様な知恵に機会を与える」面があって、より大切なのは後者だという視点だ。そして、戦略の中には多様な知恵とイニシアチブによって、イノベーションを最大化することが織り込まれていなければならない。
情報がネット上で収益を生みにくい原因はいくつかある。最も根本的な第1の原因は、情報の複製費用が極めて低いことだ。経済学では価格と限界費用(追加1単位供給する費用)が一致したところで市場が均衡すると教えるが、ネット上に複製可能な状態で情報を提供すると、複製者にとっては複製費用が実質的にゼロとなる。すると価格ゼロが理論的には正常とも言える。難しい理論を考えなくとも、希少性がないものはどんなに価値があっても金は支払われないというのは至極当然のことと言えよう。第2は課金コストの高さだ。例えば、音楽を1回聞くのに10円というような料金を設定して、地球の裏側で1回だけそのサービスが利用されても、現在10円以下で売り上げた10円を回収する安価な方法が存在しない。これではなかなか商売にならない。第3のより深遠な問題は、情報の所有権である。多様な知が結合してでき上がった情報に対する対価を誰が受け取るのが正しいとするかは、難しい問題である。例えば、コミュニティサイトに対して多くの投稿があり、その情報が訪れる人々にとっての価値となっている場合、サイトに溜まる情報はメンバーのもので、それに対する対価を運営者が独り占めしようとすると、メンバーが反発してたちまちそのサイトは荒廃してしまいかねない。
ネットワーク時代になると、ネットによるソフトウェア配信を行うことによってさらに小刻みなバージョンアップを行うことができる。ウイルス防御ソフトなどでは、年間定額の料金を払うと自動的に最新のウイルスに合わせたデータファイルを送信して、防御ソフトを最新の状態に更新するサービスが受けられる。このモデルは擬似物財モデルでもあり、サービスモデルであるという点も特筆に値する。
日本の組織文化には、(1)戦後キャッチアップ段階では目標について考える必要がなく、ひたすら方法論を考えていればよかった、(2)その中で育った現場において、改善を積み上げて全体のパフォーマンスを上げる手法が極めて有効に機能している、などの要因から戦略を構想し、実行する考え方が希薄になっている。改善の考え方が生み出したものは大きく、決して否定されるべきものではないが、内向き思想がネットワークのような世界に広がりを持つシステムを構築するには限界があることも事実だろう。日本企業が単体の機器づくりでは優れた技術を持ちながら、社会的に広がるようなシステムづくりにおいて存在感が薄くなってしまった所以である。
ビジネスによるソリューション提供を考える上で役立つのが、ビジネス・モデルという考え方である。ビジネス・モデルとは経済活動において、(1)誰にどんな価値を提供するか、(2)その価値をどのように提供するか、(3)提供するにあたって必要な経営資源をいかなる誘因のもとに集めるか、そして、(4)提供した価値に対してどのような収益モデルで対価を得るか、という4つの課題に対するビジネスの設計思想であると定義できる。ビジネスとして顧客に提供できる価値には次の3通りのものがある。
- 顧客のコストを下げる。
これには販売価格を下げることで達成されることもあるし、相手の事務処理コストを下げることで達成することもある。
- 顧客にビジネスチャンスを与える。
電子市場などを提供するサービスは、その存在によって利用者が新しいビジネスチャンスを見出すことを可能とする。
- 直接的な消費の対象として魅力的なものを届ける。
追加的にお金を払ってでも欲しいと思ってもらえる商品を提供することである。
ビジネス・モデル構成要素の第2は、価値の生産・提供メカニズムの設計である。実務的にはサプライチェーンの設計問題と認識してもよい。パーソナルコンピュータ業界においてデルは、見込み生産が常識であった業界に受注生産方式を導入し、競争のあり方を大きく変えた。提供プロセスにおけるさまざまな機能をいかに複数の経済主体によって分担し、どのように主体間の調整を行うかを設計する。第3の要素は誘因である。ビジネスを営むためには、必要な人的、物的経営資源を調達することが必要になる。それをどのように調達するか、という誘因設計の主要な課題である。典型的な誘因として挙げられるのは金銭的な報酬である。第4は収益モデル、つまりお金のもらい方のモデルである。何を料金の対象にするか、どのような料金体系にするか、などといった具体的な点を詰めていかなければならない。現実の決定を行う上でどのような課金が可能であるのか、という技術的な配慮も大きなものとなる。iモードは携帯電話の持つセキュリティ機能と電話の課金システムを組み合わせることによって、パソコン上では提供できなかった簡便な支払い手段を実現し、それによってそれまではなかなか離陸しなかったコンテンツ提供業界が成立するようになった。よりオープンなネットワークの上で同じように有効な課金プラットフォームが提供できるかどうか、現在開発競争が進められている。
以上が本書の概要である。著者が述べているが、「ソリューション設計の根底にあるのは情報の流れの悪さゆえに、末端に散らばってしまって孤立している人的物的資源の活用である。例えばいま、本来は高い能力を持ちながら、情報から隔絶してしまっているために活かし切れていない女性などの力が社会に多く眠っている。また、本来は活用できるはずの中古部品が、引き取り手を発見できずに産業廃棄物のようにして打ち捨てられていたりする。これらはどちらも、情報の流れが悪いゆえに社会的に発生してしまうロスである。」
これらをオープンなネットワークによりロスを削減する、眠れる能力を活用することなどが求められる。そのためにも、いろいろな制度を改革したり、規制緩和も必要であろう。そのようなことに、考えるヒントをふんだんに与えている示唆深い本書である。今後、企業が勝ち残るために必要なビジネス・モデルの考え方なども示されている。一読をお勧めしたい。
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