ジャック・トラウト氏はアメリカ屈指のマーケティング会社、トラウト&パトナーズ社の社長。世界13ヵ国で事業展開するマーケティング業界の第一人者。マーケティングに携わるプロフェッショナルからバイブルと呼ばれる『ポジショニング』『マーケティング22の法則』『マーケティング戦争』などロングセラーが多数ある。
成功するのに何より必要なのは、優れた戦略だ。戦略があれば、どの市場に参入し、何を作り、社内外に何をどう伝えるかが決まり、何を重視すべきかがわかってくるからだ。だからこそ、「戦略とは何か」を理解することが重要だ。戦略についての理解が深まれば、成功するための適切な戦略を選択できるようになる。さらに、大きな危機を避ける方法についての理解が深まれば、競走が激化するこの時代を生き抜くことができる。
本書は、第1章:戦略とは生き残ることだ、第2章:戦略とは顧客の心をめぐるものだ、第3章:戦略とは差別化だ、第4章:戦略とは競争だ、第5章:戦略とは専門性を持つことだ、第6章:戦略とはシンプルなものにかぎる、第7章:戦略とはリーダーシップ、第8章:戦略とは現実を直視すること、以上の構成になっている。
優れた戦略とは「選択という専制」。つまり、多くのものから一つを選択することを強要されるシステムを生き抜く方法なのである。この数十年、ビジネスの世界で起きた変化は、あらゆる分野において、商品の選択肢が驚くほど増えたことだ。アメリカ国内には、100万品目もの商品があるとの推計もある。選択肢の増加をもたらしているのは細分化の法則だ。競争が激しさを増す中で、市場を決するのは選択だ。企業が過ちを犯せば取り返しがつかないことになる。ライバル企業にひとたびシェアを奪われれば、取り戻すのは容易ではない。この現実を理解していない企業は生き残れないだろう。
競争の激しいこの世界で優れた業績を上げるには、ビジネスの基本を習得するに限る。第一の鉄則は、「的を絞った明確な戦略を策定し、実践する」ことだ。
商品の爆発的な増加に対応するために編み出された方法が、商品やブランドのランク付けだ。市場シェアを拡大したければ、上の段のブランドを引きずり降ろすか(普通は不可能だ)、どうにかして自社のブランドを他社のポジションに関連づけなければならない。上の段のブランドの足場が固まっている場合、レバレッジ戦略(より少ないソースで戦略目標を達成する手段)やポジショニング戦略を活用しない限り、梯子を昇るのは極端に難しくなる。ローパー・スターチの調査によれば、ニュース性のある見出しの方が、そうでない見出しより読まれる確立が高い。
行動科学者は、消費者が知覚するリスクには5つの形があると言う。
- 金銭上のリスク…これを買ったら金をドブに捨てることになるかもしれない
- 機能上のリスク…これは動かないかもしれない
- 肉体的リスク…ちょっと危なそうだ
- 社会的リスク…これを買ったら友達に変に思われるかもしれない
- 心理的リスク…これを買ったら気がとがめたり、無責任だと思われないだろうか
人間がなぜ群れに従うか。「社会的証明とは、何が正しいかを決める際に他人の考えを探る方法をとることだ。人間は、自分に自信が持てない時、他人に助けを求めたがる」。
ポジショニングで成功するには、ひしめく競合他社と差別化する方法を見出すことが出発点になる。品質重視と顧客志向は差別化の決め手にはならない。
トップであるという信用力があれば、ブランドについて何を語っても消費者に信用してもらえる。人間には「大きいこと」を成功や地位、リーダーシップと同一視する傾向がある。大企業がますます巨大になるこの時代、ファミリー企業であり続けることも、その他大勢の企業と差別化するのに有効な手段になる。
21世紀に入った現在、経済規模で世界の上位100位を見ると、51が国ではなく企業だ。上位500社で世界貿易の7割を占めている。今や世界中のあらゆる地域で戦争が勃発しおり、激化している。あらゆる人間があらゆる場所で競争をしかけている。要するにマーケティングの原則は、前にも増して重要になっている。企業は競争相手との戦い方を学ばねばならない。成功するには、競合他社に標準を合わせなければならない。競合他社の弱点を探し、そこを突くマーケティングを仕掛けるのだ。これからのマーケティング計画は、競争相手の分析に割くことになるだろう。企業が21世紀に生き残るためのシンプルな戦略モデルがある。
(1)防衛戦はリーダー企業の戦略だ
(2)攻撃戦は2番手、3番手企業の戦略だ:第一の鉄則は、リーダー企業の強みを避ける
(3)主戦場を避ける側面戦は、中小企業や新規参入企業が足場を築くための戦略だ
(4)ゲリラ戦は中小企業の戦い:第一の鉄則は、防御できる程度の小さな市場を探す
戦略はトップダウンではなく、ボトムアップで立てるべきだ。つまり、ビジネスの現場での戦術を熟知し、深く関わっている者が戦略を立案すべきなのだ。戦術によって戦略が決まる。つまり、コミュニケーションの戦術にとって、マーケティング戦略が決まってくるはずだ。「戦術とは、顧客から見た競争力のある切り口である」。戦略は目標ではない。
人生がそうであるように、戦略も過程を重視すべきだ。戦略の目的は、資源を総動員して戦術をしかけることにある。一つの戦略的方向に、あらゆる資源を動員することによって、目標設定による制限を受けることなく、最大限に戦術を活かすことができる。戦術とは独自の切り口、異なる切り口である。戦略はごくありふれたものでも構わない。
大企業であれ、中小企業であれ、戦略の中心には、いわゆるコア・コンピテンシー(自社の強み)を据えるべきだ。コア・コンピテンシーが重要なのはなぜかと言うと、特定の事業や製品に的を絞っている企業は、消費者から好感を持たれるからだ。こうした企業は、エキスパートだとみなされる。
専門性の高い企業は、専門分野を明確に打ち出すことで差別化できる。専門企業は、成功したらその専門分野に留まるべきだ。他の事業に手を出してはいけない。スペシャリストのイメージを損なうことになるからだ。
戦略とはシンプルなものに限る。身の回りに溢れる情報から、重要なものだけを選別できてはじめて、情報は力になる。単純化とは、複雑なものを明確にする技術だ。普通の人間は1分間に120語から150語の速さで話すが、脳は1分間に500語以上を処理できるため、余裕がありすぎ、散漫になりやすい。話が少しでも複雑だったり、理解しにくかったりすれば、聞き手は集中するのが難しくなる。重要な戦略は、たいてい普通の言葉で説明できる。
優れたリーダーは、方向を決めるだけでは十分でないことをよくわかっている。優れたリーダーは上手い話し手であり、一番の支援者であり、力強い牽引者でもある。自社の方向性やビジョンを、言葉と行動によって示している。
本書で強調したい教訓を一つだけ挙げよと言われれば、こう答える。
戦略の成否は、市場をどうとらえるかによって決まる。そして、勝敗を左右するのは顧客の心であるということを、しっかりと心得なければならない。
戦略の実行には腰を据えて取り組まなければならない。マーケティング計画を実行するには時間がかかる。その間、外部からいくら圧力がかかっても、方針を変えてはいけない。
失敗した企業は、どの企業も市場の現実を見失っていたのだ。戦略とは現実を直視することだ。例えば、IBMはメインフレーム中心の世界が小型コンピューターに移行するとは考えたくもなかった。ゼネラル・モーターズは、大型車の世界が小型車の世界に移行するとは考えたくもなかった。市場のリーダーは、常により良いアイデアで自分自身を攻め続けなければならない。自分がしなければ、他社に攻められることになる。
「マーケティング部門に任せておくには、マーケティングは重要すぎる」
<教訓>
目標は夢のようなものだ。
夢から覚めて、現実を直視した方がいい。
以上が本書の概要である。著者はゼネラル・エレクトリックを皮切りに、アメリカを始め世界中の企業を渡り歩いてきたことにより、何が企業の成功と失敗を分けるのかを学んだ。著者は語る。「企業の成功の秘密は、人材でも、やる気でも、ツールでも、また、ロール・モデルでも、組織でもない。成功するのに何より必要なのは、優れた戦略だ」。本書には外国企業の事例がふんだんに使われていて分かり易い。それにマーケティングを展開するに当っての原則・鉄則が記載されているので、頭の中を整理するのに好都合である。
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