5年8ヵ月前に出版した「痛快!経済学」は50万人の皆さんの手にとっていただきました。日本が直面している具体的な問題を、「痛快!経済学」で展開した基礎理論をベースに、本格的に議論して欲しいという声が寄せられました。私としても、そのような声になんとかお応えしたいと考えてきたのです。2010年頃が日本経済にとって大きな歴史的転換点になる、そこをなんとか乗り切らないと日本は大混乱に陥ると私は確信しているのですが、このことをどうにか読者の皆さんに知っていただきたいという思いも強くあったのです。
いま3つの問題を私たちは抱えています。
- 急速に進展する少子高齢化によって、日本の家計貯蓄率は2010年頃にはゼロにまで落ち込むと予想されますが、これによって日本は、資本輸出国から資本輸入国へと歴史的転換を遂げます。この未曾有の経験が、日本社会に何をもたらすのか?
- 巨大な累積財政赤字を抱える日本経済をタイタニック号に例えるなら、2010年頃に氷山に激突(財政的に破綻)する可能性があります。どうすれば氷山への激突を回避できるのか?
- 今後、労働人口が急ピッチで減少を始めるため、2010年頃には、かなりの外国人労働者を受け入れざるを得なくなることが予想されています。これまで同質社会に慣れっこになってきた日本人が、どう外国人労働者と折り合いをつけていくことができるのか?
本章の構成は、第1章:マーケットの深い意味を知る、第2章:マーケットの力をうまく使う、第3章:情報の非対称性で世の中を見つめる、第4章:どんな場合にマーケットは失敗するか?、第5章:大きな政府の失敗を正す、第6章:IT革命の新経済学、第7章:IT革命が変える私たちの生き方、第8章:グローバリゼーションと日本、第9章:貯蓄率の低下が日本を変える、第10章:私たちはタイタニック号のデッキにいる、となっています。
日本の社会はいまだマーケットメカニズムに対する正しい理解が不足しているために、多くの分野で社会主義的な統制が残っていて、これが私たちの将来に暗い影を落としています。公的機関の「民営化」も,声高に叫ばれたわりにはなかなか進んでいません。民営化とは、税金の無駄遣いをやめさせ、「やる気のない」組織を、民間企業と同じような競争に放り込み、社会全体を活性化させるためにとられた方法だったはずです。ところが、往々にして民営化に反対する「抵抗勢力」に骨抜きにされがちで、まだまだ道のりは遠いと言わざるを得ません。その傍ら、これまで権威の象徴であった一流企業のモラルの失墜が、次々と明るみに出ています。
私の見るところ、残念ながら現在の日本の民主主義はかなり形骸化しています。多くの分野では、いまや世界的には亡霊と化した、社会主義的な統制が数多く残されているからです。日本の産業分野で国際的な競争力を持っているのはどこかと言えば、まず挙げられるのが自動車産業です。自動車産業は既に30数年前から国際的に市場開放がなされ、激烈な競争にさらされてきたからです。
実のところ、日本の全産業の7割ぐらいは、規制や保護によって守られている。従って、完全なマーケットメカニズムは働いていないというのが現状です。この護送船団方式で国から保護されてきた産業の代表が金融、建設、小売、医療、教育、流通などの各産業です。医療を産業規模で見てみると、日本ではGDPの約7%を占めています。医療費で言うと30兆円ほど。これがアメリカでは15%、ヨーロッパでだいたい10%という水準です。日本の医療費が低いのは、「もっと良い医療を受けたいのに、それが提供されていない」からなのです。日本の医療制度では、健康保険システムがネックとなって、患者の個々の求めに応じられないというのが現状なのです。受診しにいく患者にとって、医療の中身についての選択権がほとんどないという事実です。
マーケットメカニズムが完全に働いている社会は、人々の活力を生むと同時に、個人個人の求めに応じた生活の豊かな多様性をもたらします。マーケットをうまく活用できないと、かつての社会主義の歴史が明らかにしたように、人々の生活水準は通常大きく低下してしまいます。統制経済、そして価格統制のもとでは、社会生活の発展はまったく望めないのです。
経済学とは一言で言って、希少性のある資源をいかに効率よく配分するかについて考える学問です。マーケットメカニズムが「人類最大の発明」と呼ばれるのは、それが高度な分業を可能にし、非常に効率的に資源を配分できる仕組みであるためです。
患者と医師との間で、情報の非対称性は大きいと言わざるを得ません。最先端治療が施されるようなケースでは、なおさらです。ここにマーケットメカニズムを導入するなら、最も効果のある方法の一つが、カルテの開示だと思います。カルテの開示によって、患者側と医師側との情報の非対称性はある程度はなくなりますから、そこでマーケットが以前よりはよく機能するということです。
ブランド品は、高度な消費社会の中で、何十年もかけて作り上がられてきたものなのです。ブランドは、商品についての情報が長い間に消費者に浸透し、信頼を勝ち得た証です。逆に言うと、情報の非対称性を極力なくしていくことが、ビジネスにおおけるブランド戦略というものなのです。
政府の役割は3つあります。(1)マーケットの失敗を補うために、公共財を供給したり、独占企業を規制したりすることです。(2)税制を整備して所得再配分をすることです。(3)景気を安定させることです。
中央銀行の仕事は、マーケットにどれだけの通貨を流通させるかを決定し、実行することに尽きます。市中に出回っている現金と預金の合計を「マネーサプライ=通貨供給量」と言います。マネーサプライを増やす(減らす)には、例えば日本銀行がマーケットから国債を買えば(売れば)よいのです。その代金として日銀券が使われるため、マネーサプライが増減するわけです。中央銀行がマーケットから国債を買うと、その見返りとして貨幣が支払われ、マネーサプライが増え、金利が下がります。逆に、中央銀行がマーケットに対し手持ちの国債を売却すれば、マーケットから資金を吸収することになります。この場合は金利が上昇します。
IT革命がどんどん進行することによって、マーケットはどう変化するのでしょう?IT革命のもと、インターネットを活用した情報処理能力がそれこそ革命的に増大しています。IT革命が現在の産業に与える影響は甚大なものがあります。その大変化を理解する上でキーワードとなるのが、「カスタマイゼーション」と「モジュール化(Modularity)」という2つの言葉です。カスタマイゼーションは、消費者個人個人の要求に合わせて商品やサービスを作り、それを供給することです。モジュール(Module)とは、元来「単位」を指す言葉ですが、IT用語でいうモジュールは「機能的に同質な部分・装置」のことを意味します。IT革命によってサクセスストーリーへのヒントはパソコンメーカーのDELLです。1990年代に入って、日本経済の低迷が長期に渡って続きましたが、その原因の1つは、IT革命の急激な進展に伴い、日本型の経済制度の有利性が消滅してきたことが挙げられます。IT革命によって、情報の非対称性の重要性が低下してきたということは、長期継続的取引慣行の有用性が相対的に低下してきたことを意味するからです。
日本型システムの核は、「長期継続的取引」にありました。日本企業同士の長期取引に縛られていた企業は、グローバリゼーションとIT革命が求める経済取引の変化に十分敏速に対応することができなかったのです。正社員を削減する一方、外部からのスタッフを充実させるという労働マーケットの変化は、IT革命の進行がもたらしたものです。IT革命が進行するに伴い、さまざまな産業の「モジュール化」の波が押し寄せています。
今後、高給を取る人は、どの組織でも通用する「真のプロフェッショナル」か、さもなければ特定の会社に人生を預けるコアのスタッフか、この二極に分化していくでしょう。真のプロには「誰にもすぐには真似のできない暗黙知がある」ということになります。「暗黙知」は言葉によって表現できない知識、デジタル化できない情報です。
賃金は、「ある1人の労働者が労働によって生み出すことのできる価値」によって決まります。この「価値」を経済学では「労働の限界生産物(Marginal Product of Labor=MPL)」と呼んでいます。つまり、MPLで賃金は決まると考えられています。なぜなら、MPL以上の賃金を支払う企業は赤字に転落し、倒産してしまうでしょうし、MPL以下の賃金しか払わないと、労働者は他企業に逃げていってしまうだろうからです。従って、賃金とMPLは一致するように調整されることになります。その結果、ある国の賃金水準は、その国の「労働生産性」=MPLを反映して決まります。労働生産性とは、ある商品を作るのに、どれだけの労働力を投入すべきかを計算したものを言います。
2002年に内閣府が発表した国民経済統計によると、2001年度の家計の平均貯蓄率は前年度の9.3%から一気に6.6%に急落したのです。翌2002年度も続落し、6.2%になりました。私の試算では、2010年頃になると日本の家計において、ほとんど貯蓄しなくなるのです(家計の貯蓄率=0になる)。私たちの貯蓄の多くは銀行預金や郵便貯金、あるいは株式など証券投資という形で運用されています。このうち預金や貯金は企業への融資や投資、あるいは国債の購入、道路公団などの政府特殊法人への融資という格好で、企業活動・政府予算などへ回されるのです。また、株式投資は企業の資本調達を可能にしています。従って、日本のかつての高度成長を支えたのは「貯蓄」です。2010年に家計の貯蓄率がゼロになり、企業も法人留保した貯蓄を全部設備投資に回したとします。その結果、民間貯蓄超過がゼロになったとすれば、財政赤字が続く限り、その分だけ貿易サービス収支は赤字になってしまいます。すると、「新たな国債発行分については、外国人に買ってもらわなければならなくなる」ということになります。
国債の利払いは、国家予算の中では「国債費」の中に含まれています。日本の場合、プライマリーバランスの赤字幅が2007年度には22兆円を超える見通しです。
プライマリーバランスの赤字=(歳出−国債利払い費)−税収
累積債務が1000兆円規模に達するという見通しになれば、日本国債の格付けは最貧国並みの「B」クラスまで落ちていくのは目に見えています。
日本の政治に求められているのは、ずばり言ってガバナビリティ(統治能力)と強いリーダーシップをもった人物です。
以上が本書の概要です。
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