戦略をテーマにした文献は数え切れないほどあり、最近のものにはタイトルにも戦略という言葉が使われている。その中にあって、「戦略とは何か」「なぜ戦略が重要なのか」を問うているのは、私の知る限り本書だけであり、「特定の業界において戦略はどの程度まで、またどのように管理されるべきか」を問うているのもまた、本書をおいて他にない。本書は、効果的な活動を行なうための戦略の活用に焦点をあてた唯一の書と言える。――ピータ・F・ドラッカー
戦略の選択と長期的な業績の間には明らかな結び付きがある。競合他社よりも持続的な競争優位を確立している企業は、顧客が何を求めているか、どうすれば価値を創造できるか、競合他社は誰で、どう行動するかをよく知っているため、利益を確保できるのである。本書の構成は、第一章で、戦略とは顧客に価値を創造するユニークな方法に焦点をあてることで、競争優位を築くためのポジショニングであると定義する。第二章は、企業の外部環境としての経済的、技術的、政治的、社会文化的な変化の重要性と、業界環境を形成する進化的要因が戦略立案に及ぼす影響を検討する。第三章では物理的資産、相対的な財務ポジション、従業員の質、特有の知識、コンピテンシー、プロセス、スキル、組織の文化的側面といった社内の戦略的資源を分析する。第四章、第五章は、事業単位レベルでの競争戦略の立案について考える。第六章、第七章では全社戦略を扱う。第八章はグローバル戦略の立案を扱う。第九章では、選択した戦略的方向性の実行とコントロールに関する主要課題を明らかにする。
戦略とは、持続的競争優位性を達成するためのポジショニングを構築することである。つまり、どの業界でどのような製品・サービスを提供するか、そしてどのように資源を配分するかなどの選択をすることこそが戦略なのである。戦略思考とは、競合他社と異なる方法で顧客価値を提供し、模倣されにくい一連の企業活動を選び出すプロセスであり、持続的競争優位性の構築を可能にする基盤を作り出すことに焦点をあてる。戦略の本質であるユニークな競争上のポジショニングを選ぶことは、「自社は何をすべきか」と、同様に重要である「何をしてはいけないか」というトレードオフを避けては通れず、それによって模倣障壁が築かれるのである。戦略立案は、全社レベルと事業単位レベルで行なわれる。
戦略的経営の分析における主要課題は、戦略も「5C」として表現できる。すなわち、内容(Content)、コンテクスト(Context)、行為(Conduct)、変化(Change)、コントロール(Control)である。
ピーター・ドラッカーは、避けて通れない変革要因として次の5つを挙げている。
- 人口構造の変化:先進国における出生率の大幅な低下
- 可処分所得の分配における変化と新たな成長業界の出現
- 成果についての新しい定義とその達成法の追求
- あらゆる組織がグローバル競争力を確立することの必要性
- 経済のグローバル化と政治の論理の乖離
それぞれの要因は企業、非営利団体、そして世界中の政府の長期戦略に多大な影響を与えると考えられる。
「変化の場」の概念
- 変革促進要因は弱く、抵抗要因は強い
安定した業界や規制業界はたいてい変革圧力から守られており、マーケット・シェアの大部分は2〜3社の企業に支配されている。
- 変革促進要因は強く、抵抗要因は弱い
変革促進要因が抵抗要因よりはるかに強く、変化が連続して起きる場合は、1社でも何社かの企業群でも変革促進要因を抑えることはできない(ソフトウェア業界など)。
- 変革促進要因も抵抗要因も弱い
変革促進要因と抵抗要因が、弱いながらもうまくバランスのとれている業界は、新規参入、重要度の低い技術進歩、経済状況の小規模な変化などによってバランスが崩れると、散発的で比較的小さな転換点に直面する傾向にある(小売業界の多くがこのパターンである)。
- 変革促進要因も抵抗要因も強い
変革促進要因も抵抗要因も強い場合は、急に非連続的な変化が起こることがある。半導体が発明された際、あるいは航空業界や通信業界で規制緩和が行なわれた際の影響を考えてみるとよい。このような激しい変化―戦略的変曲点とも呼ばれる―が生じると、現状を維持できなくなり、新たな秩序へと大きくシフトする。
変革促進要因や抵抗要因の強さは、それが社内で生じたものであれ、社外で生じたものであれ、変化が現在から将来にかけて企業の競争ポジションに及ぼす影響によって決まる。
組織的資産とは、知識(knowledge)と知的資本(intellectual capital)、顧客、提携企業、供給業者、金融市場の評判(reputation)、ビジネス・プロセスやスキルなど自社特有のコンピテンシー(competencies)、企業文化(corporate culture)を指す。知識と知的資本は、競争優位を築く際の主な推進要因である。企業の競争優位は顧客に提供する価値で決まる。他社より速く、効果的に新しい知識を活用できれば、競争優位を確立・持続することができる。
戦略的思考で重要になるのは、競争優位性の構築と持続である。競争優位性は、競合他社にない価値創造戦略をうまく立案・実行することで構築され、既存の競合他社や新規参入企業に模倣されたり、取って変わられたりしない限り持続する。競争優位性はたいてい、複数の強みが組み合わさって確立される。
競争戦略論の用語で「価値」とは、企業が提供するものに対して買い手が支払ってもよいと思う金額の合計を指す。顧客は差別化された製品、製品価格、ニーズを満たせる企業の能力などに価値を見出す。従って、価値創造と競争優位の構築は別個のものである。バリューチェーンとは価値創造プロセスを、原材料の加工から最終消費者への販売とサービス提供に至るまでの一連の活動としてとらえるビジネス・モデルである。
バランスト・スコアカードは、戦略を立案するにあたり事業全体にすばやく目を通すための指標である。バランスト・スコアカードは、事業を顧客の視点、社内ビジネス・プロセスの視点、学習と成長の視点、財務的視点から評価することで、次の4つの基本的な問いに対する答えを提供してくれる。
- 顧客は自社をどのようにとらえているか
- 自社は何に優れているべきか
- 価値を高め、創造し続けることはできるか
- どれほど株主に気を配っているか
バランスト・スコアカードでは、自社が掲げる顧客主導型ミッション・ステートメントが顧客の関心事に直接関連する要素(製品に品質、正確な納期、性能、サービス、コストなど)に置き換えられる。
市場戦略の利益効果の研究(PIMS:profit impact of market strategies)
- 絶対的・相対的マーケット・シェアは投下資本収益率(ROI)と強い相関関係にある。高いシェアを誇る企業ほど規模の経済や経験効果が働き、市場での影響力が強く、優れた経営手腕を持つため、収益性が高くなる。
- 製品の品質は市場リーダーシップを確立する鍵であり、シェアの高い企業ほどプレミアム価格で高いマージンを得られる。
- ROIと市場成長率は正の相関関係にある。
- 垂直統合は製品ライフサイクルの後半期に有利となる。部分的な垂直統合は避けた方がよく、後方統合より前方統合の方が収益性は高い。
- 投資を集中させたり、在庫水準を高くするとROIは低下する。
- 資本集約的な企業では稼働率が重要となり、シェアの小さい企業ほど影響を受けやすい。
成熟期の戦略
- いま以上に高い成長率や収益性が求められるセグメントに集中する。
- 差別化を強化し、コストを削減し、市場を活性化するために製品とプロセスのイノベーションを追究する。
- コストを削減するために生産と流通の合理化を図る。
- 高い収益性が見込める製品や業界へと戦略的にシフトすべく、徐々に収穫を進める。
成熟期にある業界が避けるべく落とし穴
- 自社の地位に安住したり、業界の先行きを過度に楽観視する。
- 差別化と低コスト、広範な市場と特定のセグメントなどを選択せず、戦略上にあいまいさが残っている。
- 収益性の低いものに過剰投資する(いわゆる「キャッシュ・トラップ」)。
- 目先の業績に目を向け、マーケット・シェアの確立より収益性を追求する。
- 価格競争を避ける。
- 業界の構造改革や経営手法の変革に抵抗する。
- 既存品の改良よりも新製品開発の方を優先し過ぎる。
- 過剰生産に陥る。
GEのビジネス・スクリーン
事業強度/競争ポジション
- 相対的な市場シェア
- 競合他社に対する総合的な利益マージン
- 相対的なコスト・ポジション
- 技術的能力
- 望ましいコア・コンピタンスの所有
- 競合他社と同等かそれを上回る
- 製品品質やサービスの提供能力
- 顧客や市場に関する知識
- 経営能力
- 長期的な業界の魅力度
- 市場規模と成長率
- 競合度合い
- 周期的変動
- 社会的、環境、規制、人的な影響
- 参入障壁と撤退障壁
- 業界利益とマージン(歴史と予測)
- 季節的変動
- 必要な技術と資本
- 機会や脅威の出現
競争の激化に伴って、組織のあらゆるレベルでリーダーシップが強く求められている。しかし、環境の急速な変化や高まる不確実性により、効果的なリーダーシップを発揮するのは難しくなってきた。今日の競争環境では、現状を維持し、変化に対応するだけではもはや十分でないため、リーダーは継続的な戦略的調整を組織のコア・コンピタンスとすることで、組織の将来に対するコントロールを取り戻そうとしている。この過程で、「戦略が効果的に実行できるか否かは、主に組織の目的、選んだ戦略的方向性、リーダーシップの質の間のフィットによって決まる」という考え方が、戦略―構造―システム・パラダイムのように広く用いられているフレームワークに取って代わって主流になりつつある。
以上が本書の概要である。ピーター・ドラッカーは「最も深刻な失敗は間違った答えを出すことではない。本当に危険なのは、問うべき質問が間違っていることである」と言っている。本書の特徴は、手本や解答を提示するのではなく、「その時の状況で、最適かつ最も効果的な戦略とは何か」という問題に対して意思決定ができるように、戦略立案プロセスで「問わなければならない適切な質問とは何か」を明確にしているという点にある。特に、今日日本における経済環境は成熟市場の中にある。経済の伸びも小さく、成熟市場の特徴を反映して、勝ち組、負け組みがはっきりしてきている。個人的にも所得格差は大きくなりつつあるのが現状である。競争状態は成長期の「レース型の競争」から成熟期の特徴である「ゲーム型の競争」時代に入っているからである。本書の中に示されている、「成熟期の戦略」、「避けるべき落とし穴にはまらないようにしなければならない8つのポイント」が掲げられているが、注意深く読み返す必要がある。
戦略とは持続的競争優位性を達成するためのポジショニングを構築することである、と謳われているように、ナンバーワンでなければ価値がないという時代なのである。「問わなければならない適切な質問を、発することができるかどうか」である。
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