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「人口減少経済」の新しい公式表紙写真

「人口減少経済」の新しい公式―「縮む世界」の発想とシステム―

著  者:松谷 明彦
出 版 社:日本経済新聞社
価  格:1,995円(税込)
ISBNコード:4−532−35095−6

日本の終身雇用・年功賃金制は、若年労働者の賃金水準を抑制することによって、トータルとしての賃金コストを引き下げ、戦後の日本企業に競争力の向上をもたらした。しかし、労働力の急激な高齢化によって、逆にそれが賃金コストの上昇要因となったことから、前世紀末には中高年労働者のリストラが盛んとなり、今世紀に入ると年功賃金制から、いわば成果主義に切り替える企業が相次いだ。人々にとって、会社は一生を託せる存在ではなくなったが、同時に会社に縛られることもなくなった。年功賃金制のもとでは、転職はそれまでの「年功」を失うことを意味する。そのため人々は、就業年齢を通じて1つの会社で、かつその会社のルールに従って働き続けざるを得なかったが、今では、やや極端に言えば、好きな時に好きなだけ働くという自由を得た。

また社会に対しても、人々はこれまでのようには依存できなくなった。人口の高齢化によって年金も健康保険も縮小した。財政サービスも、かつてのような大盤振る舞いではなくなった。人々は自分自身で各々の生涯を設計し、それに基づき消費と貯蓄、労働と余暇の計画的な配分を心掛ける、という新たなライフスタイルへと進み出している。

日本の人口は、60年代に入ると急速に高齢化し始め、高齢化率は現時点ですでに主要先進国を上回り、今後2、30年の間に日本は比類なき高齢社会となる。加えて日本は、今後の2、30年という期間をとれば、ドイツと並んで人口が減少する数少ない国の1つでもある。

日本が引き続き豊かな社会であり続けるために、我々は何をすべきなのかというのが本書の課題である。本書の構成は、第一章:変化は一挙に―迫る極大値後の世界、第二章:拡大から縮小へ―経営環境の激変、第三章:地方が豊かに―地域格差の縮小、第四章:小さな政府―公共サービスの見直し、第五章:豊かな社会―全体より個人、第六章:人口減少経済への羅針盤、となっている。

人口学では、高齢化率(全人口に占める65歳以上の人口の比率)が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」とするが、日本の高齢化率が7%を超えたのは1970年であり、14%を超えたのは94年である。その間わずか24年であって、ドイツの40年間、イギリスの47年間に比べて、日本ははるかに短い期間で高齢化社会から高齢社会に移行した。ではなぜ日本はこうも急速に高齢化したのか。その理由は、第2次大戦後に平均寿命が劇的に向上したことにある。終戦直後の1947年には、男50.1歳、女は54.0歳だった日本人の平均寿命は、70年にはそれぞれ、69.3歳、74.7歳と、わずか23年間で約20歳も上昇した。ほぼ同時期、ドイツでは67.5歳から71.0歳とわずか3.5歳の上昇であり(男女計、1950〜70年)、フランスでも66.5歳から72.4歳と5.9歳の上昇にとどまっている。アメリカやイギリスに至ってはそれぞれ2.8歳、2.3歳の上昇にすぎない。

日本の高齢化は、今後さらにスピードアップする。「高齢社会」の倍の水準である28%に達するのは2010年代の末頃であり、なんとその期間は24、5年と、ほぼ同じである。そしてその高齢化が人口の減少を引き起こす。人口が減少するのは、死ぬ人の数が生まれてくる人の数を上回るからである。日本の死亡者数は、90年代の後半に入って突如、増加に転じた。その原因は長寿化にある。

政策研究大学院大学の藤正巌教授の推計によれば、日本人人口は2030年には1億790万人と、2000年に比べて1760万人、14.0%減少し、2050年には8480万人と同4070万人、32.4%も減少する。1950年の人口は8280万人であった。

多くの開発途上国において、順調な経済発展が達成されない理由の1つに、「国際収支の壁」という問題がある。経済開発によって所得水準が上昇すると出生率が上昇し、人口の急増によって消費需要が急激に拡大する。その結果、設備投資に回す資金が不足するため、国内生産が需要の拡大に追い付かず、輸入の増加から国際収支が悪化する。国際収支の赤字を放置することはできないから、そうなると需要を抑制せざるを得ないが、それは折角伸びかけた国内生産の芽を摘んでしまうことになる。そうした「国際収支の壁」によって、開発途上国はなかなか順調な経済発展の軌道に乗れないのである。

終戦後の日本は、戦争によって多くの生産設備が破壊されたから、状況は途上国に類似した面があった。事実、1960年代後半までは、日本において小規模ながら「国際収支の壁」が存在した。しかし、それが国内生産の芽を摘むほどのものにならなかったことについては、戦前においても経済が相当の発展段階に達していたことに加え、日本の貯蓄率が高かったことがその理由として挙げられる。つまり、途上国のように設備投資に回す資金が不足するということがなかったのである。

日本では、生産年齢人口は既に95年を境にマイナスに転じており、今後も大きく減少を続ける。実は今後の人口の減少高齢化は、日本経済の成長率を大幅に低下させるだけでなく、経済を縮小に向かわせる。成長率が恒常的にマイナスとなるのである。GDPの大きさは労働生産性と労働者数によって決まり、労働生産性は技術水準によって決まる。経済が縮小するのは、技術の進歩による労働生産性の上昇率を労働者数の減少率が上回るからである。日本の労働力人口は2000年に6770万人だったが、2030年には5470万人と、1300万人、19.2%も減少する。

金融機関を除く法人企業の生産資本ストックは、当面は引き続き拡大を続けるものの、2021年をピークとしてその後は縮小に向かう。労働力の減少率が年々大きくなるため、技術進歩率を追い越してしまうのである。これまでの30年間では、日本の生産資本ストックは6.7倍にも拡大した。しかし今後は、ピークの2021年でも2000年に比べ、わずか1.2倍の水準にとどまる。まさに劇的な変化である。つまりは、さまざまに「知恵」を絞ってみても、日本経済が遠からず縮小に向かうことは避けられない。仮に、現在の労働力を2030年においても維持しようとするなら、それまでに合計2400万人もの外国人労働者を流入させねばならない計算となり、2030年における外国人労働者比率は20%を超える。

日本経済においては、過去に2度の大規模な賃金抑制が行なわれたが、そのいずれもがデフレスパイラルに結びついた。そこから得た教訓は、賃金の抑制は需要を低迷させ、結局は企業利益を縮小させる結果に終わる、ということである。「人口減少経済」にあっては、需要が縮小基調となるから企業の売上高も縮小し、仮に利益率は変わらなくとも企業利益の額は縮小する。しかし、企業利益を確保しようとして賃金を抑制することは、一層の企業利益の縮小につながる。いわば、タコが自分の足を食っているようなものである。目標とすべきは企業利益そのものではなく、企業利益と賃金の合計である付加価値であり、売上に対する付加価値率の向上である。それによって適切な賃金水準が維持されてこそ、企業利益も確保される。

これまでの日本企業は売上高の拡大を最大の経営目標としてきた。欧米各国においては、企業の優劣は利益の大きさ、ないしは利益率の高さで判断されるのに対し、日本では売上高の大きさ、ないしはその伸び率で判断された。しかしこれからは、労働力や需要の縮小に合わせて、うまくスリム化を果たした企業だけが生き残れる。スリム化こそが「勝ち組」の条件となるのであって、経営環境としては、まさに180度の変化である。

日本経済は「消費主導の経済」に向かって変化を始める。その流れは、政策をもってしても企業行動によって変えられない。人口の高齢化による国民貯蓄率の低下によって、必然的に投資に上限が画されるからである。それ以上の投資をしようにも、そのための資源が国内にはないのである。ただし、投資に要する資源を輸入すれば、投資水準を上回ることは可能である。しかしその場合は、国際収支が赤字になる。国際収支の赤字を長く続けることはできない。

今後の日本経済は消費主導の経済になる。戦後なぜ三大都市圏で急速に産業が発展し、地方の産業が衰退したのか。それは戦後、日本の経済が投資主導の経済だったからである。しかし、これからの日本経済においては、投資が縮小し消費が拡大する。また消費財産業の多くは需要地、つまり市場に近いところに立地する傾向があり、どこか1ヵ所で大量に生産し、それを全国に配送するという投資財産業とは性格が異なる。さらに消費財需要はますます多様化しつつあり、多品種少量生産の方向に向かっている。これからは地域の消費特性や製品の輸送コストも踏まえた多様な立地展開が必要になると考えられ、市場に近いところに立地するという傾向はますます強くなるだろう。

人口の高齢化は、年金制度にとって大きな環境変化である。働く人の割合が大きく低下して、働かない人の割合が大きく上昇するのだから、現行の年金給付水準を維持しようとすれば年金負担を大幅に引き上げねばならないし、負担を変えないとすれば給付水準を大幅に引き下げざるを得ない。政府の年金改革案では、2017年度までに負担率を現在の1.35倍の水準にまで引き上げ、給付については2022年度までに0.84倍の水準に引き下げれば、年金制度は持続可能だと説く。しかし、筆者が試算したところでは、その程度の改革では累積赤字は609兆円と半分程度にしか縮小しない。改革案の給付水準を維持するとすれば、負担率を2017年度までに現在の1.72倍にまで引き上げねばならない。

労働者1人当りの実質所得は、1970年から2000年までの30年間では2.4倍にも増加した。しかし、今後2030年までの30年間ではわずか9.1%しか増加しない。年金制度を持続可能なものとする要件は、確実に失われる。

今後、人々が経済的に豊かな生活を送れるかどうかは、1人当りの経済規模がどうなるかにかかっている。従って、重視すべきは1人当り国民所得の動向である。スウェーデンとの比較では、日本の1人当り国民所得は1.4倍である。日本の1人当りの国民所得が高いのは、日本人がよく働くからである。日本の労働者の週労働時間は平均43.7時間であり、ドイツの38.3時間、フランスの38.7時間に比べてかなり長い。加えて日本では、国民のうちはるかに多くの割合の人々が働いている。全人口に占める就労者の比率はドイツ44.0%、フランス38.6%に対し、日本は53.1%である。

今後の「人口減少経済」にあっては、技術開発力の向上が飛躍的に重要となる。これまでの日本企業においては、大量生産によるスケールメリットが競争力の核だったが、労働力の縮小はその競争力を無効化する。なぜなら、技術開発力に優る欧米企業にスケールメリットをもって対抗するためには、相手の技術進歩に合わせて生産量を拡大し、スケールメリットを増大させ続けなくてはならない。日本企業が生産量の拡大に驀進せざるを得なかったのはそのためだが、今後の労働力の縮小はそれを不可能とする。したがって、人口の減少高齢化が日本経済にもたらす最大の問題点の1つは競争力の低下にあり、技術開発の向上は日本経済を維持可能な経済とするための至上命題なのである。

以上が本書の概要である。著者が「おわりに」の項で述べているが、「人口減少経済」の共通項は「多様化」であると結んでいる。人口の減少と高齢化という環境変化が、多様な経済行動を可能にする。企業もまた多様化する。そこでは技術力や製品の独自性、有用性が優位性を持つ。国全体を豊かな社会にするためには、新たな経済社会のシステム構築が必要になる。国民の価値観も大きく変わってこよう。過去の常識が非常識と言われることも起きてこよう。一方で、グローバル社会は、複雑化、高度化し、弾き飛ばされる人もいよう。個人個人にとって、ますます自分の持つ哲学が問われてこよう。いよいよ「知恵」の時代の到来である。


北原 秀猛

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•  人口減少経済
•  高齢化社会
•  高齢社会
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